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2EP.15

学級裁判__と言ったら、言葉という名の弾丸を駆使して裏切り者を炙り出すハイスピードトークバトルを想像するだろうけれど、誠に残念なことにその期待は裏切らざるを得ない。

中学生が人を裁き、罰することなど出来ない。もしここで、高等な裁判が行われてしまえば、司法試験という日本最難関の試験に合格した頭脳たちがおとしめられてしまう。

今朝。

貴重な夏休みを浪費し、迫る文化祭に向けて作られた我がクラスの出し物は、非道にも何者かの手によって無に帰してしまった。

__なぜ何者かによる犯行だと断定しているのだ。それは君が犯人だからじゃないのか。

なんて言い分は名探偵の見過ぎであり、その後に綺麗な青空でしっかり脳を浄化することをお勧めする。

激昂を通り越した琴奈は、あの後、無様にもクラスメイト全員に泣き顔を晒していた。

けれどその眼は確かな激しい感情を内包していて、担任の説得がなければ一日中魔女裁判を行なっていたかもしれない。

その魔女裁判は、現在、本日の授業が全て終了した放課後に執り行われている。

誰一人教室から出ることを許されない。犯人が名乗り出るまで終わらない。だがそれは裏を返せば、犯人がこのクラスにいると、少なくとも琴奈は考えていることになる。

クラスの問題であれば、本来は学級委員が先頭に立つはず。しかしその位置には琴奈がいる。

担任は臨時の職員会議と言っていたが、そこには半分偽りの感情が入っていたに違いない。面倒ごとから目を背けたいのは大人も子供も変わらない。

しかしそれは私たちから見れば責任放棄に他ならない。中学三年生は側からみればまだ子供であり、お年玉を貰ってもいい年頃。都合のいい時だけ、こういう時だけ、大人扱いすることは、私たちを馬鹿にしていることに他ならないことにあの担任は気づいてはいないらしい。

教師とは頭の良い人がなる職業だと思っていたのだけれど。勉強が出来る=頭が良い、というのはやはり間違いであると考えさせられる。そう思うと、この時間は道徳の授業であり、あの担任はしっかりと自らの責務を果たしていると言える。

話を戻そう。

私が苛立ちを感じているのは単純明快な理由__この教室には大人がいないのだ。つまり、裁定者がいない。

始めから終りが見えない。

もし仮にこのクラスに犯人がいるならまず名乗り出るはずはない。もし仮に他のクラスに犯人がいるなら名乗り出るはずはない。もし仮に学校内に犯人がいるなら名乗り出るはずはない。

そう。この裁判は魔女の裁判なのだ。議題者が自らの怒りを誰かに放出したいがための、憂さ晴らしにこの時間があると言っていい。

これは琴奈のオナニーだ。

冷静に事を見ている子は薄々勘付いているだろう。

突発的と言えど、文化祭に出し物が無くなったということは一日中自由に、仕事に縛られず、文化祭を回れるということに。

女子の中にはいるんじゃないだろうか。

悲劇のヒロインとして、他クラスの子たちとの新たなる話題になると内心歓喜しているものが。

怪我の功名。今の状況に相応しい。

…はあ。けれどうちのクラスのボスはおつむが足りていないらしい。神輿は軽い方が良い、なんて言葉があるけれど、軽すぎる神輿も考えものだ。張りぼての、持ち上げ甲斐がない神輿に魂を賭ける人間なんて、どこの世界にもいやしない。

