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2EP.3

ノーモア映画泥棒。あれを考えた人は天才だね。映画本編に入る前にクスッと笑ってしまうあれはずるい。あれで鑑賞マナーの注意もしっかりできているのだから驚きだ。


「秀吉君大丈夫?はい、ハンカチ貸してあげるから拭きなさい」


「ありがどう、ぐろご…」


頭がカメラの人を思い出して気を紛らわそうとしてみたが、無駄だったようだ。俺は黒子から借りたハンカチで目元を拭う。不覚だ…まさかこの俺が実写化映画のしかも少女漫画原作で泣くなんて…。とりあえず原作全部買おう、これは決定。


「ちょっと寄りたいところがあるのだけど、いいかしら?」


「ああ…がまわんぞお…」


暗い館内から出た俺は行く先もわからず、黒子の後をてくてく。その姿はまるで親鳥の後ろをついていく雛のようで…。この比喩は違うな…俺の首には見えない鎖がつけられているから、飼い主と軽鴨のようだと訂正。


いや、これも違うな…。軽鴨ってイネを荒らす害鳥とみられることもあるらしいし、もう主人とペットでいいや!結局さっきの言い方を少し変えただけですやん…。



目には見えない赤い鎖につながれ彼女についていくこと数分。黒子はある店の前でその足を止めた。



「あ、あのー、黒子さん…」


「何?」


「ここには…俺も一緒に入らなければならないのでしょうか…?」


目を閉じて無言で頷く我が主人。黒子は仁王立ちで店の前にたたずんでいるため、中の店員さんからの怪しみの視線がいたい。店の入り口で立ったままならそりゃ不気味ですよね…すいません。


俺が心の中で頭を下げる先には、優雅な肢体が。肌を隠す面積が極端に少ない布地に身を包まれ、その体を惜しみなく店前を闊歩するお客に見せつけるのは頭のないマネキン。


俺と黒子は、女性用水着を販売している店の前にいた。店の前に置かれたディスプレイのマネキンの後ろに広がるのは聖域。男が入ることを禁じているようにも感じられてしまうその場所は、見る限り女性のお客さんしかいない。


「や、やっぱり俺ここで待ってるよ!終わるの待ってるから…」


「はぁ…やっぱりあなたは馬鹿なのね。馬のようにお金は稼げないし、鹿のように観光名所になることもできないのに秀吉君は本当に馬鹿だわ。もう一度言うけどほんとに馬鹿ね」


そ、そんなにバカって言わなくてもよくない?真顔で淡々と言われるとさすがに傷つくよ?



「女の子からの露骨な"私の水着を…選んで欲しいな…キャッ♡"アピールを見逃すなんて…。あなたが年中パソコンを使って女の子と戯れているのは本当に無駄な時間だったみたいね…」


「や、やめろぉー!ギャルゲーを無駄な時間と罵るのは万死に値するぞ!!もう怒ったからな、黒子!俺はもうおまえをゆるさ……………なくないです。すぐに店に入りましょう」


彼女が掲げるのはあの写真。どこの世界にこんな悪逆非道な水戸黄門がいただろうか。



「あの子、すごく可愛くない?」


「もしかして、モデルさんとかじゃない…?」


「あの髪すごく綺麗…」


店に足を踏み入れるとそんな声がちらほらと。

黒子の他を卓越した容姿は、同性の間でも目を惹く。その美貌をたたえる声の主は、店内で水着を見ていた客や店員だ。


「でも、あの一緒にいる男だれ?(笑)」


「うわーー、冴えなーい(笑)」


「全然釣り合ってないんですけど(笑)」


「動くATMじゃない?(笑)」



あははははははーーーー。

辛辣辛辣ぅ!

