第1の町-①-
扉の先で最初に目にした物は、視界全体を埋め尽くす赤、青、黄色。そして、その他数十色と数百種類の花が地面を覆い隠しているような丘だった。
右を見ても、左を見ても、下を見ても、花の植えられていないスペースは見当たらない。
そんな数えきれない数の花が地面を埋め尽くしている光景は、見ているだけで心が落ち着き、時間を忘れてしまうほど美しい景色だ。
もしも、目の前で天使達が踊っていれば、ここが天国だと鏡自信が心の底から信じたことだろう。
しかし、花畑にいたのは天使ではなく、普通の人達だった。
花畑の周りにいる数百、数千、数万の人達を見ていると何故だか知らないが違和感を覚える。その違和感の正体が何なのか分からないまま数秒の時が過ぎた。その時だった。
「「「オォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」
「新天地!異能の力!!ダンジョン!!!くぅー夢が広がるぜ!!」
「来たぞ。ついに俺様の時代が来たんだ!」
「今日からここが.....私のリアル.....」
「これじゃ.....まるで.....」
「「「オォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」
周囲から聞こえてくる声には、様々な種類があった。
ある人は興奮して叫んでいたり、ある人はこの世界に夢を描いたり、ある人はここが自分の本来居るべき場所であると確信したり、ある人はクールを装いながらニタニタと笑みを浮かべていたり、ある人は何かを言おうとしてその先を言えないでいたり、と様々な反応をしている。
周囲の反応が気になった鏡は、大勢の視線をたどり、花畑の更にその先に視線を向ける。
丘を下ったところに見えてきたのは1つの大きな町。
その町から真っ直ぐ進んだ所には巨大な湖があり、それを囲むように目の前に見える町を含む計7つの町が数十キロ単位で離れた位置に見えている。
7つの町にはそれぞれ特徴的な物があった。
目の前に見える町には和を感じさせる城があり、右側に進むと自然豊かな森があり、左側に進むと闘技場がある。
その他にもマグマ噴き出す火山があったり、爆音鳴り響く町があったり、幽霊が出てきそうな古びた館があったり、森とは少し違った豊かさのある町と言うよりは村などがあった。
湖をぐるッと囲む7つの町を見ていると何となくだがドーナッツに見えなくもない。
そんな世界を眺めながら人々は一様に目を輝かせる。
丘から見える計7つの町と巨大な湖。これだけなら別に元の世界にもあるものだから異世界に来てまで目を輝かせるような、好奇心を掻き立てるような物ではなかった。
だが、町を眺めている時に視界に飛び込んできた動物に一瞬で数百、数千、数万の視線が集中したのだ。
それは鏡も例外ではなく、好奇心というなの興味の全てを向けた視線をその動物に向けていた。
その動物の見た目は、炎が揺れているようにみえる真っ赤な鬣。炎を纏う蹄は空気を蹴るごとに炎の足跡を空中に残していく。尾に対して言えば、炎を纏っているために垂れ下がることも無く、常に上に向かって燃え上がっている。
空を走るその生き物は、歴史を築き上げてきた先人達の物語には欠かせない存在であり、長年に渡り多くの人々に親しまれてきた動物でもあった。
元の世界での名前は馬であり、この世界の馬は現在進行形で空を走っていることから「馬」と言っていいのか正直迷うところもある。
でも、そんなことを異世界で気にしていたら先に進めないと心の中で納得しようとする。だが、
「おぉぉぉ!なんだあの馬!超乗ってみてぇ!いや、乗ってやる!」
好奇心に勝てるような鏡ではなかったために群集と同じようにキラキラとした笑顔と共に叫び声にも似た大声をだしてしまうのも仕方のないことなのだ。
異世界に来たことを感動している人達。
能力を発動して周りに見せびらかしている人達。
何が起こったのか理解できずに泣きじゃくる少年少女達。
それら様々な人達を置き去りにして、鏡は町を目指して動きだした。
最初は一歩一歩また一歩と足が何かに操られているかのように弱々しく動いていたが、次の瞬間には己の足に力を入れて歩き出し、それがどんどん早歩きに変わりだした頃には、加速しだして走り出していた。
