冒険者ギルド2
冒険者登録を済ませた俺たちはギルド一階の酒場で今後の方針を話し合っていた。
酒場はまだ昼だというのにかなりの冒険者で賑わっていて、酒を飲んで騒いだり、自分の武勇伝を自慢げに話したりとまさにギルドの酒場って感じだ。
方針についての話し合いはスムーズに進んでいき、俺たち3人の全財産、金貨1枚に銀貨10枚を軍資金とし、しばらくの間は宿を借りてクエストをこなしていき金が溜まったら思い切って家を購入することになった。
この世界の冒険者は基本的に自分たちの拠点としている街で家を買うらしい。長い間滞在するなら宿を借りるより、そちらの方が安上がりだからだ。家の相場は金貨5枚から30枚らしい
「とりあえず宿探しからだな」
俺たちはそのままギルドを後にし、宿探しをしながら街を見学することにした。
「宿ってどこにあるの?イディアさん街に何があるか把握してたりするの?」
「大雑把にだが把握はしてるよ。この街は5つの区分に分かれていて宿があるのは街の東側の宿場区だ」
本当にイディアはいろんなことを知ってるんだな。改めて感心する。
「5つの区分ってことは後4つあるんだよな?」
「ああ、ギルドがある街の中心部を中央区、北側が貴族や金持ちが住む高級区、西側が商店区、南側が住居区だな」
「俺たちが最初に通ってきたのは街の西側の商店区か」
「ちなみに区分にはされてないが街の南西側の一部は貧民街で治安が悪くゴロツキが多いそうだから迂闊に近づくのはやめといたほうがいいな」
「気をつけるよ」
5つの区分に貧民街ねぇ…いったいイディアはどこからその情報を仕入れてくるのだろうか。
「それじゃあこれから向かうのは東側の宿場区だね!」
「俺は商店区も回りたいな。防具とかもほしいし」
「私も!村に服とか全部置いてきちゃったから新しいの欲しい!」
衣服はともかく防具は自分の命が関わってくるので早めに買いにいきたいな。
「まずは宿が先だろう。宿を決めて荷物を置いたらシュンとアンリちゃんの2人でゆっくり見に行けばいいさ」
「イディアは行かないのか?」
イディアの装備はかなり軽装で長袖、長ズボンにブーツ、薄い生地の灰色のコートを羽織っている。武器は短剣を使えるようだが、今は装備していない。防具や武器などを買ったりはしないのだろうか。
「俺は他に行く場所があるからな。宿が決まったら集合時間だけ決めて自由時間ってことでいいんじゃないか?」
「まぁ俺はそれでいいよ。アンリもいいか?」
「私もそれでいいよ!」
俺たちは街の東側、宿場区に向かった。
程よくギルドに近い方がいいということで中央区付近の宿屋を探すこととなった。
「宿場区って言っても酒場とか飯屋とかたくさんあるんだな」
宿場区っていうぐらいだから宿屋がびっちりと並んでいるものだと思っていたが、飲食店も宿屋と同じ数ぐらいあるので驚きだ。
「ここは宿場区でも中央区に近いからな。クエスト終わりの冒険者狙いの店が大半なんじゃないか?」
「でもギルドにも酒場あったよ?」
「静かなところで落ち着いて食べたい奴だっているだろうし、何か他の奴に聞かれたらまずい話なんかはギルドの酒場じゃできないだろ?」
「なるほど!」
少し歩いて行くと良さそうな宿屋が目にとまった。
「お!2人とも!ここなんていいんじゃないか?」
俺が見ていたのは中央区に続く大通り沿いにある一軒の宿、宿の外装には木彫りで色々な彫刻が飾られている。装飾の1つ1つにこだわりを感じるので宿の中もかなり期待できる。名前は…「精霊の宿り木」か…なかなか中ニ病心をくすぐられる名前だ。
「わぁ!「妖精の宿り木」なんてすごい素敵な名前!中はどうなっているのかな?」
「とりあえず入ってみるか」
中に入ると木の香りが鼻をくすぐった。目に入ってきたのはアニメや漫画でよく見る宿屋の風景だった。正面にカウンターが設置されていてそこには暇そうにしているエルフ族の綺麗なお姉さんがいた。カウンターの周りには丸机と椅子が4セットほど置かれている。
「いらっしゃ〜い」
カウンターの姉さんが愛想よく挨拶をしてくれた。
「宿を探しているのですが部屋は空いてますか?」
「部屋は空いているけど…ここ妖精の宿り木はエルフ族限定の宿になっているのよ〜見た限り貴方達は誰もエルフ族じゃないじゃない?」
エルフ族限定!?そんな店もあるのか!
