第3話:冷ややかな陽気
久々の2年A組の空気、クラスメイトの顔。
鋼生はいつもより、少しだけざわついている教室の気配を感じていた。
朝のHR。鋼生は、担任であり、日本史担当の新橋 京香の横に並んで、教壇に立っている。
そして、教室の扉のガラス越しには、なぜか楽しそうに揺れる謎の人影が見えた…。
「HRを始める。まずは、グッドニュースからだ。」
新橋はハキハキと言う。
「半年間、海外で療養していた天目が復活した。本人と保護者からは、メンタル面にも問題なしと申告もある。みんなも以前のように接してやってくれ。天目、ひと言頼む。」
鋼生は軽く息を吸い、前へ出た。
「…復帰しました、天目です。ご心配おかけしましたが、とにかくまずは、授業に追いつくように頑張りたいと思います。皆さん改めてよろしく。」
新橋の拍手に続き、教室全体からも拍手が起こる。
「お帰り天目。あと席替えしたから、お前は窓際の一番奥、鞠ノ瀬の隣だ。」
「…わかりました。」
鋼生が席へ向かうと、こちらを見て笑う詩天の顔があった。
その明るい笑顔に、
戻ってきたという安堵と、温かさが胸に溢れた。
「あと、鞠ノ瀬は学級委員だから、天目にここ半年の変更事項を伝えてほしい。まあ、いわれなくても絡んでいくとは思うが。朝のダッシュすごかったらしいじゃないか!職員会議で話題になったぞ。天目と二人で陸上部に入部しないのかって」
「それってどういう意味ですか〜っ。しかも、それ広まってる⁉︎」
詩天が立ち上がって抗議する。
クラスが笑いに包まれる。
鋼生はその賑やかさに苦笑いしつつ、同時に、
(…あの影、笑っているのか)
と、ガラス越しの影からの視線を感じた。
「コホン。続いてバッドニュースの方だ」
新橋の声色が急に冷たくなった。
「あさってから産休に入られる副担任、丸山先生の後任としてーーなんでかうちに来てしまった、非常勤講師だ。…おい、そこで笑ってないでさっさと入ってこい。」
「(新橋先生にしては態度が冷たい?)」
自分が休んでいた半年の間に、なにかあったのか。
そのとき、
ガラス越しに揺れていた人影が動いた。
扉が開き、教室がざわつく。
うきうきとした足取りで、入ってきたのはーー
長身・中肉中背
皺のある白衣
後ろで束ねた長い茶髪
顔には無精ヒゲ
黒縁メガネを掛けた、20代前半の青年だった。
「はい、どうもはじめましてー。バッドニュースとして呼ばれた新任の非常勤講師、蓮見 煉陽でーす!」
教室の空気がいっきに明るくなる。
「物理担当です。趣味は釣り、考古学、ロボットいじりでーす。あっ、それとーー後ろで騒いでいた詩天の従兄弟でーす。みんなの頼れるお兄さんとしてよろしく〜!」
一部の女生徒から小さな歓声があがる
「え、意外と顔整ってない?」「あのヒゲ、逆にいい…」「鞠ノ瀬の親戚!?似てるじゃん!」「あとで、話しかけようかな〜」
しかし、名前のあがった詩天はーー
「………」
机に突っ伏して動かない。
HR開始から情報量が多くて、オーバーヒートしている。
(…煉陽さんがなんで…。)
詩天の反応を横目に、鋼生の背筋に冷たいものが走る。
教室のざわつきが少し収まるのを待ち、新橋が溜め息とともに、話し出す。
「はいはい、質問はそこまで。自己紹介どうも、蓮見先生」
新橋は露骨に不機嫌になっている。
「あと補足事項だが、先生とは大学の同期でね。先生のことは良くも悪くも、色々と知っている。女生徒は気をつけろよ(ニヤリ)。以上、朝のHRは終わり」
カツカツとヒールの音を鳴らし、
バンッと扉を開き、足早に教室を後にした。
さっきの賑わいが嘘のように教室が静まり返った中、
教壇に残された煉陽は、
「気をつけろって、人聞きが悪いよね〜はははっ。じゃあ、まあそういうこと
で皆さん一限の授業頑張ってね!これからよろしく〜」
新橋の言葉に特に気にした様子もなく、
彼女とは反対に、軽い足取りで教室を出て行く。
机に突っ伏して、沈黙していた詩天がようやく独り言をつぶやく。
「煉陽にい、絶対何かやらかしそう。はぁ〜」
その冗談ともつかない言葉に、
鋼生の胸に冷たい疑念が渦巻いた。




