狼人との死闘
「なんか…普通な家だね」
「そうだな」
俺とアンリは狼人に連れられて、家の中に入った。
家の中には暖炉に火が付いていて、その上でお湯を沸かしている。部屋の隅には保冷箱と言う魔道具が置いてある。わかりやすく言うと冷蔵庫だ。
部屋の真ん中にはテーブルとイスが置いてあり、俺とアンリは腰をかけた。
ちなみにどれも綺麗に両断されている。イスは背もたれがなく、冷蔵庫は上の部分が斬られていて、床に斬られた部分が落ちている。
狼人が床に散らかった背もたれや、冷蔵庫の中に入っていたであろう食材達を片付けている。
「なぁ、狼人」
「なんだ?坊主?」
「いきなり両断して、悪かったよ…」
素直に申し訳ない気持ちになった。
「俺の首まで転がってなくて良かったな」
ゲラゲラ笑っているが、
そのつもりで攻撃したんだけどね。
「気になっていたが、お前はどうやって俺の攻撃をかわしたんだ?」
「危ねぇ攻撃がきたから普通に伏せた」
「なるほど…」
ある程度片付け終わった狼人は、3人分のお茶を入れて自分も椅子に腰掛けた。
「さて、何から話したものか…」
「何でこんな辺境に狼人のお前が居るんだよ」
狼人はお茶をすすりながら、遠い目をしている。
「まぁ、全部話してやるか」
「まずは自己紹介からだな、俺の名前はイディアだ。年は24歳で人畜無害な狼人だ。そっちの坊主の名前は聞いたが、嬢ちゃんはなんて言うんだい?」
「アンリって言います」
「そうかいそうかい。よろしくなアンリちゃん」
イディアは優しい表情を浮かべている。
「よし!俺がなぜこんな辺境に居るかを教えてやろう」
俺とアンリが見守る中、イディアは話し出した。
「俺は元々、王都の西側にある狼人の集落で暮らしていた」
やはり狼人の住処は王都の西側なのだ。
「俺の主な食事は人間が食べるような物がほとんどだ。一般的な狼人の食料は何か知ってるか?」
「肉だろ?」
「そうだ。俺の集落にいた奴らは特に人間の肉が好物で、よく俺たちを討伐に来た冒険者と死闘を繰り広げてはその肉を喰らっていた」
「あまり聞きたくのない話だな」
「そうか?俺は特におかしな事はないと思っている。俺たちの命を奪いに来ているのだから、自分達が死んでも文句はいえないだろう」
イディアはそのまま続ける。
「だが、人間を喰らうのに俺でも関与出来ない場合がある。わかるか?」
「冒険者じゃない普通の人?」
「正解だアンリちゃん。ある日、集落から少し離れた場所にある村に5、6匹の狼人が人間を攫いに行く出来事があった」
「一番近くの王都じゃなくて?」
「ああ、凄腕の冒険者がいる王都では危険が高いからな、話を戻すぞ?5、6匹の狼人は若い女を4人に子供を9人攫って来やがった」
「なんで女、子供だけなんだ?」
「女、子供の肉が一番美味しいらしいからだ。俺はよくお忍びで集落の周辺にある村や街に遊びに行って金を払って飯を食うことがあったんだが、ちょうど奴らが攫ってきたのは俺の知ってる顔の子達だったんだ。流石の俺も我慢ができなくてな、同種の仲間達を大量に殺害して人間達を村まで送り届けた」
大方の話しが見えてきたな。
「同胞殺しに人間の味方をした魔人を魔王軍が許すわけもなく、俺は魔王軍のお尋ね者になったんだ。それで命からがらこの辺境まで逃げてきたって訳さ」
イディアはお茶を飲み一息つく。
「気になったんだけど…同種の狼人を大量に倒せるほどイディアさんと他の狼人には力の差があったの?」
アンリの指摘はもっともだ。
