第1の試練-序章-
城に向かって進む集団はパレードの様だった。
それはパレードと言ってはいるが、パレード風に見えなくもないのであって、実際の所は、火柱が空に上がったり、つむじ風が吹き荒れていたり、雷が周囲に降り注いでいたり、噴水の如く水量と勢いで周囲を水浸しにしていたり、といった能力を発動しながらの行進である。
そんなパフォーマンス集団(頭のおかしい、取扱注意書が必要な危険人物)の中で、鏡と晴輝はおとなしく歩いていた。
それも人の波に流されるように。
2人の後にも、その騒ぎを聞き付けたのか、様々な色の髪をした人達が、途中からその集団の中に加わったり、集団に応援を贈るために左右に集まって、周囲をにぎやかにしている。
もはやこれは一種のお祭りである。今から死ぬかもしれない試練に挑戦しに向かう人達のテンションではなかった。
そんな中でも、集団の先頭を歩く男は、応援してくれる人達一人一人に向かって「ありがとう!」や「おう、任せな!」などの言葉を贈っていた。
「凄いな」
晴輝の呟いた言葉は近くにいた鏡には辛うじて聞こえたが、すぐに周囲の音に消えていく。
「何がそんなに凄いんだ?」
「だって、あの先頭の人がこんなにたくさんの人達を集めたんだぜ、凄いじゃん」
「んー、そうか?確かにここまで集まるのは凄い事だと思う。けどそれは、この世界で始めて行動を起こしたからだろ?」
目をキラキラ光らせているという言葉が似合いそうなほどに目を見開いてキョロキョロと辺りを見渡している晴輝。
その姿はまるで、祭りの会場でテンションが上がっている子供のようだった。
そんな晴輝から視線を外して、先頭を歩く男に視線を向ける。
男の体には皮膚も筋肉も骨も存在しない、炎の塊が人の形をしたような姿だった。
もっと噛み砕いていうのなら、炎の精霊のような存在をイメージすれば良いだろう。
そんな姿の男が先頭を歩けばもちろん目立つ。それは熱かったり眩しかったり、兎に角見ていて暑苦しい。
その熱さはまるでレジェンドと呼ばれる元プロテニスプレイヤーを彷彿とさせる程だ。
そんな姿をしているからこそ試練を攻略するという話は爆発的な話題になり、この世界全体に広がったのだろう。
「最初に行動を起こしたのが俺だったとしても、100人や200人は簡単に集めていたね」
胸を張って堂々と発言する。
現在鏡の顔には子供っぽい笑みが浮かんでいることだろう。
そんな鏡の表情を知っている人や覚えている人が見たら、扉の出口である花咲の丘を最初に下った事によって、何百、何千、何万もの人達を動かしたお前が張り合うなよと、動かされて丘を下った人達の中でも鏡の顔を覚えている人がこの場にいたらそんなツッコミが返ってきそうなセリフである。
「そ、そうなんだ」
そんな鏡の表情を見ても、本気で言ってるのか本気で言ってないのかは会ったばかりの晴輝には判断できなかった。
それに晴輝は知らなかった。丘を最初に下ったのが目の前にいる鏡であるということに。何故なら鏡が丘を下っているときにはすでに弟と妹を探していたのだから。
鏡からしてみれば晴輝の反応は期待していたものではなかった。もしこれが彩夏ならば軽口と共に微笑みが返ってきたことだろう。ここにいない人を思い、寂しくなりそうになる心に、絶対に帰ってやる。という強い意思で鏡は精神を燃え上がらせる。