せっかく良さそうな宿だったのに残念だ。
「そうなんですか……失礼しました。他を当たります」
アンリを見るとかなりショックを受けているようだ。「しょうがないか…」と自分に言い聞かせてる。
そんなアンリの肩を叩いて一緒に出口に向かう。
「ちょっと〜!冒険者さん待って〜」
店を出る直前エルフの姉さんに呼び止められた。
「なんでしょう?」
「いつもならお断りなんだけど、最近客足が伸びなくなってて売り上げが上がらないのよ〜だから今回は特別に部屋をご用意いたしますわ〜」
「本当!?ありがとう綺麗なお姉さん!」
「あなたもなかなかキュートね〜」
どうやら宿は無事に決まりそうだな。アンリとエルフのお姉さんも何やら2人で楽しそうにおしゃべりしているし何も問題ないだろう。
「2部屋お願いしたいんですけど、一泊いくらぐらいなんですか?」
「朝晩のご飯付きで2部屋一泊銀貨2枚でどう?」
朝晩付きで銀貨2枚なら相場な気がするが、詳しいことはイディアに任せるか。
「この値段はどうなんだ?イディア」
「かなり安いんじゃないか?ギルドから近くて朝晩の飯が付いてくるなら全然安い」
よし!
「じゃあ、ここで決定な」
「わーい!ありがと!シュン!」
アンリも満足そうだし良かった。
「何日ぐらいの滞在を予定してます〜」
「そうだな…」
どのくらいがいいかな?チラリとイディアを見る。
「とりあえず10日ぐらいでいいんじゃないか?」
「そうだな。とりあえず10日間でお願いします」
「はーい、かしこまりました〜」
エルフのお姉さんから部屋の鍵を2本もらい、客室のある2階に進んでいく。借りた部屋は2階の角部屋の4号室とその隣3号室だ。角部屋の鍵をアンリに渡して俺とイディアは3号室に入った。
部屋の中は思ったよりも広く、大きめのベットが2つ部屋の奥に並んで設置されており、その横にはそれぞれ机と椅子とランプが置いてある。部屋の端には大きめなクローゼットが2つ、部屋の中央には長机まで置いてある。
「なかなかいい部屋じゃないか」
イディアが物珍しそうに部屋を見ているのは、部屋に置いてある物、一つ一つに綺麗な装飾まで施されているからだろう。
とりあえず荷物を部屋のクローゼットの中にしまい、持ち物は金と剣のみとなり身軽となった。イディアも自分の荷物袋をクローゼットにしまい手ぶらの状態だ。
すぐに準備ができたので俺とイディアは部屋を出てた。
「さて、俺は行く場所があるから後はアンリちゃんと仲良くデートでもしときな」
デートねぇ生まれた時からずっと一緒だったから俺の中では兄妹って感じなんだけどな。
「まぁ、それなりに街を堪能してくるよ。それで何時ぐらいにここに集まる?」
「そうだな、20時ぐらいでいいんじゃないか?」
今の時間が15時だから5時間はこの街を探索できるな。
「わかった。部屋の鍵はイディアに任せるよ。俺が早めに戻ってきた時はアンリの部屋にでもいるから」
「おう、悪いな。それとシュンとアンリちゃんは時間が余ったらギルドに行ってステータスを更新してこいよ」
「ステータスの更新?狼人との戦いの後はちょくちょく出くわす弱いモンスターばかりだったから更新してもあまり変わらないぞ」
「ギルドでは職業の獲得ができるからな2人で獲得してくるといい」
職業か……確かそんなものもあったな…
「説明とかはギルドの受付の子にでも聞けばいいさ。シュンとアンリちゃんがどんな職業になるのか楽しみに待っとくよ」
イディアはそれだけ言うと部屋に鍵をかけて「じゃあなっ」と宿を出て行った。
イディアがどこに行くのかは気になるが、それはまた今度でいいか。
―――――――――――――――――――――――
「わぁ!色んなお店があって目移りしちゃうね!」
「確かに、流石は商店区、賑わってるな」
イディアと別れた後、俺とアンリは一緒に防具や普段着る服を買いに商店区に来ていた。
「あ!見て見てシュン!あの串焼き美味しそう!」
「おいおいアンリ、あんまりはしゃぐなよ恥ずかしいだろ?」
まぁ、内心俺もめちゃくちゃテンション上がっているのだが、ここはクールに!田舎者感をなるべく出さないようにするのだ!
