偶然の向こう側
星の輝きがあんなにも美しいのは
遠くて、とどかないからかな
だけど手を伸ばす勇気が無ければ
人は夜空を見上げることを忘れてしまう
子供の頃
無心に伸ばした手も
今は背が伸びた分、少しだけ近づいてる
夜空を見上げる事忘れなければ
あと少し、もう少し近づけると信じたい。
その日は憎らしいほどの晴れ。
夕べカーテンを閉め忘れたらしい、
窓から射しこむ朝日のまぶしさで僕は目を覚ました。
飲み散らかしたビールの空き缶が床の上でキラキラ光っている。
その光景が嫌でも思い出させる昨夜の出来事。
「ごめんね良司君、あたし彼いるから。」
「良司君ならあたしなんかよりもっといい人が現れるとおもうよ。」
何のひねりも無い、
ありふれた言葉で振られた僕は
告白したことを悔やみながらアルコールの力を借りて眠りについた。
「今日は、休もうかな。」
会社に行けば
いやでも佳織と顔をあわせることになる。
気まずい空気も嫌だし
かといって何事も無かったようにされるのも傷つく。
佳織は僕の一年先輩で
入社したての頃から何かと世話をやいてくれていた。
気さくで明るい性格の彼女は
部内でも人気があって
入社した時から気になる存在だった。
最初から無理だとわかっていた。
でも気持ちを伝えたいと思った。
誕生日プレゼントと一緒に愛の告白。
いったいどの頭がそんなこと考え付いたんだ。
今になって後悔だけが残る
同じ振られるにしても
もう少し上手くできなかっただろうか。
そんな一人の反省会を目覚ましの音が遮る。
外は憎らしいほどの晴れだ。
会社へ向かう足取りは重かった。
告白を決意して足早に通ったこの道
ため息をつかずにいられない。
いつもの交差点が見えてきたとき、
足元にゴミが点々と散らばっているのに気づく。
踏まないように気をつけながら歩いていると
電柱の脇に積まれた
ゴミ袋をカラスが派手に荒らしていた。
僕に気づくと
ゴミ袋に嘴を突っ込むのを止めて
僕が通り過ぎるのを、じっと見つめている。
近くで見ると意外と大きい。
とがった嘴と鋭い爪で今にも飛び掛ってきそうだ。
すこし怖くなった僕は足早にそこを通り過ぎた。
タイミング良く交差点の信号は青だ
このまま渡ってしまおう。
「みーつけた」
突然後ろから声がした。
驚いて振り返るとそこには誰もいない
さっきのカラスもいなくなっていた。
呆けた顔で辺りを見回す僕を尻目に
信号は青から赤に変わる。
その日会社で何をしたのかあまり覚えていない
上司から怒られることもなかったし、
きっと仕事はこなしていたんだろう。
むこうも気を使ってくれているらしい
他愛ないイタズラを仕掛けてくることも無く。
目が合ってもそれとなく逸らして
いつもより忙しそうにしていた。
どうして僕はこんなにかっこ悪いんだろう。
終業時刻になって
逃げるように会社を出た僕は、
そんなウジウジした自分を責めながら、
今夜も酒の助けが必要だなとぼんやり思った。
近くのコンビニでビールを買い込んで、
アパートの前までたどり着くと
自分の部屋に灯りがともっているのに気づく。
不審に思いながら部屋の鍵を開け中に入ると、
転がった空き缶に囲まれて佳織が座っていた。
昨夜突っ返されたシルバーのネックレスを
手にぶらさげて、光にかざしていた。
「かっ佳織さん?」
呆然とする僕、
佳織はゆっくりと振り向き微笑んだ。
「あの、どうやって入ったんですか、鍵かかってたのに。
あっ、こんなに散らかっててすみません、いま片付けます。」
わけの分からないことを言いながら空き缶をかき集める僕。
床の空き缶を拾ってはテーブルに置き、
崩れて床に落ちるのを繰り返す。
いったいどうなってるんだ?
頭はパニックだ、何を話せば良い?
なにをしに来たんだ?
