ぼっちは静かに期待する。
少し、面白くない話をしよう。
俺は最近三人の女子に告白してフラれた、別にいけると思って告白した訳でもなければ友達とのノリで告白した訳でもない。それと、その三人の女子を好きだと思ったこともない。なら、なぜわざわざ告白したのかと思うだろう。理由は簡単だ、俺が完全なぼっちであるためにわざと嫌われる、あるいは避けられることをしただけで、これは強がりでも誤魔化しでもなく本心であると。
俺(立花 霞)は千葉県立つつじ商業高校に入学して二ヶ月と少し経ったが友達がいない、いや、つくっていないとも言えるか、でもこう言うと大概言い訳として捉えられてしまう。だが本当に俺は友達をつくろうとしていない。もちろん話しかけてくる奴はいるが無視こそしなくても反応は薄めであったりやや冷たい感じで対応し、あまり話したいとは思わせないようにしている。これでほとんどの人は寄り付かなくなる。それでも寄ってくる奴がいたら先の話のようなことをするだけだ。
俺が何故そこまでして友達をつくろうとしないのかと言うと、単純にコミュニケーションをとるのが苦手なのもあるし、一人でいれば無駄に気を使うこともないし変にストレスが溜まることもない。つまりは一人が楽で、一人でいるのが好きだからこうしている。
まぁ、それでも教室にいれば周りの会話がいやでも耳に入ってくるのだが。
「なぁなぁ、B組の中谷ってやつ知ってる?」
「ん?あぁ知ってる、なんか地味めな感じだけど女にはぐいぐいいくって噂があるよな」
「そうそう!でさ、その中谷、ついに彼女出来たらしくてさ」
「まじかよ!え、それって相手誰なん?」
「それがさ、うちのクラスなんだけど…」
「うっそ、あいつかよ!」
「ばっか声でかいって!」
いや、二人とも声でかいから。
B組の中谷がどんなのかは知らないが彼女ができたとはめでたい話だな、どうでもいいけど。
わざわざ相手の名前を言う時、気を使ってか声を小さくしていたがその後に少し様子を伺うようにチラ見してしまっているあたり、完全に気を使えていない。俺は友達はいないがこうして周りの情報を知ることは割と面白くて好きで、席が一番後ろということもあってクラス全体を見ることが出来る。まあでも友達がいたら友達との会話に集中してしまって他の話に聞き耳を立てることも出来ないんだろうから、これはぼっちの特権だな。
今は休み時間だから多くの生徒が会話をしているため全員の話をまとめて聞くことが出来ないのが少し残念だ。俺は聖徳太子じゃないからな。
その後も二人の男子生徒の話に耳を傾けていると、すぐに授業開始のチャイムが鳴る。
「うへー、もう授業かよ」
「めんどくせーよな、後でサボりにトイレ行こうかな」
「おっそれいいね!タイミングずらして俺も行こうかな」
「行こうぜ行こうぜ」
今から始まる授業は生物基礎だから、進学よりも就職メインのこの学校に来ている生徒達からしたら基本的に必要のない内容だと考えられているんだろう。実際、俺もそう思っているし、むしろ勉強なんて必要無いとまで思っている。勉強嫌いなんだよ。
授業を始める際の挨拶が終わり、授業が始まる。
生物基礎の先生は割と緩い人だからか周りの生徒は半数近くがくだらない下ネタの話や放課後にどこに行くかなどの話をして盛り上がっている。休み時間と何ら変わらないレベル。
流石にうるさすぎたためか、先生も注意しようと手に持っていた教科書を教卓の上に置く。
「ほら、少しうるさすぎるから、先生の話も聞いてよ」
少しうるさすぎるってなんだよ。うるさすぎると思うなら少しは余計だろ。それに声が優しすぎる、これじゃ誰も聞かないぞ。
案の定誰も聞いちゃいない。未だに笑い声があふれている。
「おーい、聞いてる?ちょっと静かにしてね」
先生、本当に優しすぎるんだよなぁ。
「先生!腹痛いんでトイレ行ってきます!」
ばっ!と空気を読まずに勢いよく手を挙げてそう言ったのはさっきトイレでサボるとか言っていた奴の一人、川越だ。
「あんまり痛そうにしてないけど、とにかく行ってきなさい」
「はい!」
川越はにやにやしながら、サボタージュ仲間の西野に視線をやってから、足早に教室を出ていく。
