第1の町-逃走-
今回は多視点です。
風花、狂魔、黄緑の少女をパパっとやります。
全身を風にして黒髪の青年から逃げ切った銀髪少女の風花は、黒髪の青年から少し離れた路地に着地して安堵の息を吐いた。今はまだ長距離を飛べないために建物3つ程の距離しか離れていないため、後は追い付かれるなと願うばかりである。
「それにしても、この町で何が起こったの?」
数時間前までは普通だった町の景色を思い出しながら、空を飛んでいた時に上から眺めた景色を思い出して呟いた。
「まるで、町が闇に覆われているみたい」
それが指すのは、黒髪の人達が路地裏ならともかくとして、人の通行が多かった表通りにまでその数を増大させているということ。
「どこに逃げれば良いの?ねぇ、助けてよ風太お兄ちゃん」
この場にいない兄に助けを求めながら風花は泣き出すのであった。
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「.....不快だ」
目の前で繰り広げられる暴力や欲望といった醜い行為を冷たい眼差しで見下ろしながら狂魔は呟いた。
「強者の暴力を、弱者に振るう猿どもが」
黒髪の見た目が怖い顔をしているだけの男に殴られた人物が、抵抗することもなく、暴力を受け入れる。暴力から解放されると自分よりも弱そうな相手を見付けて暴力を振るう。そんな光景。
「腰を振るしか脳のない猿どもが」
桜色の髪の男や女が性欲にまかせて、子供から大人そして老人まで年齢関係なく、見境なく襲う。男に襲われた女は泣き叫び助けを求め、女に襲われた男はそれを楽しそうに受け入れる。そんな光景。
「俺様の見ている前で許可なく暴れてんじゃねぇぞ」
狂魔は笑いながらダガーを構えて近くの路地に飛び降りた。
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微かに聞こえてきた声にビクンと体が震えた。後ろを振り向いても声の主の姿は見えない。その事に少しだけ安堵した。
声の主は誰かと対峙しているのか別の声も聞こえてくる。風花は建物の影に隠れて様子見のつもりで覗き見る。
そこには黒髪の青年と黄緑の髪の少女を襲う黒髪の巨漢がいた。
黒髪の青年には見覚えがあった。
(早すぎるよ、何で建物3つ飛び越えたのに、既にそこにいるのよ!)
顔の似た別人?それともドッペルゲンガー?
そんな黒髪の青年と同じ顔をしている人物に視線を向ける。同一人物だと思うが、あれの双子だろうか?
そう考えた方が移動手段も考えなくてすむし、気分も少しは和らぐ。そんな気がする。
半ば思考放棄をしていると青年VS巨漢の戦闘が始まった。
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ただ闇雲に突撃してくる男。その肉体を溢れ出すエネルギーが纏う。
「芸がねぇんだよ!」
拳が至近に迫る。
胸に剥き出しで埋め込まれている魂に触れるか触れないか。
瞬間巨漢の腕が消えた。
「ぐうぅっ、うらぁぁぁ!」
「だから、芸がねぇって言ってんだろうが」
痛みに呻きながらも、なおも一直線に突撃してくる。男の足を黒いオーラを纏ったダガーで切り裂いた。
片足を失ってバランスを崩した巨漢の男が地面に倒れた。
「何故です!?何故貴方様が私の邪魔をするのですか!?あの時、迷宮内では気に入ったから見逃してやると言われたではありませんか!」
地面に倒れて立ち上がれなくなった巨漢が狂魔を見上げながら問い掛けてきた。
迷宮内で気に入った人数なんて両手で数えきれる程度しかいなかった。
それでも全員の顔を覚えているのか?と聞かれたらうろ覚えだとしか言えない。
一部例外として、最後に出会った鏡と大雅だけは鮮明に覚えていたりもするが、余程のことがない限り初めて会った人の顔なんてろくに覚えちゃいない。
結局のところ、気に入る奴と気に入らない奴の線引きなんて共感できるかできないかの違いでしかないのだ。
顔を覚えていたところで今のそいつに共感できなければそれまでの存在だったと狂魔と他人の関係は完結するのだ。
若者で例えるなら「殺すぞ」という言葉も心の内や言葉だけなら共感できても、実際に行動を起こせば共感できやしない。もしもその行動に共感したのならばそいつは狂っている。
今の狂魔のように気に入らない、ムカつく、不快だ、死ねば良いのになんて言葉までは共感できても、その後の行動まで共感してしまう奴は同じく狂っているのだ。
「今のお前が気に入らないだけだよ」
狂魔の極寒に近い冷たい眼差しで見下された巨漢はごくりと唾を飲み込んだ。
そして、狂魔のダガーが巨漢の魂を貫いた。
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目の前にいる男の人は大丈夫なの?
