第11話:熱き願い
ざわつく鋼生の気持ちとは反対に、
落ち着いた様子でミカエルの説明が始まる。
「理由を話す前に、まずセラフにはそれぞれ役割があるのを知ってもらう。
特に重要な役割が2つあり、セラフの王である『キング』そして、預言者であり王の補佐役たる『クイーン』だ」
「セラフのキングとクイーン…」
だから、それと詩天になんの関係がある。
苛立ちを感じる一方で、背筋に悪寒が走る。
「しかし、半年前から『クイーン』が行方不明になった」
半年前…。
そう聞くといやでも頭の中で、
航空機事故を結びつけてしまう。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
思い出さないようにしていた映像が、
勝手に浮かんでくる。
燃える機体、途切れる通信、詩天の泣きそうな声。
ーーやめろ。
今は、聞け。
「私の感覚で、最近この街に『クイーン』の反応が僅かながらある事を突き止めたが、今日いきなりその反応を明確に感じるようになった」
これが、博士の仕込みなのか?
「博士、そういえば…先ほど詩天のブレスレット調整していましたよね?」
唐突に、先ほどから黙っていた煉耀が口を開く。そしてじっと、弦斎を見ている。
その目は驚愕からか見開かれている。
詩天のブレスレットがなんだ。
そんなの関係ないだろ。
胸の鼓動が早くなるのを感じる。
「先ほども言ったはずだ。意図的にコードメタルと刻印者を戦わせたと。そうするには、詩天の拘束を解除するのが一番早かろうて」
「なんで、詩天がでてくる…」
思わず声をあげた直後ーー
「博士!さすがに、物事には順序があるだろ!
万が一直接詩天が狙われてたら…」
突然、煉耀が弦斎に向かい声を荒げる。
「煉耀、お前の言いたいことはわかるが、もう時間がないのだ。半年前のことを知っていて今更そんな事を言うつもりか?
保険だってかけている。
そのためのコードメタルだ」
対して、弦斎は氷のような表情で、
逆に煉耀を責めるような口調になる。
「………くっ」
それきり、煉耀は黙ってしまう。
少しの沈黙の後、再びミカエルの声が響く。
「そうか、彼女は詩天というのか。
後は、知っての通り街中で遭遇してから後をつけていた。
私は、セラフとして『クイーン』のお迎えに上がったのだ。しかし、困った事に『クイーン』に呼びかけても反応がない」
「詩天の中のクイーンは深き眠りについておる」
「そうか…あの戦いでか」
ミカエルは何かを察したように、考え込む。
「つまり、詩天の安全を確保しようとしたと考えて良いのか?」
率直に一番大切なことをミカエルに確認する。
「無論だ。クイーンの器たる彼女を傷つける気など毛頭ない。夜斗の言動は少々荒っぽいが、私と同じ考えのもとに動いているのは本当だ」
ミカエルの言葉に嘘は感じられない。
戦う前にもクイーンに対する気遣いが感じられた。気遣いというよりは敬いか?
「わかった。一応、あなたの事を信じよう。
また襲ってきても戦うまでだが…」
はっきりと、決意を込めて答える。
「そうか、感謝する天目くん。
今後は、そのような事態にはならないから安心したまえ」
穏やかな口調で、ミカエルが答える。
最初の印象とは大違いだ。
この態度が平常なのだろう。
「まっ、襲うよなマネはしねーが決着はまだついてないからな。忘れんなよ」
宵宮もミカエルと同意見みたいだ。
決着をつける事以外はだが。
こちらも、あのままでは終われない気持ちもあるが、今は堪えておこうと思う。
「クイーンの安全は、確保されておる。コードメタルもいるし、いくつか保険もかけてある。さらには、所在もお主らしかしらんよ。近くに他のセラフや刻印者がいないのは調査済みだ」
弦斎がミカエルと宵宮に説明する。
コードメタルーー俺も頭数に入っているのはわかるが、
保険とはいったい何をまた仕込んでるんだか…。
嫌な予感だけは、拭えなかった。
「……信用しないわけではないがいささか以上に戦力不足ではないか?
