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2EP.19




結論からいえば、私はあの場から逃げることが出来なかった。

誰かに邪魔をされただとか、杏が裏切っただとかそんなことでは決してない。

私がただ単に楽しんでしまったのだ。保育園で思い出の止まった人たち。その彼女らが進んできた十年近い人生。そこで生まれた人生観だとか、蓄積してきた経験だとかは、退屈からはほど遠く、今の友達からは得られない刺激があった。

『学校内に顔に傷の入った幽霊が出るベンチがある』

『友達の兄が異世界に行った』

なんて、良い意味で尖った話題提示は、ブランドものだとかコスメだとか異性関係だとか、そんな欠伸をかみ殺したくなるものとは違っていて、気づけばLINEのグループまで作っていた。

人の縁はどこから始まるかわからない。

電話が鳴った。受付から終了時間が迫っているとコールがかかる。腕時計を確認すると、体感以上の時が経っていて驚いた。

終了の余韻に後ろ髪を引かれながらも、私たちはカラオケを後にする。

外に出ると、ざあざあと雨がコンクリートを打ち付けていた。どうやら天気予報が当たったらしい。宵の終盤とはいえ、雨が降っているせいで景色は暗い。雨足は強く、傘を持たず駅まで走り抜けるのは無理がありそうだ。


「二次会行く人?」


とある男子が尋ねる。交流の年期とでも呼べばいいのか、互いが互いの出方を窺うことはなく、グループははっきりと二分された。

女子の同行をしつこく求める奴もいたけれど、男だけでしか出来ない話もあるとかいう結論に落ち着いたようで、帰宅組である女子たちは現地解散という流れになった。


「帰ったらLINE送るね」


水色と黄色の折りたたみ傘。その下から振られる二つの手に、手を振り返す。

特に仲良くなった二人は、両親の迎えが来るようで、電車組である私と杏はカラオケ前で別れることになった。


「やっぱお金高かった……。男子ポテト頼み過ぎだよ」

「でも料金の割に量はあったよ」

「そうかな?」


そういう杏だって、自覚はないようだけど、話の肴にポテトをぱくぱくと一定のペースで頬張っていた。その証拠に、唇がすこし艶めいている。ちょっとエロい。


「えい」

「ちょ……何急に⁉︎ くすぐったいんだけど」

「また、大きくなってる」


杏が持ってきてくれた小さな折りたたみ傘。

互いの距離が近くなってしまうせいで、スキンシップも過激な傾向にある。


「そういう美晴だって。前より綺麗になった」


可愛いではなく、綺麗。

その言葉選びは素直に嬉しい。

水溜りを避けず、踏み抜く。


「前より、って言えるほどそんなに時間経ってないと思うけど。まあ、ありがと」

「美晴先生、常に美しさを保ち続ける秘訣とは?」


傘の持ち手をマイクに見立てて聞いてくるものだから、杏の右肩が雨に濡れてしまう。すぐに押し返した私はちょっと考えてから、答える。

恋__そう堂々と答えられない自分に、恥ずかしさを覚えながら。


「入浴後の乳液と化粧水」

「えー、普通。私はもっと内面的なことを聞いたつもりだったのに」

「あれだよあれ。女は秘密を着飾って女になる」

「秘密って着飾ったら周りにバレちゃうよね?周りにバレてる秘密って、それはもう秘密とは言えないのでは?」

「いや、ガチレスやめてよ」


水掛論に付き合えるほど、今の私に残された体力は多くない。

ふと、杏が小声で呟いた。


「今日、楽しかったね」


噛み締めるような。そんな口調だった。


「うん」


楽しかった時間に浸ると同時に、きっとそこには罪悪感も含まれている。今日この場に来る元同級生たちを、私たちは最初侮り、どこか下に見ていた。過去に居場所を求める行為。それをどこか空虚なものとして見つめていた。

