第7話:冷淡な瞳
ーーショッピングモールからの帰り道
煉陽も合流し、
3人で歩く帰り道。
帰宅ラッシュど真ん中の駅前は、
人混みが多くてぶつかりそうになる。
煉陽が先頭を歩き、
こちらを見ながら少し大きな声で話す。
「いやー結構混むね。これから毎日これだと思うとちょっと憂鬱だな」
続く、詩天と鋼生は慣れたもので
スイスイと歩いている。
「そんなによそ見してたら、誰かにぶつかっちゃうよ〜」
大丈夫だよ、
と言いながら煉陽が前を向いた瞬間ーー
煉陽の肩が誰かとぶつかってしまった。
「うわっと、すみません…よそ見してて…。」
煉陽がぶつかったのは、
鋼生と同じ歳ぐらいのブレザーを着た学生だ。
身長は175センチの鋼生より少し高く、
髪は青と黒の混じったウルフカット。
ピアスをつけている。
見た目で判断したくないが、不良の部類かもしれない。
「いえ、私も考え事をしていたので、すみません」
そう言って青髪の学生が軽く頭を下げたーーその一瞬、鋼生はふと、奇妙な違和感を覚えた。
視線がぶつかったわけでもない。
けれど、あの学生の纏う“空気”だけが、周囲の喧騒から切り離されていた。
さらに、その態度と瞳の奥の感情が真逆に感じる。
歩き出した学生の背中を、鋼生は無意識に目で追う。
その瞬間、
彼は遠くで立ち止まり、こちらへ振り返った。
表情は読めない。
しかし、その目は暗色をしている。
冷たく澄み、どこまでも沈んだ夜そのもの。
一拍遅れて、心臓がチクリと痛んだ。
(……見てる。俺を?)
名前も知らない相手の視線なのに、
何かを“見透かされた”ような錯覚があった。
「もう、煉にいは〜」
考え込む鋼生の思考が遮られる。
見ると詩天が軽いノリで煉陽に反省を促し、
これまた軽いノリで煉陽が謝る。
ーーしばらく歩いて駅前を過ぎると今度は住宅街になった。
「さっきの煉にいがぶつかった青髪のひと、びっくりしたな」
詩天がつぶやく。
「だから、本人にも謝ったし、なんでか詩天にも謝ったでしょーが」
煉陽がしつこいとばかりに、
ためいきをつきながら話す。
「あっ、ちがうちがう。あの制服って一駅先の不良高校の制服じゃんね。なのに、言葉遣いが丁寧だし、突っかかって来なかったし。ドキドキしたよ〜」
詩天が少し興奮気味に話す。
「確かに不思議な雰囲気だったな。他の先生の話であったけれど、最近バイク事故もあったんだっけ?その高校」
「そうなんだよね、なんか生徒一人重症だったらしいけど」
鋼生もその高校の事は知っている。
なんでも、校内の何個かのグループで争っている状態みたいだ。
今時、そんな高校あるのかと思ったが、
実在するらしい。
しかし、先ほどの青髪の学生はぶつかられてもしっかり謝罪した上に、紳士的な態度だった。
あの様子だと、間違えてあの高校に入ったのか、急に別の人格にでもなったのかなと変な想像をしてしまう。
(そんなまさかな…。)
鋼生が話に入らずに長考していると、煉陽がいたずらっぽく話しを振ってくる。
「詩天さん大丈夫ですよ〜。何かあっても鋼生くんが守ってくれるからね」
鋼生がどう返そうか黙っていると、
「じゃあ何かあったらお願いしま〜す」
詩天がこちらも、いたずらっぽく言ってくる。
鋼生はここで返す言葉を考えて、
「…善処します」
と返答した。
冗談も思いつかず、かといって大見得もきれない自分が少し情けなく思った。
歩きながら話していて、
気づかなかったがいつのまにか
夕焼けが沈み周りが暗くなっている。
秋なので日の入りが早く、
気温も一気に寒くなる。
「鋼生どうする、このまま研究所くるかい?」
煉陽が先ほどの軽口を無かったかのように、真面目な様子で確認してくる。
「いえ、買い物もしたし荷物置いてからすぐいきます」
多少の日用品も買ったので、
実家に買い物袋を置いていきたい。
鞠ノ瀬家は近所だから少しの時間で済む。
「そっか、じゃあくる時に連絡してよ。久しぶりに鞠ノ瀬家で夕飯食べよう」
「はいは〜い、私が料理しまーす!」
(………。)
(………。)
ーーその言葉の瞬間、鋼生と煉陽に冷たい沈黙が訪れる。
小学生の頃、詩天の作ったカレーを食べて腹を下したことが頭をよぎる。
当時の話だと、本人は美味しそうなものを沢山入れたらしい。
「いやー、詩天さん。鋼生が久々に鞠ノ瀬家へ来るんだから、今回は鞠ノ瀬家の味と言っても過言ではない、セバスチャンの作る料理を食べてもらうのはどうだろうかな?」
煉陽がもっともそうな意見を詩天に提案する。
それに対して、詩天は同意するように、
「確かに。バッさんの料理美味しいしね〜。」
「まぁ、俺も久しぶりにセバスチャンの料理たべてみたいかな。悪いが、詩天の手料理はまた今度で」
鋼生はこれで諦めてくれと思いながらダメ押しする。そして、煉陽もうんうんと頷く。
「うーむ、そういう事なら仕方ない、今回は詩天さんが引き下がります。次回まで、楽しみにしてて下さい!」
少し考えてから、詩天は了承した。
(しかし、この様子を見るに次回はどう乗り切ろうか…。)
鋼生が未来の事で悩んでいると、T字路に差し掛かる。ここで、詩天達との別れ道になる。
「じゃあ、鋼生準備できたら家にきてね〜」
詩天が手を振りながら、煉陽と共に左へ曲がっていく。鋼生は「あぁ」と言いながら手を振り返す。
二人が遠くなったところで、自分も右の道へ行こうとした刹那ーー
空気が、ひとつだけ“ズレた”。
風でもない。気温でもない。
意識の奥が、ひやりと凍るような感覚。
「……よぉ」
振り向く前から、誰なのかわかっていた。
昼間すれ違った、あの青髪の学生だ。
雑踏のざわめきが遠のく。
ゆらりと影のように静かに立ち、
表情は笑っているようで、まったく笑っていなかった。
「ちょっとツラ貸せよ」
その声は妙に鋭く、冷たかった。




