表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者の野望  作者: 森戸玲有
序章
1/32

序章

 煩雑な路地の一角。暗い裏通りに青年はいた。


「すいません、もう、勘弁して下さい」

「一律、渡せばそれで済むんだよ。な?」


(りつ)」とは、ここ(ろう)の国の通貨の(あたい)である。

(まん)(りつ)」が一日分の大人の稼ぎと言われているのだから、「一律」といったら、子供が駄菓子を買う程度の値だ。


(なかなか、可愛い盗人だな……)


 沙々は、そう思った。


 まだ年端のいかない少年二人が青年を壁際に追い込んでいた。

 庶民には手の届かない白い錦糸の衣装を着た青年と、着崩した着物の半端な袖から汚れた肌を露出させている少年二人。

 特に少年達の顔つきは幼く、遊びと犯罪の区別がついていないようだった。


 ……まあ、何処の街でもあることだ。

  どんなに富める街であっても、犯罪の手口は似たり寄ったりだ。

  脅しであっても、金額が少ないのは、少年達に邪気のない証拠だろう。


 しかし……。

 沙々にとって、腑に落ちないのは、青年の方だった。

 少年たちよりも年長なのは確かだ。

 沙々の位置からは、青年の襟足にかかった黒髪しか見えないが、事前に仕入れていた情報によると、青年の年齢は、二十を優に越えているらしい。

 簡単なはずだった。

 大人の頭を働かせて、彼らを撤退させることも、大人の腕力を使って、彼らを追い詰めることも、ありとあらゆる方法がとれるはずだ。

 選択肢は、少年たちよりも多いはずだろう。


(何で?)


 沙々は信じられない光景に、何度も瞬きをした。

 青年は動揺している。

 みっともないくらい、体を震わせて、周囲をきょろきょろと見回している。助けを待っているのだろうが、来る気配はまったくない。


(一体、これはどういうことなんだ?)


 沙々は、青年の頭上、人家の屋根にいて、のんびりと一部始終を見届けるつもりだった。

 しかし、それはあくまでも、青年の出方を観察しようとしていたからで、青年が反撃するのは、沙々のなかでは絶対条件だった。


「おい、何びくついてんだよ! これか? ああっ? 財布は!?」


 少年はいかにもな素人の声色で、青年の懐から布製の青い財布を取り出した。


「ああっ! だ、駄目だって、そのお金は、僕だけのものじゃなくて!」


 青年の悲壮な声が周囲に響く。

  だが、青年の声はくぐもっていて、よく聞き取れない。たとえ通行人がいても、その言葉の意味を理解することは出来ないに違いない。


(ああ、もう)


 苛々する。

 両手を強く握り、奥歯を噛み締める沙々に対して、少年達は、青年の財布の中身を確認して、にんまりしている。

  一律なんか比ではない、途轍(とてつ)もない金額を見たようだった。


(私は、こんなヤツのために、遥々ここに来たのだろうか)


 落胆しつつも、もっと間近で見られないものかと、沙々は身を乗り出した。

 重たそうな黒い頭があたふた揺れている姿は見えるものの、表情は窺い知れない。


(あと、もう少し……)


 しかし、強く屋根の瓦を掴んだ途端、いきなり、その瓦ははがれて、地面に落下した。


「……あ」 


 大瓦は、音を立てて割れる。


(終わった……)


 沙々は、衆目を自分が集めてしまったことに気がついた。


(何をやっているんだろう。私は)


 逃げるわけにも、知らないふりをするわけにもいかなかった。


(仕方ない)


 渋々、沙々は、その場から飛び降りた。


「な、何だ、この女?」

「空から降ってきやがった」


 沙々にとって、小気味良い驚きの声が飛んできた。

 不本意だったとはいえ、なかなか気持ちの良いものである。


「その財布を返せ」 


 沙々は、余裕綽々に腕を組んだ。


  ――が、少年達は白い目で沙々を見ていた。


「何だ、この小さいの?」  

「男か、女なのか分からねえ……」

「何だと! 見て分からないか!?」

「はあ?」


 惚けている少年二人が小憎らしい。

 確かに、沙々は動きやすさを優先して、一つに髪を結わっているし、少年達と同じような黒袴姿だが、最近大人っぽくなったと、母にだって褒めてもらった。化粧だって身だしなみ程度にはしている。

 男と間違えられるなんて、屈辱だった。


「――容赦しないからな。お前たち」


 沙々は低く宣告すると、自慢の回し蹴りで、二人まとめて地面に叩きつけた。


「ぐふっ」


 口から泡を吹いてのびている、少年の手元から財布をとり、機敏に背後の青年に財布を投げつけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