その様子を黙って見ていた佳織は、
ゆっくりと立ち上がり、
僕に歩み寄るといきなりキスをした。
・・・・・頭が真っ白になる。
「どう?落ち着いた?」
佳織は長いキスの後、
そう言ってにっこり笑った。
「なっなんで・・・」
「なにが?」
「いや、その・・・いきなりだったから・・・」
「嫌だった?」
「いえ、そんなこと無いです。
嫌だなんて・・逆にうれしかったって言うか、そのとにかくびっくりして・・・」
「じゃ行きましょうか。」
あっけにとられた僕を置いて外へ出て行く、
閉まりかけのドアから遠ざかる足音だけが聞こえた。
「ちょっとまって、いったいどこへ。」
いま脱いだばかりの靴を慌てて履いて、佳織の後を追った。
彼女は返事もせずに車に乗り込むと、僕を待つ様子でこちらを見ている。
助手席に座った僕は、
ここで初めて佳織の様子がいつもと違うのに気づいた。
ハンドルを握るその姿は、
僕が知っているどの彼女よりも大人びていて
少し薄いその唇は
昨日までのかわいらしい印象を微塵も残さない
大人の笑みを浮かべていた。
長い睫毛から覗く黒い瞳も濡れて光って、
どこか妖しい輝きを帯びていた。
その目が出し抜けにこちらを見つめる。
心臓が止まりそうになる
今夜の彼女は美しすぎた。
「ねぇ、神様って信じる?」
「神様ですか?・・あっ前、前見てください!」
僕から目を離しフロントに視線を戻した彼女は、
完璧な横顔で同じ質問をくりかえした。
「神様って信じる?」
「いるとは思いますけど、信じてるかって言われるとちょっと・・・・」
「あなたがその神様だって言われたら信じる?」
質問の内容を理解するまで対向車が2台通り過ぎた。
「なんの冗談ですか?あの・・・・・昨日の事だったらもう・・・」
「合格よ。」
嬉しそうにそう言うと彼女はアクセルをいっぱいまで踏み込んだ、
急加速に僕はシートに張り付く。
突然の暴走に思考停止していた脳が危険信号を発する。
僕はもう小さくなっていく前方の景色から目が離せなくなっていた。
「あっ、危ない!落として、落としてくださいスピード!」
「このまま赤信号に突っ込んだらどうなると思う?」
そう言う間も車はどんどん速度を増していく。
窓の外の景色が飛ぶように後ろに流れて、光の線に変わっていく。
「な、なんてことを。そんなの事故るに決まってんじゃないですか!」
迫る赤信号に体が硬直する、心臓が激しくダンスを踊っている。
「そう?でも、平気だったわよ?」
赤信号の交差点を猛スピードで駆け抜けておいて、
彼女は涼しい顔でそう言った。
「次の交差点はどうなると思う?」
「もうやめてください、死んじゃいます。」
交差点がみるみる近づいてくる、僕は思わず目をつぶった。
「死ななかったわね、次はどうかしら?」
「なにが楽しいんですか?とにかくスピード落としてください。おねがいしま・・・」
言い終わらないうちに頭上を通り過ぎる赤い光点。
「3つめクリア、あと何個まで大丈夫だとおもう?」
「そんなの偶然だ!たまたま運が良かっただけだ、もうやめて!」
僕の全身がら汗が噴出す。
次はもうだめだ
だってこの先の交差点は国道に接している、
信号は・・・・・やっぱり赤だ。
左手から来たタクシーが
暴走車に気づいてけたたましいクラクションを鳴らす。
反対側から来た乗用車が
急ブレーキをかけて横滑りする。
目を見開いて固まってしまった僕の眼には
全てがスローモーションにうつる。
「いまのは危なかったわね。」
少し興奮した様子でそう言われたが、
僕は前方から目を離せなかった、
次の交差点が迫っている。
信号はもちろん赤、そして横断歩道に人影。
その表情まではっきり見える距離まで近づいた、
突然現れた暴走車に不幸な背広姿の男は
目を飛び出さんばかりに見開いてた。
きっと僕も同じ顔をしているに違いない。
その時唐突に景色が変わった、正確には消えた。
街灯が全て消えたように真っ暗な世界
、舗装されていない道を走った時のあの振動と音。
エンジン音さえいつの間にか消えている。
ヘッドライトに照らされるのは
ボンネットより少し下くらいの背丈まで伸びた雑草と
小石混じりの砂の大地。
車はスピードを徐々に落とし、やがて止まった。
無意識に
祈るように組んでいた両手から力が抜けていく。
「偶然の果ての世界へようこそ。」
そう言って彼女はヘッドライトを消した、
これから起こる出来事を暗示するような暗黒が僕を包んだ。
目が暗闇に慣れてくると
辺りが真っ暗ではないとわかった。
満月の月明かりで青白く照らし出された景色は
今の今まで走っていた道が跡形も無くなっていて
見渡す限りの草原だった。
佳織は車を降りて空を見上げている。
「あの、佳織さん?これはいったい・・・。」
何も言わずにただ空を見上げる姿を見ているうちにだんだん腹が立ってきた。
振った相手の家に上がりこんで、
いきなりキスしたかと思えば
今度は死のドライブ
あげく何処だかわからないこんな場所へつれて来られて。
どんなトリックか知らないけど、きっちり説明してもらわなきゃ。
「黙ってないでなんとか言ってくださいよ、一体何の目的でこんな所へ?
大体ここは何処なんですか!」
佳織は僕の声などまるで聞こえないように
ただじっと空を見上げている。
僕は車を回り込んでもう一度同じ質問をしようと近づいていく。
そのとき
今まで微動だにしなかった佳織が大きく翼を広げ
地面を軽く蹴ったかと思うと数回羽ばたきをして空へ舞い上がった。
抜け落ちた羽が1枚僕の足元にゆっくりと落ちていく。
そう羽ばたいて・・・え?羽ばたいて?
