大神大雅
「あいつら、やっと行ったか」
離れていく仲間の背中を魔力の残り香だけで感じ取った大雅は、目の前に迫り来る闇人の集団を1人たりとも先には行かせないとばかりに全体に向けて雄叫びをあげた。
「ワォォォォォォォォォォォゥン!!!」
その雄叫びには大雅の想像通りだったのか、はたまた偶然なのか魔力が混ざっていた。
魔力でコーティングされた音は周囲に広がり、闇人の耳にまで届くと、逃げる4人から目の前の大雅1人に闇人のターゲットは切り替えられた。
「さぁ、死にたい奴からかかってこい!!」
大雅は更に叫ぶと、闇人が雪崩れ込むように大雅目掛けて駆け出した。
1人、2人、3人。瞬く間に鋭い爪で切り裂く。
闇人の勢いは止まらない。
10、20、30。まだまだ止まらない。
100、200、300。闇人が減っているのかさえ気付けない。
1000、2000、3000。終わりのみえない戦いに疲労が蓄積されていく。
4000、5000、5001。
ついに大雅の体に刃物が突き刺さった。
「ごべぇんなしゃい」
大雅の足に刃物を突き立てている張本人が、涙を流しながら後悔したような表情を浮かべていた。
少年がそこにいた。
自分がやったことを本当に後悔しているのか黒かった肌や髪や瞳の色が引いていく。肌はモンゴロイドの証である黄色。髪は栗色になり、瞳は茶色に変わった。いや、戻ったというのが正しいのかもしれない。
「邪魔だ退け!」
足に刃物を突き刺してきた少年を払い退けると、少年が少し前までいた空間を一本の矢が通りすぎて、大雅の足に突き刺さる。
それを見ていた少年は叫んだ。
「なんでだよ、なんで、足を刺した僕を助けたんだよ!!」
泣きじゃくる少年を煩わしく思いながらも少年の言葉に大雅は考える。でもその答えは考えなくても前々から決まっていたようなものだった。
生前大雅には弟がいた。ある事件を切っ掛けにして半ば離れ離れになった弟が...。
大雅が死ぬ寸前に弟と再開したのは幸運だったのか、はたまた不幸だったのか。残された弟の事を考えるとお互いに不幸だったのかもしれない。
「まぁ、なんだ、元に戻れたのなら今の内にさっさとこの場から逃げやがれ」
「どうしてだよ!?僕のせいで足を怪我したのに逃がしてくれるんだよ!」
「だったら何か?お前は俺と一緒にここに残るか?」
「そうだよ、償いをするために残って戦うよ!」
さすがの大雅でも泣いたり叫んだりする少年に青筋を浮かべそうになって叫んだ。
「クソガキがいっちょまえに年上を心配してんじゃねぇ!」
大雅の叫びに、自棄になりつつあった少年が「ヒクッ」と1つ反応して泣き止んだ。
それを聞いた大雅は少年を少しだけ眺めて微笑んだ。
「男が泣き止んだのなら前を向け、下を向いてちゃなにも変わらねぇ。だから前を向け、そして振り返るな」
少年は「はい!」と返事をすると大雅に背を向けて走り出した。
・・・・・
・・・
・
5万、10万、15万。闇人は未だにゾロゾロと大雅の視界を埋め尽くしている。
切り裂き、蹴り飛ばし、噛みつき、千切る。遠くの闇人に切り裂いた闇人の胴体を投げつけ、口砲で吹き飛ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ」
無いはずの心臓が酷く痛む。視界が霞み始め、拳を握る力を失い始めていた。
「右手は駄目か」
フサフサと生えていた毛並みが抜け落ち、腕の筋肉も人と変わらないまでに落ちてしまった右腕を眺めながら大雅は目の前に群がる闇人を睨み付ける。
絶体絶命。しかし大雅は、だがと考える。
「だが、左手は使える」
大雅は駆け出した。1人でも多く闇人を屠るために。
16万、18万、20万。ついに大雅の限界がおとずれた。
全身を覆っていた魔力が底をつき、完全に人の姿に戻ってしまった大雅は、地面に倒れ、身動きも録に取れずに闇人が迫り来る。その足音は大雅に死刑宣告を奏でる。
この現状に恐怖はないし後悔もない。
「あいつらが無事に次の町にたどり着けたのなら俺の勝ち」
ニヤリと笑った大雅に無慈悲な刺突が降り注ぐ。
攻撃を回避することも不可能なくらいに消耗していた大雅には、回避の選択肢など存在しているはずもなく、胸に埋まりしその魂に闇色の剣が突き刺さる。
「かはっ、ッッ!!」
闇人を足止めしていた大雅がいなくなったことによって、闇人は次の町に進み始めた。
闇人がいなくなった後には、数えるのも馬鹿馬鹿しい数の魂が無造作に地面を覆っていた。
そして、大雅が闇色の剣で刺された地には、大雅の色である銀色の魂は落ちていなかった。
これにて第1章の終わりです。次回から主人公が空気になりつつある第2章が始まります。 ...主人公の扱いが今更ながらに酷いな。