数百、数千、数万もの人が周りにいるそんな中で、鏡だけが町に向かって走り出していた。
もちろんたった1人の、それも体が小柄で少年のような見た目の鏡であっても何百、何千、何万の視線が飛び交う中で動けば当然目立つ。
「ちょっ、おまっ、最初に町に入るのはこの俺だ!!」
と言い出す者がいたりするのも当たり前のことなのかもしれない。
鏡という最初の1人が町に走り出した事によって、景色を堪能していた人達や能力を自慢していた人達が次々に我にかえり、一番を競うように走り出す。
ドゴォゴォゴォと何百、何千、何万もの足音が周囲に響き渡る。
扉の近くでは今しがた扉の中から出てきたばかりの人達が何事なのかと走る集団と立ち止まっている群集を眺める。
それぞれがそれぞれの目的地を見つけたのか、急いで走る集団を追いかけたり、何故走る必要がある?と言いたそうな顔をしながら歩いていたり、泣きじゃくる子供達を落ち着かせようと動き始めたり、誰かを探しているのか必死の形相で名前を叫ぶ人がいたり、と様々だった。
鏡は更に走る速度を加速させていき、現実ではありえないような速度にまで達していた。
空を自由に走るという空想の存在であり、実物を見たこともない馬に好奇心を支配されていたためか、その事実にこの時は気付かないのであった。
-第1の町-
町に1番で到着した鏡は真っ先に馬を探していた。
時間にして10~20分はすでに過ぎた頃。未だに町に入ってから馬の姿を見ていない。
だが鏡は諦めない。
それは単純に移動用としてではなく、空からの眺めを、空を飛ぶ(走る)という人類の長きに渡る夢を実現してみたい。というよりは好奇心に逆らえなかったのが理由なのかもしれない。
「おかしいな、ここら辺を走っていたはずなんだけどな」
首を傾げながら空を見上げ、歩くこと更に数分。
「雪斗!雨音!」
今にも泣きだしそうな顔をしている少年が前からやって来た。
その少年は鏡に気付くと、地面を爆発させる程の脚力で近付いてくるのだ。その証拠に少年の通った道には、はっきりと足跡が残されている。
あまりにも理解不能な行動と速度で近づいてくる少年に、脳が理解しても体がついてこない。
少年と衝突してしまうことに慌てて距離をとろうとするが、足がもつれてバランスが崩れる。それを手を振り回すことで何とか倒れることはなかった。
近付いてくる少年は、激突する一歩手前で右足を使って速度を殺して止まる。
それだけで、一瞬だったが炎が上がり、地面に焦げ痕を残した。
流石の鏡も驚きを表に出したが、少年の必死な形相に真剣な表情を浮かべて、話を聞く姿勢をとる。
「この位の身長の弟とこの位の身長の妹を見なかったか?」
突然身振り手振りで2人分の身長を示す少年。
この世界に来てから馬を追いかけることに夢中になっていたのだから勿論、人の顔などろくに見ていない。
そんなこともあり言うことはたった1つしかなかった。
「残念ながら、見ていないよ」
「そうか、すまなかったな」
少年は鏡の横をトボトボと歩いていく。
「ちょっとストップ」
通り過ぎていった少年の肩を後ろから掴み、動きを止める。
肩を掴まれた事によって、動きを封じられた少年は力なく
振り向いた。
「身長以外の特徴も言わないと探せないだろ?」
鏡の最もな意見と探すという言葉に少年の力なくぐったりとしていた顔に、パアッと雨雲が晴れたような明るい表情が出てきた。
「あぁ、確かにそうだな。えっと......」
少年は顎に手を当てて2人のことを思い出そうとしている。
時計があれば正確な時間が分かるのだろうが、ブツブツと「あれでもない、これでもない」と目の前の少年は呟いている。
(もしかして結構時間がかかる?)
そんなことを考えた鏡は空を見上げる。
雲ひとつ無い晴れた空。
(こんな日は馬に乗ってドライブだな。あれ?、馬ってドライブに入るのか?動物だし散歩か?散歩になるのか?)
などと全く関係ないことを考え始めた。
そもそも、馬を見付けられなかったから人探しを協力すると気紛れで言い出したのは良かったものの、こんな道の真ん中で思い出すのを待たされるとは思いもしなかった。
( やっぱあれだよな、馬に乗るならやっぱ白馬が良さそうだ。でもって、後に彩夏を.....)
