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パンドラゲーム  作者: 香村 サキト
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第1の試練-②-

あれから走り続けて30個もの魂を拾ってから数分後。ついに先頭を歩いていた炎の精霊を模した男に追い付いた。


男の後ろに残っているのは70人程度。鏡と晴輝がここまで来るのに約30人分の魂を拾ってきたのだから元々は100人はいたことになる。それでも、城門を潜る前には300人以上はいたのだ。城門前で町に帰らせたあの時を除いて、誰一人として抜けていない。

だからこそ右の通路を通ったのが100人で、左の通路を通ったのが200人とは考えられない。


基本的にはこういう分かれ道は均等になるはずであり、例外としては、知り合いで作られた複数のグループが左に集中していた場合だ。だがこれはあまり現実的ではない。


もしかしたら、炎の精霊という扉も開けられなかった頼りない存在より、ゴーレムという扉を開けた頼もしい存在の方が、頼りになると思って付いていったのかもしれないけど。


来た道を戻っていたら30~50は落ちていたのだろうか?それともゴーレムの頼りになりそうな力強さに左に進んでくれているのか。

今更戻れないことを理解していても50人という決して少なくない人数の魂を置き去りにしたのかもしれないと思うと他人であっても罪悪感を覚えてしまう。


痛みに耐えていたときに、何人が右に曲がったのか、何人が左に曲がったのかは知らない。それならと晴輝に聞こうとも思ったが、よくよく思い出してみると、腕を失った姿をみて、パニクっていたのだ。分かれ道を呑気に見ていたとは思えなかった。


そんなことを永遠と悩んでいた鏡の思考に止めを指すかのように薄暗闇の通路に不吉な音が響いた。


鏡の耳に聞こえてきたのはガコッという漫画の世界では罠に繋がる一部の岩を踏んだりして沈んだときに鳴るような音だった。


その音が聞こえたと認識した刹那。


集団の中心を歩いていた人の全身が破裂した。破裂した人からはバラバラと何かが飛び散っていく。それは、血でも無ければ肉片でもない。何か別のものだ。


男かも女かも分からなくなった人物は、地面に崩れ落ちる前に掃除機に吸われるかのように空に吸い込まれていく。


「何だ!」

「何が起こった!」

「キャーッ!」


一人が破裂したその後には、パニックを引き起こした人達の連鎖が次々と発動する。何十人も破裂していく現象に狭い通路に混乱と恐怖が人から人に感染していく。


「もう嫌だ!俺はこんな狭い場所にいたくない」


恐怖に負けたのか遥か遠くになった入り口に逆走する1人の男。

ガコッと地面が凹んだかと思えば、背中を矢で貫かれて破裂した。


「皆!足下に気を付けろ!そこら辺にトラップが設置されているぞ!!」


大勢の人達を引き連れてここまでやって来た精霊が叫ぶ。

その叫び声は集団の恐怖と悲鳴によって消えていく。


「お前ら!!落ち着け!!」


男の叫び声を落ち着いて聞けるのは少数であり、その少数の者は10本の指で数えられる程度である。


大多数の人達には全く届かない。特に破裂した人の横を歩いていた者や目の前で破裂を目の当たりにしたものは特にだ。

そして、連鎖は始まり、ドミノ倒しのように後方へと恐怖と破裂が伝わる。


「嫌よ!!こんな所で死ぬだなんて!!」


入り口に走ってまた1人。


「狭い道に固まってられるか!」


奥に走ってまた1人。


「夢だ!これは悪い夢なんだぁ!!」


地面に手をついてまた1人。


ここまで被害が広がってしまえば鏡ですら飛び散った何かの正体はわかってしまう。


通路に広がる灰、灰、灰。

視界を染める灰、灰、灰。

空に吸われる灰、灰、灰。


パニックになった大勢の人達が破裂していく中。最後尾の鏡と晴輝は目の前で破裂していく人たちを見て悪夢を見ているようだった。

入り口に向かって走っている者は、鏡の横を通り抜ける前に背中を矢で貫かれ胸の中心にある魂を破壊され肉体を破裂させる。


「何だよこれ、何なんだよ!!」


人が簡単に死んでいく光景に動けなくなった鏡は呟いた。


油断すれば次は自分の番だと鏡の脳内をガンガンと恐怖という名の魔物が殴ってくる。その魔物は、この世界は天国ではなく地獄なんだと否が応でも分からせようとしてくるのだ。