黄緑の髪の少女は、物語の王子様のように颯爽と現れて一瞬で解決した黒髪の青年に視線を向けながら考えた。
この瞬間だけの物語なら間違いなくヒロインとなったであろう少女。でも物語の王子様=主人公であるはずの目の前の青年の髪の色こそが、少女が完全に安心しきれない原因でもあった。
黒髪。ここに来る前なら辺り割りのない日本では当たり前で普通の色だったそれは、この世界では少女のような一般人や力のない子供達にとっての恐怖の対象となっている。
現に今も遠くから悲鳴が聞こえてきたりするのだから被害者は数え切れないくらい多くなっていることだろう。
私もその一人だ。目の前の青年が助けてくれなかったら確実に殺されていた。
だからこそ知らなければならない。目の前の青年は私にとって安心できる人なのかを。
その見極めの為にまずは助けてもらったことに対しての礼を告げて反応を確認しょう。
少女は覚悟を決めて、口を開いた。
「助けてくれてありがとうございます」
深く頭を下げてチラリと青年の顔を覗き見る。
笑顔。それが青年が浮かべた表情だ。
大丈夫?安全?
少女は青年の笑顔に頭を上げる。
「礼なんていらないよ」
青年は優しそうに微笑みながら頭を左右に振った。
「だって君を助けるなんて一言も言ってないからさ」
瞬間、少女の視界に光が走ったように見えた。
でもそれは少女の視界を暗く染める。
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「私がいったい何をしたと言うのよ!!」
銀色の髪を揺らしながら走る風花は背後に視線を向ける。そこには何故か見ず知らずの黒髪の男達が殺気とは少し違う何かを放ちながら追い掛けてくる姿が見えた。
再びの鬼ごっこ状態。
しかし、最初の2人だけの鬼ごっことは少し趣向が違い、黒髪の鬼役が握るのは鎖や荒縄そして鞭といった何に使うのかを想像したくもない数々の品で捕まえようとしてくるのだ。
黒髪の青年と黒髪の巨漢の戦いに巻き込まれたくないがために再び町の外めがけて風になって逃げていたものの、飛行距離が思ったように稼げずに何故か黒髪の集団の近くに着地し、逃げるはめになってしまった。
そして、現在の別の意味での恐怖の鬼ごっこに至る。
だから風花は涙目で叫ぶしかできなかった。
「お兄ちゃん助けてぇー!!」
半ば自棄になって叫んだがために、躓いてバランスを崩し、盛大に転けてしまった。
迫る足音、迫る恐怖、迫る黒髪。
振り向けばそこには黒い壁が見えた。
立ち上がって逃げようとすると、黒髪に先回りされ、集団能力を活かした陣形で風花を中心とした円のような囲みが生まれていた。
風になって飛んで逃げようと空を見上げると、建物の屋根にも何十の黒髪がいた。
逃げることも許されずに囲まれてしまった。
(あーぁ、こんなことなら風太お兄ちゃんにもっと甘えとけばよかった)
逃げれない絶望に諦めとやり残したことを思いながらペタンと地面に座り込んだ。
次回は主人公が活躍します。たぶん。