第1の試練-③-
畳に障子と襖。数えるのも馬鹿馬鹿しい部屋数に正直うんざりしていた。
進むには廊下ばかりではダメなのか行き止まりに当たると適当にその辺の襖を開く。すると黒装束を着込んだ顔の見えない人型の何かが待っていたとばかりに襲いかかってくる。
「またか」
かれこれ数十回目の出会い頭の戦闘。大雅さんの一撃で全てを薙ぎ倒せているとはいえ、無いはずの心臓に悪い。
そして当たり前のように先頭集団から切り離されたかのように置いてけぼりをくらわされているのだ。
「どっちに進めば良いんだ?」
「さぁな」
短いやり取りに分かれば苦労しないと心の声が聞こえてくるようだった。
「ここかな?」
襖を開く
「ここですか?」
襖を開く
「ここでしょ?」
襖を開く
「ここだろ!!」
襖を開く
「ここだと言ってください!?」
と訳の分からない言葉を連発しながら次々と襖を開いていく。
「くっ、先頭集団は何処に行ったんだ!?」
鏡の心からの叫びに、隣から乾いた笑い声が聞こえてきた。
「なぁ、もしかして僕達って方向音痴だったりしないよね」
そんな呟きに1人の女性を除く3人の男達が笑いだす。
笑い終わった後に口から出てくるのは盛大な溜め息だ。
「ここは俺の鼻でも臭いを嗅ぎ付けることが出来ないからな」
等と人の姿に戻った大雅さんが言い訳のように愚痴っているが、人間の鼻でどうにか出来るようなレベルでは無い気がするのだ。それは聞かなかったことにするのが一番だろう。
「これからどうするか.....」
呟きながらこれからの行動を考える。
「1、全ての襖を開ける」
すぐに思い付くのはこれだが、ある意味最終手段だろう。
「2.....2.....2、思い付かないな」
「早いな、おい!」
「じゃあ1で行くか?」
「それは疲れる」
等と話していると大雅さんの右斜め後ろに立っていた凛さんが動き出した。
その姿が急速に二重三重にブレながら分身体を生み出していく。「散れ」っと一言呟くと4人の凛さんが凛さんを中心にして四方に散開していった。
「こっちだ」
散開させてから1分もたっていないというのにクールに歩き出した凛さんの背中を3人の男達は無言で付いていくのだった。
-数分後-
「まじで追い付いたよ」
視界に入ってきた集団にそんな言葉しか出てこなかった。
因みに追い付くまでの道筋はというと、何番目かは忘れたが襖を開けて向かい合う襖から別の廊下に出る。そこから階段を上り、2階の廊下を左に曲がった後。4番目の襖を開き左側の襖から廊下に出る。そこから一直線に進むこと3分。再び曲がり角を左に曲がり2番目の襖を開けたところで戦闘中の先頭集団に追い付いたのだ。
「凛さん、さっきのあれってどうやるの?」
目の前で力と力がぶつかり合う音を聞きながら何処か涼しげな表情で凛さんに問う。
「教えられる程の物じゃない」
一言で会話が途切れる。
まぁ、それならそれで仕方ない。
凛さんから視線を外し、前方に視線を向ける。今の内に言っておくと先頭に追い付いた段階で凛さんは大雅の右斜め後ろに控えていたのだ。
「大雅さんは出来ますか?」
「ん?あぁ、身体能力で補えるから必要性を感じなくてな」
(何なんだよ、どんな鍛え方をしたら補えるんだよ)
等と混乱する。
「イメージしたら良いと思うよ」
横にいる晴輝が言ったことで、「イメージか.....」と嫌な物を思い出したかのような表情を浮かべる。
最初は失敗した。次は成功した。
最初の失敗の理由は見慣れない物をイメージしたからだと思う。2度目は見慣れた物だったから成功したのだと思う。
ならだ、やったこともない。見たこともない。そんな分身の術をやろうとしたらどうなるか?
分身を生み出す過程で魔力が暴走を起こし、右手がそうだったように肉体が爆発四散してしまうのではないか?。そういう不安が脳裏をよぎったことで、実行すべきか諦めるべきか今一度慎重に考える必要があった。
でも、
「痛いのは嫌だな」
とは一人言である。
-数分後-
狂魔がいなくなってからというもの、犠牲者の数は目に見えた数字によって激減していた。だが激減しているのであってゼロではないのだ。
現に目の前で黒装束を着込んだ顔の見えない人型によって1人の命が崩れ去ったのだから。
その光景に炎の精霊は内心で焦っていた。
(くそっ!また助けられなかった)
炎の精霊の姿をした男は、試練に入ってから何人目かも数えられなくなった人が崩れ去る光景に歯噛みする。
(俺が無責任に皆を連れてきたせいだ)
炎の精霊は心の中で泣いていた。
(俺はいつから道を間違ってたのかな)
そんな事を一瞬考えだが、それはこの世界に来てからだと直ぐにわかった。
ごく普通の生活にごく普通の趣味。でもそれは多数派の行動に流されていただけだ。
それなのにこの世界に来た瞬間に誰とも違う自分だけの特別な力に目覚めてしまった。
その時からだろう。
誰かに自慢したくて、他人の自慢に自分はもっと凄いことが出来るんだと無茶をして、他人を巻き込んでしまった。
でもそれは、大多数の誰もが一度は願っていたことだ。自分が「物語の主人公」みたいに皆を守り、導き、尊敬される未来を。
それが炎の精霊の場合は、天狗になっていただけだった。もっと慎重に行動していればここまで酷い結果にはならなかっただろう。
後悔の念が溢れる。
誰かが俺を止めてくれれば良かったのに。何て今さらながらに考える。でもそれは、無理だったのだろう。炎の精霊の言葉を肯定し付いてきた者達は皆一様に力を誇示する者が多かったのだから。
(結局のところ俺が行動しなくてもいつかは誰かが行動し同じ結果になったのかもな)
炎の精霊の周りから1人また1人と人が消えていくのを悲しげな表情で眺めていた。
-数分後-
畳に障子と襖。そんな階層からだだっ広い空間に出てきた。
「何かバカデカい扉だな」
目の前に広がる巨大な扉を見て「ほぇー」と驚いたような声がそこかしこから聞こえてくる。
「最終地点かね~?」
驚きすぎて気の抜けた声がそこかしこから聞こえてくる。
緊張感の欠片もない集団に、大丈夫かコイツらと軽く不安になる。まぁ心配しても意味ないか。なんせ人の心配より先に自分の心配をしなければいけないのだから。
鏡は程よい緊張感に身を震わせながら、炎の精霊の傍らに立つゴーレムが扉を開くのを今か今かと待つのであった。
試練は終わりに向かって進んでるはずなのに鏡の行動がちょっと緊張感無いんじゃないか?って思ったので最後だけそんな感じで終わらせました。
そして、主人公の鏡よりは主人公らしい行動をしていた精霊さんは主人公になれなかったようです。はい。
次回第1の試練最終戦です。