けれどそれは大きな間違いで、彼女たちには確かな今があった。血の通った彼女たちとの交流は温度があって、過去に感傷するのではなく現在の潤滑油として、こうして過去の出会いを振り返ることには意味があった。

繋がったのは過去でも、その先を紡いで行くのは未来。人生とは糸である。

……なんて、ちょっと痛いことなんて考えてみちゃったりして。兄の影響強すぎ問題。


「四人でどっか行きたいね。富士急とか」

「あれ。杏絶叫ダメじゃなかった?」

「じゃあ絶叫克服ツアーってことで」


後で連絡すると言ったけど、もう早速連絡を入れてもいいかもしれない。

ポケットからスマホを取り出す。


「どした?」


私を覗き込んでくる杏。

余裕のない私は表情を返すことが出来ない。


「あれポケットに入れてたと思うんだけど……。バッグかな」

「スマホ無くしたの?」


杏に立ち止まってもらって、念入りにバッグの中身をチェックする。チェックと言っても、元より入れてきた物が少ないため、そこにないことはすぐにわかった。


「もしかしてカラオケに置いてきた……?」

「部屋出る時、テーブルとイスちゃんと確認したのに」

「珍しい、美晴が忘れ物なんて」

「ちょっと見てくる。すぐだから待ってて」


距離が離れていないとはいえ、来た道を戻ってもらうのは申し訳ない。

「一緒に行くのに」背後からの呼び掛けに軽く手を振って応える。

どんなに速く走ろうと雨には濡らされてしまう。

時間にして五分もなかったのに、私の衣服は服のままシャワーを浴びたような状態になってしまった。

濡れた髪は自重に負け、目にかかって鬱陶しい。試しにとスカートを絞ったら、案の定水が滴る。何倍も重くなった服と踏む度に水が指を抜ける足元に不快感を感じながら、カラオケの階段を上がる。

受付に確認すると、まだ片付けをしていないというので、部屋を確認させてもらえることになった。

__見つかって……。

無くしてしまった後のことを想像すると、無意識に祈りの言葉が漏れた。

母には少なからず咎められるだろうし、なにより大切な兄からのメールやメッセージが消えてしまう。共有した時間や交わしあった想いの証拠が消えてしまうようで、とても嫌だ。絶対消したくない。

機種変更に伴うデータの削除なんてことになれば、しばらく立ち直れないかもしれない。

ハンカチで顔の水気を取りながら、部屋に向かう。

ドアノブに手を掛け勢いよく開ける。

話題の曲が流れる空間には、空になったグラスと食べカスの残る食器の数々。誰が戻したのか、マイクだけは元の場所に戻してあって、その律儀さが可笑しく少しだけ余裕が戻る。

余韻漂うそのテーブルを確認してみるも、スマートフォンは見当たらない。イスも、床も、落ちてるはずないと思われるところまで念入りに確認してみたけれど、私のスマホはどこにもなかった。

