10.水滴
───体が、動かない。
銀髪の彼女が、澄み渡る空の色の瞳を寂しげに揺らめかせ、俺を見ている。
彼女の足には何重にも鎖が巻かれていて、その先にはスイカくらいの大きさの鉄球がついている。
白くて細い足は鎖で擦れ、血が滲んでいた。
助けに行きたいのに、体が動かない。
やめろと叫びたいのに、声が出ない。
時間だけが無情にも過ぎていき、彼女が崖の上から海へと、突き落とされて───
「……っ」
ヴァンスは飛び起きて、荒い息をついた。
額を伝う汗を拭う。
窓の外は暗い。まだ夜中だろう。
落ちていく銀髪の少女───ステラの姿が離れない。
あんな夢をみた理由は分かっている。───夕方に会ったアルバートだ。
ちらりと隣のベッドを見ると、ジュリアはすやすやと眠っている。強い酒を飲まされたのか頬は赤く、これでは早く起きれないだろう。
夕飯と同じく朝食も回復薬で誤魔化すことになりそうだ。
夢の余韻を消したくて、ヴァンスは窓を開け、夜風にあたった。
自然と、思考は過去にさまよいだしていく。
記憶に残るステラはおとなしかったが、優しかった。
ヴァンスやジュリアが風邪をひくと、ステラはいつも自分で採ってきた薬草を届けてくれるのだ。
ありがとうというと、はにかんで頬を赤らめる。そんな仕草が可愛くて、礼を言うのが楽しかった。
フードを目深に被り、人の目に止まらないように立っていたステラ。
───彼女は一度だけ、ヴァンスに涙を見せた。
きっかけは、ヴァンスの無思慮な言葉だった。
「ジュリアもステラも、大人になったら何したい?」
「えっとね、ジュリアは…お洋服、つくりたいな」
ジュリアの頭を撫で、ヴァンスはステラの方を向き───
日に当たらないせいか、透き通るように白いその頬に、透明な雫が伝うのが見えた。
動揺するヴァンスを、濡れた青い瞳で見つめ、
「私……わたしは、ヴァンスとジュリアとずっと一緒にいたい。何かになんてなれなくていいから、三人でいたい」
震えるステラの言葉を聞いて、ヴァンスは彼女を傷つけてしまったことを悟った。どうして良いか分からなくて、ステラの涙を拭う。
愚かな自分は、ステラが悩んでるなんて考えもしていなかった。常にヴァンスとジュリアの前で微笑みを浮かべているステラが、苦しんでいるなんて。
───あのとき触れた水滴の感触は、数年がたった今でもありありと思い出せた。