狂魔の爪痕-②-
今回は鏡とは違う異世界からやって来た少年視点で物語は進行します。
人通りの多かった通りからは人の気配が激減していた。人々を彩るカラフルな髪の毛もほとんどの者が黒く染め上げられている。
そんな町の中の一部。道の真ん中で少年と少女に絡む黒髪の男達がいた。
「試練を受けなかった野郎が女と2人で道の真ん中を歩いてるんじゃねぇよ!!」
道を歩いていただけのオレンジ色の髪の少年は、黒髪の集団の中の1人。細身の男に殴られ、その小さな体を漫画のワンシーンのように空に浮かされ飛ばされる。
「ガハッ!?」
建物の壁に背中を強打し、衝撃で声を漏らす。
「フィロス君!」
殴られた少年に近付くのは銀色に水色を合わせたよう綺麗な髪の美少女だ。
「油断してただけだから、ソフィアが気にすることはないよ」
少年は立ち上がり、ソフィアの一歩前に立つ。
「グヘッヘッヘッ、その女をコッチに寄越すのなら命までは取らないでやるよ」
黒髪の集団の中から丸々とした肉体の半裸男が下劣な笑みで舌舐りをする。
それを見た少女の背中がゾワゾワと寒気が襲う。
「誰がお前なんかにソフィアを渡すかよ」
フィロスは拳を握り締めて構える。その小さな体から闘気のようなオーラが迸る。
「オイ、オイ、ガキと喧嘩かよ」
新に脇道から黒髪が1人、2人、3人、4人と表れる。先頭を歩いていた男の両手には2人の女性が捕まっていた。
男に捕まっている女性は、髪の毛を掴まれているために、引っ張られる痛みに顔を歪めている。
(敵の実力は分からないが流石に部が悪い、ソフィアだけでも安全な場所に移せれば全力で戦えるけど捕まっている女性に攻撃を当てないように気を付けながらだとこの人数を倒せる自信ないな)
周囲の情報を見渡しながら自分にできる限界を知っているために簡潔にまとめる。
(だが、今のこの町に安全地帯が本当にあるのか?)
さっきからフィロスの耳に届く周囲の声は残念ながら全て悲鳴だ。
多分他にもいる黒髪の集団が暴動を起こしているのだろう。
そのため何処に向かおうと、そこが安全なんだとは簡単には頷けない。
黒髪の集団の構成員が何名かは知らないがフィロスとソフィア以外にも被害を受けている人達が多いのだから、この5~6倍はいるのだろうか。
(どうすれば良いんだ)
思考を巡らせるが良い案が浮かばない。
ソフィアの目の前では全力で戦えない。戦えたとしても彼女を悲しませるだけだ。あの時のように.....。
思考が脇道にそれたことで隙が生まれたのか、黒髪の集団の中の1人。細身の男が急接近してきた。
迫る拳を捌き、反撃に1撃入れる。
(あれ?弱いな)
ドスンとフィロスの拳が細身の男の鳩尾に入る。くの字に折れ曲がった細身の男に続けざまに足を捻り、回転を加えた回し蹴りをその頭に叩き込んだ。
スパァーン!と一段と高い音を響かせながら細身の男の頭が吹き飛んだ。
(なっ、嘘だろ!?)
頭を失った細身の男の背後から筋肉質の男がフィロスの足を掴んだ。
メキメキと悲鳴をあげる右足。
フィロスの身長は平均より数センチ低く、体重は平均的であっても、片手で持ち上げるには少し重い。
なのに目の前の男はフィロスをバットでも持つかのように軽々と持ち上げるのだ。
「ガハッ!」
地面に叩き付けられたフィロスは、肺から大量の酸素を吐き出したような不快感に襲われる。すでに酸素を必要としていない体だからこそ立ち直りは早かったが背中には激痛がはしる。
ズドン、ズダン、ズバンと地面に叩き付けられながらもフィロスは体を捻り右手で細身の男の手首を迎撃する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
抜け出すことには成功した。だが、肺が痛む。
息苦しさと目眩のような症状がフィロスの体をふらつかせる。
(駄目だな、これは駄目だ)
後ろに控えるソフィアに視線を向けてから目の前の筋肉質の黒髪に視線を向ける。筋肉質の男の後ろには8名の黒髪が談笑している。
(ソフィアを抱えて逃げるか)
素早く判断すると行動に移す。
拳にオーラを纏わせ、筋肉質の男に向けて拳を放つ。透明に近い拳状のオーラが一直線に進み男の顔面に叩き付けられた。
よろめく男に、フィロスはバックステップでソフィアを回収するとジャンプする。それはただ跳ねるだけではなく屋根を越えて着地する。その後は男達から逃げるために屋根から屋根へと移動する。
(逃げれたかな?)