電源の尽きたロボットのように、私はイスに腰を落とす。


「終わった」

「なにが終わったんだい?」


尽きたはずの電気が体を駆け抜ける。こんなにもはっきりと身体に電流が流れたことを自覚したのは初めてだった。

続くように足元から上ってくる寒気。

言うことを聞かず、凍ったように動かない私の体を、どうにか動かしてゆっくりと、間違いであって欲しいと願いながら、声の方向を見る。

呼吸が止まる。

心臓が止まる。

私の全てが止まる。

扉に身を預け立つその姿を見て、自分が手のひらの上で踊らされていたことを知る。

見せびらかすように振られるそれは私のスマートフォン。

気味が悪いほど歪む表情。その中にある瞳が私を捉えて離れようとしない。


「まだ始まったばかりさ」


からん、と。

溶けかけの氷がグラスを鳴らした。



***



時系列は現在に戻る。

過去を語りながら今に思いを馳せなければいけないのは、中々どうして、辛いものがある。

黒子さんに頼った犯人探し。それはもう真実を度外視した魔女裁判であるのだけれど、一度始まってしまった狂気はブレーキを持たない。

裁判はおそらく佳境を迎えている。

黒子さんの曖昧な目撃証言と、主観まみれのふるいにかけられ、残ったのは私と小野寺琴奈の二人。

アクセルを踏んだ当事者は尚も余裕を崩さず、クラスメートの怪訝な目は私に集まりつつあった。


「美晴、嘘だよね?」


まるで自分の無実が確定しているような口ぶり。

あくまでも被害者面を突き通すようだ。


「嘘って、何が」

「だって、もうこれって、ね?」


小野寺琴奈は私に言葉を向けながら、その視線をクラスメートに向けて泳がせる。

私と張り合う気があるのかないのか。はっきりしない態度に、少し、イラついた。


「私がやったって言いたいの?」

「だって、私……やってないもん」


語気を荒めた私に対して、小野寺琴奈は弱々しい口調で言う。

餌を欲しがる、猫のように。


「美晴、やったなら素直にやったって言いなよ」


女子が一人、立ち上がった。

小野寺琴奈の下僕1号。名前なんて覚えてない。魂を売った奴隷に名前なんてない。


「そうだよ。ちゃんと謝りなよ」


そうだよ。そうだよ。そうだよ。

女子がまた一人、一人とその数を増やしていく。

こういう時、男子のほうが素直だ。皆、驚き固まっている。

つい昨日まで私と楽しく会話をしていた子。テスト前、毎回のように私にノートを貸してとせがむ子。小野寺琴奈の機嫌を損ねてしまった、密かに仲を取り持ってくれないか、と懇願して来た子。体育の授業で独りぼっちになるのが嫌で、毎回私とペアを組みたいと頼んでくる子。

彼女たちは今はっきりと、私に敵意を向けている。主人から渡されたナイフを手に、その切っ尖を私に突き付けている。

過去。恩。慈悲。時間。感謝。倫理。

その全てを簡単に忘れ、捨ててしまうから、こいつらは奴隷なのだ。他人の意のままに操られてしまう人形。自分が玩具として遊ばれていることに疑いをもたない、もしくは気付きながらも玩具に徹するその姿勢は、酷く愚かでけがらわしい。

シルバニアファミリーで遊ぶのは幼稚園までにして欲しい。

私は中学生だ。

小さなお家の小さな住人。その中に混ざり遊んでいられるほど暇じゃない。

恋に、勉強に、友人との時間に、忙しい。

人形がなければ、仲間がいなければ、動くことが出来ない。

世界が、狭い。


「美晴ちゃん、終わりだね」


黒子さんの声に浮き足立っていた教室がリセットされる。

本当に綺麗な声。羨ましい。


「はい、終わりです」


この声では、兄に想いは届かない。

ふと見て見ると、勝利を収めた歓喜から当初の怒りなど忘れてしまったようで、小野寺琴奈の広角はほんの僅かに上がっていた。

彼女はもしかすると前々から私のことを邪魔に思っていたのかもしれない。

棚からぼた餅。その言葉を思い浮かべながら悦に浸っているのだろう。

裁判は決した。

あとは、炙るだけ。

火に油を注ごうと女子たちが口を開こうとしているのがわかる。けれど、その口は、開いただけに終わり、最後まで言葉を紡げなくなることを、この愚かな者たちはまだ知らない。