「魔人と魔獣は自分の同胞を倒せば倒すほどに【ステータス】が上昇する。同種なら更に強くなれる。俺が最初に不意打ちで首をはねたのは、集落で最も強い集落の長だ。それのおかげで一気に【ステータス】が上昇して、なんとかなったってわけさ」
ステータス?モンスターにもステータスが存在して、仲間を倒せば倒すほどに力をつけるって初めて聞いたぞ。
「なぁ、ステータス見せてくれないか?」
絶対見せてくれないだろうけど、言うだけ言ってみた。
「いいぞ、別に見られて困るものでもないし」
え?てっきりダメかと思ったんだが、思ったよりもあっさりしてるな。
イディアが強く念じ、ステータスが表示される。
イディア【狼人】【Lv.29】
【体力】500
【力】240
【耐久】470
【敏捷】670
【魔力】80
【精神】230
【スキル】【格闘Lv.7】【短刀Lv.4】【獣人化】【擬人化】
【魔法】
「強っ!え?強すぎるだろ!」
イディアが最初に言ってた敵対していたら顔を見た時に、首が飛んでるって言うのは冗談じゃなかったのか。
「まぁ落ち着けよ。狼人は本来獣人化をして戦うものだ。人間の姿だと今見せたステータスの半分ほどしか発揮できない」
それでも強い、そもそもモンスターにステータスが存在するのにも驚きだ。
「まぁとにかくだ。今の話から俺が村人を襲うように見えるか?」
「うーん、お前じゃないって言うなら誰が村を襲ったんだよ」
確かにイディアが村の人達を襲ったとは考えづらい。もしイディアの高ステータスで村を襲っているのなら、生き残りなど1人もいないはずだからだ。
「てか、俺が村襲ったって誰が言ってたんだ?俺は食料とか買いにあの村行くから狼人ってバレてないはずなんだけどな」
「俺たちに村が襲われたって話してくれたのは、村の入り口にいる老人だよ」
「ふーん、それで?他の村人からも話はちゃんと聞いたんだろうな」
「ああ、実際に狼人に襲われた人に話を聞いたよ」
「それで?そいつは何て言ったんだ?」
「狼人の特徴は体毛が黒でかなり老いた狼人だったと行ってたな。かなり力が落ちていたって話だった」
「ふーん、体毛が黒か…それで老いて弱体化してるねぇ、そもそも俺のこの場所を教えたのは最初に言ってた老人か?」
「確かそうだったよね?シュン?」
おかしい……なぜ生き残った村人は俺に狼人の場所を伝えなかった?なぜ老人はこの場所を知っていたんだ?老人が知ってるくらいなら生き残った村人も知っているべきだ。それを俺に話さなかったってことは…
「だいぶ話が見えてきたな、悪いが俺も村に同行させてもらおう」
「イディアさんも一緒について来ちゃって大丈夫なの?」
「問題ない、さっきも言ったが、俺は良くあの村に食料を買いに行っている。それに…もしもの時は俺がいなきゃヤバイだろうしな」
「なんのこと?」
アンリが不思議そうな顔をしている。無理もないだろう。
「あと数分後にはわかるよ」
「シュン、お前も気がついたか」
イディアがニヤリと俺の方を見る。
「まだ可能性の段階だが、もしかするともしかするかもな」
俺は気を引き締め直して、イディアを連れ村に戻った。
―――――――――――――――――――――――
村に着くと入り口に老人の姿は無かった。
「あれ?居なくなっちゃったね。どこ行っちゃったんだろう」
「居ないなら仕方ない、村の人にどこにいるか聞こう」
俺たちは村の広場にある、レベリングストーンの管理人に話を聞くことにした。
「すいません、また少しお尋ねしたいことがあるんですがよろしいですか?」
「また君か…なにを聞きたいんだい?」
