出会いの星は突然に
昼の国は、この世界では一番広い国であり、昼を起きて賑やかに騒ぎ、太陽が落ちるところには眠りに落ちる、他国よりも輝きに生きる者たちの国だった。その輝きは日の光だけではない。外国との関わりを積極的に行う故に、この国の特徴の一つである、世界で唯一の島国…よりは小さいほどの国際市場では、月が支配する空になろうとも、他の国の者たちが行き交う。もっぱらの交流場所であり、同時に情報が最も集まりやすい場所だった。
そんな市場に、一人の青年が歩いていた。
この国の人々は、夜に生きるという言葉は全く知らない。太陽の光が失せれば眠りにつき、太陽の光が世界を照らすと同時に目覚める。隠れるように太陽の光に目を瞑る夜の国とは正反対だ。
青年は規則正しく生きる昼の国の住人だった。
いくら騒がしい国際市場でも、彼を除いて、夜の間は昼の住人は存在しない。
青年がこうして夜を跋扈出来るのは、彼が産まれながらに持つ尖った性質にあった。彼は特にそれを嫌うこともなく、控えめに言っても通常の人間の倍はある五感や身体能力を大いに活用している。今もこうして市場にある適当な果物やつまみを見ながら、遠くにある店の主人と客の様々な会話に耳を傾けていた。そして彼は、ある話題を聞いた瞬間にその快活そうな顔を変えた。
「なあ、知ってるかい、暁の国に現れたんだってな」
豪快な風貌をした仕事格好の務め人が、他人事のようにカウンター向かいにいる女性に話題振った。若い女性は恐怖を帯びた声で、店の主人と会話を交わす。
「このまま、私たち人間を滅ぼすつもりなのかしら、本当に嫌だわ」
次の言葉は、彼の顔を不快に歪ませるのに十分だった。
きっと悪意はないのだろうが。
「なんで吸血鬼なんているのかしら」
吸血鬼。
思わず怯むような鮮血の眼に、生気を感じさせぬ唇の間から覗く牙。
人間の血を啜るその姿は、脆弱な彼らから見て恐怖の対象になるのに、これ以上ないほど当然だった。
ずっと、身を潜めていた。
彼らにも彼らの生活があるが、残酷なもので、この世界の大半は人間が支配している。
人間は彼ら吸血鬼を差別し、軽蔑し、嫌悪していた。
最初に現れたのは夕方の国だった。
他の国がその衝撃を身に染みらせる時には、何もかも手遅れだった。
〝人間を滅ぼす〟
名も知らない吸血鬼が言い始めた。戦争に発展するほどの復讐劇。
そんな大事を聞いても、青年ハルタイトが持った感想は、悲しみだけだった。
実家の酒屋のために買い込む果物を物色しながら、考えていたのは、疑問のみ。
彼だからこそ、出来る発想だった。
温かな、紅い瞳が憂いを帯びる。
(どうして、俺の両親みたいに、手を取り合う事が出来ないんだろうか)
昼の国の、たった一度きりのイレギュラー。
酒屋を営む陽気な父は吸血鬼、そんな父を仕切りながらも、彼の身を案じる母は人間。
人間と吸血鬼が共存出来るような世界を目指すために、剣技の達人と言われるまでに成長した。
世にも珍しい、吸血鬼と人間の混血の青年。それが、ハルタイトという青年だった。
だが達人と言われても彼は酒屋の息子である。
酒屋では剣はただの置物にすぎない。どれだけ扱いがよくても壁に飾られるだけだ。
「そろそろなんか買って帰らなきゃ」
そう、彼が視線を泳がせた時に、それは突然訪れた。
どん。と。
誰かと、自分の腕が当たった。
音はそこまで大きくはなく、この雑踏に消えるような音。
それでも、ぶつかった人間には謝らないと、と思い至り、すみません。と声をかけながら、そのぶつかった人間がいると思われる方向に振り向く。そして。
ハルタイトに、今まで感じたことがない感情が溢れた。
15歳ぐらいだろうか。深くフードを被っているが、それでも、フードの隙間から見える星を想起させる艶やかな髪や、吸い込まれるかのごとく澄みきった蒼い瞳は、目の前のハルタイトを見つめている。まるで天使が目の前に舞い降りたかのような、世界が愛したような容姿だった。
少女は、謝罪の意味を込めたのだろう。小さく頭を下げた。さらにフードを深く被り、近くの軽食が買える店へ向かっていった。
___気付いた時には
ハルタイトの足は少女がいるであろう店へ動いていた。
先程の少女は、小さめな体躯を隠すようにして、サンドイッチを手にとって、今にも物を買おうとしていたところだった。
店員の間を割るように、彼は困惑する彼女にこう叫ぶ。
淡い、だが確かな期待を、少女にこめて。
「俺が、おごるよ!」