背中にさっきまで無かった、黒い大きな翼が1対。
青い大きな月を背景に大きく翼を広げて旋回している。
スカートの裾が
風を受けてひらひらと揺れるたび
少しずつ高度を上げ、やがて黒い点になった。
月明かりの中
たった一人取り残された僕は、
気を抜いたら見失いそうな小さな点を
必死で目で追った。
やがて別方向から来た
いくつかの点と合流してゆっくりと降りてくる。
「城まで運んで頂戴、失礼のないようにね。お客様だから一応。」
一斉に僕を取り囲む白い羽の生えた男たち。
ぼくは精一杯の抵抗を試みたが無駄だった。
だってあの体つきを見てよ、
ぼくが5人いたってきっと結果は同じだったはずだ。
逞しい男たちは
手足を縛られたぼくを難なく吊り上げて力強く羽ばたいた。
先頭を行く佳織の翼が月明かりで緑色に光る
僕はぼんやりと今朝のカラスを思い出していた。
お世辞にも丁寧とはいえない扱いを受けたぼくだったが
案内された部屋は一応お客様にふさわしいものだった。
2続きの広い部屋にシャンデリア
天蓋つきのベッドまでついている。
入り口のドアの前に立った2人の男は、
何も無い空の一点を見つめて微動だにしない。
何度か話しかけては見たが、
案の定返事は無い。
誰からも何の説明もない以上考えても仕方ない。
ぼくは諦めて部屋の物色にかかった。
上品にまとめられたインテリアの数々
高級ホテルの一室のようだ
テーブルの上にあった、
見たことの無い果物を試してみる。
恐る恐る口にしてみると、意外といける。
ドアの前の男達は相変わらず彫像のように微動だにしない、
だが一瞬たりともぼくから注意をそらすことも無かった。
ご苦労なことだ。
部屋にただ一つの窓からは
月明かりに照らされた城壁、
遥か下に地面が見える。
ここから脱出するのは、
羽でもなければ無理だろう。
ということは羽のあるこいつら用の部屋では無いのか?
その時ぼくの視界を緑色に光る不思議なものが横切った。
それは緑色のクモの糸のようで
フワフワと風に乗って漂っていた。
差し込む光に浮かび上がる埃のように空中をゆっくりと移動する。
ぼくはそれを掴もうと手を伸ばした。
出し抜けに背後で短い叫び声と、
重たいものが床に落ちる音が響いた。
びっくりして振り返ると、
見張りの一人が体を固くして倒れている。
残りの一人といえば、
さっきまでの仏頂面はどこへやら
すっかり取り乱してわけのわからない言葉を発している。
あっけに取られている僕の存在に気づくと、
一瞬迷った表情を見せたが、
何も言わずに部屋を飛び出していった。
部屋には石のように動かなくなった男と僕の2人きり。
男は口を大きく開いて恐怖に引きつった表情のまま、
右胸を押さえた格好で仰向けに倒れている。
胸にあてた手の隙間から
さっきの緑の糸がちらりと見えた。
それは指の間に滑り込むと姿を消し、
今度はそこから紫色の蔦が顔を出す。
どうやらこの大男をこんな目に合わせたのは、
さっきの糸のようだ。
もしあのまま手に掴んでいたら・・・
そこまで考えて、背後に迫る危機に思い当たる。
恐るおそる振り返ると、
寄り目になった僕の顔の寸前、
鼻の頭が触れそうな位置にさっきの糸があった。
蛇のように身をくねらせて迫ってくる。
慌てて後ずさる、
ぼくの体がまき起こした風で糸のスピードが上がる。
「冗談じゃない、こんなところで死んでたまるか。」
倒れた男を飛び越え、
開いたままの扉へ駆け込んだ。
扉の向こうはすぐに階段になっていて、
ずっと下までらせん状に続いている。
僕は2段飛ばしで、
転がるように階段を降りていった。
少し降りたところまでくると、
階下が大騒ぎになっていることがわかった。
大勢の怒号と、鐘の音。
僕が地上に出る頃には、
はっきりと「敵襲だ」と聞き分けられた。
「朝まで起こさないでって言ったでしょ?」
「はっ、しかし陛下、敵襲が・・・」
鋭く睨み付けて黙らせると、
一つ伸びをしてベットから身を起こす。
まったく役に立た無い部下ばかりで苦労するわ。
あたくしはこの世界の女王にして神、
生まれてから一度だって
思い通りにならなかった事なんて無かったのに。
あのクソ爺のおかげで、今夜も寝不足だわ。
バルコニーに出て翼を大きく広げると、
一直線に天空に駆け上がる。
上空には無数の緑の糸、
それが体に触れると
青い微かな閃光を放って細かい塵に変わる。
糸が届かない位の高さまで達すると、
体を一回転させる。
指先から放たれたオレンジ色の光が、
城を覆うように広がりゆっくりと降りていった。
先ほどの青い閃光が無数に瞬き、
まるで音の無い花火のように夜空を彩る。
「これでよしっと、
この光景も今夜が見納めね。
夜が明けたらすぐに思い知らせてやるわ、
あたしに逆らったらどうなるかってね。」
何事も無かったようにバルコニーに降り立つと
服についた微かな塵を両手で払い落とし、
ベットにもぐりこむ。
地上ではまだ騒ぎは続いていたが、
その喧騒は遠く離れた女王の部屋には届かなかった。