「先ほどまで村の前にいた老人に会いたいのですが、どこにいるかわかりますか?」
「さぁ、今日はずっとここにいて村の中を見てたけど…そもそもこの村には老人ってほどの人はいなかった気が…」
どうやら悪い勘が当たってしまったようだ。これはのんびりしてられないな。
「ありがとうございました。もう十分です」
「一旦老人が居たって場所に連れて行ってくれないか?」
「ああ、分かった」
俺たちは再び足を進め、村の入り口にまでやってきた。
「やっぱり、あのおじいちゃん居ないね」
入り口に戻ってきたが、老人の姿は無かった。
イディアは目を閉じ何やら集中している。
「なぁ、あの隅にある家に居そうじゃないか?」
イディアが目を開き呟いた。
「なんでそう思う?」
「……秘密」
まぁ入り口に居ないのだから、ここに居ても仕方がない。
俺たちは村に入ってすぐ右の隅に佇む一軒家を訪ねた。
「すいませーん!誰かいませんか?……ダメだ。鍵も掛かってる」
「そうか…じゃあ蹴り破るか!」
「おい!イディアやめろ!まだ誰の家かわからないだろ!!」
「人の家をぶった切った男のセリフじゃねぇな?」
−ガチャ−
イディアが蹴り破ろうとするのを、必死に止めているとドアが開き、中から俺たちに依頼をした老人が出てきた。
「おお!お前さん達!生きておったか!むぅ?その後ろの男は……」
老人はイディアを見ると唖然としていた。
「この人は俺たちの仲間です、ついさっき合流しました」
「そ…そうなのか!?」
老人はかなり動揺してるみたいだ。
揺さぶりを入れるか…
「それでですね。丘の上の一軒家には何も居なかったのでさらに詳しくお話を聞かせてもらおうと思いまして…」
俺がそう言う終わると老人は顔を赤くして俺たちを睨んでくる。
「誰もいなかっただと!?嘘をつくでない!狼人があそこに住んでいたはずじゃぞ!」
「失礼ですが、あなたはどこでそれを知ったんですか?」
「どこ?どこも何も儂はこの目で見たのじゃ!」
見たねぇ…もうこれは決まりかな。
俺が剣を抜こうとするのと同時にイディアが動いた。
「もういい、茶番は終わりだ…」
イディアが呟き、前へ出る。
「おい…ジジイ、人間の血の匂いがお前からプンプンするぜっ!」
言うが早いか、イディアは大地を踏みしめ、疾風の如くスピードで老人の顔を蹴り飛ばした。
まぁ、俺にはその蹴りが早すぎて全く見えてなかったが…
老人は目にも留まらぬスピードで家の中に轟音とともに吹き飛ぶ。
イディアの躊躇の無さには感服するが、思わずスピードワ◯ンさんっ!と言いたくなるセリフを言ってたな。
「えっ?ちょっ!イディアさん!何してるの!?あんなの受けたらおじいちゃん死んじゃうよっ!」
アンリがイディアのいきなりの行動にひどく動揺している。
「アンリちゃん、あのジジイが今回村を襲った犯人だぜ」
「えっ!どう見ても普通のおじいちゃんだったじゃん!」
「落ち着けよアンリ、イディアの言ってることは正しい。どう考えてもあの老人以外、今回の犯人が思い浮かばないよ」
「この状況についていけてないのは私だけ?」
アンリは予想外の急展開についていけず、頭を抱えて唸っている。
「それはそうと、奴はやったか?」
大体このセリフを言う時はやってないのだが、まぁ見た限りあれで仕留められたとは思えない。
「手応えはあったが奴はピンピンしてるだろうぜ」
「あの高ステータスの攻撃を受けてピンピンしてるって弱体化なんてしてないんじゃないか?」
弱体化してない狼人なんて俺とアンリじゃ戦いにすらならないぞ!?