後ろをチラリと振り向くと筋肉質の男を最後尾に9人の黒髪が鬼の形相で追いかけてきていた。
「ぶち殺す!!」
「逃げるならせめてその女だけでも置いていけやぁ!!」
「今なら半殺し、いや9割殺しで勘弁してやるよぉ!!」
殺気が背中をチクチクと刺してくる。
(せめてソフィアだけでも助けなきゃ)
フィロスは思考を加速させる。どうすれば両手に抱き抱えたソフィアを守ることができるのかを。
結果、結論はいつも決まっている。
大切な人を守るためなら、大切な人との約束を破ってでも、大切な人が悲しむことをしてでも、好きな人には生きていて欲しいと願っているのだから。
「ソフィア、怒らないで聞いてほしいんだ。僕は今から全力を出すけど、それは、僕が全力を出す必要があると思っているからやるんだ」
「フィロス君、止めてよ、私のために傷付かないでよ」
「違うよ、僕はソフィアが傷付くのを二度と見たくないだけなんだ。今でも思うんだ。あの時僕が全力を出していたらソフィアが死ぬこともなかったんじゃないかって」
「違う、あれは、フィロス君のせいじゃないよ、私が弱かっただけなのよ」
瞳に涙を浮かべるソフィア。
「だったらさ、僕が全力を出して生き残ったらさ、一緒に強くなろうよ」
フィロスはソフィアの瞳を覗き込みながらあの日の地獄を思い出す。
空を埋め尽くす1万の竜と陸を埋め尽くす数百万の屍。
その地獄は偉大なる予言者の予言で起こることは分かっていた。それなのにソフィアとの約束を守って、ソフィアを死なせてしまった。
あの時最初から約束を守らずに全力を出していたらソフィアは死ななかったかもしれない。
全力に体が耐えられない?
血管が切れて全身の穴という穴から血が流れる?
そんな事知っているさ。一度死の淵に立ったからな。それでも僕はソフィアが死ぬよりは何百倍もマシだと思う。
フィロスは屋根から屋根への移動を止めてソフィアを下ろす。
「少し離れた所で待ってて、すぐに終わらせるから」
「行っちゃうの?」
悲しそうな表情を浮かべるソフィアにフィロスはニカッと笑う。
「涙を流す前に笑顔で祈っていてくれよ、涙なんて流していたら失敗してしまうだろ?」
ソフィアは目元を拭うと「わかった」と笑顔と心配そうな表情が混ぜ込ぜになった表情で頷いた。
フィロスは後ろに振り向く。迫りくる9人の黒髪。
フィロスは大きく息を吸い込み吐き出すと魔法を唱え出した。
この世界に来て初めての詠唱。元の世界とは少し違う体内エネルギーを感じるが問題はなさそうだと判断した。
「ストレングス・ダブル」
筋力倍増
「ディフェンス・ダブル」
防御倍増
「アジャイル・ダブル」
敏捷倍増
フィロスが生前に覚えることができた上級魔法の一種。ダブルとは文字通りの意味で2倍にする魔法である。
元の身体スペックが高ければ高いほど肉体への負荷が大きくなる諸刃の剣のような魔法。
生前は制御すら出来ずに体を壊していたが、今ではしっくりくる。
「へっ、やっと逃げるのを諦めたか」
「グヒッグフッヒ、我慢ならねぇ!後ろの女を早く寄越せぇぇぇぇ!!!!!そして抱かせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「地面に這いつくばって俺様の靴を舌で綺麗にするのなら半殺しでゆるしてやるよ」
殺意を放つ男、汚い視線をソフィアに向ける豚野郎、暴力を楽しむ男。
何て残念な人達なのだろうか、自分達の欲望にしたがっていたことで、追い掛けていた存在が少し前と雰囲気が変わったことに気付かないだなんて。
フィロスは足に力を入れる。溜めに要した時間は1秒未満。力を解き放ったフィロスの姿は、黒髪の男達の視界から消えた。
殲滅に要した時間は3秒。フィロスが黒髪の男達の背後に着地した頃にはバラバラと崩れ去る9つの塊があった。
次回はヒロイン視点で進行します。