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2EP.12

この教室だけでなく所々で準備をしている生徒を見かけた。

きっと文化祭に向けた詰めを他のクラス、他の学年も行なっているのだろう。

学校全体がどこか浮き足立っている。

生徒たちは目前に控える祭りの空気にその身を慣らし始めている。

それは美晴のクラスの様子からも一目瞭然だ。


「秀吉さん、どうしたんですか?手が止まってますよ?」


「む?案ずるな。これはおまえが俺の速度を視認できていないだけだ。やっていないように見えてやっている」


「お、おお、かっこいい…」


お手伝いの最終日。こうして教室の隅で、黙々と内装の塗装を行なっているところを見ると目頭が熱くなって来る。

これは文化祭あるあるなのだが、自分たちがやってるときは「ちょっと男子手伝ってよ〜」とか言うくせに、いざ俺が1人でやっていると誰も手伝おうとはしない。

終いには写真を撮られ最悪SNSへと投下されるのだ。

『なんかゴキブリみたいなやつおる(笑)』

この投稿を見たときは火星に飛び立って肉体改造しようか本気で迷った俺だ。

ゴキブリ舐めんなよ!ジョージジョージ。

その例はどうやら中学生でも適応されるようで高松くんと俺、2人仲良く絵の具の筆を動かしている。

それと対照的に教室の中央に陣取るのは、カースト上位の女子とプラスアルファ顔の良い男たち。まばらに分かれるグループも点々と存在しており、しかし彼らは仕事をこなしていた。

何もしてないのはあの小野寺とかいうやつのグループだけだ。

ったく、おまえのせいで全国の小野寺さんのイメージが悪くなってるぞ。

幼少期に男の子とザクシャインラブしてても俺は許さないからな。

憎悪に燃える瞳を送っていると、不意に1人の生徒と目が合う。

ほんの僅かに見つめ合う。

先に目を逸らしたのは相手の方だった。髪を手櫛ですきながら、話を聞いていなかったことを小野寺からいじられる。

取り繕うような笑みではぐらかすのは美晴だ。


「秀吉さん、また止まってますよ」


「なぁ、高松くん…。ラブコメってどうすれば丸く収まると思う?」


「え…、今日は本当にどうしたんですか?なんか変ですよ」


怪訝な顔の高松くん。俺を慕い趣味も合う彼とは苦楽を共にした仲だ。普段とは違う感情の機微に敏感に反応したようだ。

朝、毛利とすれ違ったときは、


「ぶは…、なに死んだ魚のような顔してんすか」


って笑われた。それを言うなら死んだ魚のような目な。それより死んでるのはおまえの毛根じゃねえかと反論してやりたかったが、ここは年の功。

歳下相手にムキになる俺ではない。

だから俺の変な質問にも律儀に返してくれる高松くんは良い子だ。このような気遣いのできる良い子がモテるべきなのだ。

世界とは残酷である。


「僕はハーレムでみんな仲良く幸せに終わる展開が好きですね。そんなの現実ではありえないって思いますけど、僕はフィクションに理想を追い求めるタイプなので」


「ハーレム、ねえ」


一大ジャンルではある。

需要も多くそれゆえ供給も多い。

男の夢として、可愛い女の子に囲まれる展開というのは誰しもが夢見ることではあるけれど、なぜか俺の胸にはすとんと落ちてこない。

状況を整理すれば、俺もその例外ではないのだ。片や黒子。片や美晴。

どちらも少なからず好意を持って接してくれるのはわかっている。

それでもなぜかこれは正しいのかという気持ちが胸に影を落とす。

何か歪められたような。歪められたが故の感情のような。

偽りの光に身を晒しているような気分だ。


「なにか、違うんだよなぁ…」


「秀吉さんと僕の意見が違うのは当たり前ですよ。同じ人間なんて1人もいないんだから。それより秀吉さんの意見が聞きたいな」


誠意には誠意をもって返すべきだ。

背を這う嫌悪感に無理矢理蓋をして思考を変える。

本当に今日の俺はどこかおかしい。

誰かに告白を受けると、ここまで人は動揺してしまうものなのだろうか。


「ハーレムも良いと思うよ。でも、それをどこかうすら寒いと思ってしまうのも事実なんだよな」


人間の気持ちはそんな単純に出来てはないない。妹に告白されてほいほい顔を赤くする兄貴なんていると思うか?