さっきから隣の男子がガタガタと音を立てて貧乏揺すりをしている。ごつごつのG-SHOCKを頻りに確認する動作を見ると、どうやら塾の時間が迫っているのだろう。


「…帰りてえ」


か細い声は沈黙の教室では嫌なほど聴こえやすい。

けれど、激しく同感だ。

勢いよく叩かれる教壇。さっきから再三と繰り返す文言は、決して変わらないことに辟易する。


「やったのは誰なの⁉︎ とっとと名乗り出なさいよ!!」


名乗り出ろと言われて名乗り出る犯人なら、そもそもの話、犯罪を犯した人にはなっていないだろう。

とっとと名乗り出ろと言われて名乗り出るのは、よっぽどの馬鹿か、ロコちゃん家で飼われているハムスターくらいだ。

このクラスにはその馬鹿はいないようで、琴奈の声におずおずと手を挙げる人間は現れない。


「夏休み中、ずっと…、ずっと頑張って、皆で作ってきたものを壊すなんて、良心の呵責が痛まないの⁉︎」


痛いのはお前の語彙力だよ。

良心の呵責は別に痛まない。痛むのは善良な心。


「あの…」

「川溝さんがやったの⁉︎ やっぱり!!」

「いえ!違います!ちょっと確認したいことがあって手を挙げただけです!」

「なんだ。で、何」


やっぱり__って…。酷すぎるだろ。

川溝 ゆかりさん。通称ゆかりん。

目立ち過ぎず、けれど地味でもない。クラスで四番目くらいに可愛い女の子だ。

それ故に男子からの人気も高く、顔では琴奈に引けを取っているが、その差分を大きく突き放すほど性格面で雲泥の差がついている。

女子界隈でも二人を天秤にかければ、ゆかりんに傾く人が大半なはずだ。

かく言う私も、拳銃を渡されてゆかりんと琴奈のどちらかを撃てと言われたら、秒を待たず琴奈の脳天を撃ち抜く自信がある。

そんなゆかりんに対する琴奈の態度は、クラスの雰囲気を少し動かした。特に男子からの嫌悪の眼差しが増えたように思う。


「このクラスに犯人がいない、って可能性はないのかな?」

「理由は?」

「り、理由⁉︎…理由、理由は…、特に、ない、けど」


高圧的な琴奈の態度に、ゆかりんの言葉尻がすぼんでいってしまう。

可能性に論理を追求する。その行為は確かに正しいのかもしれないけれど、現在の状況において琴奈とゆかりんの間に善悪を問うなら間違いなく悪は琴奈だった。


「犯人探してどうなるんだよ」


へぇ、意外な面子が出てきたな。

大人しいゆかりんも私にとっては驚きの登場だったが、次はその比ではない。

独り言のように、けれど聞かせる声でそう言ったのは、村田……、なんだっけ。やべっ、名前知らね。

というレベルで目立たないクラスメイト。たしか、よく教室の端っこで独りライトノベルを読んでいた子だったと思う。


「柴田、何が言いたいの?」


あ、柴田だった。


「犯人探してどうなるんだって言ってんだよ」


お前、さっきと言ってることまんま同じやないかーい。

シリアスな雰囲気の中で、冷静に突っ込みを入れていく遊びいと楽しす。

やばいやばいおふざけが過ぎた。雰囲気壊しちゃダメだった。

シリアスな章なんだから真面目にやらないと。


「こんなの無駄な時間だって言ってんだよ」

「無駄な時間がどうかなんてあんたが決めることじゃないでしょ?」

「俺にとっては無駄な時間だ」

「私にとっては必要な時間だわ」


普段のイメージとはかけ離れた活き活きとした柴田くん振る舞い。

なるほど。

これが巷に聞く【復讐系男子】という奴か。

自分をぞんざいに扱う女王様気質の女子を、ここぞとばかりにぎゃふんと言わせて、あわよくば流れのままに恋仲にまで発展しようとするあの復讐系男子か。

お兄ちゃんは『催眠術がなきゃ、女の子にも触ることのできない底辺のクズどもだ』と罵っていたけれど、お兄ちゃんのスマホには、しっかりとそのジャンルのエロ漫画がインストールされていることを私は知っている。

まあ、確かにお兄ちゃんの言う通り、女目線から言っても、きゃーカッコイイ!とはならないな。

女豹に吠えるチワワみたいな。

そんな印象しか抱かない。

しばらく水掛け論が続いていたけれど、


「だいたい、柴田あんた夏休み中全然手伝いに来てないよね?」

「そ、それは…」

「全員来てって言った日も来てなかったみたいだし」

「あの日はどうしても外せなかったんだ!」

「なに、急に大声出して。きっも」

「……」


痛い所を突かれただけでなく、男子が最も傷つく悪口であろう【きっも】によって、村田くんは静かに席に座ることになった。

机に突っ伏しちゃって……可哀想に。

漏れ出る嗚咽音が誰のものなのかは言わないでおこう。


「はぁ……。いい加減出て来てくれない? あのねー、こっちにはこのクラスに犯人がいるっていう証拠があるんだからね?」


だったら最初から言えばいいのに__なんて、心の中でクスクス笑っていた私の背中が一瞬で凍りついた。


「すみません。入って来てください」


がらりと開いた扉から、涼しげな佇まいを保って一人の女が入ってくる。

自ら銀色の光を放っているかのような白髪と、作り物と疑うほどに恐ろしいほど整った顔の造形。

二重まぶたに覆われる水晶の裏にあるあの黒く濁った光が私は嫌いなんだ。

この女を一言で表現するなら、そう。

違和感という概念が命を宿したのならばきっとこのような姿になる。


「春日 黒子と言います。よろしくお願いします」


名前では飽き足らないほどの黒い裁定者の入場。

とめどなく滴る汗が冷たいものであることを感じている。

焦げた夕焼けは、気づけばこの教室までもを黒々と染め上げ始めていた。




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