EP.8,5
家の玄関の鍵を閉め靴を脱いだ後、すぐにリビングへ向かう。
『ママーー!!秀くんと付き合うことになったの!!!』
この喜びをどこがで発散しないと、体が破裂してしまいそうだった。
『良かったわね〜、今日はお赤飯にしなくちゃね〜』
『もう!まだ早いよぉ!!』
思わず将来のことを考えちゃった…
顔が赤くなってるわよ、とママに言われちゃう始末、恥ずかしい……!
その後、荷物を置いて着替えるためにリビングを出て自室へ、、
ピンクと白を基調とした、自称オシャレ部屋の色彩がいつもより鮮やかに見える。見るもの全部がカラフルに見えちゃうのは恋する乙女フィルターを通したせいかもっ…!
自分で言っときながら恥ずかしくなったので気分を紛らわすためにカーテンを開ける。隣に建つ家は昔からずっと好きだった幼馴染が住む家。これからも一緒に過ごせる未来を想像するとつい笑みがこぼれてしまう。
ーー秀くんは今何してるのかな?
さっきまで一緒にいた男の子のことが気になってしょうがない。
今までだってずっと一緒だったけど、それは幼馴染としてだった。でも今日からは恋人として一緒にいられる。その事実を再確認するとまたニマニマしちゃう…
こんな顔を彼には見せられない!でも彼なら可愛いってフォローしてくれるかも…
ダメだっ!惚気が止まらない!
『あはぁぁ〜、幸せだよぉぉ〜』
小さい頃に買ってもらったクマのぬいぐるみを胸に抱きながら彼の言葉を思い出す。
初めて会った時から好きだった、
ずっと一緒にいたい、
って嬉しすぎる!!!何回か異性から告白されたことはあったけどこんな気持ちになるのは初めてだなぁ!!
『初恋ってやっぱ特別だよね…』
自分が彼に興味を持ったのも初めて会った時だった。保育園の時まで遡る。
私が初めて保育園に連れていってもらった時、彼は先に入園していて既に友達と馴染んでいた。
小さい子供にも少なからず存在するグループ意識のせいで私は遊びに入れずにいた。
そんな時、初めて彼は私に声をかけてくれた。そんなことでって思う人は多いと思うけど、、、
『一緒に遊ぼう』
そのたった一言に対する感謝を私は今でも忘れない。
その後、どんどん彼に惹かれていって好意を自覚するのに時間はかからなかった。
相手のことをいつも第一に考えている優しさは今でも変わってない。
それを本人に言っても毎回否定されちゃうんだけどねっ!
そんな時、スマホの着信音が鳴る。
『知らない番号…誰からだろ?』
コールが長かったので恐る恐る電話に出てみる。
『もしもし…』
『こんばんわ、春日です。少し話があるのだけど今時間あるかしら?』
それは春日黒子さんからの電話だった。白い髪を持った美人さんで先日うちのクラスに転校してきた人だ。
『大丈夫ですけど…』
その後伝えられたのは直接会って話したいことがあるということ。待ち合わせはここからすぐ近くにある公園で時間は21:30。
『まだ時間があるからシャワー浴びちゃおっかな…』
シャワーを浴び終わり、クラスの女の子達と通話アプリでチャットをしているうちにあっという間に時間が来る。
『燈〜?どこか行くの?』
『ちょっとコンビニ行ってくるー』
『気をつけてね〜』
はーい、とママに返事を返して家を出る。持ち物はスマホだけで大丈夫だよね。
それにしても話ってなんなんだろ?
わかんないなぁ…
秀くんが春日さんには気をつけた方がいいとか言ってけど…でも女の子だし、変なことはしてこないよね。
家から5分ほどで約束の場所へ着く。そこには既に春日さんがブランコに乗って待っていた。
やっぱりすごい美人さん…白い髪とは対照的な黒いワンピースが闇夜に映える。吹き込む風に髪を抑える仕草は、どこかの国のお嬢様のようだ。自分とは住む世界が違うように感じちゃうな。
でも、秀くんは春日さんよりわたしを選んでくれたんだよね…ちょっと嬉しいかも…
『こんばんわ、日向さん。』
『会って早々褒めてくれてありがとう。』
あれ…?私、春日さんにあってからまだ何も喋ってないんだけど……何で褒めたって…
『こ、こんばんわ。話って何かな?』
『わかっているでしょう?』
『え?』
心臓の鼓動が早くなっていく。秀くんの話かもとは少し考えていたけど。でもこの鼓動の早さは秀くんの話への焦りじゃない…だとしたらこの焦りは…
やばい!