「いや、弱体化は間違いなくしてるだろう。俺の見立てではDランクぐらいまで弱ってるんじゃないか?まぁ、俺自身ぶっちゃけまともに戦闘をするのが2年ぶりなもんでかなり鈍ってるわ」
こいつ!2年ぶりの戦闘とか早めに言っとけや!
「ちゃんと【格闘スキル】を使って攻撃したから少しはダメージ入ってると思うけどな」
確かに、あまりの攻撃のスピードで見えにくかったけど、イディアの右足がほんのり青く光ってた気がする。
家の奥から足音が聞こえてくる。
「それでも十分元気そうだけどな」
「まぁ、久しぶりだからな、しょうがねぇよ」
家の奥から老人がゆっくり歩いて出てきた。口元には血が滴っているが、見るからに軽傷で済んでいる。
「いやはや、いきなり攻撃してくるとは思わなかったわい。まさかその狼人を仲間に引き連れてくるなんて想定外じゃ」
「そうかい、俺はお前が犯人だって想定内だけどな」
「ほほほ、そうか…正体がバレたのなら仕方がない。お前らは殺す」
「【獣人化】」
老人がスキルを唱えると老人の身体は膨張していく、全身は黒い体毛に覆われ、強靭な顎は牙を搭載し、手の先には巨大な爪が鋭い光を放つ、見る見るうちに見事な獣人化を成しす。もはや老人の面影はなく、そこには凶悪な二足歩行の狼を模様した化け物がいた。
「グルルッ!もうコうナッテは遅イ、お前タチは助からナイゾッ!」
「おい!ちょっと待て!戦う前に聞きたいことがある。」
「何ヲ今更?」
「お前が攫った3人の子供はどこにいる?」
狼人は不気味な笑みを浮かべた。
「俺ノ腹のナ……ガッ!?」
狼人が言い終わるより先に、イディアの蹴りが再び炸裂し、狼人を後方へ吹き飛ばす。
「シュン!戦いの準備をしろ!こんなクソ野郎はここで殺す!」
「ああ…」
俺は漆黒の鞘から純白の剣身を出す。
「アンリは村に被害が出ないように村の人たちを広場まで避難させといてくれ!」
「私も戦いたい!シュンのこと私が守らなくちゃ!」
「今はイディアもいる!村の人を避難させないと被害が出るかもしれない!頼む!」
アンリは複雑な表情を浮かべながらも納得したようだ。
「死なないでね!」
そう言うとアンリは村の中へと走って行った。
アンリが村に中に走っていくのを確認し、狼人に意識を集中させる。
狼人は蹴られた顔を撫でながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
俺は剣を構え、攻撃に備える。
…… ︎
突然、狼人は俺の視界から消えた。
「えっ…」
気がつくと、目の前に鋭い爪が迫っている。
早すぎる、これは避けられない…
鋭い爪が俺の喉を切り裂く間近、イディアの蹴りにより狼人の腕は蹴り上げられた。
「クゥっ!」
「シュン!一回離れろ!」
言われるよりも早く、俺は狼人と距離を取った。
額から冷や汗が垂れる。
全く見えなかった。イディアがもしいなかったら俺は今の一瞬で死んでいた。
「狼人は初速から最大速度が出る!俺が戦っているうちに眼を慣らせ!」
「惜しカッタ、邪魔をスルナ!」
狼人の目にも留まらぬ攻撃は、イディアに擦りすらしない、それどころかイディアが攻撃を避けるついでに蹴りをお見舞いしているように見える。
俺は必死で眼を慣らすために、2人の戦いを目で追う。
最初は早すぎて何がなんだかわからなかったが、だんだんと見えるようになってきた。これもステータスのおかげと奴が弱体化しているからだ。
「イディア!いけるぞ!」
「わかった!」
俺は精神を集中させる。レベリングストーンのお陰で俺のステータスは前と比べ物にならないほど上がってる。俺はステータスに物を言わせ地を全力で蹴る。
(【ドライブ】【スラスター】)
出し惜しみは出来ない!全力でコイツを倒しにいく!