そんな中、この世界では珍しい黒髪の青年がのらりくらりとまるで罠がある場所がわかっているかのように歩いているのが鏡の視界に入った。


その青年がふと立ち止まると目の前には大柄な男が罠を気にしてその場から動かないでいた。


黒髪の青年は大柄な男の背中に手を当てる。


「邪魔だ」


たった一言。それだけで大柄な男の背中に風穴が空けられ破裂した。大柄な男が立っていた場所には、水色の魂が地面に落ちているだけだった。


「何してんだよ!」

「何だ、知り合いだったのか?」


黒髪の青年に殺された大柄な男は鏡からしたら赤の他人でしかない。

だが罠ではなく同じ人間に殺された事が鏡にとっては一番許せないことだった。


「別に良いじゃねえか、通路が広くなって進みやすくなるじゃねぇか」

「ふざけるな!」


鏡は周りに罠があることも忘れて走り出す。

その姿に青年はにやりと笑った。


(ヤバい、何かがある)


青年のドスグロイ笑みにこれ以上近付くのは不味いと本能が叫んでいる。


「鏡!罠だ!」


晴輝の叫び声の後、ガコッと地面が凹む。次の瞬間、壁から矢が放たれた。


放たれた矢が近付いてくる、晴輝の叫びと黒髪の青年の笑みに警戒していたことから、咄嗟に動いたことで、魂を傷付けられることは避けられた。

それでも無傷と言うわけでもなく、肩を浅く切り裂いた矢は勢いを少しだけ失いながらも後方に遠ざかっていく。


「ナイスショット」


避けることに成功したはずの鏡に青年は予想外の言葉を投げ掛ける。まるで、自分が避けたことで別の誰かに矢が刺さったかのように。そして思い出す、自分の後にいるはずの人物のことを。


(晴輝!)


その言葉にバッと音が鳴りそうな速度で振り返る。


するとそこにはいつの間にか追い越していたのか一人の女性の姿があった。その女性の胸には、正確には魂のあるであろう場所に避けて通りすぎていった矢が深々と突き刺さっていた。


(あの女性が踏んだ罠で死んだんだ)

『何でお前が避けたタイミングと同じなんだ?』


(あの女性は俺が避けた矢で死んだんじゃない)

『じゃあなんで青年は「ナイスショット」なんて言ったんだ?』


(あの場所からまっすぐに走ったんだ、誰も後ろにいるはずがない)