「防具と服どっちから見に行く?」
「うーん、本当は服を見に行きたいけど……やっぱり防具からだよね?」
「そうだなぁ…俺らは金に余裕が無いからな、値段が高めの防具から見て行くべきだろ」
今回の俺とアンリの予算はそれぞれ銀貨15枚ずつ、全財産の3分の1の金額だ。宿代が思ったより安かったのと明日からはクエストをこなしていくので少し多めだ。
「とりあえず防具屋をのぞいてみるか」
「防具でも可愛いのがいいなぁ」
やれやれ、アンリはいつからこんな可愛さ重視の乙女になったのか……昔は着る物なんて気にしなかった気がするんだがな。
商店区には防具屋がかなりの数あるので適当にいい雰囲気の店に入ることにした。
「こことか良さそうじゃない?」
アンリが指差す先には【防具屋エレメンタル】と大きな看板を掲げている防具屋だ。
「よし、何軒か回って行く予定だから最初はあの店にしようか」
店内に入ると店中に飾ってある色とりどりの甲冑や盾、冒険者用コートなどが目に入る。
「すっげぇ、流石は異世界…」
「らっしゃぁぁいっ!」
俺とアンリが店内に飾ってある防具を興味津々に見ていると店の奥から店主と思われるドワーフが出てきた。
そのドワーフは身体が他のドワーフより高めで俺より少し小さいぐらいだろうか。
「お客様っ!本日は何をお求めですかい?」
「今日は防具を新調に、予算は銀貨10枚ぐらいでお願いしたいんすけど……」
「なぁにぃ?銀貨10枚だぁ?そんなチンケな金でうちの防具を買いきたってかぁ?」
うわぁ、これはあれだな。金のない客は客じゃねぇ的なやつだ。
「それで銀貨10でも買える一式装備みたいなものはないのか?」
店主の態度にイラっとしたせいかタメ口が出てしまった。まぁ、いいか。
「けっ!そこの一角が格安防具売り場だ。」
「それはどうも」
店主に案内された格安売り場は酷いものばかりでボロボロの甲冑や手にはめることすらできないガントレットなどまさにガラクタそのものだった。
「まいったな。アンリ?この店はやめて他の店でも行こうぜ」
諦めて他の店に行こうとした途端アンリが声を上げる。
「待ってシュン、私これがいい!」
アンリは格安売り場に売り出されている箱のを一つ持ち上げている。
「なんだそれは?」
「この中に入ってる防具すごい可愛いんだよ!」
アンリから箱をもらい、中を覗く。
中にはほんのり紅い色に染まった一式の防具が入っていた。
「やめとけ、その中に入ってるのは魔法防具だ。防具に認められた者しか装備することはできない」
今までつまんなそうに俺らを見ていた店主が声を上げた。
「へぇ、そんな防具もあるのか…」
アンリが持ってる箱からガントレットを取り出しはめようとしたがやはり入らなかった。なるほど、こういうことか。
「認められた人しか装備できないの?私は普通に入ったけど…」
「え?」
アンリはそう言うと俺からガントレットを受け取り普通にはめたのだった。
「そ、そんな!?その防具は何年もつけられる者がいなかったんだぞ!?」
ドワーフの店主はかなり驚いてる。無理もない俺も驚いてる。
「一応全部装備できるか試してみろよ。おっさん、試着室とかないの?」
俺の声を聞いて我に返った店主は先ほどまでと違い、俺たちを小馬鹿にしたような態度ではなくなった。
「試しに装備してみるまでもねぇさ。魔法防具は選んだ相手のサイズに自動で変わる」
「そうなんだ。確かにすごいピッタリくる!」
「いやぁ、装備ってのはどれだけ性能が優秀でも使い手がいなきゃガラクタ同然だからな。使い手が見つかって良かった」
確か親父も似たようなこと言ってたな。
「よし!決めた!その防具嬢ちゃんにただで譲るぜ!」
「がっはっはっはっ!」と豪快に笑う店主、屈強なドワーフだけあってかなりの迫力だ。
「本当に!?ありがと!おじさん!」
アンリは一応全身装備したいと言い出し、結局店主に案内された個室で着替えを始めた。
「ところで坊主はどんな装備を探してるんだい?」
どうやらアンリのおかげでちゃんと相手にしてくれるようだ。
「俺は軽くて頑丈な奴だな。重い装備のせいで動きが鈍くなるのは困るからな」
「なるほど!よし!わかった!お前たちをただ貧乏な駆け出し冒険者だと馬鹿にしていたが他の奴らとは何か違うと俺の直感がいってる!俺が坊主に合う装備を見繕ってやる!」
「お、おお、ありがとう」
とてもありがたい話なんだが、少し馬鹿にしすぎではないか!?
