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愚者の野望  作者: 森戸玲有
第五章 愚者の本領
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第五章 壱


 未晶は構えていた弓を下ろした。

 暗闇の高木の上で枝に足を掛けて、屋敷の中に目を凝らしている。


「いっそ、仕掛けるか?」


 元魄が何気無くそんなことを口走った。

 未晶よりも一つ下の枝の上に立っている。

 見下ろすと、獣のような目が黒い世界の中で怪しく光っていた。


 葉明を宋禮領主の別荘に案内した後で、元魄は未晶と合流した。

 兼ねてからの約束だったらしい。

 勿論、仕掛けるというのがどういうことを示すのか、沙々にも分からないはずはなかった。

 未晶のとなりで、沙々は、緊張に体を震わせた。


 屋敷から漏れる薄明かり。

 光源を辿れば、そこに葉明がいる。

 この中で、国王側の側近と話しているそうだ。


(ぜんぜん、見えもしないけど……)


 沙々の目では、何となく屋敷の外観が分かる程度だ。

 しかし、未晶は()えているのだ。

 この距離で、弓を構えた時は、沙々は己の目を疑ったものだ。

 だが、元魄も中の出来事を知っているということは、裏の世界では当然のことなのもしれない。


「元魄、仕掛けるって、葉明はまだそんな指示出してないんだろう? 未晶さんの手勢で奇襲を仕掛けるのは、最後の手段っていうことじゃないのか?」

「先手必勝ということもある。今襲えば確実に国王軍をかく乱できるぞ」


 元魄の口調は、この状況が楽しくて仕方ないというものだった。

 ぞっとする。

 何という男と一緒に、沙々はいるのだろうか。


「だいたい、未晶さんの仲間って何人いるんだ?」


 木の下に、数人待機している。

 未晶が屋敷に矢を放てば、それを合図に未晶の手勢が国王軍に奇襲をかける算段だ。

 しかし、沙々は未晶の手勢の実態を知らない。


「掻き集めて、二百くらいでしたかね」

「それは……」


 少ない。

 いや、裏家業の一団としては、多いのかもしれない。

 だが、国王軍とたったそれだけの人数が長時間戦えるはずもないし、紫天の民は戦いを知らないのだから、逃げ出す者も多いだろう。

 

 犠牲者が大勢出る。

 

そう思えば、沙々は口を出さずにはいられなかった。


「未晶さん。このまま現状を見守ったほうが良いと思う。一応、紫天領主の悠威だっているんだし、何とかなるはずだ」

「二人が諦めて、国王に首を差し出せば、どうにかなるでしょうけどね」


 未晶は、沙々に顔を向けることもなく、冷徹に言った。

 それも嫌だ。

 ここまで沙々が来たのに、一目会うことも出来ずに葉明が死ぬのは、絶対に許せなかった。


「葉明が何を考えてるのか、私には、さっぱり分からない」

「私にも、分かりませんよ。沙々さん」

「あの男の真意などまったく分からんが、お前が何を考えているのか、俺は分かるぞ」


 元魄は未晶を見上げて、にやりと笑った。


「踏み込みたいんだろう? 国王軍に」

「はあっ?」


 思わず声を荒げてしまって、沙々は慌てて口を塞いだ。

 国王軍も何処に潜んでいるのか分からないのだ。

 ゆっくりと、未晶に視線を傾けると、その小さな瞳には不敵な炎があった。


「分かりますか」


 未晶は再び弓の弦に矢を当てていた。


「お前だって俺と一緒だ。だから、俺はわざわざ分の悪い、お前たちにつくことに決めたんだからな」

「何にせよ、このまま交渉が膠着するのは危険です。殿下の命も危ないでしょう」

「やるのか」

「まず、あちらにいる国王側の重臣・法斉を殺します」

「ちょ、ちょっと、待て」


 淡々と進んでいく話に耐えられずに、沙々は未晶が足をかけている枝に登った。


「もう少し、もう少しだけ待ってみても良いじゃないか?」

「踏み込むしかないんです。沙々さん。まだ交渉が続いていることは分かります。ですが、殿下は先ほど私に攻撃の準備をさせた。敵に手の内をさらしたのです。私は読唇術を使えません。屋敷の中で、何を話しているのかは分からない。しかし、殿下は我々が攻め入る時間稼ぎのために、対話を長引かせている可能性だってあるんですよ」


 まさか、葉明がそんなこと……。

 と、言いかけて、沙々は黙った。


 葉明は、この国の王になろうとしているのだ。

 

 彼が進む道の先に、犠牲が皆無ということはありえない。


 あの言葉がまやかしでなければ、覚悟の一つや、二つはしているはずだ。


(じゃあ、私は……)


 どうすれば良い?


 沙々は葉明に会いに来たのだ。

 それだけだ。


 決して、戦うために来たわけではない。

 人を殺すつもりなど更々なかった。


 葉明を殺そうとした時の、あの冷たく胸が張り裂けそうな気持ちを二度と味わいたくなかった。

 しかし、この流れに導かれれば、沙々も剣を取らなければならなくなる。

 沙々が剣を取ることを、葉明は望んでいるのか。

 あの時、葉明は沙々に言ったではないか。


 ――これからは、のんびりと、普通の女の子のように面白、楽しく暮らして欲しい。


 もしも、沙々がここに来ることを葉明が予測していたのなら。

 形見のつもりなんかじゃなく、再び会うために沙々に指輪を託したのなら?


(この指輪は、葉明の身分を証明するものだ)


 葉明はいらないと言ったが、彼の命を保証してくれる物には成りえないのだろうか?


「私、葉明の所に行く」

「はっ?」


 未晶が小さな目を瞬かせている。


「何を言っているんだ? お前の両親を人質に取った憎い依頼人をコイツが殺してくれるっていうんだぜ。黙っていたほうが面白いじゃないか?」

「それを言うなら、元魄、お前だって私に矢が当たったぞ。痛かったんだからな」

「あれは、単純にお前が未熟だからだろ?」

「とにかく、私は行く」

「そんなことをしたら、国王軍を刺激するだけです」


 未晶は弓を構えて、矢尻を沙々に向けた。

 沙々は怯まなかった。

 どうせ、葉明のいる屋敷に向かえば命は狙われるだろう。


「私は葉明に渡すものがあって、未晶さんについて来ただけだ。戦闘を見守るためでも、参加するためでもない」

「殿下の目指すところには、争いも必要なんですよ」

「……かもしれない。でも、私には関係ないことだ」


 沙々は、木の枝からひょいと飛び降りた。

 未晶の手下が沙々を捕らえようとしたが、寸前で、高く跳躍してかわした。


 元魄と未晶の声が背中に届いたが、二人は沙々を追いかけることはしなかった。


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