答えはノーだ。

いるわけがない。義妹…関係ない。可愛い…関係ない。親がいない…関係ない。

彼女は家族だ。それはあの日に母がはっきりと言っていた。

家族の幸せは願うものであり、自らが幸せにすることじゃない。

美晴の幸せを俺が歪めて良い理由はない。

間が空いてしまったせいか、ますます不信感を煽ってしまったようだ。不安げな様子を取り払うつもりで努めて明るく言葉を口にする。


「俺は真のヒロイン1人派だな。紆余曲折ありながらも最後には初恋同士が結ばれる、みたいな」


「少女マンガの読みすぎです」


そう冷酷に言い放つと目線を下におろして作業に戻ってしまった。

なんで…⁉︎ 少女マンガも面白いじゃん⁉︎

女の子が目標のために頑張る姿は、君が好きなアイドルアニメと根幹は一緒だよ!

ちょっとかっこいい男の子が出てくるだけで、そんなに変わらない。あとヒロインがキスしたりするけど、そこも変わらない。

いや、変わるな。めっちゃ変わるわ。

堕天使に夫がいたらラブライバー辞めてるわ。

真のファンなら涙を飲んで棒を振り続けるのかもしれないけれど、生憎オタクのメンタルはそこまで強くない。

声優さんの結婚とかでも泣いちゃうレベル。散々泣いて、とりあえず代表作3つくらいみたらラジオ聞いて応援メッセージ送っちゃうくらいかな。

やばい。俺の声優さんへの愛がやばい。

止めて!ロマンティック止めて!


「少女マンガとか…それこそ寒いです」


カッチーン。カッキーン。先輩、聖晶石の欠片頭に埋め込みますよ?

高松くんが無下に放った一言が俺の思考を熱くする。


「おまえ、見てもいないコンテンツを容易く馬鹿にするのは良くないぞ。批判して良いのはコンテンツを熟知して批判できるまでに知識をつけたものだけだ」


「君●届けは、ワンクール見ましたけど…ちょっときついっす」


出た出た。ワンクール見ましたけど。

これもう死語だよ?

ツークール目から頭角を表す作品は多い。

グラナダとか、マギのマスカラとかその例だろ。

あ…違えわ。

グラナダは月面都市だし、マギの女性ってシェヘラザード様しかいなくて、彼女はマスカラとかつけるタイプじゃないから絶対違うわ。熱くなりすぎて噛みました。


「俺TUEEEこそ至高です」


「おいおい高松くんよ。そういう偏った作品嗜好はアニメの幅を狭めちまうぜ?」


「良いんです。もし、聖杯に選ばれた最強のクラス召喚するんで」


いや、意味わからん。

前言撤回。この子はモテなくてよし。

この手のタイプは、自分の思考を意地でも曲げない。故に長期の討論は何も生み出すことはなくこちらの徒労に終わる。

面白いものは面白い、つまらないものはつまらない。制作陣も頑張っているんだからそんなこと言うなよと言うのは、制作側からすれば余計なお世話であり曇りなき眼で世界を、コンテンツを見渡すことが大事なのだ。

どっかの哲学者が言ってた。たぶん。


「わかったわかった。今は、おまえが…強い……っ!。これでいいか? とりあえず絵の具がなくなったから新しいの取ってきてくれ」


「秀吉さんの殊勝な心意気に免じて、取りに行ってあげましょう。それでは」


しゅたたたっと教室を出て行く高松くんを見送る。ふと、自分の頬が緩んでいることに気づく。高松くんの一面的な態度に軽度の苛つきを覚えたもののそれは決して不快なものではなかった。

どこか懐かしい。

そう思う自分が確かにいる。

きっとあまりにも人と喋らなさすぎて、こんな他愛のない会話にも意義と安らぎを感じてしまっているのだろう。

喪失感は身を苛むものであるけれど、それが故に欲深い人間は次の感情を探す。

俺がどこかにそれを求めたように、彼女もそれを求めなくてはいけない。

まやかしやその場凌ぎでは許されない。

彼女に対する克明なけじめはきっと俺に課せられた義務であり、それを真摯に受け止めるのが彼女の義務だ。

それこそを愛情だと俺は信じている。


「ったく…秀吉さんの意固地な所は直した方がいいと思うんだよなー、高校生で少女マンガ読んでる自慢はちとあれだよなー」


「ごめんなさい。ちょっと聞いてもいいかしら…?」


「はぃ?なんですか急に…ってうわっ…!美人だ…!は、はひなんでひょうか?」


「富永美晴さんという人を探しているのだけど、あなた…」


…知ってる?



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