そこまで考えて鏡は視界が歪むのを感じていた。
(あれ?おかしいな。空はあんなにも青いのに雨が降ってるよ)
鏡は目の前の少年に気付かれる前に涙を拭った。
「そう言えば髪型とかは?男だったらスポーツ刈りとか坊主とかさ。女だったら髪の長さとかツインとかポニーだとか特徴は色々あるだろ?」
待ちきれなくなったというよりは、これ以上思い出すのを待っていたら鏡は再び彩夏のことを思い出して泣きそうになるから速く少年には思い出してほしいと願って聞いてみた。
そんな鏡の言葉に、少年は記憶を辿るように顎に手を当てたまま目を瞑り集中しだした。
ブツブツと聞こえてくるのは「髪型はこれだったっけ?いや、違うな......ならこれか?」と色々な種類のパーツをイメージで探し人の頭に付けては外して付けては外しての繰り返しを次々に呟いている。
さっきとほとんど変わらない内容にため息を吐きたくなった鏡に、ハッと思い出したのか少年の目が見開かれた。
「妹の髪型は、前髪が左右に垂れ下がっていて、後ろは肩位の長さだ」
「ふむ、では弟は?」
「髪型で言えば、今の僕とあまり変わらないはずだよ」
今更ながらに少年の髪に視線を向ける。
少年の髪型の特徴はなんと言っても炎を連想してしまうほどに赤く、燃えているような形をしている。
少し前に見た馬みたいな見た目の少年。
少し風が吹いただけで揺れる髪の毛は火事の炎そのものだった。
「色も同じだったりするのか?」
「あぁ、僕と同じ黒髪だ」
「黒?赤じゃないのか?」
「赤?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべる少年。
「ところで、貴方は白髪なのに見た目よりも随分と若く見えるのですが.....歳はいくつですか?」
「白?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべる鏡。
「いやいや、白髪なわけ無いじゃないですか。冗談キツいですよ」
両手を肩の高さに掌を空に向けて、頭を左右に数回だけ振る。
その後に確認のためにと、ひきつりそうになる顔の筋肉を無理矢理に押さえ込み、頭に手を伸ばして髪の毛を数本掴むと、根元からプチッと引っこ抜く。
それを恐る恐るといった感じで下へと下げていく。
(どうか聞き間違いでありますように)
と目を閉じながら心の中で祈る。
髪の毛を持つ手を目の前で止め、目を開く決意を済ませると、カッ!と勢いよく目を見開いた。
その手に握られていたのは、正真正銘白い髪の毛だった。
十代にとっては少なからずショックはあった。それでも、この色には見覚えがある。それが鏡の立直りの早さに繋がった。
それは扉を開く少し前。自分の胸に埋め込まれているのを確認していたからだ。
「魂の色は何色だ?」
「魂?あぁ、胸に埋まっているやつか。それなら赤だぞ?」
赤髪の少年は着ていた服を胸元まで引っ張って赤い宝石状の魂を見せてきた。
その赤く輝く宝石の輝きはルビーのように美しかった。でも、何でだろうか?やはり胸に埋まっているからなのか、言葉に現せない感情が渦巻いている。
そんな事を考えていると、この世界に来てからずっと頭の片隅に引っ掛かっていた物の正体がここに来てハッキリとわかった。
「違和感の正体はこれだったのか」
「違和感がどうしたんだ?」
「いやさぁ、丘の上に来た時に黒髪の人を数えるだけしか見なかったな、と思ってさ」
「そうだっけ?」と顎に手を当てて首を傾げる赤髪の少年。
「これで、探し人を見分けることが難しくなったな」
「なんでだ?」
「だって、髪の色が黒じゃない可能性が高いんだよ?」
「それがどうしたんだ?」
まるで意味がわからないという表情で首を傾げる赤髪の少年。
そんな表情を浮かべる少年に鏡は苦笑を禁じ得ない。
「あのな、髪の色が変わるだけで人の見た目はだいぶ変わるんだ。例えるなら女子の化粧だな。スッピンを普段見慣れていると化粧した時の姿を見ても本人だと気付かないようなもんなんだ」
「それなら大丈夫!2人のことはこの僕が一番良く知っている。顔さえ見れば髪の色など合って無いようなものだ」
堂々と宣言する赤髪の少年。鏡はまたも苦笑を禁じ得なかった。
「思い出すのに時間かかってたみたいだったけど、とりあえず君のことを信じて探してみようか?」
「バカにしてんのか!今に見ていろよ!先に2人を見つけるのはこの僕だ!!」
赤髪の少年に出会った頃とは比べるまでもなく、落ち込んでいた顔が今ではやる気に満ちた顔に変わっている。
