表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者の野望  作者: 森戸玲有
第三章 愚者の帰還
16/32

第三章 参


 葉明の暗殺が失敗した庭の広場で、悠威は窮地に追いやられていた。

 正直、悠威は葉明がこの状況を見越して逃げたのではないかと、考えていた。

 ならば、本当に羨ましいものだ。

 紫天領の民は、戦う気満々だ。

 攻めて来たのなら、討ってやれといわんばかりの怪気炎を上げている。

 葉明が国王の手によって、暗殺されたという噂もまた民のやる気を後押ししていた。


(しかしだ)


 少し冷静になってみれば、いかに愚昧な行為なのか分かるはずだ。

 一国が四十八の領地を所有している国に挑もうとしているのだ。

その時点で、馬鹿を越え、無謀すら通り越している。

 そんな結末を迎えないように、悠威は動いてきたはずだった。

 今まで紫天領の権利を守りつつ、国王にもうまく取り入っていたつもりだったのだ。

 

……なのに。

 悠威が思っていた以上に、都にいる国王は、馬鹿のようだ。

 内乱にまで発展して、一体何になるというのだろう。


(何の意味もないではないか?)


 よしんば、脅しのつもりで、紫天領に来るにしても、国が弱体化しているにも関わらず、あえて遠征しなければならない理由など、国王にはないはずだ。


(家臣は一体何をやっていたのだ? 何故諌められなかった)


 やりきれない気持ちで、悠威は壇上に立っていた。


「ここで、抗戦するのは、百害あって一概もない」


 その結論は、悠威が自分の側近に言い含めて、昨日出した答えだった。

 わざわざ民に提示する必要もなかったのだが、一報を聞きつけた者達に屋敷の壁が破壊されそうになって、仕方なく発表することになった。

 悠威は自分で書いた書面に、目を走らせて顔を上げなかった。

 腹を立てているのは、悠威の方だった。


「国王側が提示する条件をまずは確認することが先決。そこで我が領地の進退を決めたい」

「ふざけるな!」


 すぐさま、怒号が飛んできた。


「国王なんか、怖くねえ!」

「所詮、傍系の国王様だ。葉明の方が偉い」

「葉明の敵討ちだ!」


 みな好き好きに、言いたい放題だ。


(いっそ、民衆を取り締まるべきか……)


 悠威は決断を迫られていた。

 紫天領の民は自由に物を言うことが出来る。

 そういう評判は大陸中に広まっている。

 だからこそ、いろんな民が紫天領に集まり、経済の流れが円滑になっているのだ。

 商人に優しい領地であったから、ここまでの繁栄があったのだと、悠威だって分かっている。


(だが、これは最早商人ではない)


 武器を取ったら、誰でも兵士だ。

 悠威はこれ以上、危険を冒したくはなかった。


(もう、終わりにしてやる)


「今の言葉に意見した者共を、取り押さえろ」


 強い口調で、自分の背後に侍している家臣たちに命じる。

 庭を埋め尽くす一面の聴衆にも、その声は聞こえたらしい。

みな一目散に退散の準備を始めている。


(こうと決めたら、逃がすわけにはいかない)


「急げ!」


 悠威が怒りに震えて、怒鳴りつけると、慌てて悠威に後ろを見せた家臣たちの一人が、何かにぶつかってひっくり返った。


「あっ?」


 悠威は、家臣の発した声に導かれて、視線をそちらに傾けた。


 ――すると、嫌味なくらいに、見知った薄っぺらい顔が、魚の死んだような目で悠威を眺めていた。


「やあ、久しぶり」

「……葉明!?」


 悠威もまた態勢を崩して、後ろに転びそうになった。

 白い着物に、所々寝癖が踊っている黒い頭が、暢気に悠威に近づいてくる。


(私は幻でも見ているのか?)


 やる気のなさそうな蒼白い顔は、いつの間にか悠威との距離を縮めて、中央の会見場所を陣取っていた。


「よ、葉明!?」


 誰かが叫んだ。出口を目指していた人の波が徐々に戻ってきた。

 悠威は、何も出来なかった。

 口を挟むことができなかった。

 あの未晶という男が近くにいるのだ。

当然、葉明は悠威が自分の命を狙っていたことを知っているはずだろう。


(姿を消していたのは、そのためではないのか?)