「毛利くん、君、何かここで言わなきゃいけないこと、あるでしょ?」


黒子さんが落とした水滴が、毛利を中心に大きく波打つ。小野寺琴奈の表情が露骨に強張ったのが、滑稽で、可笑しい。

当の毛利は、黒子さんから問いかけられたことに酷く狼狽したようだった。私と小野寺琴奈を交互に見やり、俯く。その繰り返し。

黒子さんが毛利に近づいていく。

俯いた額に指を当てて、強引に視線を合わせる。


「隠さなくて良いよ。君は悪くない」


あの瞳に見透かされてそれでも我を保てる男はいない。

逃げられない。そう悟ったのだろう。

毛利はその身に抱いた葛藤に決着を付けたようだ。立ち上がると、ポケットからあるものを出して、私に頭を下げる。


「ごめん富永。これ。あの日の朝、拾っちゃったんだ。教室で」


その手にあったのはピンクの髪留めだった。


「朝練で先に壊されてるの俺、見つけて。そしたら教室にこれが落ちてて。咄嗟に」


証拠品。

犯行現場に残されたものを、犯人が落としたものと推察するのは不思議なことじゃない。

野球部はこの学校で唯一、朝練を行なっている部活。

犯人を私と断定した毛利が、咄嗟に庇ってくれたらしい。

なるほど。

あれ?けれどそこには一つの疑問が生まれる。どうしてそのヘアピンが私のものだと分かったのか?そんなの簡単だ。


「これ、俺があげたやつ。付けてくれてなかったけど、大事に持っててくれて…嬉しかった」


これから裁かれる私に向けた手向けの意味もあるのだろう。感慨深そうに、名残惜しそうに毛利は言う。

黒子さんは毛利の手からヘアピンを取ると、私の目の前に出して、訊いてくる。


「これ、美晴ちゃんの?」


犯行現場に残された唯一の証拠品。

催し物の全てを破壊するほど激しく動けば、ヘアピンだって落ちてしまってもおかしくない。つまり、これの持ち主である人間が、犯人。

私が__犯人。

私は言葉を黒子さんに向けながら、その視線だけはとある人間から離さない。


「違います。私のものじゃありません」

「なんで?どうしてそう言い切れるの?」

「たしかに私は毛利君からそのヘアピンを貰いました。けどすぐに捨てました。要らなかったので」


交わる視線に込められた驚愕が怒りに変わる。

良い眼。

貴女のこと、初めて綺麗だと思ったよ。


「でも、捨てたって言うのはちょっと語弊があります。私は要らなかったので、欲しそうだった人にあげました」

「誰に?」

「琴奈に」


どうか神様、人を指差す無礼をお許しください。貴方のことなど欠片も敬わず、呪い殺したいと思う愚かな信者の愚行です。

教室の視線が、一斉に小野寺琴奈へと向く。その中で一人だけ、視界の端で毛利だけは私を見ていた気がするけれど、わざわざ確認する必要もない。どうでもいい。

私に切っ尖を向けていた下僕たちは知っている。あのヘアピンが彼女の所有物であることを知っている。


『誕生日おめでとう。これ、私から』

『あれがとう美晴!凄い可愛いヘアピン。大切にする』


それは私が彼女の誕生日にあげたものなのだから。主人を敬わずにはいられない下僕たちも、もちろんその瞬間を見ている。

そして知っている。

彼女は常に、そのヘアピンを付けていたことに。


「たまたま、同じもの……付けてる、だけだと」


毛利がそんな独り言を言った気がした。

わからない。多分言ってないかもしれない。興味ない。


「私じゃない!!私は絶対にしてない!!そのヘアピンは私のじゃない!!」


小野寺琴奈は、溜め込んでいた沈黙を吐き出すように声を上げる。

ここからでもわかるくらい、唾、飛んでるよ。

自分の机に向かって小野寺琴奈は走る。颯爽と揺れる髪は、押さえつける異物がなくて軽やかに見える。

リュックを乱暴にあさる。ヘアピンを出して、身の潔白を証明するつもりなのだろうが、クラスメートから見ればその乱暴な姿は、催し物を破壊する姿に重なってしまうだろう。


「無い……!!でも、家を探せば__」


赤くなった瞳が、気づいてしまった。

自分を刺す視線に。

敵意の込められたその刃に。


「被害者が実は加害者だったなんて、ミステリーの常套句よね」


黒子さんは、私の机に座ると、小さく笑った。



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