店主が店の裏へ装備を探しに行ったのと同時にアンリが装備を終えて個室から出てきた。
アンリの装備はほんのりと紅色に光る胸当てとガントレット、その下には白色の服、赤色のスカートに長めのブーツだ。
「結構似合ってるじゃないか」
「えへへ…ありがとう」
アンリが褒められて頬を少し紅くする。うん、こうして見るとなかなかの美人だな。
「着心地はどうだ?」
「すっごい軽くて、動きやすいよ!それになんかステータスが少し上がった気がする!」
ステータスの上昇!?流石は魔法の防具だ。そんな効果まであるのかよ。
少し羨ましく思う。
そうこうしていると店の奥からまたまた箱を店主が持ってきた。
「よいしょっと!おい!坊主!これなんてどうだ?なかなかの俺の力作だぞ!」
「力作?おっさんが作ったのか?」
「そうだとも!ほれ装備してみろ」
店主にいわれ俺も個室に入った。
箱の中には何かの革の素材でできた軽装備が入っていた。早速着てみる。
装備を終えた俺は個室から出てアンリに聞く…
「率直な感想をどうぞ」
「うーん、見た目は悪くはないかな!」
あ、さいですか…よかったっす。
俺の装備はレザーアーマーで全体的な色合いが焦げ茶でインナーは黒、アンリとは違い俺の手にはめてあるのはグローブだ。
アンリの装備と比べると華やかさはないが着てみた感じ性能は良さそうだ。
「その装備は【ファングル】というC級モンスターの革を使ってる。ファングルの革は軽くて頑丈だ。おまけに風の耐性が少し付いてる」
「マジか…めちゃくちゃ高そうな感じがするんだが、いくらで売ってくれるんだ?」
「そうだなぁ、今回は大サービスで金貨1枚でいいぞ!」
このオヤジ笑顔で何いってやがる。
「だから予算は銀貨10枚ぐらいなんだよ!買えねぇよ!新手の嫌がらせか!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。今日のところは銀貨10枚でそいつを渡してやる。そのかわりクエストで金を稼いだら残りの額を払いにきな!」
あ、そういう感じね。
この世界では分割払いや後払いなどは基本的にはしない。その場で提示された額が払えなければ買えないし、わざわざ本当に払いに来るのか怪しい奴に分割払いなんて絶対にしないのだ。
「それでいいのかよ」
「いいって!いいって!お前さん達には何か他の奴らとは違う感じがビンビンするんだよ!ちゃんと払いに来てくれるだろ?」
全く、この店主は最初はただ人の足元を見るだけの奴かと思ったが意外に良いところもあるじゃねぇか。
「わかったよ。かならず払いにくる」
「おうよ!じゃなきゃ困る!」
「何だかんだありがとな、ところで聞きたいんだけど、この装備を作ったのはおっさんだろ?アンリが装備してる魔法防具ももしかしておっさんが作ったのか?」
魔法防具なんて物を作れるとは思えないけど、もし作れるのならこのおっさんはかなりすごいんじゃないか?