川越が大きな声で先生とやり取りしたおかげか、教室の中は先程よりも多少なりとも静かになった気がする。
「はい、じゃあ教科書見てね。今度は少し読んでもらうとこあるからね」
その隙を見逃さず、先生は生徒を授業に集中させるためにそう言い、教科書の説明を再開する。
それから何分たっただろうか、恐らく二分程度だろう、そこでもう一人のサボり魔が手でお腹を抑えて腹が痛いアピールをしながら静かに手を挙げた。
「せ…先生、限界なんでトイレ行かせてください」
「だ、大丈夫?早く行ってきな、漏らさないようにね」
「すみません…」
先生の最後の一言で軽く笑いが起きた。
教室のドアを開けたときの西野の顔は「よっしゃ!騙せたぜ
!」とか思ってそうな顔をしていた。
これで奴らの作戦は上手くいったことになる。きっと今頃トイレでスマホでも弄りながら談笑している事だろう。
「じゃあ改めて、授業始めるよ」
先生はまた気を取り直してから授業を再開した。
その後に、誰かが「あいつらトイレ長くね?」という言葉を発したのは十分程が経ったあとだった。気づくの遅ぇよ。
結局サボり魔達はタイミングを少しずらして帰ってきて、寝ていた。
一切まともに授業を受けない気なんだろうな。
「じゃあ今日はここまでね」
始まりの時のように終わりの挨拶を済ませる。
丁度授業終了のチャイムが鳴り、また休み時間になる。今の授業は四時間目の授業だったので、この休み時間は昼休みで通常よりも長い時間休んでいられる。俺はこの昼休みが大好きだ。中学の頃は給食だったため移動して食事をとることが出来なかったが、高校では給食がないため各自で弁当を持ってきたり購買でパンなどを買って好きな教室へ移動したり外のベンチなどで食べることが出来る。よくあるアニメのように屋上は開いていないし、うちの高校には学食はないが、それでも移動して食べれるのは嬉しいものだ。
俺はいつものように外の人通りの少ない場所にある短い石階段に向かう。途中で、今日は弁当を持ってきていなかったことを思い出し、財布を持って購買へ行き、何か買うことにした。
「…やっぱり購買は行くもんじゃないな」
思わず小さくそう呟いてしまった。
何しろ購買は生徒の数に対して小さすぎる、ガタイのいい男子上級生や何かの拍子にぶつかったら痴漢扱いされそうでこわい女子生徒、そんな集団の中に俺のように入ろうか入らまいかうろちょろしている生徒。人数が多すぎる…。
どうしようかと迷っていると、数人で一緒に来ていたと思われる上級生がまとまって外に出て行った。
その瞬間を見逃さずに、空いた隙間をスルスルとぶつからないように(主に女子に)進んでいき、普段は優柔不断な俺だが状況が状況なだけに速攻でパンを二つ選び、購買のおばちゃんの前に差し出した。
「はい、二つで三百二十円ね」
「あっ、はい」
素早く財布を取り出し、小銭の残りを見る。丁度ぴったり出せそうだったのでそれも急いで取り出した。
「はい、丁度ね。ありがとう」
軽く会釈をして足早に購買から抜け出す。
「はぁ」
滞在時間は短かったが、体感時間は長く感じてしまい、ため息がこぼれる。
まあこれであとはゆっくりパンを食べられる。
この時期は気温が上がってきて、日陰で人通りの少ない場所はすごく居心地がいい。
昼休みも教室で周りの話を聞いていてもいいんだが、やはりあのうるさい空間に長くいるのは少し疲れるから、こうして落ち着いて過ごせる時間が欲しくなる。
こうして一人で静かに過ごしていると、少し考えてしまう。いつから俺はこんなに人と関わりたくなくなってしまったのかと。
小学から中学の二年頃まではもっと友達とも遊んだりしたし、自分から嫌われるようなことなんてしようともしなかった。別に友達に裏切られたことがある訳でもない、でも、いつだったかは分からないがこう考えてしまったことがあった。俺の友達は、本当に俺と仲良くしたいと思っているのかと。そう考えてしまってから、俺は友達と話をする時、友達の視線や表情の変化などに敏感になってしまうようになった。結果、ほとんどの友達が、話の途中で一緒にいる友達と本当に少しだが顔を引き攣らせながら目を合わせていたりしていた。気にしすぎと言われればそうなのかもしれない、でもそんな中途半端に仲のいい関係が俺は嫌だった。言葉で伝えた訳では無いけれど、雰囲気で伝わるものがあったのか、それからは少しずつ俺と遊んだりする友達は減っていった。