【ドライブ】と【スラスター】の合わせ技、この技はゴブリンリーダー戦でも使ったが威力とスピードはその時の比にならないだろう。
狼人はは俺のスキルを確認すると同時に横に飛ぶ。
俺の放った剣撃は狼人に擦りもしない。
くっ!早すぎるだろ!
【ドライブ】
横に飛んだ狼人をスキルを駆使し追う。
ここだ!
【スラスター】
タイミングを見計らい【ドライブ】の斬撃に合わせて攻撃範囲を拡張しても狼人には当たらない。
ダメだ。早すぎる。スキルを使っても攻撃が当たらない。
「シュン!避けろ!」
−瞬間−
視界が歪んだ。
狼人の筋肉質な足から放たれた蹴りに反応しきれず、腹部を蹴り飛ばされたのだ。
「か…っ…」
そのまま10メートルほど吹き飛び、地面に激突する。
あまりの衝撃に呼吸が出来ない……口の中は砂と血の味がする。
「シュン!」
イディアの声が聞こえる。
くっそ!弱体化してる相手に何もできずいたぶられるだけなんて、恥ずかしくてアンリに顔を見せられねぇ…
気合いでなんとか歯を食いしばりながら立ち上がる。
狼人は余裕な表情でこちらを見下ろしていた。
「弱いナァ」
立ち上がった俺の横にイディアが来る。
「ステータスに差がありすぎるな、悪いが俺がアイツを仕留めて構わないか?」
そういえば、俺のステータスをイディアには見せてなかったな…
俺は口の中の砂と血を吐き、呼吸を整え剣を構え直す。
「俺は……まだやれるっ!」
イディアが本気を出せばアイツを倒すのは簡単だろう。しかし、ここでイディアに全部任せるなんて俺のプライドが許すわけがない。
「モウいいカ?」
狼人の足が青い光に包まれる。
「【瞬足】」
瞬間、狼人は圧倒的なスピードで駆ける。
早い、さっきよりも断然早い!
しかしさっきの攻防のお陰で俺もやっと自分のステータスに慣れたのだ。
辛うじて視界の隅に黒い物体が猛スピードで動いて居るのを確認した。
もう一撃、攻撃を受けたら立ち上がれるかわからないな。
俺は自分の勝利を思い描きながら3回スキルを連続発動する。
【ドライブ】
1度目の高速移動で狼人の横に着く。
狼人スピードに付いてきた俺を確認すると、大きく腕を振り上げた。
【ドライブ】
1度目の【ドライブ】の斬撃モーションの直前に2度目の高速移動で全力で地を蹴る。狼人の鋭利な爪を上空に飛翔する事でやり過ごす。
【ドライブ】
3度目の高速移動は空を蹴り、狼人目掛け急降下する。|
狼人に衝突する間近、三度唱えたスキルにより、圧倒的なスピードを帯びた純白の剣が狼人の首元に高速斬撃を放つ。
あと、少しっ!
「はあぁぁぁぁっ!」
剣が首に触れたところで狼人がさらに加速する。
「くっ!」
高速斬撃は狼人の首元にかすり傷を負わせる程度で収まった。
「サッきヨリ、動きにキレがアルナァ」
狼人は少しその場から後ろに下がった。
狼人は距離を空けると、両手両足を地につけ、前傾姿勢をとる。鋭い眼光が俺に狙いを見定めている。
「やばいぞ!その技をまともに受けるな!」
イディアの声と同時に狼人の大きな口からスキルが放たれる。
「【大狼の咆哮】」
次の瞬間、狼人の大きな口から衝撃波が放たれた。
さっきの連続スキルの反動で動きに一瞬の遅れが生じる。
これは避けられないっ!