「残念ながらそれを作ったのは俺じゃねぇな。どこから仕入れたのかは知らねぇが俺が生まれた頃にはもう店に置いてあったな」
おっさんが生まれた時には…って本当に何十年もあれを装備できる人は現れなかったのか。
「これ本当にただでもらっていいのか?」
「もちろんだ。その防具がちゃんと防具として使われてくれるならそれより嬉しいことはねぇからな!」
「本当にありがとね!おじさん!」
このおっさんは本当に防具に愛情をかけているのだろう。
「ありがとよ!何かまた欲しいものがあったら店に立ち寄るよ」
「おう!待ってるぜ!」
そうして俺たちは【防具屋エレメンタル】を後にした。
それからは2人で普段着や日用品を買い漁ったり、出店で売られている珍しい食べ物を買い食いしたりと街を満喫していった。
「んん〜!この串焼き美味しい!」
「確かに!めちゃくちゃ美味い!」
あまりの串焼きの美味しさに2人して興奮したりもした。
「ふぅ〜さて、これからどうするか…」
串焼きを食べ終え、一息つく、防具も買って、衣服も買って、商店区はほとんど回ったからな…
色々と楽しんでるうちに時間は19時30分、空は暗くなったが街は店や街頭などの光で明るい。まだイディアとの集合時間まで30分はある。
「次はどこいくの?」
アンリもかなり満足した様子だし今日のところはもう街を回らなくていいだろう。
そういえばイディアが時間が余ったらギルドでステータスを更新するようにって言ってたな。
「よし!次は冒険者ギルドに行くぞ」
「ギルドに?まだ何かすることがあるの?」
「ギルドで職業が獲得できるらしいんだ」
「ジョブ?」
「詳しい話は受付のお姉さんが教えてくれるだろ。行こうか」
「なんだがよくわからないけど、シュンについて行くよ」
―――――――――――――――――――――――
この世界には【職業】という概念が存在する。
職業とは様々な種類があり、前衛職から中衛職、後衛職、職人や商人などがある。
前衛職だと戦士、騎士、武闘家などの防御力が高く攻撃力もある職業が代表的だろう。
剣士、魔法剣士や盗賊などのステータスのバランスが良い職業は中衛職と言う。
後衛職は魔導士や回復魔導士、付与魔導士などがあり、パーティの後衛で前衛と中衛の支援を行う。
この世界には様々な職業が存在する。その数はもはや数え切れないほどと言ってもいいだろう……。
―――――――――――――――――――――――
「ドキドキするね…」
「ああ、これでこれからの戦い方が大きく変わるからな…」
俺とアンリが何をしてるかと言うと今まさに職業を獲得しようしていた。
俺たちはあの後すぐにギルドに向かい、ギルド3階にて受け付けてのお姉さんに職業の説明を受けた。
お姉さんの話によると職業は誰でも簡単に獲得できるらしい、その方法はギルドに設置されているレベリングストーンでステータスを更新するだけと言う簡単なものだ。なぜギルドのレベリングストーンなのかと言うと、レベリングストーンの大きさや純度によって解放される潜在能力が大きく変わるらしい。通常のレベル上げならば村などにあるレベリングストーンでも問題なく効果が発揮されるのだが、職業だけは純度が高く大きいレベリングストーンがあるギルドでなければいけないらしい。
職業はその者の素質や血筋、経験からランダムで決まる。職業は様々なものがあり、前衛職や中衛職、後衛職はたまた戦う職業意外にも職人や商人などの職業もあるらしい。
そして職業には4段階のクラス分けがされているらしい。初級職、中級職、上級職、エクストラ職と分けられる。
基本的に最初になる職業は初級職で経験を積んでいくことでその上の中級職や上級職になっていくらしい。エクストラ職だけは経験だけでは絶対になれないとお姉さんは説明していた。
冒険者にとって職業は自分の力を高めるのに重要な要素になってくる。例えば駆け出しの冒険者Lv.10が初級職の【戦士】になったとして、職業を獲得していないLv.20の冒険者と戦った場合、勝利を収めるのは間違いなく駆け出し冒険者の方なのだ。その理由はステータスの上昇と職業によって備わる【スキル】によるものだ。職業を獲得するということは自分の潜在能力を格段に向上させることになるのだ。初級職から中級職に進化した場合もステータスは大きく向上する。そのため冒険者は日々の努力をしてより強くなれる上級職を目指すのだ。
