星舞う夜市に二人で
サンドイッチを奢ってもらった後も、少女の驚きは冷めない様子だった。
ハルタイト自身も軽く何かを食べようと思い、肉がたっぷりと挟んであるサンドイッチを二つほど買った。少女が選んだのは小振りで、さっぱりとしたものであり、ハルタイトは少食だなあ、もっと食べた方がいいのではと素直に感想を抱いた。
とりあえず、近くに座れるところはないだろうかと探すことにした。人々の目線が小さく刺さるが、気にしてはいられない。少女の手を引いて、人混みの中を歩く。この時、ハルタイトは少々ばかり気分が高揚していた。まるで、恋人同士のようで_____。
と、そんな浮ついた事を考えている自分に辟易しつつ、少し市場から離れたところに、ベンチがあるのを確認した。
彼の紅い目が一瞬少女を見ると、彼女は。
その瞳を見て、明らかに違う反応を示した。
それは、明らかに別の種類の驚きに見えた。彼女の蒼が困惑に揺らぐ。
二人の足が、ぴたりと止まった。
ハルタイトが、フードを深く被る少女に合わせる形で。
「………」
ハルタイトは、彼女を見た。
彼は吸血鬼と人間のハーフだ。
人間側からみても、そしてきっと吸血鬼側からみても、彼の存在は是が非でも好奇の目の対象だった。
慣れている。
だから、彼は平気だった。彼女から何か恐怖を帯びた言葉を掛けられようとも、別に_。
少女の手が、彼の腕から抜けた。
だがしかし
愛らしいその小柄な体躯は、彼から離れない。
そして、少女の細い指が、空気を裂く。
何をしているのかわかった。
文字だ。
彼女は、普通の魔導師でも苦労すると推測される、魔力で出来た文字を平然と描いている。
そして、その文字を見た瞬間に、彼の想いは、確信的なものに進化した。
『綺麗な、瞳』
微笑みを湛えながら。
彼女は、そう、答えた。
こんな、数奇な血を持つ象徴の瞳を、綺麗だ。と言ったのは
目の前にいる、星を纏うかのごとくのに輝かしい少女が初めてだった。
ハルタイトは、彼女のサンドイッチがもうすぐ冷め切るのではと考えた。
それだから、まずは食べようと言った。
少女は、頷いた。
少女が小振りなサンドイッチを食べ終える頃には、ハルタイトはもう少女の二倍はあろう量とサイズのサンドイッチを完食していた。不良少年ではないハルタイトは、隣にいる可愛らしい女の子を度々見つめていた。
「なあ、名前は?」
ようやく、聞けた。
ようやくも何も、まだ出会ってから数十分程度なのだが、とにかく彼にはようやく。と呼べるほどの時間が流れているように感じられた。
小さなマッチ棒のような指で、一瞬迷ったような仕草の後、フードを被ったままの彼女は
『ほしひめ』
という文字列を宙に書く。
名前の通りだ。と彼は思った。
ほしひめに、どうしてここにきたんだ?と聞いたところ。
彼女曰く。
彼女は孤児院で働いており、自分の食事を子供達に与えたから、ここの市場で何か買って食事を済ませてしまおうとした。という。
だが、何故かそれだけではないように思えた。
ハルタイトは、生来魔法を使えない。ほしひめのように魔法で描く文字など不可能だ。
だから、 昔は魔法が使われるその風景を眺め、瞳をキラキラさせてみていた。
ほしひめは、あの市場に対して、それと同じような気持ちを持っていた気がする。
明眸を輝かせて、好奇心に満ちた目は視界を落ち着かせない。
まるで、外の世界にある全てに興味があるようで。
『あなたは、どうしてこの市場にきたの?』
ここで彼は思い出した。
なんでも揃っているといっても過言ではないようなこの場所に来た理由を。
「………やべ、すっかり忘れてた」
彼は酒屋の息子である。
最近やけに客入りが良く、酒や肴が不足しているということで、ここの市場にやってきた。ほしひめの出会いによってテンションが上がってしまい、すっかり本来の目的を頭から追い出してしまっていた。
焦りを見せた彼にほしひめは、瞳をぱちぱち、と瞬きをしたあと。
可笑しそうに、可愛らしく微笑みを作った。その表情が、ハルタイトにはとても魅力的に映った。
「……一緒に買い物、行くか?」
つい口から漏れた言葉は、フードの少女にしっかりと届いていた。
数秒後指から描かれた文字に、イレギュラーの心には歓喜が舞い降りた。
人混みに二人が別たぬように先ほどと同じようにハルタイトが手を引いて、色とりどりに並ぶ品々を見て歩いた。本来の目的である肴はさっさと適当なものを買うことに決め込み、常人では引きずるような重さの袋を軽々と持ち上げつつ、ほしひめの気になるものを見ていった。特に目を引いたのは滅多に出回らないという幻想の国の豪華なアクセサリーで、ほしひめもハルタイトもそこまでの金は持ち合わせてないので仕方なく諦めることにした。
幸せと思えば時間は早く流れていく。
とっくに一時間は立っていただろう。ほしひめは、そろそろ帰らなきゃと、空気に書く。
『子供たちが心配なの』
ハルタイトが若干の寂しさを滲ませて、わかった。と頷いた。
もうこの少女と会えないのか、と思うと悲しくてたまらなかった。
別れる間際、少女が最後に言葉を紡ぐ。
『あなたの名前は?』
そう言えば、言っていなかった。
伝えなければ。
「ハルタイト、…ハルトでいい」
伝えた。精一杯の笑顔で。
ほしひめは、微笑んだ。
目を細めて、幸せそうに。
『今日は楽しかった。ありがとう。またね、ハルトくん』
そうして、彼女は帰っていった。
未だ、彼女の手の温もりが残っていた。痛みと共に残ってしまった残り香。
その痛みを噛みしめる。
噛みしめている、その合間に
「それ」は現れた。
おくれましたがはじめまして。天野です。
自分のペースでがんばっていきたいと思います。