剣を盾のように構え衝撃に備える。
衝撃波は地面を深くえぐりながら俺の全身を襲った。
「ぐっ、がっ…は!」
狼人から放たれた一撃は30メートル離れた民家ごと俺を吹き飛ばす。
地面の砂や土、民家と一緒に衝撃波に吹き飛ばされた俺は消え掛ける意識を必死で保つのが精一杯だった。そのまま勢いよく地面に転がる。一瞬自分の身体が無くなったような錯覚を味わった。
や、やばい……身体の節々が悲鳴をあげてる、意識も朦朧としている。痛みのおかげで何とか意識を保っている状態だ…口からは大量に吐血しているし、視界が赤い、衝撃波による影響だろう。
倒れたまま正面を見ると、イディアが俺を庇うように狼人と交戦しているのが見えた。
くそ…何が「まだやれるだ」…全然ダメじゃねぇか…
みっともないなぁ、こんなところで瀕死にさせられてまだ冒険者にもなってないぞ…
こんな様じゃアンリだって守り抜けない…
アンリが一緒に行くと言った時、アンリを守るって誓っただろうが…根性見せろよ…俺!
もう一度だけでいい…
覚悟を決めろ…
瞬間、身体の痛みが引いた。ダメージによって重く感じていた身体は羽根のように軽く、全身に力が溢れてくる。精神は研ぎ澄まされ、イディアと狼人の高速バトルもしっかりと目で捉えられるようになっていた。
これは………【ユニークスキル】か?
思いの強さに応じ、ステータス上昇……そして、完全回復…このタイミングで発動したのか……
俺は立ち上がり、吹き飛ばされた際に手から落とした剣を拾い上げ、狼人を見据えた。
「イディア!」
イディアは俺の方を見て、驚いた表情をしていた。
おそらく、もう立ち上がれないと思っていたのだろう。当然だ死んでいてもおかしくない一撃を食らったんだからな。
「イディア、もう大丈夫だ!あとは俺がやる!」
イディアは狼人を蹴り飛ばしながら俺の元まで来た。
「お前、大丈夫なのか?さっきまでの傷は一体…」
「大丈夫だよ。もう負ける気がしない」
「さっきので分かっただろう!?無茶だ!あとは俺に任せろ!」
俺は真っ直ぐイディアの目を見た。
「頼む、俺に任せてくれ」
「はぁ……わかったよ!勝手にしろ!アンリちゃんが泣いても知らないからな!」
「ありがとう、アンリは泣かせないよ。それに負ける気がしない」
イディアに蹴り飛ばされた狼人は先ほどのようにゆっくり歩いて、近づいて来る。
「ボウズ、あレヲ喰らっテ生きテイタか」
「ああ、なんとかな」
「死ンだフリデモしてレバいいモノをっ!」
狼人が地を蹴り、横へ高速移動をする。
俺は剣を構え、ただ狼人を見据えた。
狼人の脚に青い光が集まっていく。
「【瞬足】」
高速移動からの蹴りが俺目掛けて飛んでくる。
「はあぁっ!」
俺は蹴りのタイミングに合わせて全力で剣を振るう。
「エッ…?」
鈍い金属音が辺りに響いた。
狼人の右脚が付け根から切断され、宙を舞う。
「グオオおおおおッ!」
「【ドライブ】」
すかさずスキルを使い、間合いを詰め、狼人の首元目掛けて、剣を振るう。
狼人は首を左腕で庇った。その結果、首の代わりに左腕が切断され、狼人は呻き声をさらにあげる。
「クッソォォォォッ!」
狼人は大きく後ろに下がる。
「ドウナッテル!?先ほどト、全クノ別人じゃないカッ!」
「悪いな、今は全く負ける気がしないっ!」
「クソが……」
狼人はヨロヨロと左側に歩き出した。
「どうした?様子見か?来ないならこっちから行くぞっ!」
「グァルルル。」
狼人はある程度進むとそこで、左脚と右腕を地につけ、先ほどの様に前傾姿勢をとった。
「やめとけ、流石に2発目は当たらない」
狼人は笑みをこぼす。
