神の力
ものすごく簡単な事でも
いざ言葉で説明するとなると
なんて言ったらいいのか分からずに
苦労する事って無い?
たとえば
自転車の乗り方って説明できるかな。
右に傾いたらハンドルをどっちに切る?
右?左?
じゃあ左のペダルを踏む時は?
ね、けっこう難しいでしょ。
それが
神の力の使い方となると
そのややこしさは
比べ物にならないって
分かってもらえるよね。
「姫、ちがいます。全部砂で出来てるって強くイメージしてください。」
「やってるわよ、ちょっと黙ってて。」
目を閉じて一生懸命頑張ってるみたいだけど
どうやったら伝わるのか・・
僕の頭はパンクしそうだった。
どういう訳か
力の使い方は分かっていた。
分かったというより
思い出したって言う方が近いかもしれない。
多分
僕は生まれた時から
この感覚が備わっていたんだろうと思う。
だけどそれを
認識したのはついさっき。
その上
力の引き出し方については未だに分からない。
なにはともあれ
マーヤは蔦の動きを止めるのには成功した。
眠らせるイメージは簡単だったらしい。
これでとりあえずの危機は
回避できたわけだけど
そこから先が大問題。
経理部長は
まだ逆さ吊りのままだった。
「砂がいけないのかな。
そうだ姫、このあたりがクッキーで出来てると思ってください。」
「クッキー?」
よりイメージしやすい物のほうが
効果的かもしれない。
僕は頃合を見計らって指定した場所を思い切り殴った。
「あ#ぅ〇$ё・・・・!」
痛む拳を握り締めて身をよじる。
マーヤは不思議そうな顔で僕を見ていた。
そりゃそうだよね。
「ちくしょう失敗か、上手くいくとおもったんだけど・・・・・あ。」
幹の真ん中
ちょうど指定したあたりに
5センチくらいの穴があいている。
指でつつくと
かけらがぽろぽろと崩れて足元に落ちた。
「姫、もっと大きいのにしてくださいよ。」
「大きなクッキーなんて見たことないもん。」
「わかりました。
それじゃこの木が
クッキーを積み上げて出来てると思ってください。」
「そんなに食べきれないわよ。」
「食べませんって。」
今度は成功だった。
殴るまでもなかった
蔦は跡形もなく崩れ落ち
経理部長はクッキーの山に埋もれた。
「やったー。リョージ見てクッキーがいっぱいだよ。」
うれしいのはそこですか。
でもこれで
硬いものに行く手を阻まれても
対処できるようになった。
行き止まりだって牢獄だって怖くない。
まあ、できれば関わりたくないけど。
僕達はつないだ手を離すことが出来なかったので
片手だけでクッキーの山を掘り起こし
掘り当てた経理部長の足を引っ張った。
悪戦苦闘の末助け出された
経理部長は完全に意識を失っていたけど
命に別状はないようだ。
しかし残念なことに
トレードマークの黒ぶち眼鏡は
見つからなかった。
多分山の中に埋まっているんだろう。
さらに残念なことに
もう探すのは無理みたいだ。
だってもうすでに
暗くなっていて見つかりっこない。
昨夜よりほんの少し掛けた月が
僕たちを見下ろしていた。
「これはいったい・・
どうなっているのかしら。
いいかげん塵に帰ってもいい頃なんじゃない?」
悪趣味にキラキラと光る部屋。
シャンデリアの明かりに照らされて
女王は手に持った光る石を見つめていた。
エメラルド色のそれは
内側からほのかに光を発して
女王の白く細い指の間で
脈打つように明るさを変えている。
テーブルの上に無造作に
石を置くと
女王は窓辺に佇み
東の空を見上げた。
瞬く星の向こうに
なにを見たのだろう。
何かを決意したように一人うなずくと
振り返ってひとり呟いた。
その目は怪しく
そして美しく
誰もいない空間を伏せ目がちに見つめていた。
「しかたないわ、もうあれを使うしかないか。」
女王はアレがしまってある机の引き出しに
近づいていった。
取り出された箱は
古びていていくつもの鍵が掛かっている。
時を経た金属の放つ鈍い輝きが
極彩色の部屋の色に浮きあがって
禍々しいオーラを放っていた。
大空を自由に舞う鳥たち
それを見上げて
空への憧れを掻き立てられた人類。
夢を現実にする為に
いくつもの汗と涙と
そして時には血を流し
人は空を旅する術を手に入れた。
いま僕は
違う意味での汗と涙を流していた。
「姫っ!上っ。上がってください、早くっ!」
それまで僕の足があったところを
蔦が空を切って暗闇の中へ消えていく。
ものすごい速度で戻っていく蔦を
遠くに見送って
止めていた息を吐き出す。
僕たちは今
生まれて初めて空を飛んでいた。
蔦は横にも下にも触手を伸ばして
行く手を阻んでいたからだ。
それまでみたいに
木の下を通ったら
たちどころに捕まって
3人とも逆さづりになるだろう。
じゃあどうする?