「それじゃあ……アンリ…同時に行くぞ!」
「う、うん!いつでもいいよ」
「せーのっ!」
レベルリングストーンに触れ、ステータスの更新をする。再び全身に電流が走る感覚を味わう。そして新たに職業が追加されたステータスが表示される。
アマノ シュン 【剣士】【Lv.14→15】
【体力】75→167
【力】75→167
【耐久】68→163
【敏捷】81→184
【魔力】42→85
【精神】67→93
【スキル】【片手剣Lv4】【剣士Lv1】
【魔法】
【ユニークスキル】【英雄の資格】
アンリ フローラン【魔法剣士】【Lv.12】
【体力】69→203
【力】65→198
【耐久】60→206
【敏捷】71→215
【魔力】40→196
【精神】58→184
【スキル】【片手剣Lv3】【魔法剣士Lv1】
【魔法】
「おお!剣士!なかなかいいんじゃないか!?ステータスもめちゃくちゃ上昇してるし!イディアが職業を獲得させたかった理由がわかったよ」
まぁ、心の中では漫画やアニメみたいに【勇者】とかになってもおかしくないと思っていたが、現実は甘くないな…ちなみに剣士は初級職でかなりポピュラーな職業だ。【勇者】や賢者などはエクストラ職に含まれる。
概ね満足な結果と言えるだろう。
さて、アンリの方は……
「見て見てシュン!私シュンより強くなっちゃったよ!中級職の魔法剣士だって!」
「な、なんだって!?……いきなり中級職…だ……と…」
アンリのステータスを覗き込むとそこには中級職である魔法剣士が表示されていた。しかもステータスも俺よりアンリの方が高い。レベルは俺の方が上なのに…
魔法剣士は文字通り剣と魔法を駆使して戦う。使える魔法は独特で自身の肉体や武具に魔法の力を付与するものだ。ここで勘違いしがちなのは付与魔導師との違いだ。付与魔導師は自分以外の者にも付与をかけられる。攻撃性の魔法から回復系の魔法など様々な魔法の力を付与することができるのだ。そのかわり【魔力】と【精神】以外のステータスは伸びにくい。それに比べて魔法剣士はバランス良くステータスが伸びるので、かなり使い勝手がいい職業と言えるだろう。
しかし驚いたな…魔法剣士は魔法と剣どちらの才能も高くないとなれない。アンリの剣のセンスが高いのはわかっていたけど、まさか魔法まで才能があるとは…驚きである。
「正直悔しいけど、やったな!アンリ!」
「うん!」とアンリはいい笑顔で答えた。やれやれ魔法の防具に認めてもらって、いきなり中級職の魔法剣士なんてアンリがそのうち【勇者】の職業になっても驚かないな。
職業の獲得も無事に終わり、イディアとの待ち合わせ時間も迫っていたのでそろそろギルドを出ようと思った時、ギルド酒場で酒を煽っていた1人の冒険者がこちらに歩いてくるのが見えた。
その冒険者は中年太りした体型で着ている物も所々汚れていて清潔感を感じない。相当酔っているようだが大丈夫だろうか。男は俺たちの近くまで来ると唾を飛ばしながら話しかけてきた。
「ひっく!そこの!赤髪の嬢ちゃん!なかなかべっぴんだなぁ!そんなガキと冒険者ごっこなんてしないで俺らと楽しいことしないかぁ?」
………
……………
…………………
「はぁ?」
酒場でのナンパというやつなんだろうか?実際にこんな漫画みたいなことってあるんだね。
「こう言ってるがどうする?アンリ」
「からかわないでよシュン!何が悲しくてこんなおじさんの相手なんかしなきゃいけないの?」
流石はアンリ、思ったことをズバッと言ってくれる。
「だ、そうだ。悪いけどお引き取り願おうか」
男は俺たちの返事を聞くと声を荒げた。
「なんだとぉぉっ!クソガキ共がぁ!ひっく!俺が遊んでやるって言ってんのに断んのかよぉっ!」
「悪いけど、俺らは暇じゃないんだ。絡むなら他を当たってくれないか?」
そう言うと男はさらに興奮気味で騒ぎ始めた。
「こんのぉクソガキがぁぁぁっ!俺をバカにしてんのかぁぁぁっ!」
バカにはしてないんだけどな…
男は興奮がピークに達したのか自分の背中に担いであったバトルアックスを抜いた。と同時に俺とアンリも席を立ち警戒をする。
こんな場所で武器を抜くのかよ!流石に酔っ払いといえど最低限のモラルは守ってほしいものだ。まぁ、こっちの世界にはモラルとかあんまりないかもだけど…
