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断罪されたモブ令嬢ですが、放置されていた辺境で気づいたら聖域を作っていたらしいですよ?  作者: 九葉(くずは)


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第10話 辺境の空と、お茶と、ただいま

 辺境の空は、秋になると信じられないほど高くなる。


 雲がない。青が深い。吸い込まれそうなほどまっすぐな空の下を、馬車が砂利道を揺れていく。窓の外に見慣れた丘陵が広がって──薬草園の緑が見えた時、息が漏れた。


 帰ってきた。



 村に着くと、騒がしかった。


「リーネ先生、おかえり!」


「院長先生だ!」


「偉い人になったんだってな!」


 村人たちが診療所の前に集まっていた。トマスが腕を組んで、しわくちゃの顔で笑っている。ルカが走ってきて、わたしの腰にしがみついた。


「リーネ先生、偉い人になったんだよね!」


「偉くなんてないよ。今までと同じ」


 本当にそう思っている。「王国薬草院」の院長になった。辺境は「管理困難領」ではなく、正式な王国機関になった。


 ──でも、やることは変わらない。薬草を育てて、薬を作って、患者を診る。


「名前が変わっただけだよ。明日も診療所は開けるからね」


 ルカが嬉しそうに笑って、トマスが「せっかくだから今夜は宴だ」と言った。村人たちが歓声を上げる。


(……温かい)


 ここが、わたしの場所だ。



 宴の後片付けを終えて、一人になった昼下がり。


 診療所の机の上に、二通の手紙が置いてあった。


 一通目は公式の通知書。王都からの報せ。


 王太子アルヴィンは王太子位を辞し、地方領の管理官に降格。ミリアーナ・フォーゲルは聖女認定を取り消され、子爵家に戻された。


 それだけのことが、淡々と書かれていた。


(……終わったんだ)


 断罪の日から、ずっと。あの日から始まった全てが──終わった。


 王太子は王太子でなくなった。聖女は聖女でなくなった。


 わたしは──辺境の薬草院の院長になった。


(ざまぁみろ、とは思わない)


 本当に、思わなかった。あの人たちがどうなろうと、わたしの薬草は育つし、患者は来る。


 ──二通目の手紙を開いた。


 見覚えのある筆跡。少し右に傾いた、几帳面な文字。


 父だ。


『リーネへ


 許してくれとは言えない。あの日、お前を庇えなかったことは、一生の恥だと思っている。


 だが、お前が無事で──誇らしく思う。


            ゲオルク・ヴァレンシュタイン』


 ──短い手紙だった。


 父らしい。いつも言葉が足りない人だった。


 涙が出た。


 ぽたぽたと、手紙の上に落ちた。インクが少し滲んだ。


(……ばか。泣くなって言ったのに)


 自分に言い聞かせても止まらなかった。断罪の日にも泣かなかった。辺境に来た日にも泣かなかった。クロエが去った夜にだけ泣いた。そして──今、父の手紙で泣いている。


 許すかどうかは──今は、決めない。


 いつか、わたしのペースで決める。今は、泣くだけ泣いたら──薬草の収穫に行こう。


 手紙を丁寧に畳んで、鞄の奥にしまった。議事録の写しの隣に。



 夕方。


 診療所の前で薬草を整理していた。


 銀葉草の束を乾燥棚に掛けて、ヨモギギクの葉を選別して、カノコソウの根を洗って。秋の風が冷たくて、指先がかじかむ。


 ──ふと、顔を上げた。


 村の入口の道に、人影が見えた。


 夕日を背にしている。逆光で顔が見えない。でも──輪郭が、分かった。


 背が高い。肩幅が広い。まっすぐに伸びた背筋。


 ──執事服。


 白と紺ではない。金の飾緒ではない。王子の正装ではない。


 あの日と同じ──黒い上着に、白い襟。辺境の泥道を歩いていた時の、あの服。


(……嘘でしょう)