「鏡からしたら、これよりも大勢の人を集める方法とかあるのか?」
鏡が1人燃える中。晴輝が首を傾げて興味深げに疑問を問い掛ける。
精神が消し炭になりそうなほど燃えていた心を落ち着かせると、晴輝の問いに軽く頷き人差し指を空に向かって突き立てる。そして1呼吸した後に口を開いた。
「もしもそんな方法を考えるなら、最初の演説の時に丘から見えた空を走る馬に乗ってやるかな」
鏡の脳内で演説している鏡は、武将のような逞しい肉体に、それを包み隠す綺麗な青の鎧、それを各パーツごとに身に付けていた。
背中には1つの鋭い槍(2匹の龍が刃に向かって螺旋状にいくつもの玉を作りながら巻き付かれているもの)をくくり付けているというどっかのゲームキャラにいそうな姿が描かれていた。
そんな想像を膨らませていた鏡には、晴輝の呟いた声を聞き取ることができなかった。
「あの炎を纏っていた馬か.....僕はちょっと遠慮したいな」
ぽつりと呟かれた晴輝の声。それには何処か恐怖を含んでいるような声だった。
-城門前-
城門に辿り着いた時には、400~500人という大勢の人が集まっていた。
3人の中ではリーダーと思われる炎の精霊が立ち止まり振り返る。集団もバラバラとその場で動きを止めだした。
炎の精霊は深呼吸で大量の酸素を取り込むと集団の全体に聞こえるように大声と共にハッキリと聞き取りやすい発音で声を発した。
「ここから先何が起こるか一切わからない!引き返す者はここが最後だと思ってくれ!」
炎の精霊の忠告に、その場の雰囲気だけで参加していたであろう人達が悩むことなくさっさと解散していく。
「どうしよう?」と現実に帰りたいがために試練の事を本気で考えている人達。その中からも「ちょっとこわいので次の試練から参加します」と言葉を残して、少数の人達が集団の中から町に引き返していった。
人の動きが無くなったところで、炎の精霊は残った人達の顔を1人1人しっかりと眺めだした。
数秒の観察の後。満足そうに顔をして頷くと「行くぞ!」と後ろにそびえ立つ城門に向きを変える。
城門の全体は、縦30メートル横10メートルぐらいの門としては異様に巨大な物だった。色は全体的に黒く、石なのか、別の鉱石なのかは、学者でも職人でも城オタでもない鏡には名称を判断できない。
遠目から見ただけでもかなり重いと理解できる目の前の城門の扉は、これを開けることが出来なければこの試練を受ける資格は無いと言っているような気がしてくる。
炎の精霊は、炎の塊になっている両手を右側の扉と左側の扉に添える。「ふぅー」と一息吐いてから、再度深呼吸で酸素を取り込むと扉を押すように踏ん張り始めた。
それを遠目から見ていると、力を出しているのだろうが、その見た目からでは分かりづらかった。
ただ少し前とは違い炎の塊が燃え上がるかのように激しく揺らいでいるところを見ると本気でやっているのだろう。
たまに聞こえてくる「グギギィ」という歯を噛みしめる音が聞こえてくる。
(歯はどこにあるんだろう?)
炎の体を見ていると好奇心を刺激されるが、真面目なことをしているのだからとその考えを頭から振り払う。
男の体が止まり「ゼェゼェ」と息切れしたのか地面に大の字になって倒れる。
(あんな体なのに地面に生えている草に燃え移らないのは不思議なところだが、そこまでのイメージはしていないのだろうか?)
