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2EP.14

小野寺琴奈という女子について、私は説明しなければならない義務がある。

それは悪役の説明を自ら務めるヒーローのような心持ちなのだろうけれど、彼女は悪役であって悪役でない。

悪は私。

両親を失い、若気に忍び寄った荒んだ感情をこの身に胎動させていた私は、兄に言わせてみれば「お前は俺のヒロインだ」なんてドヤ顔を決め込みそうなものだけれど、私は残念なことに悪役なのだ。

私に比べれば、小野寺琴奈の悪など悪の意を成していない。

所詮はお道化。

だから彼女は悪役ではない。

街を壊し、子供をさらい、人々を地獄の底へと誘う役割ではない。

その役割は私なのだ。

では、なぜそんな私が小野寺琴奈という人間について話さなければならないのか。

それは話を進めて行くうちに感じ取ってもらえれば幸いである。

彼女の話へと移るに至って、少しだけ私という存在を知ってもらいたい。

前述の通り、私、富永美晴は両親を失っている。家族での旅行の最中、車を運転していたお父さんのよそ見運転によって事故にあった。

不幸中の幸いか、両親を失い私だけが生き残った。生き残った、なんていうのは虫のいい言い方であって、今だからこそ言える言い方だ。

正確には取り残された、が正しい。

強風に煽られて滑落した燕の巣。冷たくなった両親の前に飛べない雛は、そこから新しい巣を見つけた。

それが富永家の人たちだ。

お母さんに、お兄ちゃん。

温度に敏感になっていた私にとって、新しい家族となった2人は、暖かすぎるほどに優しかった。

まるで自分が、お腹を痛めて産んだかのように私を娘として扱ってくれたお母さん。

そしてシスコン秀吉。

親族の間で厄介者として扱われていた私を、あの人たちは受け入れてくれた。周囲の奇特な目すら無視して。

お母さんはおそらく私の噂を知りながらも、受け入れてくれたのだろう。あの兄は…うん、まあ、知ってるはずはない。それどころか知った上でも溺愛してくれただろう。

そう。

あの2人は私が溺れるほどの愛をくれたのだ。別にこの表現に恥ずかしさなど感じない。むしろ誇れるほどだ。

私よりも母と兄の愛に沿われて生きて来た人間などいないという誇り。

たとえ、仮に同情されていたとしても、私は兄のことを好きになっていただろうし。

そうして富永家で過ごして行くうちに、私は冷たくなった心を常温まで戻すことに成功した。

お母さんの念願は叶ったと言える。

お母さんの傷は癒えることはないけれど。

そんな来たるべくして迎えた安泰は長く続くことはなかった。

続いて欲しかったなあ。本当に。

でも。過去は変えられない。

傷が癒えないことと同様に、傷を受けた事実も決して消えることはない。

まあ、傷を付けた側の人間ばかりが、こぞってその記憶を無くしているのは、本当に腹がたつばかりではある。


「ねえねえ、どこ小出身?」


中学校の入学式。彼女は私に話しかけてきたのだ。

名前順に並べられた列は、あるところから二列に分けられており、彼女と私は偶然にも肩を並べることになった。

おの字と、との字。

それが小野寺琴奈と富永美晴の出会い。

可愛らしい子だなぁと思った。髪はさらさらで、まつ毛長くて、目もぱっちり。強いて言うなら、唇が厚いかもだけれど、それでも綺麗だと言われる女優さんは多いから、関係なかった。

女の子同士の会話において、もっとも大事なことを教えてあげる。それは目を逸らさないこと。

逸らしてしまえば、その瞬間に自分のランクが決められてしまう。

小野寺琴奈のぱっちりと開かれた目に、うっすらと見えた凶気。これからクラスを仕切るであろう女王の影を見た私は、毅然としてその問いに答えた。


「富永美晴ちゃん、かあ」


第一ステップ踏破。

ちゃん呼びは成功の証。

査定の視線は、私の頭のてっぺんから新品の上履きの履き方まで、ゆっくりと行われた。

ここで言うゆっくりとは時間にして一秒もない一瞬であるけれど、それすらゆっくりなのが女の子の世界だと私は思う。

だって私は、あなたが横に立ったその瞬間に品定めを終えているのだから。


「ねえ、美晴って呼んでもいい?」


第二ステップ。呼び捨て。

ここまでくれば安全地帯だろう。

馴れ馴れしいなあこの子、と心の中で嘆息したことを今でも正確に覚えているけれど、私は笑顔でこう答えた。

うん、よろしく。琴奈。

ここで小野寺さん、なんて言ってみろ。安全地帯という名の地雷原に片足突っ込んで、三年間、足を無くして過ごすことになるぞ。

…なんてうちの兄は言いそう。

プリキュアとプリパラだけで、そこまで察しが良くなるなんて、アニメって本当に凄いんだね。

そこからは順調に進んで行った。

案の定、小野寺琴奈はクラスにおける女子の世界のトップに立った。容姿が優れているというのは、それだけで異性をも取り込めることであり、血気盛んな中学生男子からもそのお膳立てが成されたのは言うまでもない。

もちろん私もその波にあやかった。

唯一の計算違いは予想外に私の容姿が、クラスの男子に受けてしまったことだ。

活気ある女子グループに属しているけれど、部活は吹奏楽部で、地味目な子たちとの間にも隔たりはない。

話しかければ笑顔で答えてくれる同級生。

そんな理想に行動力を兼ね備えた男の子たちは、いつ交換したかも忘れたメアドに絶え間なくメールを送りつけて来た。

それは小野寺琴奈や他の女の子たちとの会話のタネにこそなったのだけれど、当時は本当に鬱陶しかったことを覚えている。


「いま部活終わったんだよね」

「お疲れさまー」

「吹奏楽部はまだ終わんないの?」

「もうちょっとかかる…かも?」

「なにそれ笑 かも?ってなにかも?って笑」


こういうのとか。本当に迷惑。

露骨に一緒に帰ろうアピールしてくるのは、虫酸を通り越して悪寒すら感じた。

素っ気なく返して、丁重にお断りしていることにいい加減気づいて欲しい。

これの相手がまだ気になる異性とかならまだ良かったのだろう。

けれど私には既に好きな人がいた。


「美晴の好きな人って誰ー?」

「富永、絶対好きなやついるでしょ?」

「頭文字ってもしかしてM?」


とかとか。色々な人からの色々な問いに対しての答え。それは、


「いるけど……秘密」


大抵こう答える女の子には、好きな人なんて居るわけない。この返答はあくまでも処世術の一環で、秘密を愛する女子と秘密にときめきを覚える男子には甘美な響きになる。

けれど私は本心からこのように答えていた。

嘘つきは十ある嘘の中に無意識に一つの真実、それも隠さなければならない大事なことを喋ってしまうという。

私の隠さなければいけないことは。

兄を好きだということ。だって、


「私は本気でお兄ちゃんが好き。結婚したい。抱かれたい」


なんて、中学生の頭の中がお花畑みたいな女の子には毒が強すぎるでしょ?



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