そう、上しかないというわけ。
でも真直ぐに飛び上がってからが大変だった。
今、僕はマーヤを背に
経理部長のベルトを両手でつかんで
触手を避けながら
木々の上を移動中だった。
「姫、また下がってきてますよ。もう少し高く。」
「わかってるわよ、うるさいわね。」
言ってるそばから体が左へ傾く
僕たちの向きはゆっくりと変わって
もときた方へと流されていく。
さっきからこんな調子で
一向に距離がはかどらない。
マーヤはだいぶイライラしてるみたいだ。
考えてみれば
しかたがないかもしれない。
だって
生まれつき羽がないんだから
飛んだことなんてないんだもの。
ほんとうなら
一旦下りて休憩したいところだけど
触手が隙間なくうごめいていて
もう下りることはできない。
なんとかして森の外れまで飛び続けなくては。
そのときだった
それまでおとなしかった
経理部長が身動きをはじめた。
「こ、ここはどこだ?」
体をねじって僕を見上げる。
眼鏡がないから良く見えないみたいだ。
目を細めて眉間にしわを寄せている。
「持ち辛いので、じっとしててもらえますか。」
「ああ、すまない。助けてくれたのか、礼を言う。」
きっちり分けていた七三分けは
乱れてナチュラルヘアーになっていた。
眼鏡も失っていたので
もう経理部長とは呼べなくなっている。
こうしてみると
かなりイケメンかも
大きな二重の目にきりっとした眉毛
それに高い鼻。
ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで
グランプリが取れそうな顔立ちだ。
「リョージたいへん。方向がわかんなくなっちゃった、どうしよう。」
「そんな、僕だってわかりませんよ。」
もう暗くて城の影は見えない。
足元の景色はどこまでも同じように続いていた。
目標になるものは何一つない。
「君たちは星の読み方を習わなかったのかね?」
「星ですか?」
「そうだ、カヌザキ座の一番明るい星を目指せばいい。」
「カヌザキってなんですか?」
「カヌザキを知らんのか?
あの6本足の小動物を見たことがないのか。」
当然見たことなんてなかった。
だいいち6本足ってそれ虫じゃないの?
経理部長は改めて僕たちをまじまじと見つめたかと思うと
驚愕の表情で言った。
「お前たち、羽なしじゃないか。羽なしのくせになぜ飛んでいるんだ。」
「なによその言い方、助けてもらったくせに。」
「助けてくれと頼んだ覚えなど無い。さっさと手をはなせ。」
「リョージ、そんな奴捨てちゃって。」
うーん困った
このまま手を離したら
たぶん経理部長はまっさかさまに落ちていく。
本人は気がついてないけど
右の風きり羽がほとんど抜けちゃっているんだ。
クッキーの山から引っ張り出す時に
マーヤが抜いちゃったんだけどね。
それに
城への道案内を失ったら
僕たちは同じところをぐるぐる回る羽目になるだろう。
ヒートアップする2人の口げんかに挟まれて
なすすべも無く弱り果てていると
視線の先に緑色の壁が現れた。
月の光に浮き上がったそれは
上にも横にも果てしなく広がっていて
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あれ、何でしょう?このまま行くとぶつかりそうですよ。」
僕の一言で
ついに触れてはいけない身体的特徴に及んでいた
2人の口喧嘩がぴたりとやんだ。
「まずいっ、魔王の胞糸だ。」
生命の危機を感じて
マーヤに眠っていた本能が目覚めたのだろうか。
危なげなく180度方向転換すると
それまでのフラフラした飛び方はどこへやら
ロケットみたいに一直線に風を切って
胞糸から遠ざかる。
最初は暴れていた経理部長も
羽に負った不幸な事実に気づいたのか
時々毒づくだけで
おとなしくしていた。
城の姿がはっきりと見えるところまで
近づいてくると
僕たちの高度は目に見えて下がってきた。
しかし速度はそのまま
減速する気配は無い。
「リョージ、おかしいわ。さっきからうまく飛べなくなってる。」
「え?どういうことですか?」
「コントロールが利かないの、このまま行くと城壁にぶつかっちゃう。」
「おい、どういうことだ。森は抜けたんだから降ろしてくれ。」
「うるさい、黙っててよチビ。」
「チビっていうな、俺よりチビのくせに。」
・・また始まった
だけど今は
それどころじゃない
城壁はみるみる近づいてくる。
このスピードで突っ込んだら絶対に怪我じゃ済まないぞ。
「姫、集中してください。ちょっとでも上がりませんか?」
「リョージが手を離して、そのチビ捨てれば上がるんじゃない?」
「姫、まじめに答えてくださいよ。」
どういうことだ?
ここへ来て力が働かないなんて。
心当たりが無いわけじゃない。
僕と姫はもうまる2日寝てないし
神の力ってやつも
無制限とはいかないだろうし
それになにより
ここまで近づけば
女王からの影響だって出るだろう。
「きゃー!ぶつかる。」
「姫、クッキーです。あの壁全部クッキーにしてください。」
もうこの手しかない
どの程度の範囲で効果が現れるか分からないし
万が一表面だけしか変化しなかったら・・・。
いまさら考えても仕方ない
今はマーヤを信じるしかない。
雲ひとつないぐんじょうの空に
轟音が響き渡る。
立ち上る土煙が
ゆっくりと静まった後には。
無残にそこだけ欠けた
城壁の姿が月光に浮かぶ。
砂糖に群がる蟻のように
我先に駆け寄る兵士たち。
城中の兵士が来たのかと思うほどの
大勢の視線が集中する先に
つと立ち上がる人影。
それは
周囲を見渡して肩の塵を払うと
ゆっくりと歩き出す。
居並ぶ兵士の群れへと向かって。
ジュノン・スーパーボーイ・コンテストは
雑誌JUNON編集部が主催する美男子コンテストです。