 国王軍が来るという情報を逸早く掴んで、それで雲隠れしようという算段だったのではないのか?


 分からない。


 だが、紫天領の民の顔色は、花が咲いたように、明るくなった。

 みな、葉明の帰りを待っていたようだ。涙する人間までいる。

 正直なところ、葉明の力を悠威も認めざるを得なかった。


 ……葉明は、街の人間に愛されている。

 魚屋の倅としても、瓏国の皇子としても。


(もしかしたら?)


 悠威は、背中に鞭を打たれたように、瞠目した。


(葉明なら出来るのではないか?)


 そうだ。民衆は国王に葉明が暗殺されたと思い込んで、怒っていた面もある。


(この血気盛んな奴らを、説得することが出来るのかもしれない)


「ああ、皆さん。こんにちは」


 葉明は手を振るのに飽きたのか、ようやく口を開いた。


「実はね、ちょっと、怪我して僕、寝てたんですよ」


 特に、悠威を責めるわけでもなく、葉明は飄々と言ってのける。


「そしたら、寝ているうちにいろんなことが起きてしまって、いやはや、凄いね」


 悠威は、葉明の言葉が核心に迫っていることに気がついた。

 鼓動が高鳴る。

 この場で、悠威よりも位が高いのは、葉明だ。

 葉明が決断すれば、すべてが決まる。


「なんでも、王さまの軍勢が動いてしまったんだって? 本当びっくりだよね。何をどう間違えちゃったんだろうねえ。王さまも」

「だろう! 狂ったんだよ。国王はよお!」


 誰かがそんな野次を飛ばすが、悠威には頭を抱える言葉でしかない。


(狂っているのは、お前達も一緒なのだ)


 しかし、悠威には、この混乱を平和的に鎮静化させる自信はなかった。

 殺そうとした相手を頼るなんて、こんな屈辱は他にないが、もう他にどうしようもなかった。


「……頼む」


 悠威は、葉明の着物を掴み、小声で後事を託した。

 何事かと振り返った葉明は、悠威が見せたこともない、情けない顔に、しっかりと首を縦にふった。


 ――まかせて。

 そんな声が聞こえたようだった。


(大丈夫かもしれない)


 この先、葉明をどう扱っていくのか、悠威には考える余裕もなかったが、今だけは、神がこの場に降臨したかのような心地で、葉明を崇め奉りたかった。

 祈るように、悠威は次の言動を待つ。

 聴衆もすっかり、元の位置に戻って、葉明の言動に耳を澄ました。


「こんな恐ろしいことになってさ、王さまと同じ所に立って、僕たちが争うのも、馬鹿げているよね」


 ざわっと、空気が揺れる。


(よし、いけ)


 何がいけなのか、自分でも理解できないまま、悠威は両手を強く握り締め、目を閉じた。


 葉明の演説は抑揚なく続いた。


「でも、売られた喧嘩は買わないと損だよね」


(あれ?)


「ちょっと待て」


 喧嘩を買う?

 何かがおかしい。


「おい」


 雲行きが怪しくないか……。


 ーーそうして。

 ぶらりと、旅行にでも行くような風情で葉明は告げた。


「……ということで、皆さん、ひとつ、開戦といきましょうか」

「なっ!?」


 人の波は大きく揺れた。


「おおっ! よしっ。やるか!」

「殿下がやるってよ!」

「この際だから、紫天領を独立させようぜ!」


 悠威を置き去りにして、おおいに盛り上がっている。

 開戦なんて……。

 確実に、全滅だ。

 戦を仕掛けた途端に、紫天領は終わりではないか。


(何が、まかせておけだ)


「……ざけるな!」


 悠威は、この場で葉明の首を絞めてやろうかと、本気で思った。


(こいつは、やはり馬鹿者だ!)


 最高潮に達した民衆の歓呼の声は、悠威が解散を宣言しても、いつまでもやまなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