『じゃあ、何で女性に矢が突き刺さるんだ?』


女性の体が今まさに崩れていくのを見ながら、否定したい気持ちが次々と溢れ頭を埋め尽くしていく。


自分が矢を避けたせいで全く関係ない女性を殺してしまった。


だが鏡からしてみれば集団の最後尾にいたのだから鏡より後ろにいるのは晴輝だけのはずだった。


女性を追い越したという認識もなければ記憶もない。そんな混乱を永遠と繰り返していたのか、ついに晴輝に肩を揺すられて意識が戻る。


「鏡、落ち着け」

「え?あっあぁ」


気付いた時には既に遅く、黒髪の青年は既に鏡の視界からいなくなっていた。


「それよりも鏡、落ち着いて聞いてほしいんだが」


と始まり晴輝の口から発せられたのは鏡が思考の渦に飲まれていたときに起こった出来事だった。


いわく、黒髪の青年が動かなくなった鏡を確認した後、満足そうな表情を浮かべて踵を返したこと。


いわく、黒髪の青年が遠ざかっていくと、矢で死んだはずの女性の魂が消滅したということだ。


周りを見渡すと鏡の周りには40個の魂が落ちている。

後ろには晴輝が拾ったのか、元から存在していなかったのか、残っていなければならない魂が存在していなかった。


「たぶんそれが黒髪の使った能力だと思うんだ」

「つまり、あの人は俺のせいで死んだとかじゃないってことだよな?」


恐る恐ると言った感じの確認を求める声を発していた。


「そういうことだ」


ジーッと晴輝の目を覗き見る。数秒ではあるが、視線をそらされる事もなく、それが真実であるということがわかった。


「良かった~」


緊張して固くなっていた体に急に脱力感が訪れる。ばたりと崩れ落ちた鏡は背中から地面に倒れた。

ビュンと矢が空中を通りすぎたのは倒れたことで広範囲の地面に接触したことが罠を起動する原因になったのだろう。


「疲れてるとこ悪いけど早く追いかけないと」

「それもそうだよな、気分的には1時間くらいは休みたいところなんだけどな」


冗談のようで冗談に聞こえない鏡の本音のような言葉に苦笑を浮かべるしかない晴輝。


鏡が立ち上がるのを確認すると2人はそのまま奥に向かって全速力で走り出すのであった。


-数分後-


あれから数分しかたっていないというのに追加で10個の魂を拾っていた。疑わしきはあの黒髪の青年だ。だが何人かは罠で死んだという可能性だってある。


だが鏡としては罠の可能性は低いように思えてならないのだ。

何故ならば2人がここまでくるのに起動したのはたったの2つなのだ。


だが、この2つという認識は色々と間違ってもいた。その理由は、先頭集団と2人の違いにある。


集団は集団であるからこそ人数が増えれば増えるほどに進む速度が遅くなる。


それに対して、鏡と晴輝はたったの2人だ。

例え暗くて狭い通路であっても2人が横並びになって走るのには十分なスペースがある。


目の前を誰も歩いていないのだから、全速力で走る事が可能であったのも大きな要因のひとつだ。身体能力が元の肉体よりも遥かに高まっている2人にとっての全速力は、罠が起動してから矢が魂に到達するまでのわずかな時間であっても、すでに遥か彼方まで走り去っているのだから。


だから2人は気付いていなかった。ここに来るまでに最低でも500の罠を起動していたという事実に。


-更に数分後-


追加で5個の魂を拾った所で黒髪の青年に追い付いた。残念なことに追い付いた段階で更に1人の犠牲者がでてしまっていた。


「何故殺した!」

「へー、ショックから立ち直れたんだぁ~」


黒髪の青年は楽しそうに笑みを浮かべる。

その軽い態度に歯を噛み締めてギリッと音がなる。


「俺の質問に答えろ!何故殺した!」


2回目の叫びに黒髪の青年はキョトンといった感じの表情を浮かべた。


「答えろって言ってんだろ!!何故人を殺すんだ!!」


3回目の心からの叫びに黒髪の青年は笑いだした。


「そんなの決まってんだろ。俺達は、ここにいる全ての人間はすでに1度死んでるんだよ!だったらさぁ、もう一度殺されたって大差ねぇだろうが。それによぉ、こんなオモシレェ世界に来れたんだぜ?ルールも、法律も、それを取り締まる組織も一切存在しない世界だ。そんな楽しい世界に来れたんだぜ?だったろよぉ、骨の髄まで楽しまねぇと損ってもんだろぉが!」


笑い笑って笑う。目の前の黒髪の青年は狂ったように笑い続ける。


「もっとだ、もっと、もっと、もっとその愉快な表情を浮かべていてくれよ!そして教えてやる!ここまでたどり着いたんだからな、俺が知っている情報の中でも飛びきり面白い物を教えてやるよ」


黒髪の青年は地面に落ちている魂を拾い上げると、鏡に見えるように親指を下に人差し指をうえに宝石を掴む。


「これは知ってるよなぁ」

「魂だろ?」


黒髪の青年の行動に掴んでいるものが鏡と晴輝が今まで走りながら拾っていた魂と色は少し違うが楕円形という共通点は同じだ。

それが魂だとすぐにわかる。だが、それが魂だと分かりはするものの黒髪の青年が今から何をするのか、何を見せたいのか、何を教えたいのか、鏡と晴輝には分からない。


怖いのだ。人を殺して笑っている目の前の少年の事が。


そして少年は笑い続ける。


「あぁ、そうだ魂だよ」


黒髪の青年はそれだけを言うと持っていた魂を手放し、重力に引かれ地面に落ちていく魂目掛けて、ゆっくりと上げた右足を魂が地面に落ちる瞬間に急速に下ろされた。


急な出来事に反応出来なかった鏡と晴輝。

黒髪の青年が何をしたかったのか今の数秒の出来事で完全に理解した。だがその時にはすでに遅く、魂は黒髪の青年に踏み潰されていた。


「今の今まで人を殺すのに夢中で気付かなかったんだけどさぁ。思い出してみると魂って2度壊さないと人は死なないんだったよなぁ」


ゲラゲラと笑う黒髪の青年。右足を持ち上げるとそこには傷ひとつ無い魂が転がったままだった。


「え?壊れて.....ない、のか?」


壊れていなかったことに一瞬だが安心する鏡。たが黒髪の青年に踏みつけられて砕けていない魂に混乱と謎が押し寄せる。

だが黒髪の青年は鏡に考える時間を与える気もなく、次の行動に移った。


「やっぱり、君のその表情見ていて愉快になるよ」


黒髪の青年はそれだけを言うと、上げられたまま固定されていた右足に黒色のオーラ状の魔力を纏いだした。それは蠢き右足を靴のように包み込む。そう認識した瞬間。魂目掛けて右足が再び下ろさた。


ズダァン!!!