いつの間にか、どっちが先に2人を見付けるかの勝負に変わっていたことに、何も言えずに鏡は遠ざかる少年の背中を見送る事しかできなかった。
「てか、2人の顔知らないんだけど?」
残された鏡の呟きに反応する者は誰もいなかった。
-表通り-
ガヤガヤと人通りの多い通りで、鏡は少年と別れた後(置いていかれた後)、少年の探している2人を探していた。
2人の顔は分からないが、幸いなことに少年が叫んでいた名前だけは覚えている。
「雪斗!雨音!」
しかし、残念なことに鏡の呼び声は周囲の音によって一瞬で消えてしまう。
「思ってたよりも人が多いな」
ポツリと呟いた声は誰にも聞こえずに周囲の音に消えていく。鏡の声に反応する人は当然いない。
そんな時ふいに思い出す最初の景色。
「泣きじゃくる子供達がいたような?」
後方に見える美しい丘に視線を向けるとまたポツリと呟いた。
「丘に行くか」
-花咲の丘-
泣いていた子供達も今ではすっかりと落ち着いたのか、1人また1人と立ち上がって、前に前にと町に向かって進んでいた。
その中に赤髪の少年から聞かされた特長の男の子と女の子の姿は既になく、移動している間にすれ違ったか?と今までに見た顔を思い出そうとしても多過ぎて覚えておらず、名前に反応した子も1人も居なかった。
子供達から視線を外して前方向に視線を向けると、扉は今も稼働しているのか、1人出したら閉じてまた1人出したら閉じるを数分毎に繰り返している。
「まさかとは思うけど2人が数時間後に出てくるとか無いよな?」
それはもう最悪のパターンである。
ここで出てくるまで待機するとか何時間かかるのかも分からない。
それに出てくるともかぎらない。結果時間の無駄になる。
また別の場所に視線を向けると、扉の近くには泣き続ける子供を相手に、残っている青年がいた。
その青年は子供の世話が得意なのか、泣き止ますのが得意なのか、馴れた感じで子供の話を聞いてそれに同調し、さらに優しく語りかけ、頷いている。
気持ちを落ち着かせたのか少年が立ち上がり、町に向かって歩いていく。
青年は辺りを見渡して丘に子供が残っていないことを確認すると鏡の元に近付いてきた。
「誰かをお探しですか?」
青年の第一声は落ち着きのある緩やかな声で発せられた。
「あぁ、このくらいとこのくらいの身長で、男の子の髪形がこんな感じと女の子の髪形がこんな感じの2人はいましたか?」
身振り手振りで2人の特徴を伝える。
赤髪がやったのを再現したものだから伝わるか不安になる。
はたから見ればただのバカの子にしか見えない気がするのが痛ましいところだ。
「身長は似たような子が多くいましたよ。髪形はそうですね。男の子に53人、女の子に28人いたと思います」
青年は鏡の手の動きを見ると迷うことなく緩やかな声で答えた。
その声は緩やかながらも力強く、その人数に間違いはない、と断言しているようなものだった。
身振り手振りで伝わったことに安堵し「町に向かいましたよ」という青年の言葉を信じて町に戻るのであった。
-第1の町-
町に戻ると、先程までと同じような人達が同じようなことをしていた。
ある人は全身に炎を纏い、ある人は肉体を雷に変換し、ある人は体の一部を別の何かに変えたり、と能力の可能性をこれでもかと自慢している。
「何でお前らは簡単に能力を発動できんだよ」
背の低い栗色の髪の少年が能力を発動できないのか自慢している人達に指を差してわめいている。
「やっぱな」
「あぁだよな」
「それな」
と指を差された青年(?)なのか大人(?)なのか顔を見ただけでは判断がつかない人達がニヤニヤと笑みを浮かべながら頷き合う。
「いいから教えろよ!」
わめく少年を更に焦らすように自慢していた人達は互いの顔を見ながら少しだけ笑うとお互いに頷き合った。
「毎日イメージトレーニングを欠かさなかったからな」
「毎日アニメを観ながら研究していたからさ」
「毎日格好いい必殺技の練習をしていたからに決まっているだろう」
全くハモらずにバラバラだった。
お互いの顔を見ながら頷き合っていた人達は、お互いに譲れない何かがあるのか激が付きそうなほどの口論が始まった。
「能力か」
鏡はその場を離れながら自分の胸に手を当てる。
「自分にはどんなことができるのかな?」
能力を使っている姿を思い描き、そこはかとなくむず痒くなってしまう。
(能力のことを考えるのは止めておこう)
思考を切り替え、鏡は2人を探すのを再開するのであった。
-数分後-
「そっちはどうだった?」
「見てわかるだろ」
奇跡的に町の中で再会する事ができた赤髪の少年は、テーブルに突っ伏して今にも泣き出しそうなほどに落ち込んでいる。