冷や汗と鳥肌が出る。
体が警告してる“早く逃げろ”と。
『私の前であの人との惚気話なんて…ちょっと妬けちゃう…わ…ね!!!』
言葉の途中で視界から春日さんが消える。そう思ったのもつかの間、一瞬で目の前に彼女が…
『え?』
グサッ…
グサッ…
グサッ…
グサッ…
あれ、私、今、どうなってる、の、?
視線を下に下ろすと春日さんの腕が私のお腹へ何回も突き刺されていた。
『痛っ!!ぐはっ!……オェ…ゲホッゲホッゲボッ!!』
言葉を発する前に口から血が出てくる。
バチャッ…バチャッ…プシュッ…
春日さんが細い手を抜くたびに、体から血が吹き出し公園の芝を赤く染めていく。
痛い、助けて、誰か、痛い痛い痛いよぉ…
気持ちに反して声は出ず、その変わりに自分の血が出てくるだけだった。
激痛で足を支えきれなくなった私は地面に倒れ込んでしまう。
『どぉ…………し……て?』
『簡単だわ、あなたが邪魔なだけ』
『私とあの人の世界にあなたはいらないの』
そんな…なにそれ…
『あなたには完全に消えてもらうわぁ』
『存在も!あの人の記憶からもね!!』
視界が涙で霞んでいく。
痛いよぉ…秀くん…助けて…
チッ!!
こんな状態でも聞こえてくる舌打ちの音。
『此の期に及んで…まだ秀吉君のことを私の前で考えるなんて…』
消えて!消えて!消えて!消えて!
彼女は叫びながら私のボロボロのお腹を踏みつける。既に痛みは感じない。
痛覚が麻痺していても、感情だけは変わらず持ち続けることができている。
彼への気持ち、、、
ーー秀くんに…会いたい…!
『お前…まだそんなことを!!』
『いや、待って…』
『いいこと考えタァ』
酷い笑みを浮かべて彼女は私の顔を覗き込んでくる。悔しい…彼に選ばれたのは私なのに、これからずっと一緒にいるはずだったのは私なのに…
彼女はなにをするかと思えば私の体を持ち上げて歩き始める。
辿り着いたのは私の家の前だった。
私の体を放り投げると、、
『あなたへの最後の情けね。同じ男を愛した女への同情というやつかしら』
彼女は私のポケットから血だらけのスマートフォンを取り出し動くことを確認した後、私の右手に握らせてくる。
『最後に彼の声を聞くチャンスをあげるわ。手と耳と目くらい愛する人のために動かしてごらんなさい』
そう言って一歩下がると高みの見物とでも言うかのように黙って傍観を始める。
悔しい、悔しい、悔しい…、
微かに動く指を必死に動かす。目は涙と血で霞んで視界がぼやけていてほぼ見えない。でも、彼の番号の登録してある順番は覚えている。
動け…動け…動け…
血の味で気持ち悪い口の中で、歯を食いしばって懸命に指を動かす。
秀くん…電話に出て…!
お願い…!聞きたい…
声が聞きたい…あなたの声が聞きたい…!
涙が溢れる。これが走馬灯というものだろうか…彼との思い出が脳裏を駆け巡る。
『あれ?繋がったんじゃない?』
繋がった!良かった!出て…早く…
プルルルルルル……
プルルルルルル……
早く、早く、早く繋がって!!!
プルルルルルル…
プルルルルルル…
秀くん…秀くん…助けて…
聞かせて…あなたの声を…
プルルルルルル…
プルルルルルル…
ずっと…好き…だった…
…………秀……く………
プルルルルルル…
プルルルルルル…
…………………
ピーーーー….
『さようなら、日向燈さん。
あの人に愛されるのはあなたじゃない。
私なのよ。ふふっ…』
少女は高らかに笑いながらその場を去る。
もう1人の少女は道路に血の水たまりを作り、見るも無残な姿でその場に残る。
取り残された少女が愛しい人の声を聞けたのはこの事件から約10時間以上後の翌日になってからのことだった。




