ほしひめと月の王様
ほろりと、金の糸が静かな空気を流れて落ちた。
その絹糸の光沢は涙のように美しく、繊細な緑の苔の上にゆるやかに着地した。
鬱蒼とした黒の中にまばゆく輝く、その金色の毛を持つ体は、何かを守るように上半身を屈めていた。
『どうして悲しんでいるの』
守られ、巨大な影を浴びる少女が指先で言葉を紡ぐ。
その文字たちは、青い軌道を描いて、末尾は星が舞ったように爽やかに消えた。
対面する、怪しい美しさをもった光の獣は、少女の思うことなど言葉にせずとも息をするように分かるのだが、少女の放つ文字が好きだった。
だからそれを、無尽蔵の魔力から生まれる記号を、いつまでも見ていたいと思えた。
「お前が、外を見たいと言ったから」
獣は人の言語を話した。
しかし不思議と、人間の口から出るものよりよっぽど崇高に聞こえた。
獣の口からの余韻に対し、深々とした空間を塗って、加護を受ける少女は、儚く短く尋ねた。
『駄目、だった?』
「………お前の望みは、尊重したい。…ただ、約束してほしいことがあるんだ」
『なに?』
「…人の世に降りるときは、なるべくこのフードを被って、本当の名は隠しなさい」
かりん糖のような漆塗りの爪を器用に動かして、布を彼女の頭の周りに結ぶ獣は優しく、ぽつりぽつりと鼓膜を震わす重低音で述べた。
『どうして?』
綺麗な文字列がまた、宙に踊る。
「…お前を狙う者が、きっといるだろう。その者達に、正体を知られてはならない」
細長い顎の内に生える、雪のように白い牙をちらちらと覗かせて、
少女は、その歯も素敵だと、ずっと、生まれた時から考えていた。
黄金の神獣は続ける。
「…これをあげよう」
そうして獣が差し出した、月下美人の花ほどの大きさである手に収まる巨大な玉を、まじまじと見つめてから、顔を上げ、蒼い瞳の女の子は、魔王のアイボリーの巻き角を撫でた。