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2EP.10

「はぁっ…はぁっ…」


心臓の音がうるさい。

自分が走っているせいで動かされている心臓の心境を考える余裕も今の私にはない。


早鐘のように打ち付ける臓器を抑えるように胸の前で手を握りながら少女は走る。

後悔と焦燥に駆られ、不安と期待に煽られた自らの誤ち…と呼ぶにはまだ早いかもしれない感情を胸に。



私が初めてあの人に出会ったのは数年前。

両親を事故で失った後のことだった。

今でも鮮明に覚えている。忘れられないと言った方が正しいかもしれない。

両親の写真と遺骨が置かれた白い棚の前で、ただまっすぐに2人を見つめていた私。

昨日まで3人で寝ていた畳部屋の上に正座をしながら。隣の部屋で大人たちがこそこそと話しているのが、部屋が静かなせいで嫌でも聞こえてくる。


「あの歳で先立たれるなんて…」


「可哀想に…」


「あの子だけ軽傷だったんでしょ? 聞けば美乃莉みのりちゃんの遺体はあの子を庇うような体勢だったみたい…」


「親の鑑よね…」


なにが可哀想だ。なにが親の鑑だ。

どんなに賛辞を受けようとこの現実は変わらないじゃないか。

可哀想と思うならあなたたちが代わりに…。

頭を横に振る。

それは考えてはいけないことだった。


“お父さんとお母さんが死んだ事実”は。

どうしようもなく変わらない。


「"美晴ちゃん"どうするのよ?」


「お金のこともあるし、うちではちょっと…」


「あの歳の子供を育てる余裕はないですよ」


「つい最近お兄さんの方も亡くなって…この家系は呪われてるのかねぇ」


小学生の私でもわかるオトナの事情。

隣の部屋で行われているのは、これから私をどうするかだ。

だが不思議と関心は湧かなかった。

今後住まわせてもらう方の顔を見る気など湧かなかった。

優しく微笑む父と母の写真から目が離せなかったから。申し訳ない気持ちで。

目を瞑れば難なく思い出すことができるあの日のこと。嫌な記憶の方が脳に居座り続けるというのは本当に厄介なことだ。両親の死の瞬間がいつでも再生できる機能なんて…私の脳みそは残酷だ。


『お父さん!お母さん! 今、女の人が歩いてた!』


『えー、本当? 美晴ちゃんの見間違いじゃない?』


『ははははは、ここは高速道路だぞ美晴』


『でも、ほら歩いてる!』


『あ、あなた!!』


娘が見たという歩行者。

だが美晴の父が抱いた違和感はそれではなく。

すれ違いに見たはずのその歩行者。

車の速度から考えると見えたのは一瞬のはずなのに、バックミラー越しの美晴の驚きの様子で窓から外を覗く姿、愛しい妻の顔が蒼白する姿を見るに…彼は判断した。


"歩いているというその女性…後部座席に座る2人の様子から考えると、この車と同じ速度で…『走っている』と”


彼が左を見た一瞬だった。ほんの数秒、好奇心に駆られてしまったがために。

命を失ってしまった。


「私が…あんなこと言わなけば…」


事故の際に頭を打った後遺症なのかその女性の顔は今でも思い出せない。でも、この怒りをぶつける相手は幽霊にじゃない。

私だ。


「お父さんと…お母さんは、死んじゃうことなんてなかったのに!!」


謝っても、泣いても、2人は帰ってこない。そんなことは私にもわかっている。

それでも…涙が止まらない。

2人が命を落とす数分前の光景を鮮明に覚えているせいで。前の車両とぶつかる瞬間の2人の顔は鮮明に覚えているせいで。

この笑顔を見ていないと、苦しさで心臓が潰れそうだった。


襖が開かれ、私だけの空間は唐突に終わりを告げる。私を引き取ってくれるあてが決まったのだろうか。涙を他人に見せたくないという子供の意地が瞬時に目尻に溜まっていた涙を拭かせる。