「オマエの後ろにはナニがアル?」
何?俺の後ろ?……
後ろにはアンリによって避難している村の人たちが大勢集まっていた。
狙いはこれかっ!どこまでもクズだな…
狼人は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「自分の命ガ惜ケレバ、村の奴らを犠牲にスルンダナッ!」
「くそっ!」
狼人は大きく息を吸い込む。
考えている時間はない、覚悟はさっき決めただろう…
俺は剣を上段に振り上げ、狼人のスキルに備える。
狼人がスキルを全力で放つ。
「大狼の咆哮!!」
俺は振り上げた剣をスキルの発動と同時に振り下ろす。
「【スラッシュ】っ!!」
純白の剣が赤い光を帯び、巨大な斬撃を放つ。
狼人の衝撃波と、俺が放った斬撃がぶつかり合う。
辺りの地面は深くえぐれ、大気が揺れる。
「ウォォォォォォッ!クタバレェェェェっ!」
「ハァァァァァァっ!斬り裂けぇぇぇぇ!」
激しい轟音が鳴り響き、土煙があがった。スキルとスキルのぶつかり合いは激しく大地を揺らした。
音が鳴り止み、土煙で視界が悪い中、俺は狼人の姿を捉えた。
狼人は右肩から腰にかけて大きく深い切り傷を負っていて、その場に倒れている。
「はぁ、…はぁ…」
スキルがぶつかり合った場所は2つの大きなクレーターが出来ている。
どうやら俺の斬撃が狼人の衝撃波を狼人もろとも真っ二つに両断した跡のようだ。
「シュン、やったな」
「ああ…」
俺が放ったスキル、【スラッシュ】自身の斬撃を飛ばすことができるスキルだ。威力と射程距離は自身の力と技量と魔力に依存する。
「グッ…こんナ、はずで、ワ!」
「まだ、生きてんのかよ。トドメを刺してもいいか?」
「いや、待ってくれ。そいつには少し聞きたいことがある。」
俺とイディアは倒れている狼人の前まで歩いて行く。
狼人は左腕と右脚、右肩から腰にかけては致命傷を負っている。長くは持たないだろう。
「おい、なんで俺たちにギルドの依頼なんて頼んだんだ?遅かれ早かれお前は冒険者に討伐されてたぞ」
「村ノ奴らヲ皆殺しニした後、全テノ罪をソイツに被せる算段ダッタンダヨぉ!テメェらが!テめェらさえ来なキャぁ……」
狼人はイディアを見て悔しそうにその場で息を引き取った。
「終わったな…」
俺は身体から力が抜け、その場に崩れる。
どうやら【英雄の資格】の効力が切れた様だ。
「おい!大丈夫かよ!」
イディアに肩を借り、何とか立ち上がる。
「スキルを使った反動だろうな。そのうち良くなる」
「それならいいんだが」
遠くから声が聞こえた。
「シューン!イディアさーん!」
村の広場の方から、アンリと村の人たちがこちらに向かってきていた。
「倒したんだね!」
「ああ、満身創痍だけどな、何とか勝てたよ。ところで何で村の人たちも一緒にここへ?」
「村の人たちがね!旅の人に任せっきりはできないって、みんなシュン達の方に走り出しちゃったんだよ」
なるほど。
「それにね!こっちは怪我人0人だったよ!」
アンリが自信満々に言ってくる。実際アンリが村の人たちを誘導してくれてなかったら、最初の衝撃波の時に犠牲者が出ていたはずだ。
「ありがとよ」
「どういたしまして!」
俺とアンリが一通り話し終えると、1人の中年男が俺たちに歩み寄ってきた。
「この度は、村の危機を救ってくださってありがとうございます!私はこの村の長です」
村人の中から出てきたのは村長だった。
「村を救っていただいたお礼がしたい!何なりとお申し付けください」
俺はアンリとイディアを見た。
イディアは困った様な顔をしているが、アンリは何か言いたくてウズウズしている様子だ。仕方なくGOサインを出す。