丁度その頃俺には彼女がいた、今思うと彼女はきっと本当に俺のことを好きでいてくれていたんだと思う。別れたのは俺が悪かったはずだ、友達を信用できなくなり、そのまま彼女までも信用しようとしなくなってしまい、会話もあまり続かないつまらない奴に成り下がってしまった。それに最終的にはフラれた訳ではなく俺から別れようといった。最低だ。この時に受験が重なり、もうほぼ友達と呼べる存在はいなくなっていて、すぐに卒業。結局友達がいないも同然の状態で卒業してしまった。しかしその頃には俺はこの一人で過ごすということに慣れてしまい、気を使う必要もなく、すごく楽でいいと、そう思うようになっていた。そのおかげで自分から人との間に壁を作るようになり、友達を作ろうとも思わなくなった。
ぼーっとしながら、そんな過去の事を思い出していると、予鈴が鳴った。
おっといけない、まだ一つパンを食べてなかった。急いで食べないとな。
昼食を食べ終えて教室へ戻ると、俺の席に地味系女子が座っていた。近くの席に友達がいたから使っていたんだろう。地味な子でも何気に友達がいるもんだよな。だがあれだ、もう少し綺麗に使ってほしいものだな、なんか袋のゴミとかちらかってるし。
とにかく授業が始まるギリギリまではどきそうにないので自分のゴミを捨ててトイレに行くことにした。
予鈴も鳴ってあと二分と経たずに授業が始まるということもあり、俺の他にはだれもトイレにはいなかった。
手を洗いトイレを出てまた教室へ戻ろうとすると、後ろから次の授業の先生が歩いてくるのが見えた。これで授業開始には確実に間に合う。
再び教室へ入り、自分の机の方に目をやると、袋のゴミは片付けられていたが、パンのかすが少し散らばっていた。なんだよあいつら、俺の机で鳥に餌でもやってたのかよ、鳥でももっと綺麗にするぞ。
仕方なく自分で机の上を綺麗にし、着席する。すぐにチャイムが鳴り、先生が入ってきて授業開始だ。
いつもの昼休みと違い、人が多い購買なんかに行ったせいか、ものすごく眠い、これはまずい、無理して起きてるとさらに眠くなって頭をこくりこくりしちゃうやつだ。授業中に眠るのなら一番前の席がいいのだが仕方がない。寝よう。
寝ると言っても完全に眠りにつこうとはしていない。頬杖をついて教科書とノートを開き、手にはシャーペンを握って顔の向きはノートに向ける。これで形は完成だ、あとは五分おきくらいに数秒間顔を軽く黒板に向け、また元に戻す。できれば完全に眠りにつきたいがそうするとほぼ確実にバレて怒られる。できれば注目はされたくないのでそれは避けなければならない。
そして俺はその動きを完璧にこなし…たと思っていた。
いや、俺も頭の中で思ってたんだよ。あれ?なんか俺すごい長く寝てない?もう五分経ったんじゃない?って、でも俺が目を覚ましたのは授業終了のチャイムが鳴った時だった。誰か起こしてくれよ、先生気付かなかったの?わざと?周りの人も起こしてくれればいいのに…。
まあでも俺周りの人達と全く関わりないし起こすはずないよな。
もうこんな失敗はしない、いや、今日はもうその心配はいらないんだ。なぜなら六時間目は体育だからな!ぼっちにとっては地獄の時間だ。
一年の体育では、はじめのうちは柔道をやらされるため、道着を着なくてはならない。始めての授業で着方を教わってからは、必ず授業開始までに道着を着て柔道場まで行かなくてはいけない。そのせいかみんなばたばたと準備を始めて道着を抱えて柔道場に向かっていく。俺はいつもその流れに合わせて向かうことにしている。
柔道場につくと、毎度のことながら、技の見本を見せる時に使う重い人形のようなものでふざけて遊んでいる連中がいる。また見つかって怒られんぞ…。と思っていると、予想通りそこに先生が現れた。
やべっ!とか言いながら急いで元の位置に人形を戻そうとするが結構な重量のためそんなに簡単にはいかない。
「おい!何やってんだお前ら!」
「いっいや!練習しようと思って…」
