魔王の根
カビ臭い湿った空気が
僕の意識を現実に引き戻した。
窓一つない薄暗い部屋に
どんよりとした空気が満ちている。
天井に炎の揺らめきが作る
小刻みに揺れる影。
まるで世界に僕ひとり
取り残されたような静寂。
いまの状態ををどう言い表せばいいだろう。
最悪?ちがうな
最低?それもちがうな
硬いベットに横たえられ
あいかわらず身動き一つ出来ない僕は
寝起きのぼんやりした頭でそんな事を考えていた。
僕は仰向きに寝かされ
見えるのは天井だけ
もしかして
この先ずっとマーヤ無しでは
起き上がることも出来ないんだろうか。
そういえば
マーヤは無事だろうか
城壁に激突したところで記憶が途切れている。
こうして生きてるって事は
城壁をクッキーに変えるのは成功したんだろう。
だけど
いくらクッキーとは言え
あの厚みだ、怪我してなければいいけど。
「リョージよ、八方塞りじゃのう。」
そうそういまの僕はまさにその八方塞り。
ん?誰だ?
突然耳元から声がした、甲高い頭の真に響くような声。
こんな声を出す人物は一人しか知らない。
「その声はイオスケさんですか?」
「いかにもそうじゃ、羽なしのお嬢ちゃんに聞いたぞ。大変じゃったのう。」
「はい、おかげさまで。本当に大変でしたよ。」
大変な目にあわせてくれた張本人から
同情の言葉をもらったら嫌味の一つも言いたくなるよね?
もし体が動くなら首を絞めてやりたいくらいだよ。
「羽なしのお嬢ちゃんって、マーヤの事ですよね。会ったんですか?」
「マーヤ?名は聞いておらんが昨日おぬしにあったとき寝たフリしておった子じゃったら会ったのう。」
「よかった、無事だったんですね。怪我はしてませんでした?」
「ピンピンしとったよ。」
そう言って笑った・・・ように感じた
「ところで、ここはいったいどこなんですか?」
「地下室じゃ、正確には地下牢じゃの。」
地価牢だって?
ということは捕まっちゃったのか、前に閉じ込められた時とは
大違いだな。
「まあそのおかげでわしは侵入できたんじゃがの。しかしおぬしが動けんとなると助けにならんかも知れんのう。」
「え?助けに来てくれたんですか?」
「覚えておらんのか?種を取り戻してくれと頼まんかったかの。」
頼まれた覚えは確かにあるけど、オッケーした覚えは無い。
あの時は逃げ出すので精一杯で
聞き流してたってのが正直なところ。
「ところで一つ質問してもいいでしょうか?」
「なんじゃね?」
「イオスケさんがなぜここに?」
イオスケが言うには
夕べ城壁の一部を破壊したことで
地下からの進入が可能になったらしい。
さらに驚いたことに
イオスケの体は
地下でつながっていて
あの森全部が体の一部なんだそうだ。
なんという巨体。
イオスケの話がマーヤの悪巧みにおよんだ時
突然不意に大地を揺るがす轟音が耳を劈く。
なんだ、なんだ?
それは間違いなく爆発音
振動で天井から降る細かい砂が顔にかかった。
「お、始まったの。」
「何がです?」
「ミッションスタートじゃ。」
イオスケは短く別れの挨拶を述べると
現れた時と同じように突然いなくなった。
後に残された僕は
動かない体を呪いながら
ひっきりなしに起こる爆発音に
耳を澄ましていた。
ある日♪森の中♪
かの有名な童謡では
お嬢さんは森の中で熊さんに出会った。
それはおいといて
リョージが目覚める少し前
マーヤは牢屋の中で魔王に出会っていた。
「あのチビ眼鏡、ぜったいゆるさない。」
ベットの上にあぐらをかいて
開きっぱなしの入り口をにらむ。
「悪いようにしないって言うからおとなしくしてたのに
今更これで勘弁してくれってどういうことよ。ひどいと思わない?」
「なるほど、つまりこういうことかの?
そのチビ眼鏡が牢屋の鍵を開けて見張りを下がらせたと。」
「そう、たったそれだけ。
あとはご自由にって言われたってどうしようもないわよ。
リョージの居場所も分からないって言うし
あんなの助けなきゃ良かった。」
「ふむふむ、でお嬢ちゃんはどうしたいんじゃな?」
「うーん。」
マーヤは腕を組んで考え込んだ。
眉毛をハの字にして首をかしげている。
イオスケが2回転したところで
何かに思い当たったようだ
しかめ面が一瞬で笑顔に変わり
面白いいたずらを思いついた子供のように
目を輝かせてこう言った。
「あんた、何か役にたつもの持ってない?」
この城には
羽なし専用通路が存在する。
存在理由は2つ
1つは、地上に出入り口が無い建物が存在する為。
2つ目は羽無しが目立たないように。
特に位の高い客などが来た場合
城の主人は羽無しが目に触れないように気を使った。
羽なしを蔑み存在を厭う
いまもなお根強く残る習慣だった。
明かりが数えるほどしかない
薄暗い通路を
全力で駆け抜ける影。
「1・・・2・・3・・・」
10を数えると同時に両耳を指で塞ぎ
身を低くしてぎゅっと目を閉じる。
轟音と共に爆風が髪を揺らした。
煙がもうもうと立ち込める
通路に一瞥をむけると
マーヤはにやりと不適な笑みを浮かべた。
ポケットに手つっこんで
なにやら取り出すと
それを数える。
「よし、あと5発。」
イオスケから巻き上げた
この上なく物騒なものを手に
すっかりテロリスト気取りの少女は走り出した。
たちの悪いテロリストの出現で
城を守る立場の人間は
過剰労働を余儀なくされていた。
原因を作った身であれば文句は言えないところだが
それでもつい愚痴りたくなる。
「なぜ私ばかりがこんな目に。」
新しい眼鏡を人差し指で上げると
経理部長は瓦礫でふさがれた通路を見やった。
「隊長、西の結界も破壊されました、もう魔王の侵入を阻止できません。」
ぐうの音も出ないとはこのことだ
女王は夜明けと共にどこかへ姿を消している。
留守の間に
魔王の侵入を許したと知れば
あの女王がただで済ますはずはない。
「結界はあと1つだ、なんとしても死守しろ。女王の塔への侵入だけはなんとしても阻止するのだ。」
混乱が支配する城の地下を
ゆっくりと進む魔王の根
それは城の地下全体を網の目のように包み込んで
なおその成長を止めることは無かった。