「お風呂!私達ずっと歩きっぱなしで、疲れてるからお風呂に入ってさっぱりしたい!」
やはりか…
「え、ええ…わかりました!村の西側に天然の温泉がございますので、そこを是非お使いください。本日の夜は亡くなった村人達の弔いと…酒の席を広場で用意いたしますので、その時にでも何かございましたら何なりと」
そう言って村長は村の人たちと荒れきった。村の修繕を始めたのだった。
――――――――――――――――――――――
俺達はとりあえず温泉ではなく、村の奥にある回復魔法を使える。女性のところへ向かった。
俺が受けた傷は内部的ではかなり深刻なものだと覚悟していが、【英雄の資格】の発動によって、大体の傷は完治していた。
その後、俺とイディアはアンリに連れられて、温泉へと向かう。
温泉の中はなかなか広く、しっかりと男湯と女湯に別れている。
俺はイディアと一緒に男湯へ、アンリはウキウキしながら女湯に向かった。
「シューン!湯加減どう?」
壁越しからアンリの声が聞こえてくる。
「いい感じだよ!でもここを使うのは俺たちだけじゃないんだ!壁越しに話しかけてくるな!」
「はーい!」
壁からアンリの鼻歌が聞こえてくるが気にするのはやめよう。
俺は1人静かに湯に浸かるイディアに話しかけた。
「なぁ、イディア?」
「なんだ?」
「村の人たちは俺たちに感謝していたけど、俺は納得してないよ」
「何にだ?村の危機を救ったんだ。立派じゃないか」
「本当にそうか?村は確かに救った。でも…犠牲になった、死んだ人達が帰ってくるわけじゃない…」
「仕方ないさ…お前達が村に着いた時にはもう犠牲者は出ていたんだろう?」
「でも、最初の段階であの老人が狼人だって気がついていたら、連れていかれた子供達はまだ助かったんじゃないかって思うんだ」
「俺と出会う前に奴の正体を看破していたなら、お前とアンリちゃんは死んでいたよ」
「それは…確かに…」
「それにだ!村の人たちは今夜何をやると言っていた?」
「亡くなった人達の弔い?」
「そうだ。何の罪もない者達が死んでいくのは、この世界にはよくあることだ。村の人たちはそれを理解している。理解した上でそれを乗り越えるんだ」
そうか……俺はアニメや漫画の主人公じゃない、全てを救うことは難しい。
「村の人たちが何故、弔いの後に酒の席を用意するかわかるか?」
「いや、さっぱりわからん」
「誰しもがやりきれないって事だよ」
イディアが言わんとすることがわかった気がした。
「それにしてもお前よくあの攻撃を受けて死ななかったな。見た限りのステータスじゃ身体が木っ端微塵になっていたはずなのに」
なんて物騒なことを言い出すんだ!あの攻撃ってのは【大狼の咆哮のことか。
「多分だけど攻撃を受ける直前に剣を盾代わりにしたから耐えることができたんだと思う」
「なるほど、あの剣はなかなかの業物のようだからな、おそらくほとんどの衝撃を剣が代わりに受けてくれていたんだろう」
イディアの話によると、あの攻撃は超強力で俺のステータスなら本来の威力の半分程度で死に至るらしい。
あの剣をくれた親父に感謝しなくちゃな。
その後、少しの沈黙が続いた。
それにしても今回はかなり危なかった。イディアが居なければ俺もアンリも死んでいただろうし、村の人たちも全滅していただろう。何だかんだ今回のMVPは満場一致でイディアだ。
今後の旅にイディアのような奴が居れば、どれほど心強いか…
「なぁ、イディア」
「今度は何だ?」
「お前、俺達と一緒に冒険者にならないか?」
俺は自然にそう言っていた。