 薬草が手から落ちた。


 人影が──近づいてくる。一歩、二歩、三歩。夕日の光が顔を照らし始める。


 灰色の髪。灰色の目。無表情──に見えるのに、どこか、いつもと違う。


 あの人が──道の途中で、足を止めた。


 わたしとの距離は、五歩。領主会議の廊下と同じ距離。


 あの時は、何も言えなかった。


 今も──クロードは、しばらく黙っていた。唇が動きかけて、止まって、また動いて。


 この人はいつもそうだ。言葉を持たない人。手で話す人。棚を作り、薪を割り、茶を淹れ、外套をかけ、石を蹴り退け──全部、手で。


 でも。


「調査は──とうに終わっています」


 声が出た。低い声。抑制的な──でも、微かに揺れている声。


「それでも──」


 言葉が途切れた。


 クロードの手が──震えていた。


 あの夜、壁越しに聞こえた拳の音。使者の前に立ちはだかった時の、かすかな声の震え。同じ震えが、今──五歩先で、むき出しになっている。


「ここに居ても──いいですか」


 ──あぁ。


(この人は、初めて──言葉で、言った)


 手ではなく。行動ではなく。棚でも薪でも茶でも外套でもなく。


 言葉で。


 震える声で。


 わたしに。


 目頭が熱くなった。泣くな。今日はもう泣いた。これ以上泣いたら、目が腫れて明日の患者の顔が見えなくなる。


 ──でも。


 返事は、もう決まっていた。


「……お茶、淹れますから」


 声が、少しかすれた。


「中に入ってください」


 クロードの目が──見開かれた。


 雪で出来た彫像に日が差したような、と思ったことがある。伯爵邸の帰り道で、ほんの一瞬だけ見えた笑みの欠片。


 今──それが、完全な形になった。


 クロードが──笑った。


 口元が緩んで、目が細まって、灰色の瞳に温度が宿った。少し不器用で、少しぎこちなくて、でも──紛れもない笑顔。


 この人が笑うと、こんな顔になるのか。


(……なんだ、笑えるんじゃない)


 くすっと笑ってしまった。泣きながら笑うのは、あんまり格好よくない。でもいい。


 薬草を拾い上げて、診療所の扉を開けた。


「散らかってますよ。あなたがいなくなってから、棚の整理がめちゃくちゃで」


「……直します」


「あと、薪。あれ、あなたでしょう」


「…………」


 沈黙。肯定の沈黙。


(やっぱり)


 クロードが扉をくぐった。執事服の肩に、秋の夕日の光が残っていた。



 辺境の薬草院は、王国の医療を静かに変え始めている。


 ──らしい。


 らしい、というのは、わたしはそういうことに詳しくないからだ。王都の貴族がどう思っているかなんて知らない。ブラント伯爵が「お前の薬草は国を変えるぞ」と手紙をくれたけれど、大げさだと思う。


 わたしはただ、目の前の薬草を育てて、目の前の患者を診ているだけ。


 今日も薬草の収穫で忙しい。秋は銀葉草の最盛期だから、朝から晩まで畑にいる。ルカが手伝いに来てくれて、トマスが「先生、昼飯を食え」と怒鳴る。


 でもこっちは──。


 隣にいる人の淹れるお茶が、少しだけ甘くなった気がする。


 あの味だ。甘くて、少し青くて、喉を通った後に花のような余韻が残る。前世で好きだったハーブティー。偶然だと思っていた味。


 ……偶然じゃなかったんだ。ずっと前から。


「……おいしい」


 茶碗を両手で包んで、隣を見た。


 クロードは壁際に座って──いや、もう壁際ではない。わたしの隣の椅子に座って、同じ茶碗を持っている。手帳は閉じている。ペンは置いてある。


「……気のせいかな」


 呟いたら、クロードが──ほんの少しだけ、口元を緩めた。


 笑った、とは言い切れないくらいの。でもわたしには分かる。この人の表情の変化を、わたしはもう、見逃さない。


 窓の外には、辺境の夕焼け。信じられないほど高い秋の空が、橙と紫に染まっていく。


 お茶が、温かい。


 ──人生ままならない。本当に、ままならない。


 でも、たまに──ほんのたまに、思いがけず甘いことがある。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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面白かったです。でも、ヒーローが第二王子とういう設定はちょっと無理があるような気がします。 王子なのに下級貴族の主人公よりも、家事や工作なんかを器用にこなせるものでしょうか? 王族なのに、調査対象とは…
完結お疲れ様でした。 とても面白かったです。 ただ、どうして聖女様と王太子が主人公を陥れたのかが、よくわからなかったです。自分をモブというくらいだから、おそらく主人公は、聖女様と王太子とは関係なかった…
テンポゆっくりめの二人の歩みが良いなあ、と思いました。深まった秋の残光が照らし出す生活のようだ、と。お二人の幸せを祈っています。
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