別の意味で俺も注目を浴びていた。完全に飛び火なんですけど…。最後のATMって…最近の女の子って結構酷いこというんだなぁ。やっぱ俺は画面の中の女の子を愛でるのが性に合ってると実感する。



「1590よ、お金を吐きなさい」


「おまえの講座の暗証番号かそれ⁉︎つーか、俺をATM扱いするな!!」


「あれ?おかしいわね…番号を言っているのに吐き出すのは二酸化炭素だけだわ…」


「ムカつく…。おまえが暗証番号を天下統一の年代と合わせているのがさらにムカつく…!」


俺と楽しげな会話?をしながらも、黒子は黙々と好みの水着を探している。その手には既に何枚かの布の姿が…。視界の隅に見える試着室へ連行されるのも時間の問題だろう。


ちなみに俺の水着の好みはパレオ一択。ビキニにパレオってなんかよくない?あの自分から下半身を隠す奥ゆかしさに、私思わず前かがみでございます。無垢な女体を隠してしまっているのにも関わらず、どこか妖艶さを感じさせるあの布は魔法の布だと思う。黒のレースっぽいのとか好きだなー僕。つまりパレオ最強。

パレオはルビーサファイアエメラルドって言うくらいだもんね!



「ちょっと何着か着てみるわね」


そう言って案の定、試着室の方へと向かっていく。この場で一人取り残されるのはきついため、自然と黒子についていくことになる。カーテンを閉め着替えに入った彼女を待つ形でモールに来てから二回目の孤独タイムスタート。


黒子の水着姿が気になるのか試着室の周りにはわずかに人が集まり、その、なんというか、落ちつかない…。気を紛らわすように、彼女が出て来たときなんと言葉をかけるかを考えていると…。


「あれ…お兄ちゃん⁉︎なんでこんなところにいるの⁉︎」


俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは世界でただ一人。そう妹の美晴だけだ。今俺の存在に心底驚いている様子の少女は、


「美晴じゃん。文化祭の準備とか言っといてこんなところでショッピングとは……サボりか?」


「ち、ちがうよ!!これも立派な準備だよ!クラスの出し物で水着使うの!!」


必死に弁解しようと焦る妹の姿、いとかわゆす。


なーんだ!文化祭の買い出しかー!美晴のクラスでは出し物に水着を…水着………を使うだとぉおおおおおおおおお??????


それって大丈夫なのか⁉︎風営法的に!美晴のクラスでは確か喫茶店をやると言っていた。だとすると…水着を着て、接客…。これは、OUTだ…。俺は兄として、いや、一人の人間として若さに走った中学生をちゃんと注意しなくてはいけない……!


「美晴…、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは……美晴が水着で接客するなんて許しませんからね!!」


「は…はぁぁああ⁉︎そんなことするわけないじゃん!何言ってんの⁉︎」


俺の言葉に美晴は顔を赤くして憤慨する。


「何を勘違いしてるのか知らないけど、そんなことしないから!!この水着はクラスの男子が着るの!!!」


な、なーんだ!男子が着るのかー!それなら大…丈………夫じゃないだろ!!なんておぞましい喫茶店なんだ⁉︎これを企画した人間は人じゃないぞ!


「男女入れ替えの喫茶店やるの…!男子が女装して女子が男装するあれだよ、それの夏バージョンみたいな」


な、なーんだ!そういうことか!


……………。



「じょ、女子が男ものの水着を着るのか⁉︎う、う、上がモロ見えじゃねぇか!!」



「はぁぁ…」


ため息とともに美晴が言葉を続ける。


「そんなのできるわけないじゃん…。女子は水着っぽい短パン履いて上はTシャツにパーカー。男子も筋肉Tシャツの上から水着着たりするの…もう!恥ずかしいからもうやめてよ…」


見ると会話を聞いていたらしい野次馬は俺に冷ややかな目を向けていた。美晴もかなり恥ずかしいようで俯いてしまっている。これは、やらかしてしまった…。



「美晴のお兄さんって面白い人だね!」


そんな妹に声をかけていたのはさっき俺をATM扱いしていた女の子。それに続いて後ろにいた二人の少女も同じように声をかける。どうやら美晴のクラスメイトらしい。四人で仲睦まじく話す姿は俺の目にはとても微笑ましいものに映った。