しかし周りの奴は止めに入ってこないな…少し離れた所で俺らの様子を見てニヤニヤしてる集団がいるが、おそらくこの酔っ払いのパーティメンバーだろう。
「ひっく!さぁクソガキ共!痛い目あいたくなかったら大人しくこっちに来い!なぁに、悪いようにはしないしねぇよ!」
どうやらこの男はマジで言ってるみたいだな。今にでも斬りかかってきそうで恐ろしい。剣を抜いて戦うか…逃げるか…
さて、どうしたもんかな…
「おい!ボルギ!その辺にしときな!」
俺がどうするか悩んでいると男のパーティメンバーと思われる1人の大柄な男が止めに入ってきた。
その男は大剣を担いでいて、酔っ払い男と同じぐらいの年だと見てわかるが、少なくとも酔っ払いよりは身なりが整っていた。
「ひっく!だがよぉ!ゴルド!こいつら俺を舐めてんだぜぇ?駆け出し冒険者には少しばかり世の中の厳しさってやつを教えるべきなんじゃぁねぇか!?」
どうやら止めに入ったのがゴルドという名前らしい、絡んできた酔っ払い男はボルギというそうだ。
「やめとけよ!見っともねぇ、駆け出し相手を勢い余って殺しちまったら問題になるぜ」
ゴルドはそう言ってボルギは渋々武器を収めた。
「俺のツレが悪かったな。まぁ、詫びをするよ座ってくれ、おーい!ここにフロルエールを2杯頼むよ!」
ゴルドがそう言うとカウンターからフリフリ制服をきた可愛い店員さんがジョッキに入ったビールのような酒を席まで持ってきた。
「座ってくれ!これは詫びのしるしだ」
アンリと顔を合わせる。ここでそのままギルドを出てもいいがそのまま外に出るとさらに面倒臭そうなので仕方なく腰を下ろすことにした。
「いやぁ!悪かったな!さぁ!飲んでくれ!俺のおごりだ!」
そう言ってゴルドは酒の入ったジョッキを持ち上げて俺に差し出す。
受け取ろうと手を伸ばした時、何か違和感が感じた。さっきまで騒いでいたボルギ、遠巻きで俺たちを見る他の冒険者、全員がニヤニヤしているのだ…
これは……
俺が気が付いた時にはすでに遅く、俺は頭から酒をゴルドにぶっかけられていた。
「……冷てぇ…」
「ぷっ!あっひゃっひゃっひゃ!随分美味そうに飲むじゃねぇか!」
ゴルド、ボルギ、他の冒険者の笑い声によって酒場は大盛り上がりである。
…最悪だ…めちゃくちゃ腹が立つ!がここは「お客様!?大丈夫ですか!?すぐに何か拭くものを!」と大慌てで拭くものを取りに行ってくれた店員さんのために店の中で暴れるのはやめておこう。
俺が自分に言い聞かせていると横からただならぬ殺気を感じた。
…そう…アンリがブチ切れているのだ。
「待て!アン…」
俺が止めるより早くアンリはフェニックスの宝剣を抜剣し、ゴルド目掛けて一線を描いた。
しかし、その一撃はゴルドがすかさず抜刀した大剣によって綺麗に防がれてしまう。
先ほどの職業獲得と魔法防具によりアンリのステータスは跳ね上がっていたが、それを難なく止めてみせたのだ。
「ひゃっひゃっひゃ、そう暑くなるなよ嬢ちゃん、俺はただそこの坊やに酒をご馳走しただけだぜ?」
「シュンに謝れ!」
アンリが声を荒げている。
「ぷっ!あっひゃっひゃっひゃ!恥ずかしいね!自分では何もしないでツレの女に庇ってもらうなんてなぁ?坊や」
「おいおい、それは……言い過ぎだって…ぷっ、アッハッハ!」
ギルド酒場の中はまだ笑いに包まれている。最悪だな。どうやら可愛い店員さんには後で謝らなくちゃならないようだ。俺1人酒をかけられて笑い者にされるならまだいいが、このままじゃアンリまで恥をかいちまうな。それにこのまま黙ってるままじゃ本当に恥ずかしいしな。
「おい、ゴルドって言ったか?」
「ああぁっ?どうしたんだい坊や?」
ゴルドは余裕の表情だ。俺とアンリをバカにしているが隙は無いように感じる。しかし…
「覚悟しろよ」
言うのと同時にテーブルをゴルドの方に蹴り上げ、視界を塞ぐ、隙がないなら作ればいいだけだ。
そしてテーブルごとゴルド目掛けて剣を迷いなく振るう。狙うは足だ。テーブルを斬り、ゴルドにそろそろ剣が届くというところでゴルドは飛び上がり、剣を躱した。
「へ!足を狙うなんてお優しいこったぁ!」
飛び上がった勢いのままゴルドは大剣を振り下ろす。
まともに受ければ身体は綺麗に両断されるであろう一撃だ。