先の黒騎士に対しては夜斗しかり、
君とて手も足も出なかったと聞くが」
「……そうだな」
そこは素直に認める。
あの時は、周りに圧倒されて何の対抗策も取れなかったのは事実だった。
「ミカエル、お前だって途中で力を消耗して引っ込んでたじゃねーか。気合いが足りねーよ」
「それらも含めての話をしている。
私たちにはまだ、練度が足りないのだ」
夜斗が食って掛かるが、
ミカエルは落ち着いて言葉を返す。
「しかし、練度が足りないといわれてもな…」
この半年間――
博士の根回しで用意された“訓練”の日々が、嫌でも脳裏をよぎる。
「しかし、仮に訓練でもしたとしてアイツらがいつくるかなんてわからなくね?」
宵宮が急にもっともな事を言い始める。
確かにそうだ。これでは、いつ来るかわからない相手に精神的消耗をする事になる。
「それは心配ない」
弦斎が部屋にあるモニターに画像を映し出す。
全員がモニターをみる。
そこには世界地図が映しだされている。
モニターを指し示して話し始める。
「これは、完全ではないが奴らが今まで現れた場所を示している」
そこには出現場所と日付が数箇所に書いてある。1箇所だけ日本の山中にも現れたデータがある。
「おおよそだが、これらをまとめると奴らは一ヶ月に一回のペースで大規模な進行をしておる」
「なんだそれ?習い事かよ」
夜斗の軽口を無視して、弦斎が続ける。
「おそらくは、あのゲートが関係しているようだ。大規模な侵攻にはゲートを開くのに、莫大なエネルギーがいるのではないかと思う。」
「博士の予想は間違ってないと思うわ…綾間グループの研究施設でもそのゲートが開く前日には空間の異常を検知してるの」
澪那が補足を加える。
それは、1箇所だけあった日本に現れた時だろうか?
「ゲートを開く座標を調整していると見られる。だから、現れる前にはある程度の予測ができるのだ。しかし、今回みたいな少数の場合は数日といったところだと予想する」
数日――
その言葉が、胸の奥で鈍く響いた。
「じゃあ、奴らが出てきそうなら知らせてくれるってわけか?」
宵宮が尋ねる。
先ほどよりは、真剣な表情だ。
再戦の機会を伺っているのだろう。
「そうだな、当面はクイーンの守護を任せるから連絡を待て。煉耀、連絡係を頼む」
「わかった。じゃあ宵宮くん、連絡先とか渡すから着いてきてくれ」
「ああ」
煉耀が弦斎の指示を受けて、宵宮を案内する。
2人が応接室から出ていく。
「博士、今日はもう帰るわ。
色々ありすぎて疲れたみたい。
でも、できる事があれば協力するわ。
…私のおじいちゃんの頼みだから」
「すまんな」
綾間博士の頼みとは何だろうか?
気になりつつも、
出て行こうとする澪那に話しかける。
「綾間、今日は助かった。ありがとう」
素直に礼を言う。もし綾間がこなければ、
俺は白い兵隊どもにやられてたかもしれない。
対する、綾間は手をひらひらさせて、
「助けられて良かったわ、
何かあったら連絡しなさい。
あと、くれぐれも周りに注意するように」
そうして、澪那が部屋から出ていくと博士と2人きりになる。
「……。」
少し、気まずい。
「鋼生」
「…なんだよ、博士。
もう、スケールのデカい話はやめてくれよ?」
冗談のつもりで言ったが、
弦斎は気にせずそのまま話す。
その声は、先ほどまでの博士のものとは違っていた。
「お前は詩天の事が好きか?」
「は?」
いきなり何をいってるんだこのジジイは。
頭がくらっとしてくる。
「どうなんだ」
弦斎は落ち着いた様子で聞いてくる。
そこにはからかっている感じはしない。
「ま、まぁ幼馴染だしな。
他のやつよりはそうなんじゃないか」
「そうか」
弦斎はすこし目を瞑った後、
鋼生の目を見て話す。
「どうか、その体で詩天を守ってやってくれ。
今はお前が頼りだ」
そこにいたのは、博士というより詩天の祖父としての弦斎であった。
その言葉を聞いて少し安心した。
博士も詩天を大切に思っているのは変わらないからだ。
「任せてくれ、あんたに生かされたんだ。
恩ぐらいは返してやるよ。
まぁ、そんなもんなくても詩天は俺が守る」
口にすると決意が湧き、胸が熱くなる。
冷えた鋼のような俺を、
いつも照らしてくれる太陽みたいな存在。
だからこそ――
今度は俺が、あいつを守る番だ。
どんな運命だろうが、奪わせない。
それが、俺の願いだ。