「秀吉君、ごめんなさい…こういうの慣れてなくて少し手間取ってしまったわ……あら、美晴さん?」


「黒子さん!な、なるほど…。だからお兄ちゃんがここに…。その水着、とってもお似合いですね!」


黒子の姿を見るなり笑顔で言葉を返す美晴。だけどどこかその笑顔には影があるような…。



「でも…兄はパレオとかついてるの好きですよ!フリル付きで活発な暖色は今年の流行ですけど、兄はもっと奥ゆかしい感じの方が好みだと思います!」


「あらあらあらあら、アドバイスありがとう。さすが美晴さんね…彼の好みを教えてくれるのはありがたいわ。じゃあ彼と"二人きり"で海に行く時の水着は選びなおした方が良さそうね…。"二人きりで"海に行く時の水着は大事だものね…。"二人きり"で行くのは特に…」


二人とも笑顔なのに目が全く笑ってない。薄く細められた目は、深淵を覗いたような暗闇をもっていた。いつもよりこころなしか声も低く聞こえる。


だいたい黒子、二人きりってところ強調しすぎだろ。美晴にいたっては、めっちゃ小さく舌打ちしてたし…。しかも、なんで俺の好み完全に把握してるのん?



「では、私たちはこれで失礼しますね。水着選びのお邪魔になっても悪いし。行こう、皆」


「「「う、うん」」」


唐突な美晴の発言の圧におされ、彼女たちは店を出ていってしまった。その手に袋が下げられていたことから既に買い物を終えた後だったようだ。若干ピリついた雰囲気は霧散し、店内に平穏が戻る。その場を見ていた野次馬さんたちは、どこかせわしなく雰囲気と同じように霧散していった。怖かったですもんね…あれ。僕も怖かったです…はい。


「秀吉君!」


「は、はい…!」


「選び直したいのだけど、次はあなたの意見も聞かせてくれると嬉しいわ。同行者の意見も聞きたいの」


二人きりで行くのはいつの間にか決定事項になっていたようだ。拒否権は勿論ない。


「それにしても…本当に仲が良いのね。二人のやりとりがすごく楽しそうで…少し妬けるわ」


「妬けるって、俺たちは兄妹だぜ」


「兄妹というよりも、深い何かで結びついてる…そんな感じがしたわ」


いつになく神妙な顔つきで話す黒子に珍しさを感じる。それに触発された俺もいつになく本音を吐露してしまっていた。



「俺もあの子とは兄妹以上のものを感じてるんだ。あいつの両親のこと知ってるだろ?俺も父さんを亡くしてる身だからな…。家族を失う悲しさは、痛いほどわかるんだ…だから、できるだけ一緒にいてあげたい。寄り添ってあげたいんだ…」


「彼女のこと、好きなの?」


「ははっ、恋愛感情はないさ。でも、大切な存在ではあるかな…。あの子が笑っていられるならどんなことでもしてあげたいよ…美晴はそんなこと望んでないと思うけどな」


「そう……そうなんだ」


そういうと、黒子は再び着替えるため試着室のカーテンを閉じた。閉じる寸前の彼女の口角は少し上がっていた。


それにしても柄にもなく恥ずかしい話をしてしまった…。黒子も笑い話のように受け取ったかもしれない、実際ニヤついてたし。


すると突然、


ガン

ガン

ガン

ガン

ガン


黒子の試着室から音が…

壁を、叩く音…いや、殴ったような音?



「黒子ー、どうした?何かあったのか?」


「ごめんなさい、蚊が入ってきたみたいで。ムカついたからぶん殴ってしまったわ」


怖っ。

蚊の一匹くらい生かしておいてあげればいいのに、殴り殺そうとするとは…。


ガン

ガン

ガン

ガン


どうやら蚊は一匹ではなかったらしい。黒子がワンピースに着替えて試着室から出てくるまで、その音が鳴り止むことはなかった。その日、黒子が蚊を殺すために壁を殴っことで生まれたというどこか乾いた音は、なぜか俺の鼓膜にこびりついて離れなかった。





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