閉じられた襖の前にいたのは私の予想に反する人。大人ではなく、子供。歳下の私が言うのも変な感じではあったが、確かにその人は大人ではなかった。


だって。

泣いていたから。


棺桶の前で泣いていた"大人たち"

家に戻って来るなりけろっとしている"大人たち"

隣の部屋でお喋りしているのが"大人なら"


この男の人は子供だと思えた。


私より嗚咽を漏らし、しゃっくりをしながらその人は次第にこちらへと近づいてくる。学校の制服であろうブレザーには所々シミがあった。その丸い形のシミは、すぐに涙の跡だとわかった。眼下の畳に同じような形のシミができていたから。

この人、ずっと泣いてたのかな。


不謹慎ではあるけれどその時私は嬉しく、そして可笑しく思った。

泣きすぎでしょ、と。

いつまで泣いてんだよ、と。

人のことを言える立場にない私だけど、不意にもそんなふうに思ってしまった。


私の横で足を組み座る。

私のことをガン無視なのが気に入らないなぁ。

そもそもこの人誰だっけ?

見覚えのないその人は三つ指立てて頭を床に付ける。

そして、


「富永家の呪われし伝統を、うちの父から始めてしまい申し訳ございませんでしたぁぁぁあ!!!!」


なんて、意味のわからない言葉を口にしたのだった。


「………はい?」


相変わらず私のことが見えていない様子の彼は続ける。


「うちの父が死んだとき、不慮の事故だと思いました。これが世界の選択、シュタイン○ゲートだと…。でも違った!! 俺は特異点に気づかなかった!!」


この人、何言ってんだろ。

涙が乾いていくのを感じる。


「富永の血筋、逆行する世界を変えるべく立ち上がった俺のミスで…あなたたちを死なせてしまった!!」


「まさか、同一特異点が三親等に発生するなんて…俺の詰めが甘かった!!」


「次の標的を俺だと仮定したばかりに注意の喚起が遅れてしまったのが今回の原因、いや。俺が生まれたことによって父に呪いがかかったのが全ての元凶…」


「俺こそが…罪だ…!!!」


彼の独壇場だった。


「だから、ここに約束する。あなたたちの死を決して無駄にはしないと」


「必ずやシュタイン○ゲート世界線を見つけ出しこの連鎖に歯止めをかけると!」


「もう、誰も、死なせない!!!」


いつしか私の涙は止まり、別の意味で悲しい気持ちが私の中に渦巻いていた。


「(この人、可哀想…)」


支離滅裂な謎理論を提唱しながら意味不明な単語を羅列する少年。泣き叫び魂の慟哭とまで言いたげな大声で繰り返すその姿はまさしく。

厨二病。

小学生の私でも診断できる簡単な病だった。


「あのー」


「呪われるといえば姫君だな…はっ、まさか! 世界線の探索ではなく魔王を討ち亡ぼすことこそ真の目…的…?」


「すいませーん…」


「俺は竜の力を宿していたというのか…それならば合点がいく、いくぞ…」


「すいませーん!」


「エンディングを迎えると仮定とするなら、嫁は誰にする? 馬か?魔法使いか? それともヤン○ス? いや、女盗賊といけない関係というのも…」


「聞いてください!!!!」


「む…? なんだビアン○? おまえはすでに人妻であろう? おまえが入る余地はないぞ。洞窟で幼馴染と一緒に指輪でも探していろ」


暴力はいけないことって教えて育てられてきたけど、例外もあるよね。

お父さんとお母さんは笑っているからきっと大丈夫だ。

頬を抑えて驚愕に目を見開くその人の名前は。


「勇者秀吉を叩くとは何やつ…まさか、おまえ! ラプ○ーンの生まれ変わりか!?」


私が告白したその人。

馬鹿猿。

お猿の秀吉くんだった。



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