第1の試練-⑤-
南雲晴輝視点でストーリーを進行します。
「母さん!雪斗!雨音!」
燃え盛る家を眺めながら晴輝は叫ぶ。晴輝は大人3人がかりで押さえられており、手を離した瞬間に火事の現場である南雲家に入ろうとするからか近所の人達は手を緩めない。
「いい加減にしろよ!」
「もうすぐ消防車が来るから大人しくしろ」
「サイレンだって聞こえてきたぞ」
晴輝は頬を伝って流れる涙を拭うことをしない。
新聞配達のバイトが終わり、帰り道に黒煙を見たのと家が燃えていることに気付いてからサイレンが聞こえるまでに30分もたっているのだ。そんなに悠長に待っていられない。今も泣き続けているだろう小学生の弟と妹のことを思うと気が気でない。
晴輝は渾身の力を振り絞って大人達の拘束を無理矢理に外して家の中に入っていった。
-南雲家-
硝子の破片、崩れる木材、視界に広がる黒煙。
数時間前の何もない平和な空間があたかも幻であるかのように元の姿からはかけ離れていた。
最近近場で放火魔がいることはニュースで知っていた。その犯人がまだ捕まっていないこともニュースで知っていた。
でも、放火魔が自分の家を標的にするとは思わなかった。
少年は燃えて崩れて形を変えた自宅の中を慎重に進む。
弟と妹の普段通りの30分前の時間から、自室で寝ているか起きてリビングで寛いでいるかのどちらかだと当たりを付けて扉を蹴り開く。
リビングに隣接するキッチンに母が倒れているのが目に写る。
晴輝は駆け寄り、母が怪我をしていないか軽く見渡すと、硝子で切ったのか額から血が流れていた。
あまり揺すらないようにゆっくりと抱き抱えると玄関に向かって歩いていった。
燃え盛る家の中から晴輝と母親の姿が玄関から出てきたことによって、歓声があがる。晴輝は近所のおばちゃんに母さんを任せて再び燃え盛る家の中に入っていった。
-2階-
晴輝と雪斗の部屋と雨音の部屋は一枚の壁で区切られている。
まず始めに自室の扉を蹴り開ける。誰もいなかった。
次に隣の扉を蹴り開ける。雪斗と雨音が手を繋ぎ身を寄せながら炎に怯えていた。
「雪斗、雨音、兄ちゃんが来たからもう大丈夫だぞ」
「「お兄ちゃん!」」
涙を流しながら、二人は我慢できずに晴輝の腰に抱きついた。
「雨音、ハンカチ借りるけど良いよな?」
「うん」
妹のタンスからハンカチを2つ取った後だったが、一応許可をとる晴輝。雨音からはすぐに返事は返ってきた。
「雪斗、雨音、今からお口をハンカチで覆うから息苦しいと思うけど、外に出るまで外したら駄目だよ。お兄ちゃんとの約束守れるよね?」
「「うん、わかった」」
2人の返事に大丈夫だろうとハンカチを渡す。
2人はハンカチを両手で持ち、口を覆った。
「今から抱えるからビックリしてハンカチを落とさないでね」
晴輝はひょいひょいと2人を両脇に抱える。
パチンと木材が弾ける音にビクンと身を震わす雪斗と雨音。
出来るだけ煙を吸わないように喋るのを止めていた晴輝は無言を怖がる2人の姿にニッと口元を緩めて声を発した。
「晴輝号は只今より空の旅を行います。乗客の2名はそのままの姿勢で落ち着きのある行動を!」
ビューンと炎の中を2人を抱えて走り出した。
晴輝は喋り続ける。兄として、2人を怖がらせないために。
階段を下る。燃えた木材が崩れて障害物となっていたがその上を歩く。足が痛い。ヂクヂクと足に刺さるような感触を感じたが下を向かない。その光景をみたら脳が止まれと命令信号をだしてくるだろうから。
障害物の木材から足を踏み外す。両脇に抱えていた2人は無事だったが、背中が痛い。けど2人に気付かれないように明るい感じで喋り続ける。
階段を下るといよいよ玄関は近づいてきた。
「あと少しの辛抱だよ」
2人に声をかける。晴輝のお願いを真面目に聞いていた2人はモゴモゴと何かを言っている。その元気そうな2人に晴輝は喋り続ける。
晴輝は2人を両脇に抱えながら、走ったり、喋ったりしていた。流石に無茶をしすぎてしまった。
ただでさえ、周りを炎に囲まれていて両脇の2人を守るために集中力が必要なのに2人を怖がらせないために走って体力を使うわ、燃え盛る音に怖がる2人のために、出来るだけ無言を止めて喋り続けることで、大量に煙を吸い込むわで、晴輝の視界はぼやけていた。
玄関に到着し、外に出れるか出れないかの地点で気が緩んだのかカクンと足から力が抜ける。外で様子を伺っていた近所の人達の中から若い人達が、玄関で倒れた晴輝の元に駆け寄り、雨音と雪斗そして、晴輝の順番で外に運び出されていく。
サイレンが近付いてくる音はもう聞こえない。到着したのかと見渡そうとするが首が動かない。
目の前にはボヤけているのだが誰かが叫んでいる気がする。でも何て言ってるのかよく聞こえない。
晴輝は急激に訪れる睡魔に任せてその瞳を閉じるのであった。
-試練-