俺はそのまま手首を切り返して上に斬りあげる。
ゴルドと俺の武器が衝突する。腕に今まで感じたことのないほどの重圧がかかった。歯を食いしばり、何とかその一撃を耐える。
「ほう、今の一撃を受けてへし折れねぇなんていい剣を使ってるじゃねぇか!装備だけは一丁前か?坊や!」
「口のうるせぇおっさんだな。実は攻撃を止められて焦ってんじゃねぇのか?」
限界なのは俺の方だが、ここで強気で行かなくては相手に余裕を持たせてしまう。
「へっ!じゃあ焦っているかどうかこれから分からせてやるぜぇぇぇっ!」
「はぁぁぁっ!」
剣を競り合わせる。
ちっ!力は相手に分があるか…
力の押し合いでは決着が長引くと踏んだのかゴルドは力任せに剣を弾き、距離を取った。
ギルド酒場の中は「ゴルドやっちまえ!」だの「駆け出し!いいとこ見せろよ!」だのお祭り騒ぎだ。
全く……街に来て1日目からこれだと先が思いやられるな。
しょうがない、地の力じゃ勝てないからな。スキルを使うか…
「シュン!私もやる!」
アンリもまだまだ怒りが治ってないらしく、やる気満々だ。
「はぁい!ひっく!可愛い子ちゃんの相手は俺だ!」
俺に加勢しようとしたアンリはボルギによって阻まれた。
俺とアンリ、ゴルドとボルギに酒場の視線が集まる。その中には困ったようにオロオロしてる可愛い店員さん達もいる。本当は戦いたくないが…仕方ない、足に力を入れスキルを使用する直前、誰かの声が酒場に響いた。
「やめねぇか!!!」
声の主は紫色の髪をしていて、ヤンキーぽいなりをしているがどこか高貴な雰囲気を持っている青年だった。
「チッ!ジールの奴か…」
ゴルドとボルギはジールと呼ばれる青年を見ると大剣を収めた。
「この状況を見れば大体何が起こったか理解できる。君達すまなかった」
ジールは俺たちにそう言うと頭を下げた。
止めてくれて助かったのは俺たちの方なので頭を下げる必要なんてないんだけど…
俺たちもゴルド達に続いて剣を収めた。
「おい!お前ら!騒ぎは終わりだ!散れ!」
ジールに言われ、先ほどまで騒いでいた連中は店を出たり、また飲み直しを始めたりした。
ゴルド達はボルギと遠巻きで見ていた仲間達、合計5人でギルド酒場を出て行った。出て行くときに「命拾いしたな、坊や」と捨て台詞まで残して、全く感に触る奴らである。
「さて、自己紹介が遅れたな。俺の名前はジール。そしてそこにいるのが俺の仲間のガットとミィだ」
ジールが指差した先には屈強なドワーフの戦士と可憐で美しいエルフの女性がいた。
ドワーフの方は名前はガット、ビックシールドとハンドアックスを装備している。優しい顔をしたドワーフだ。身体はドワーフにしては大柄でなかなかの巨漢といったところである。
エルフの女性、名前はミィで装備を見る限り魔法使いのだとわかる。大きなとんがり帽子に長めのローブ、大きな杖を装備している。
「止めに入るのが遅れて悪かったな。3階でクエストの報告をしてたもんだから気がつくのが遅くなっちまった」
「いや、助かったよ。実際戦ってたら負けてたかもしれないし」
「そうか?結構いい勝負だと思うぞ。それより酷いな…酒でもぶっかけられたのか?」
改めて自分の格好を見るの買ったばかりのレザーアーマーが悲惨な状態になっていた。シミだらけである。
「最悪な気分だ…」
そうボヤいているとエルフのミィが俺の前に出てきた。
「ミィやってやれ」
「言われなくても…ほい!【クリア】!」
ミィの杖の先端から優しい光が溢れる。そしてその光は俺の全身を包み、汚れを浄化した。
「すごいな!助かったよ。ありがとう…えーと、ミィさんでいいのかな?」
「私の事はミィでいいわよ。そういえばあなた達の名前聞いてないわね」
「自己紹介が遅れて悪い、俺はシュンだ」
「私はアンリって言います」
「よろしくな!シュンにアンリ!」
ジールにミィ、ガットの3人は悪い奴らじゃなさそうだ。
お互いの自己紹介を終えたところで、ギルドのドアから1人の見覚えのある男が入ってきた。
時間になっても戻ってこないからわざわざ迎えにきたのか……
「シュンにアンリちゃん、時間はとっくに過ぎてんぞ?流石に待ちくたびれたぜ」
アニメや漫画だと普通は俺らが絡まれてる時に来るのが定番なんだけどな…
こうしてギルドの酒場で先ほどの騒動を何も知らない男、イディアと合流した。