暁の死から逃れて
青年は逃げていた。
時刻は夜、爛々と光る星の下では、当然のように悲鳴が鳴り響き、音に敏感で繊細な彼の耳を刺激する。群青色の帽子を被り、ハープを抱えて人気のない方へと進んで行く。
「うわぁああぁあぁあ……」
男と思われる悲鳴が街を突き破るが、この状況を打破出来る者は暁の国では誰一人としていなかった。芸術に凝るこの国に、吸血鬼を殲滅できる者たちなどいるわけがなかった。
暁に目覚め、夜の中に眠る。
吸血鬼が活動している時には、住人は寝床についている。
そこを、狙われたのだ。
吸血鬼と人間のハーフである、彼のみが襲撃を察知していた。
遠方から近づいてくる大量の足音は、身体能力や五感がが人間の数倍はあるであろうイレギュラーのシーラスにしか聞こえないものだった。
周りの人に伝えようと思い、叩き起こしてでも危機を知らせようとするが、芸術の題材になるかもしれぬと好奇心が勝る人が多く、逃げる気概は一切感じられなかった。突如現れた炎は瞬く間に国中を伝う事となり、その混乱に乗じて鬼の大群が押し寄せれば一部の奇特な者以外は恐怖に怯え逃げ惑い、暁の国はこうして滅びの道を歩んでいる。その歩みに抗おうと、彼は隣国を目指し、ない体力を振り絞り、限界まで走っていた。国の人らを見捨てたことに多大な後悔を感じながら。だ。
『シーラス』
自分の音をいつも聞いてくれた者たちが、彼に優しく言ったのを思い出す。
『君だけでも逃げろ。隣国なら暫くは大丈夫だろう』
そういって囮になり、命を落とした人たち。
必死に足を動かして、何をするべきか考える。
かつて、父と母は言っていた。
昼の国にも、イレギュラーは存在すると。
即ち吸血鬼と人間の混血が、自分らと同じ考えを持っているだろう者たちが。
そう思考を巡らすことが、彼の敏感な危機を察知する感覚を鈍らせた。
体を刺す殺気に気付いた時には、敵の爪が頬を掠めていた。
瞬間的に、彼は後ろに体を飛ばす。
自らに殺意を向けたものを確実に捉えながら。
「…っ!!」
「人間と関わる吸血鬼」
血まみれの爪を構えて、自分こそが正しいと言わんばかりの確信を込めた口調だった。
「それこそ、我ら吸血鬼への最大の裏切りだぞ」
シーラスの対応は体力がほぼ無いと言えるが早かった。
死への恐怖が動きを俊敏化していた。
ハープを鳴らす。
彼にしては信じられないほど汚らしい雑音で。
瞬間に。
吸血鬼はただの雑音に苦しんでいるような思えない様子で、声にならぬ悲鳴を呻いた。
「あ"っ……あ"あ"っがっ………」
今だ。今しかない。
彼は、その苦しむ吸血鬼を横目にもせず、目的地へ駆けた。
(もう………こんな………こんなことは…………っ)
頬から紅が流れるのを感じ取りながら、彼は思った。
願いと思えるほどの、強い思い。
危機を伝えるしかない。
その、イレギュラーに。
この時、シーラスは口を硬く結び、決意した。
もうすぐ、夜が明ける。
吸血鬼が活動を休める時間だと気付いてもなお、詩人は走り続けていた。
「僕は、この事態を止めたいと思っています」
今、この瞬間。
彼は昼の国のイレギュラーと対面し、決意を述べていた。
少なくとも、昼の国を守るためには
彼の協力がなければ果たされないだろう。
暁の国に現れた吸血鬼は、何かを探しているようだった。
それは確か___。
「吸血鬼は、“神に愛された子”を探しているようです。吸血鬼もまだよく分かっておらず、分かっているのは、この国にいる。ということだけ…。先にそちらを保護しましょう、もしかしたら、この国を救う鍵になるかもしれません」
ハルタイトは、その言葉を聞いてわずかにハッとしたようだった。
どうやら心当たりがある___とシーラスには見えた。
「……わかった。お前もくるか?」
無論。と言わんばかり、イレギュラーは頷く。
その紅い瞳には、少なくとも希望があった。
もう、あの悲劇を起こさないためにも。
「はい」
シーラスがそうだ。と歌うように言葉を流す。
「この国の王に伝えておきましょう」
その提案に、茶髪の青年は「よし」と首を縦に振った。
ほんと更新遅れました…二か月は致命的。
遅い投稿となりましたが、まだまだ頑張っていきます!