影に切り裂かれた場所が障害物の木材で傷だらけになった足や背中だったのは偶然だったのか狙ってやったのかはわからない。
そのせいで、忘れようとしていた記憶を呼び覚まされ晴輝を中心に炎が燃え上がったのは偶然か必然か。
2人の兄だったからこそ晴輝は炎の中でも頑張れた。だが、守る対象がいなくなった晴輝はただの人だった。
自分を中心に燃える炎は熱くないのに背中と足が痛くなるような気がしてくる。
2人がいたときは何とかなっていたが、1人になった晴輝は、炎に包まれただけでパニックになる。
「来るなぁ!」
手を振り回すとその動きに合わせて延長線上の空間に炎の嵐が吹き荒れる。
手を振り回せば振り回す程炎の勢いは増していく。
そんな中。誰かが遠くで叫んでいた。誰だろう?と見渡すが炎によって視界を制限されている晴輝には何処に声の主がいるのかわからない。
「晴輝ぃーッ!!」
気が付けば目の前に声の主が立っていた。
白髪の綺麗な色に、黒の学ランを着込んでいる。年が近いことから、すぐに友達になった一之瀬鏡だ。
鏡は燃え盛る炎の中で晴輝の右手を掴んだ。振り回すことの出来なくなった右手。だが、炎の出所は晴輝自身である。掴んだ右手と共に鏡の肉体を燃やし尽くそうとする。
「落ち着け、敵はもういないから」
鏡の言葉に周りを見渡すだけの冷静さが戻ってくる。
(やってしまった)
冷静になって見渡すと、火傷よりも酷くボロボロの鏡の姿があった。
「何だそのこの世の終わりみたいな顔は、もっと普通にしろよ、普通に。そんな顔じゃ晴れた日に輝く太陽にはほど遠いいぞ?」
晴輝という名前の由来を予想した鏡は、元気付けるためなのかそんなことを言ってきた。
「そんな顔してた?」
「あぁ、晴輝って名前はやめて雨雲って呼びたくなる程に」
「くふっ、何それ雨雲とか。僕の名前は南雲晴輝だよ。そんな名前に変わったら南雲雨雲って変な名前になっちゃうよ」
「ふ、やっと笑ったな」
ニッと笑う鏡の顔には作戦勝ちって思っていそうな顔をしていた。
改めて鏡の姿を見ると晴輝の炎によって、炭のように黒くなっている。数秒毎にその姿を元の肌色へと戻していくものの、これの数秒前の姿を想像するとどうしても暴走してしまった自分がやるせなくなる。
「何て言えばいいのかな、元気付けて貰ったのに言う台詞じゃないんだろうけど、鏡はその...大丈夫なの?」
「ぬるま湯のようなぬるい炎でこの俺が怪我するかよ」
胸を張って言っているがかなりのダメージを受けているのは見てわかる。魂が壊れなかったから良かったものの、一歩間違えれば死んでいたのだ。
その事実に晴輝は罪の鎖に繋がれたように重く心を沈ませる。
それでも、目の前の鏡は、自分に罪悪感を植え付けないように明るく振る舞うのだ。
鏡は気にしていないような態度で自分を元気付けようとしてくる。それに答えないのは失礼な気がするが、今はまだ暴走したという事実と向き合わなきゃいけない。
そして、出来ることなら炎で誰かを傷付けるのではなく、助けられるように使いこなさなきゃいけない。
「皆!こっちに出口ができてるぞ!」
晴輝は新たな目標を決めたすぐのこと、試練の生き残りである赤茶色の髪の青年の声が部屋に響いて聞こえてきた。
-数分後-
椅子に座っていた人型が消滅してからすぐに表れた空間に足を踏み入れる。
視界に広がるは懐かしき景色。
「うぉぉぉぉぉ!!俺は生きてるぞぉ!!」
生き残った者達の内心を代弁して鏡は叫んだ。
それからすぐ、ピゅーんという音に背後に振り返る。
バーンと弾けたそれは「第1の試練達成」と火文字で空に書かれていた。
「終わったんだね」
「あぁ、終わったんだよ」
「私達、生きているのよね?」
「あぁ、生きているんだよ」
花火の文字に次々に第1の試練が終わったことを実感する試練参加者達。その目には涙が浮かんでいる。
叫んだことでスッキリした鏡は、花火に気分を害された気がしたが、晴輝と共に大雅の元に向かおうとした。その時だった。
和風の城がジリジリと音をたてて砂のように風に舞う。砂は風で操られているのか、一塊に纏まり始めた。それから数秒。
晴輝の右手に1と書かれた鍵が握られていた。
-数分後-
「大雅さん、これからどうしますか?」
「それは、これからも行動を共にするということで良いんだな?」
「はい、そのつもりです」
ジッと瞳の中を覗くような視線を真正面から一瞬だけ感じた。
隣では何のこと?って感じに鏡と大雅に視線を行き来する晴輝がいた。
「フ、ハッハッハッハ!!良いだろう。ただし、男が一度決めたことは最後まで貫き通せよ」
「はい!」
こうして、晴輝がアワアワしている間に大雅と残りの試練についての打ち合わせが開始されるのであった。
次回は試練参加者視点でストーリーが進行します。
-最後に-
主人公が空気になりそうだと思い始めた作者である。