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第六話

 国境警備隊は森を抜け、とうとう隣国との国境に建つ塀にまで、たどりついた。

 侵略されていた領地を取り返した兵士たちは意気軒昂で、なかにはそのまま進軍しようという者までいた。これまで防戦一方であった鬱屈を晴らすべきだと考えたのである。


「聖女様がいるなら、行ける!」


 国境の塀は堅牢だ。聖女の毒の呪いよりも、大砲で穴を開ける方が効率的だ。

 塀の向こう側で、斥候らしき兵士が逃げていく。敵部隊はすでに退却したのだろう。

 兵士たちは笑い声をあげながら大砲を押して塀の前に置くと、黒々とした筒に手際よく弾丸を入れた。


「聖女様、少し大きな音がします。耳を塞いでいてくださいね」


 大砲番の兵士がそう言うと、聖女はそっと犬を抱きしめた。そうして自分の耳ではなく、ジョンの耳をふさいだ。

 兵士が大砲に着火する。しかし、発射されるはずの弾丸は出てこなかった。


「あれ? おかしいな……」


 大砲番の兵士が大砲の前に回り込んだとき、鼓膜を打ち震わせるほど大きな音を立てて、弾丸が発射された。キャインと犬が鳴き声をあげるのと同時に、大砲番の兵士が短い叫びをあげて、どさりと倒れ込んだ。煙と火薬のにおいの充満するなか、聖女の頬に血飛沫が飛ぶ。聖女は呆然と黒い筒をながめた。


「大丈夫か!」

「聖女様、回復魔法を! 早く!」


 聖女はあわてて大砲番の兵士に手をかざし、回復魔法を使う。その手は震えている。光が降り注いで、大砲番の兵士が苦しそうに顔を歪めた。


「よかった、息がある……」


 兵士たちの煤にまみれた顔に涙の筋ができていた。抱き合って喜ぶ兵士たちの横で、大砲がじわじわと錆にまみれていく。ごとんと大きな音を立てて部品が一つ外れた。地面に落ちると同時に腐食が進み、形を変えて崩れ落ちた。

 仲間が助かったことに喜びあう兵士たちは、まだ大砲の異変に気が付かない。聖女の顔がこわばっている。ジョンは聖女の横で、尻尾をぺたりと股の間にはさんで怯えていた。


「おい。これ……」


 音に気付いて駆け寄ってきた兵士たちが、大砲の異変に気付いて絶句する。彼らの怯えた視線は、皆一様に聖女に向かっていた。


***


 野営のために森に戻った国境警備隊は、黙々と食事の支度を進めた。兵士たちの間に流れる重い空気とは裏腹に、暖かなスープの匂いが漂ってくる。配膳が進み、兵士たちが順番に食事を受け取る。

 以前は見張りや哨戒班を分け、交代で食事をとったものだが、今は全員一斉に食事をとっている。

 新兵はその光景に違和感を持つが、昼に聖女が大砲を腐食させたことを聞いて、言葉を飲み込んだ。

 聖女の毒の呪いは、何かの拍子に自分たちにも向く可能性がある──兵士たちの誰もが、ようやくそのことに思い至った。

 戦勝会でもないのに、ジョンの前に生肉が積まれている。ジョンは息を弾ませて、嬉しそうに尻尾を振っていた。


「聖女様、寒くはありませんか?」

「飲み物は足りてますか?」

「聖女様のスープ、少し具を多くしておきましたよ」


 兵士たちはかわるがわる聖女に声をかけるが、当の聖女の表情は硬い。ときおり何かに怯えるように、ぶるりと身体を震わせる。ジョンが聖女の顔をのぞきこんで、ぺろりとなめた。

 聖女はようやくぎこちなく笑うと「食べていいよ」と犬の背をなでた。

 大喜びで肉にかじりつく犬の横で、聖女は物憂げな顔に戻って、ゆっくりとスープを飲む。

 すっかり肉を平らげたジョンが聖女の前に座る。聖女はそっと犬を抱きしめて、やわらかな毛に顔を埋めた。


「怖がっちゃダメ……怖くない。怖くない……」


 自分に言い聞かせるように口の中で小さくくり返す聖女に、ジョンはほんの少し眉を下げて、ピスピスと鼻を鳴らした。

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