強烈な衝撃が暗闇の通路に響き渡る。


パキィィーン!!!


魂が砕け散る音が通路に響き渡る。


魂が砕かれると同時に呪いの言葉のような怨みや怒り、それが、悲鳴のような声で聞こえてきた。その悲鳴は、呪いと言うに相応しいように、ベッタリと耳に付いて離れない。


「ヒィッ」


近くから聞こえてきた不気味な声。それにビックリして声を漏らしたのが聞こえた。それは、鏡が発したのか晴輝が発したのか、それとも2人ともなのかは分からない。


不気味な声を発っした存在を探すために辺りを見渡す。それは、目の前にいる黒髪の青年から。だが、発生地点は、その足下からだった。


変化はすぐに始まった。黒髪の青年の足下。そこから這い出るように人の顔の形をした黄色い煙がもくもくと出てくる。

その表情は、苦悶の表情。そんな表情を浮かべながら空に上り、ぽっかりと開いた穴に吸い込まれていった。


「聞くのは2度目だけどさぁ、聞いててゾクゾクするよぉ、君もそう思うよねぇ」


イーッヒッヒッヒと笑う黒髪の青年。もはやその笑い声は壊れたように狂っていた。


「次は君の声を聴かせてよ」


黒髪の青年は黒色のオーラを纏った右手の掌を鏡に向けながら笑みを浮かべる。


黒髪の青年が使う主な能力は人を恐怖や混乱によるパニック状態にさせる類いの物だと判断する。

晴輝に言われたこともあり、騙されるものかと辺りを見渡す。

この場には鏡と晴輝、そして黒髪の青年の3人しかいない。

いざと言うときに攻撃を避けたとしても晴輝以外の誰かが死ぬことがないことを確認した。


「すぅー、はぁー」


深呼吸をしながら鳴らない心臓を落ち着かせる。現実だったらバクバクと破裂しそうなほどに心臓が鳴り響いているのだろう。出来るだけ心に余裕を残せるように気楽に呼吸を落ち着かせる。


その瞬間、黒髪の青年の右手が止まる。


「残念だなぁ、君の絶望した顔も見ていて楽しかったのに」


黒髪の青年は残念そうに悲しそうな表情を浮かべる。


「俺はこう見えて楽しみは最後まで取っておく性格なんだぁ。けどさぁ、君は俺を止めると言う。なら俺は君を全力で殺さなきゃならない。出来れば見逃してあげたいけど、君は俺を見逃すような性格してないだろ?」


「当たり前だ!お前みたいな奴を野放しにしていたらどれだけの犠牲が出るか分からないからな!」


黒髪の青年の右手がオーラの輝きを増していく。オーラがまるで生命体かのように蠢くこと数秒。オーラは消え、変わりに右手に握られていたのは黒色のダガーだった。


「さぁ、君も武器を出しなよ、それを持って戦闘の開始とする。どうせ戦えば死ぬ運命なんだ。せいぜい一秒でも長く考えて生き残るための最適な回答を導いてくれることを願うよ」


青年は笑う。鏡がどういう決断をするのかを予想しながらニヤニヤ笑う。


「この世界に来てから何人殺した?」

「さぁね、覚えていないよ」


「今まで殺してきた人達にも助かる可能性を与えていたのか?」

「そうだよ、でもそれは俺が気に入った人だけって制限があるけどね」


「人を殺すのを止めたりはしないのか」

「逆に聞くけど何で止めなきゃならない。そんな理由でもあんの?」


鏡の問いに黒髪の青年は全て笑顔を浮かべて答えてくる。


「人殺しはいけないことだからに決まってるだろ!」

「何でだ?それは、国の決めた、生きている者達を縛るルールじゃないか。それが死んだ後の世界でも通じるとでも?」


鏡は言葉を失った。確かにこの世界は鏡の暮らしてきた世界とは異なる世界である。だからって、人を殺すのを許せるのかと聞かれれば許せない。


「どうしても止めるつもりはないと?」

「あぁ、楽しいからね。止めるつもりは無いよ。今のところはだけどね。それ以外に何か聞きたいことがあるとするなら先に答えておくけど、そこまで神経質にならなくても良いじゃないか。どうせ俺と君とでは今までの生きてきた環境が違いすぎるんだからさ、分かり合えるなんてこれっぽっちも思ってないよ」