「勝手に触るなってこの前も言っただろうが!ちょっとこっち来い!」
「うっ…またか…」
あぁ、これはまたあれだな。
恐らく俺だけでなく、この場にいた全員があの連中が何をされるか察しただろう。
「うおっ!?」
ばん!っという衝撃と共に連中の中の一人が床に叩きつけられた。
そう、技をかけられている。これはパワハラとかそういうものとは少し違い、この柔道の授業が始まる前に恒例のように行われる芸のようなものだ。実際やられている奴らも痛そうにしながらも楽しそうな表情だ、ドMかよ。
「ぎゃっ!」
また一人倒された。
「んぬっ!?」
また一人。
今日はこの三人だけだったようだが、ひどい時だと五、六人が連続で技をかけられることもある。
「さ、授業はじめるぞ」
なんとも切り替えの早い人なんだろう…。
柔道の授業といっても基本的には受け身の練習がほとんどだ、準備運動の後、自分で前転をしてその流れで受け身の体制をとる。受け身の体制がわかってからは二人一組で簡単な技を掛け合ってそこでも受け身の練習をする。
そう、二人一組で。俺のクラスの男子の人数は偶数で、残念な事に今日は欠席や見学をする人がいない。余り者同士で組むことになる、この場合俺と同じように毎回余り者になるのがこの太っていてもう既に汗の臭いがしてくる柳原だ。そりゃ余り者にもなってしまうよな、と思ってしまう。
二人一組になってからはまず体を動かすことから始める。俺はこれが嫌いだ、馬跳びとかキツすぎる。だって柳原の背中なんかぬるぬるしてて跳びにくいし、俺が馬になる時柳原毎回引っかかって全体重支えなきゃならない。そのうちどっかの骨が折れてしまいそうだ。それから行う技の掛け合いはさほど問題は無い。柳原とは体格の差はあるが、俺は誰かが欠席している時などは真っ先に先生の元へ行ってペアを組んでもらっているためか、技のかけ方のコツのようなものは掴めたので、体格差のある柳原を倒れさせる位のことはできるようになった。
柳原と俺は二人一組になっているにも関わらず、全く話をしない。俺が話しかけるなというオーラを出しているようにでも見えるんだろうか、まあ実際話しかけてほしいとは思ってないけど。
その後も無言で技を掛け合っていき、少し試合形式の練習をした後、授業が終わった。
この後はショートホームルームがあって下校。うちの学校は今月、少し検定があったりするがイベント事は無いので連絡事項も少ないだろうからすぐにショートホームルームも終わるだろう。
案の定担任の先生からはそろそろ頭髪検査があるだとか検定が近いだとかの話をしただけですぐにショートホームルームは終わった。部活がある人は部活仲間と話しながら、バイトがある人は同じ駅に行く友達と話しながら、バイトしてない帰宅部は遊びに行く友達と話しながら教室から出ていく。当然俺は一人、予定もあるはずもないのでリュックを背負い、のろのろと駐輪場に向かう。家から学校までは二駅分ほど離れていて、自転車で来ている。周りにはちょこちょこ別の高校があるので中学が同じだった奴らは学力が同じ位の友達とまとまって高校受験をしていた覚えがある。友達が行くから、と言うだけの理由で高校を選ぶのはどうかとも思うが、俺も人のことを言えない、俺は逆に中学の同級生が極力少ない高校を選んだ。地元からは遠くない学校だが、学力が同じ位の学校で設備がもう少し充実しているところがあり、学力が同じくらいのほとんどの人ががそこを受験しに行っていて、俺的には助かった。
駐輪場につき、自転車の鍵を開ける。
「今日もつまらなかったな…」
小声で呟いた。ほぼ毎日言っている気がする。でも、これでいい。
俺は完全なぼっちでいるために、そのためだけにわざわざこの学校を選んだし、友達もつくることもしていない。俺はこれからもこんなつまらない高校生活を送っていくだろう。つまらないとわかっていても、今はそれが正しいと思っている。だがしかし、いつか俺が楽しいと、そう思える時が来るんじゃないか、誰かが俺を変えてくれるんではないかと、そんな起こるはずもない事にどこかで期待しながら、自転車のペダルに足を掛けた。
時期は未定ですが、次の話も早めに書きたいと思っています。