第八話
平原に退却した国境警備隊は、遅れて森から出てきた聖女たちを迎え入れた。
兵士たちはどこかぎこちない笑みを浮かべて、焚き火のそばに聖女を案内する。
次々と運ばれてくる食事にも手をつけない聖女を見て、新兵は胸の奥にずっしりと重い何かがつかえるような気持ちになった。
「聖女様、この曲お好きでしょう?」
「聖女様のために踊ります!」
兵士たちは必死に聖女の機嫌をとるが、聖女は少しも笑わずに、犬をぎゅっと抱きしめている。口元が「いやだ」と小さく動いた。声は出ない。
まるで子供のようだ、と新兵は申し訳なくなった。隣でベテラン兵が無言のまま、ビールを流し込んでいる。
「ジョン、ほら、肉だぞ!」
聖女が自分たちに反応しないことに気付いた兵士たちが、ジョンの前に生肉を持ってくる。犬は嬉しそうに尻尾を振ったが、すぐに聖女を振り返って首をかしげた。
聖女はいつものように「食べな」とは言わず、黙り込んでいる。
「頼むよ……聖女様」
沈黙に耐えかねた兵士を皮切りに、兵士たちは口々に悲鳴のような声をあげた。
「笑ってくれよ!」
「あんたなら、できるんだろう? なあ、聖女様!」
「俺たちを守ってくれ!」
兵士たちの顔は恐怖に歪んでいる。次々と言い寄ってくる兵士たちに、聖女はまばたきだけを返すと、ジョンを強く抱きしめた。
ビールを飲み干したベテラン兵が場違いなゲップを出して、鼻で笑った。
***
前線から離れた首都の参謀本部で、参謀長副官は鼻からため息をついた。
参謀長が先ほどの報告書を机に置いて、ゆっくりと椅子に背を預ける。その顔は険しい。
書類には聖女の戦果と、反射能力と回復能力が低下している旨が書かれている。
「毒の能力は?」
「そちらの能力は上がっているようですな」
「使えんわけではないか……」
参謀長は机の端に置いた手を、とんとんと上下に動かした。副官は苦々しい顔をして、上官が飲み込んだであろう言葉をつづける。
「戦果は上々です。しかし、国境警備隊は瓦解寸前ですな。あれでは持ちますまい。軍として、許容できるものではない」
「せっかく国境まで押し返したというのに」
「もとより、聖女は感情が能力に直結する、不安定なものです。もしもこの状態で敵国に拐かされたなら──我が国にとって、大きな災厄となりますぞ」
参謀長は天を仰いで、「毒の調査は?」と尋ねる。副官は手元の書類をめくった。
「聖女の毒は、土地には残りません。動物にも影響がない。しかし人々は、呪いの起きた地を忌避します。これでは再利用が難しい。由々しき問題ですな」
参謀長副官はカイゼル髭を震わせながら、何度か言葉を飲み込んだ。
いくら安全だと言っても、前線に近い。開拓する者がいなくなるのでは、忌み地が増えるだけだ。地図に点々と残った空白を、副官は苦々しくながめる。
「豪胆な者ばかりではないからな。こればかりは、理屈でどうにもならん」
参謀長は椅子からゆっくりと立ち上がると、窓の外をながめて目を細めた。
「次の聖女候補を探しておけ。回復魔法が使えるなら、誰でもいい」
「はっ」