満面の笑顔を浮かべながらダガーの切っ先を向けてくる黒髪の青年。


「で?どうする?武器を出すのか出さないのか」


一触即発の状況につばを飲み込む。


もしここで、武器を出せば闘いが始まってしまう。

数の点では少しだけ有利ではある鏡と晴輝。しかし、この世界に来てから、いや元の世界でも殴り合いの喧嘩はしたことが無い。


それなのに一段も二段もぶっ飛ばして殺しあいを始めるのは無理がある。

それでも、気に入らない人間を容赦なく殺すであろう黒髪の青年をこのまま野放しにしとくのは色々と危険すぎる。


勝つことはできなくても、止めることさえできれば、話すことで解決するのならその手段を取りたかった。けど青年に鏡の声は届かない。


(戦うしか、ないのか)


鏡は考える。元の世界に帰るためには、ここで人数を減らすわけにはいかないのだ。


それに暗闇で出会った骸骨は言っていた。


「試練を諦めて現実の肉体が腐るのをこの世界で待つのも選択の1つです」


と。


現実に戻りたい鏡としては、これ以上試練に参加する意思をもった人達が減ってしまうのは試練そのものの攻略不可能を意味する。


鏡は覚悟を決める。


これから始まるのは鏡と青年の殺しあい。鏡からしたら初めての、成年からしたら何十回目の殺人行為。


「緊張するな」と自分自身に言いたいが、それは無理だと答える。青年はすでにダガーを握っている。それに対して鏡は最初のイメージは失敗に終わっているのだ。

今から始めることは絶対に失敗が許されない。

失敗したが最後。敵対行動を起こしたと認められ、青年の握るダガーに切り刻まれて殺されるだろう。


「すぅー、はぁー」


再び別の理由で深呼吸をする。心が落ち着いた所で、右手にそれは存在するとイメージを固めて力を形にしていく。


別に刀のようなじっくりと眺めたこともなければ触ったこともないような難しい物をイメージしなくても良いのだ。


黒髪の青年が握っているのはダガーである。ナイフより長いが剣より短い。だったらダガーよりも長くて、普段から見慣れた物をイメージさえすれば良いのだ。


鏡はイメージを深めていく。


例えそれが武器として使うにはあまりにも頼りなかったとしてもだ。鏡は自分の中にあるイメージを信じて魔力を流し込んでいく。


それが右手に握りしめられていると気付くまでにどのくらいの時間がたったのだろうか。鏡には分からない。ただ感じたのは不思議な感覚だった。


鏡の右手には透明だが棒状に伸びる物体が目に見えた。それに魔力を流し込んでいくと握りしめている部分から先端に向けて色が付いていく。


頭の中で思い描いたそれは確かなる物質として、具現化しはじめていたのだ。


鏡は色の付いたそれを右肩に置く。


「もしかして俺をバカにしてんの?」


鏡のイメージで造り出したそれを見た黒髪の青年はあからさまに怒りを含んだ声音と眼光を鏡に浴びせてくる。

それもそのはずだ。何たって鏡がイメージで造り出したのはどっからどう見てもただの鉄バットなのだから。

ダガーを先に構えている相手に対して鉄バットを造り出したのだから黒髪の青年でなくともバカにされていると思い込むこと間違いなしだ。


「イメージで造り出したバットがただのバットだと思うなよ」


何て事を言ったりするがもちろんこれはハッタリだ。


中学時代の鏡は、運動部に友人が所属していたこともあって、外で遊ぶときは、結構な頻度でスポーツをしていたのだ。


勿論そこには男以外にもそれを見に来る観客というかギャラリーというか、クラスの女子が見にくるのだ。


そのため鏡は、彩夏に格好いい姿を見せたくて隠れて練習をしていた日々が続いたことがあった。


そんな体育会系の系列に近い鏡には「自分には隠された特別な力があるのでは?」という高等な妄想はしたことがないのだ。

そんな生活をしてきた鏡が、兵器並みの機能付きバットなんてどんなに時間をかけてもイメージできない代物である。


「へー、なるほどぉ。確かにバットの見た目だと刃物を扱う俺を油断させるのには効果は絶大だな。だが油断している状態での不意打ちに使われたのなら致命傷を受けたとしてもよぉ、警戒している今なら何があっても当たんねぇよ。それに、よく見ると中二病をこじらせてそうなクソガキだもんなぁ、どんな妄想で造ったのかは知らねぇが確かにガキの妄想はこの世界じゃ脅威だ」