あまりの落ち込み具合にそっとしたくなる気持ちを押さえこみ、2人を探している間に気づいたことを確認のために聞いてみることにする。
「この世界に来てから2 人に会ってないんだよな?」
人探しをする前に何で聞いて無かったんだと少しだけ後悔した。
もしもこの世界で2人に会っていたのなら相当な方向音痴で無い限り、一緒に行動していれば迷子になることも、はぐれることも無かったはずなのだ。
今更な説明になるが、この町は丘から一直線に進んだ所にあり、町の全体像はケーキホールを三等分に切ったような町なのだ。最初の一等分である湖側には城があり、次の一等分である右側には商店街があり、最後の左側には住宅街らしき場所がある。
これだけの説明で分かるように町の三分の一は城であり、その城が最初の試練会場であると思われている。
そのため現状城に向かうものは皆無である。
そして住宅街。ここには赤髪の少年が探しているであろう年の者はいないのは既に確認済みである。
現在鏡逹2人がいるのは商店街である。
見渡せば大勢の人達が、能力を自慢していたり、RPGに出てきそうな武器屋で武器を見繕っていたり、喫茶店のような店で優雅にティーカップを傾けている。
他にも死んだのだからこの世界で楽しもうと片っ端から女の子に話しかけているナンパ男もいるがこれは少数だ。
更にはお姉さんと呼べる年の女性が、小さい小学生だろう男の子を人通りの少ない道に連れていこうとしているがこれも少数だ。
そして、話しは戻るがもう一つの原因は、赤髪の少年が弟の髪の色を黒と言ったことだ。
この世界での黒髪の数は、だいたい100人に1人。下手をすれば1000人に1人かもしれない位に希少なのだ。
だからこそ鏡は思ったのだ。この世界で2人に会ったのかどうかを。
「最後に会ったのは元の世界だったと思う」
赤髪の少年の歯切れの悪い言葉に鏡は「そうか」と呟く。
そして、
「なら良かったじゃん」
と続けて告げた。
これは鏡の想像によるものだが、この予想が正しければ、この少年の探している2人はどんなに探してもこの世界では見付からない。
「何が良いんだ」
赤髪の少年は顔をあげて鏡を睨む。
鏡は、赤髪の少年が言っていたことを思い出す。それは、あまりにもこの世界に2人が来ているような口振りで言っていたものだ。
だからこそ鏡の考えは間違っていると思う。しかし万が一にも赤髪の少年が間違っていた場合。それは、取り返しのつかない状況になってしまう。
その状況は、無限に等しい時間の消費を意味する。
それは、現実の少年の体の崩壊に繋がりかねない。
鏡はゴクリと唾を飲み込む。
「この世界に来てないってことは死んでないってことだろ?だったらいくら探しても見つからないはずだ」
赤髪の少年は思考を巡らす。
記憶を整理すること数分。あっ、と思い出したような表情になった。
「そうなのか?いや、そうなんだろうな。確かに死んでいないのならこの世界に2人が来るはずがないよな。なんせ2人の命を助けたのはこの僕だからな。そうか、そうか2人は死なずにすんだのか」
数分前まで落ち込んでいたとは思えないほど、明るい表情に変わりつつある赤髪の少年。
そんな赤髪の少年に鏡はちょっと待てと言いたくなったが、喉まで出掛けた言葉を引っ込める。
(2人を助けた?それも命に関わるような状態の2人を?)
鏡の脳内に再生されるのは車に轢かれる寸前の少年。
助けた数は違うが目の前の赤髪の少年も人を助けて死んでいる。
もうひとつ鏡と違うのは、それが家族なのか他人かでしかない。
ざわざわ、ざわざわ。
「なんだ?急に向こうが騒がしくなったぞ?」
「え?あぁ、確かに騒がしいな」
深く沈みかけた思考を少年の一言で切り替え、声のする方向に視線を向ける。
それは、10人20人なんて数の声ではない、もっと多く100人を越える大勢が一ヶ所に集まっている。それほどの大音量。
「人が集まっているのか、何かしらの情報が手に入るかもしれないけど。行ってみるか?」
「そうだな、2人は生きているはずだけど、来ていないと確信するまでは、どんな些細な事でも確認しないといけないしな」
目をキラキラと輝かせた少年はこの世界では会えない方が良いのであろう2人のことを思いながら目にも止まらぬ早さで椅子から立ち上がると騒がしい方向に向かって走り出していった。
ポツンとまたも1人置いてけぼりを食らわされた鏡は頭をかきながら仕方ないなと思うと、少年の後を歩きながら追いかけるのであった。
改稿作業をしてて思ったこと。
何で回想なんていれたんだろう?