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姫の野望

羽なしの朝はとても早い


羽なしとは生まれつき

もしくは何らかの理由で羽を持たないものだ。


僕とマーヤもその羽なしだったので

日の出前から仕事をさせられていた。


下働きのお仕着せは

ゴワゴワした白い布で出来ており

シャツとズボンがつながっている。


僕たちは厨房の倉庫にいた

棚いっぱいに積んである食器の中から

マーヤの手にあるメモを頼りに

一つ一つ調達していく。


「次はその右のお皿とって。落とさないでよ。それじゃない、銀のやつ。」

長いはしごを使っても背のびしなくては

届かないような場所にそれはあった。

「また上ですか?それにしてもなんであんなに高いところに置いてあるんでしょう?」

マーヤは自分の肩ぐらいまである壷と格闘しながら答えた。


「決まってるじゃない、棚を作った奴に羽が生えてるからよ。」

「なるほど」

この城の天井がやたら高いのもそのせいかもしれない。


「次で最後よ。この壷に乗って、あそこの中くらいのカゴ10個ね。」

さっきの壷に片手をついてこっちを見ている。


「姫、なんでさっきから俺ばっかり働かせるんですか?」

「あたしじゃ届かないからよ。この為にあんたを選んだんだから。」

「高いところの物を取る為に?」

「あたしがあんたに気があるから選んだと思ってた?」

マーヤはニヤニヤ笑いでそう言うと

食器で一杯になった台車を覗き込んで

手元のメモに印をつけていった。



台車をガタガタいわせながら

広い食堂を通り抜け

僕たちは厨房に入った。


マーヤは突然駆け出すと

キョロキョロと辺りを見回し始めた。


「どうしたんですか?」

「あれよ、あれ。

ついにあたしもここまで上り詰めたんだわ。」

マーヤの指差す先に

クッキーをのせた皿があった。

半分ほど減っていて

皿の底に書かれた動物の尻尾が

クッキー隙間からのぞいている。


マーヤはクッキーを口に運ぶと

目をつぶってゆっくり味わっている。

その顔にみるみる笑みが広がる。


一つ食べ終わると

呆れて見ている僕を振り返った。


「あんたも食べなさいよ。」

「いや、僕はいいです。」

「これは命令よ、食べなさい。」

しぶしぶ手にとって食べてみる。

湿気っていてあまり美味しくない。


「あたしね、これ食べるの夢だったんだ。

頑張って厨房に入れるようになったら

いつかチャンスが来ると思ってたの。

でもこんなに早く夢が適うなんて思わなかった。」


なんて小さい夢なんだ・・・


だけどマーヤの幸せそうにクッキーを頬張る姿は

とても無邪気で子供らしかった。

微笑ましいその光景に

僕の口元も自然にほころぶ。



皿に描かれた奇妙な動物が

ほぼ全身を現した頃。

食堂の扉が勢いよく開き

大勢の人間が入ってきた。


マーヤは小さな目を丸くして

慌てて手に持ったクッキーを皿に戻した。



食堂からこちらに向かう足音が聞こえてくる。

マーヤは僕を突き飛ばすように

掃除道具の部屋へ押し込んだ。


自分もそこに入ると

僕を壁に押し付けるようにしてドアを閉めた。


その部屋は暗くて、とても狭かった。

壁に掛かったモップに体を押し付けて

なんとかマーヤのスペースをつくる。

ぴったりと密着したマーヤの体から

激しい鼓動が伝わってくる。


「なんで3個で止めなかったんだろう、

あんなに減ってたらきっとばれちゃう。」

マーヤはかろうじて聞き取れるくらいの

小さな声で呟いた。





女王から脱走者の捜索を命じられた哀れな隊長は

羽を失う恐怖に耐えながら

発見の報告を今かいまかと待ちわびていた。

この城は砦の役割を主に建てられている為

内部は入り組んでいて隠れ場所はいくらでもあった。

まして相手は羽が無い

歩いて移動するものが

どこに向かうか想像もつかなかった。


そこへ一人の兵士が駆け込んでくる。


「隊長、目撃者を発見いたしました。」

「なに、本当か。でかした、絶対逃がすなよ。」

「はい、すぐに捕獲して連行します。」

敬礼をして出て行こうとする兵士を

慌てて呼び止める。


「まて、俺が行くまで出入り口を固めておけ。」

ここへ来て、隊長は思い出したのだ。

脱走者は女王が客と言っていた相手だ

怪我でもさせて女王の怒りを買うのもいやだし

客と言うからには

ただの羽なしでは無いかも知れない。

万が一取り逃がしでもたら・・・・



食堂のドアの前には兵士があふれかえっていた。

息を切らせながら到着した隊長は

兵士たちを掻き分けて目撃者の前に立つ。


「お前、本当に見たんだな。」

「はい、今朝マーヤが見慣れない羽なしをつれて

食器を運んでましたから。間違いございません。」

「よし、探せ。テーブルの下も棚の裏もだ。」

号令一過、部下たちが食堂へ突入する。


「なるべく、無傷で捕らえるのだ。わかってるな。」

もう一度念を押しておいて

腕を組んで突入の様子を見守る。

予期せぬ事態への心構えは出来ている。

絶対に失敗はゆるされない。絶対にだ。





動くたびに音を立てる鎧

鍋やフライパンが床に落ちる音

厨房の中は上も下も兵士でいっぱいだった。


ドア越しに聞こえるその音に

マーヤは体を硬くしていた。

なんで?なんでつまみ食いくらいでこんなことになっちゃうの?

見つかったらどうなっちゃうんだろう。

せっかく部屋付になれたのに

たった一日でこんな事になっちゃうなんて・・・。

豚小屋に戻されたら

またいじめられる。

部屋付になったとき

妬んで陰口を叩いていたやつらに

きっと前よりひどい目にあわされる。

そしてもう

死ぬまで部屋付にはなれない。



「姫、出ましょう。奴らは僕を探してるようです。」

突然話しかけられて

流れ落ちそうになっていた涙が止まった。

振り向いて見上げたリョージの顔は

凛々しくて、別人のように見えた。


「姫は僕の後ろにいてください。」

リョージの手が

ドアノブを必死で掴んでいたあたしの手にかかる。


一回り大きい手に包まれてその暖かさを感じた時

マーヤの手から徐々に力が抜けていった。


リョージはゆっくりとドアをあけて

驚いて集まる兵士たちの視線にその姿をさらした。

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