黒髪の青年が到着した結論に鏡は悲しくて遠い目を青年に向けたくなってしまう。

鏡は本当なら今日から高校生になるはずだったのだ。それなのに目の前の青年は鏡の身長と見た目で、中二病発症によくいると言われる中学生と判断してしまったのだ。


そこまで下に見られてしまうと鏡がまるで高校生の雰囲気を放っていないみたいではないか。って少しだけ思ったけど、授業を受けてないから高校生の雰囲気を放っている訳がないか。と自己完結する。


ハッタリという目的では見事に引っ掛かってくれた黒髪の青年。だが、鏡としては中学時代にあまり伸びなかった自身の身長を呪えばいいのか、目の前の青年の観察眼の無さを呪えばいいのか考えなければならない。


だが長い間考えるのも現状では無理なもので、鏡の見た目とバットの秘密機能を警戒するだけして、戦闘態勢だけは一切崩さずに、いつでも隙さえあれば鏡を切り裂こうと黒髪の青年はタイミングを狙ってくる。


(あーもー、怖いなぁ、まるで肉食の獣が草食動物を狩るような目をしているよ。動け、動けよ!俺の全身!!恐怖で足が動かねぇーよ!!)


鏡も黒髪の青年の動きを出来るだけ逃さないようにジッと見続ける。


端から見ればお互いが相手にプレッシャーを放ち、牽制しているようだが、実のところ鏡は怖くて黒髪の青年を見ていることしかできなかった。


覚悟を決めたはずなのに再び集中力が切れたかのように恐怖が込み上げてくる。何か目に見えない巨大な闇に飲み込まれるような圧倒的な重圧を感じる。


そんな鏡の思っていることとは裏腹に、あまりにも反応が無いことに驚き、警戒し、攻撃のタイミングを完全に失った黒髪の青年。


ついに我慢の限界を超えた黒髪の青年は握っていたダガーを投擲武器さながらの速度で投げつける。


風を切り裂きながら迫りくるダガーを、少し前まで右肩に乗せていたバットを咄嗟の反射神経で振るう。

バットの中心にダガーの刃先が当たり、そのままダガーはバットの内部に突き刺さるかと思われた瞬間。反射したかのように刃先を黒髪の青年に向けて一直線に伸びていく。

黒髪の青年は首を左に傾けることで飛んで来たダガーを避けた。


「へーなるほど、君のそのバット。もしかして、当てたもの全てをボールのように遠くまで飛ばす感じのイメージで造られているのかな?油断した油断した、警戒してなかったら額に突き刺さっていた所だ」


鏡のバットの能力に感心したかのように黒髪の青年は笑いながら頷いた。己の観察眼が養われていなかったことを確認したのかこれからの優先事項の項目に「見た目に惑わされない」という書き込みと共に「誰が相手でも油断せずに観察する」が記入されたことだろう。


鏡は思う


(そんなこと考えてねぇーよ!!)


と。


無意識のうちに飛んでくるもの=ボールという感じに能力(?)を発動していたのであった。


結果的に鏡の行動は、黒髪の青年を強くしてしまった形になってしまった。


だがこの咄嗟の行動は鏡に自信を与えるには十分だった。


(何だよ、打ち返せるのかよ。ビビって損した)


止まらなかった冷や汗が止まるような錯覚を覚える。打ち返せると別れば話しは別なのだ。この時鏡には確かな心的余裕が生まれつつあった。それは、相手に軽口を叩けるほどに。