そんなことを考えていた。
炎の精霊が息を整えると、立ち上がる。
今度は「溶けろ!」と叫びながら炎の出力を最大限まで引き上げて扉を熱し始めた。
結果は扉が赤くなっただけで変形した形跡も一切なく、精霊の方が魔力切れを起こしたのか力尽きた。
「テツ変わりに開けてくれ」
「任せな」
ゼェゼェと激しい息切れを起こしたことで、炎の精霊の姿を維持できなくなった男は、近くで様子を見ていた仲間の男にバトンパスした。
テツと呼ばれた男の見た目は、小さい顔に似合わないほど大きなお腹。
両腕は大木のように太く、掌は鏡程度の体型なら5人は楽々と乗れるであろう大きさ。
腕とは逆に足の方は小枝のようにスリムであり、その体重を支えているのが不思議なほどの存在だった。
その姿がゲームで言うところのゴーレムでなければ奇妙な体格と言わざるを得ないような体型をしている。
「いくぞオラァ!」
テツは叫ぶと扉を力任せに押し開けていく。
「ウォォォォォォーーッ!!!」
気合いの雄叫びと共にドゴォンと一際大きな音を響かせて扉が完全に開かれた。
「へっ、お前も男ならもっと筋肉つけることだな」
「無茶言いやがって、テツ見たいな筋力高すぎるゴーレムにはなれないんだよ」
元炎の精霊だった男と石のゴーレムが軽口を言い合っているというゲームでもほとんど無いような組み合わせでも見た目がファンタジーなだけに何とも言えない雰囲気を放っている。
「それにしてもこの先どうなってんだ?暗くて前がよく見えんな」
ゴーレムの言葉通り扉の先には暗い道が続いている。
「そんなこと心配することもない。暗ければ俺の炎で道を照らせばいいだけだ」
男の体が再び燃え上がり、炎の精霊の姿に変わる。
右手を前に向け火の玉を数個造り出すとふわふわと空気中に浮かせ右側の壁に張り付ける。
その火の玉が通路を照らした頃にはその道の全容が見えてきた。
「行き止まりか?」
「いや違う。良く見てみろよ、真っ直ぐ進んだ所に曲がり角があるだろ」
「てことはこれは迷路か?迷子と罠に注意だな」
2人の呟きに後ろに控える集団は唾を飲み込んだ。ここにいる人達は当たり前のことだが、ほとんどが一般人だ。罠の見分けかたや解除方法など何一つ知らない只の一般人なのだ。
そんな人達が火の玉の灯りしかない薄暗い通路を罠を気にしながら進むのはいくら何でも難易度が高すぎる。
先頭を歩く炎の精霊はもちろんのこと、ここまで来て後戻りはできない。先に進まなければ人数を集めた意味も、試練攻略も進まないのだから。
-城門外-
「晴輝、大丈夫か?」
隣にいる晴輝の体が少し前から震えていた。そんな晴輝の姿に気付いた鏡は心配していた。
それは、炎の精霊が火の玉を通路の右側に配置した辺りからだったと思う。それから震えていたのだから火に何かしらの出来事があったのだろうことは判断できる。
こんな状態で薄暗い通路に、それも炎が辺りを照らす状態で晴輝を歩かせてもよいものなのかと悩んでしまう。
「あ、あぁ大丈夫だ」
大丈夫と言うものの正直青ざめてる顔を見てて辛くなる。
心配させないために晴輝は言ったのだろう。むしろ同行者としては止めるべきなのかもしれない。
だが、頑張ろうとしている晴輝を止めるのもどうかと思って止めようと伸ばした手が空中で止まってしまう。
「あんまり無理すんなよ」
「心配かけてすまなかったな」
悩んだ末の言葉。伸ばした手も元に戻して、無理だけはしないでほしいと本心を伝える。
トラウマを抱えた状態で何が起こるかわからない。何かが起こってからでは遅いのだ。
鏡は晴輝に何かしらの反応があったらすぐにでも動けるように心構えだけはしとくことにした。
そんなこんなで鏡が晴輝の心配をしている間に、炎の精霊が真っ暗な通路の右側に火の玉を追加で浮かべながら奥に進んでいく。
いまだに城門前から覗いた限りでは明るいと言うほどではないが何も見えないよりは少しは見えた方がまだましだろうといえる範囲だった。
「そろそろ俺らも中に入るか?」
「あ、あぁ、行こう」
晴輝は震える体に覚悟というなの力をいれたのか城門の内部に足を踏み入れるのであった。
改稿前の物語を読んだことがある人にはここから先の展開がうっすらと分かってしまいそうです。
ですがこのまま気ままに改稿を続けていきます。