「唯一の武器を投げて良かったのか?」

「あぁん?んなもんまたイメージで造れば良いじゃねぇか」


黒髪の青年の両手に黒いオーラが伸びたかと思うと8本のダガーが指と指の間に挟まれていた。


その光景に顔がひきつりそうになるのを押さえて、鏡はバットを構える。


1本のダガーを打ち返すのはさっきので何となく感覚を掴めている。だが、8本となるとそれも簡単にはいかなくなるだろう。


スイングしても2~3本同時は可能かもしれないが残り5本は当たりどころが悪ければ即死しかねない。

運良く即死しなかったとしても激痛で動きが鈍くなったところで、再びイメージしたダガーで切り裂かれたり貫かれたりでもしたら結局死ぬことになる。


どうしたものかと思考を巡らせる。


バットをスイングすることで2人では狭くなった通路では、結局のところ即死しなかった場合は、後ろで待機している晴輝の活躍によって寿命が延びることになる。


ある意味絶対絶命の状況に黒髪の青年は、考える時間を与えないかのように右手の4本のダガーを投擲する。それから少しの時間差の後、左手の4本のダガーを投擲する。


鏡の生存本能が咄嗟の判断でバットをフルスイングし、手を離す。クルクルと回転しながら飛んでいくバットは、飛んでくるダガーにぶつかり弾いていく。


だがそれは、運良く2~3弾いただけだ。連続で成功するような技ではない。狙いが外れればすぐにダガーのダメージを肉体に食らうのだから。


鏡は黒髪の青年を真似るように、イメージで再びバットを作り出すと、同じように素振りした勢いをそのままに手を離す。


クルクルと回転しながら進むバットは飛んでくる残りのダガーを弾いていく。


黒髪の青年は嘲笑う。その両手には更に8本のダガーが握られていた。


「8本同時なら!!」


8本のダガーが狭い通路を一直線に突き進む。


鏡は2本のバットを両手に作り出すとそれを勢い良く投げる。

ダガーとバットが空中でぶつかり合い、バラバラと地面に落ちていく。


「良いねぇ、良いねぇ、だったらこれは!」


黒髪の青年の両手に再び8本のダガーが挟まっていた。


黒髪の青年は右手に持つ4本のダガーを投擲。次いで左手のダガーを投擲。その瞬間に右手に4本のダガーをイメージし、再び投擲。その瞬間に左手に4本のダガーをイメージし、再び投擲。


それの繰返しだ。投げ終わると同時に右で投擲し、投げ終わると同時に左で投擲し、更に右で、左で、と次々にダガーをイメージしては投げ、イメージしては投げを繰り返す。無尽蔵に生み出されるダガーに鏡の視界は一瞬で埋め尽くされる。


(いくら何でもこれはあんまりだろ)


泣きたくなりそうなほどに、必死でバットを投げたり振り回したりしてダガーを弾いていく。


だが鏡の反射神経で全てのダガーを弾くことが出来るはずもなく、次々に右肩、左足、腹部、左頬と傷が増えていく。


傷が増えるごとに激痛でバットの形状が怪しく歪んでいくが、それをイメージの力で補っていく。それでも、連続で傷を受ければ激しい激痛でバットのイメージをしていられないのだ。


(しまっ.....)


右手の甲にダガーが突き刺さりバットは消滅した。手の甲から目の前に視線を向けるとすぐそこまでダガーの壁が迫ってきていた。


すでにバットは形を失い、武器は何も構えていない。今からイメージしようとしても、激痛に意識を取られてそれどころじゃない。


鏡はゆっくりと流れていく時間のなかで、2度目の死が目の前まで迫ってきていた。


(このまま死んでたまるか!)


簡単に死んでやるかと抗ってみる。


右手を動かそうとする。激痛でうまく動かない。

左手を動かそうとする。激痛でうまく動かない。

右足を動かそうとする。激痛でうまく動かない。

左足を動かそうとする。激痛でうまく動かない。


うまく動かないのであって、動かせない訳ではない。だが、全身を毒に侵されたかのような激痛で、脳が動くことを許さない。


(彩夏.....)


死ぬ間際に脳内に浮かんでくるのは彩夏と過ごしてきた時間だった。彩夏の笑顔に彩夏の温もり、そして、彩夏に好きだと伝えていなかった後悔。


鏡は手を伸ばした。


今伸ばせば彩夏に触れることが出来る気がした。でも、イメージの中の彩夏は微笑むだけで、触れることが出来ない。


(最後に彩夏の笑顔を見たかった)


鏡は目を閉じる。瞼に焼き付いた彩夏の姿を見続けるために。訪れる目の前の死から目を背けるように。


だが、30秒たっても、1分たっても、その時は訪れなかった。


不思議に思ってそっと目を開く。


銀色の光。それが鏡の目の前で黒髪の青年のダガーを全て弾き飛ばしていた。


「おいおい、ガキの喧嘩にしたら、ちょっとやりすぎじゃねぇのか?」

「あぁ、そのガキの喧嘩におっさんが首を突っ込むなよ」


黒髪の青年は鏡から視線を外し、銀色に輝く男に視線を向けていた。鏡も惹き付けられるように銀色の男に視線を向ける。


銀髪の男の体型は細かった。しかし、両手、両足といった部分だけが人の物ではなく獣のような見た目の手足になっている。


それは、今まで見てきたイメージが作り出したような手足とは別の雰囲気を放っていた。それが目の前の男が人の領域にいる存在ではないのでは?と思ってしまう程の存在感。


黒髪の青年は鏡にしたように、銀髪の男に8本のダガーを投擲する。それに対して銀髪の男は迫りくるダガーに向けて爪を振るった。


黒髪の青年のダガーと銀髪の男の爪がぶつかり合う。吹き飛ばされたのは黒髪の青年の投擲したダガーだ。銀髪の男の手には傷と呼べる物は一切なく、無傷であろうことが見て分かる。


次元が違うのだ。天と地ほどの差。鏡と黒髪の青年がガキの喧嘩だったとするなら、目の前で繰り広げられているのは構ってほしいと泣きじゃくる赤子と戯れているだけの行為。


いつしか黒髪の青年は攻撃するのを止めていた。それから、2人に向かって語りかけてきた。


「この世界で他人の名前なんか聞く必要はねぇと思ってたけどよぉ、殺し損ねたガキと邪魔したおっさんの名前くらいは知っときたいんだよ」


「名前を聞きたいなら先に名乗るのが礼儀じゃないのか?」


銀髪の男の言葉に黒髪の青年は納得したのか笑いながら頷いた。


「それもそうだな、俺の名前は立崎狂魔。この世界では殺りたいように生きる男の名だ」

「俺は大神大雅だ。まぁ何と言うか無意味に人を殺すお前みたいな奴を野放しにする気はないのでよろしく」


2人の紹介が終わり遂に鏡の番になる。2人の視線が鏡に向けられる。それは圧倒的な力を感じさせる眼力。それだけで一瞬だが身を引きそうになった。自分の行動に情けないと感じた鏡は歯を食い縛る。


「一之瀬鏡。次に会うときは絶対に負けないからな!」


黒髪の青年こと立崎狂魔は鏡の宣言を聞いて笑う。


「カガミィ、今回はおっさんの邪魔が入ったからな、また今度会うときを楽しみにしているぜ」


狂魔はそれだけを告げると鏡の前から煙のように消えていった。それから10秒後。


「やっと終わりましたか」


薄暗い通路から女の声が聞こえ、鏡は振り返る。


そこにいたのは1人の女性。隣にいる晴輝よりも鮮やかな見栄えの良い紅の髪をひとつに束ね。腰まで届きそうなくらいに伸ばしている。


顔は無表情に近いが人形のような美しさを兼ね備えていた。


細くて長い手足と雪のように白い肌。体形は出るところは強調しない程度に出ているし、ひっこむところはひっこんでいた。


そんな女性がいた。

「最初のバトルシーンが雑魚敵だと誰が決めた!」

ってなわけで今回は初の戦闘シーン(圧倒的敗北)でした。


今回は作者の無い脳を総動員して「もしも法律が存在しない世界に放り出されたら」を題材に「狂魔」という新キャラクターを登場させました。


書いてて思ったこと。狂魔さんの言動が難しい。

生前のルールから解き放たれた怪物的な感じに書こうとしたのに.....狂ったキャラを書こうとしたのに鏡さんを殺し損ねたことを残念と思うより次回の楽しみとしてます。


「楽しみは最後まで取っておく」


こんな台詞からどんなキャラにしていこうか作者は困り果てると同時に楽しくもあります。


そしてこれからのストーリーにとって重要人物となる「大雅」と「謎の女性」2人は鏡と晴輝にとってどんな存在になるのか。


改稿してる段階でストーリーの流れは決まりましたのでネタバレをしないようにここで区切ります。


-速報-


気が付いたらブックマークが2件になってました。

目指せブックマーク10人を目標に作者は飽きられないように頑張りますのでこれからもお読みいただけることを願い今日はここで後書きを終わります。

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