第10話:不穏な影
ーーとある場所。
黒騎士、アイゼン=ヴァルドは一面ガラス張りの部屋から眼下を見下ろしている。
そこにあるのは薄暗い生産プラントだ。
しかし、今はそれらは停止しており、
最低限のランプしか付いていない。
現在ここには、肝心な炉心がないからだ。
「おい」
通路の奥から声がかかる。
暗闇の向こうで姿は見えない。
声には電子音と女性の声が混ざっている。
「……貴公か。珍しいな」
「獲物を逃したそうだな?
その中には簒奪者もいたとか」
黒騎士は、眼下を見つめたまま動かない。
しかし、声だけは発する。
「探索任務中に邪魔者がいたので、
あしらっただけだが」
「お得意の騎士道とやらか?どちらにせよそいつらは我等の敵には変わりないだろ」
「………。」
「ふん、まぁいいだろう。
今回の目的は果たしているようだしな。
だがな……」
暗闇からクスッと少し笑い声がした。
「その簒奪者達には、クラウンを差し向けた」
その言葉を聞いて、初めて黒騎士は話し相手の方を見た。
そこにいる人物は、青色のデュアルアイだけ点灯し、その周りの銀の相貌が照らし出されていた。
「貴様がそいつらと会うことは、もうないだろうな」
「………。」
話が終わると、青色の光は足音とともに奥へ消えていき、そこはまた暗闇に戻った。
「いまさら騎士道とは……」
人間であったら、ため息をついているだろう声音だったーー
ーー1ヶ月前。
走行中に少しよそ見していた。
それも一瞬の事だったが、
車の接近に気付かなかった。
激しい音と共に体が宙に投げ出された。
乗用車とバイクでは、質量が違う。
当然、被害がデカいのはバイクだった。
しかし、当たりどころが悪かったのか車が炎上し始めた。
あちらの運転手が逃げていくのが、やけに遠くに感じられた。
こちらは意識が朦朧とし、体は何故か動かない
今にも、車が爆発しそうだ。
(あーあ、これで終わりかよ)
この状況だからか、
なんとなくそう思ってしまった。
普段の喧嘩とか暴力の中で殺されるんじゃなく、こんな事故で自滅しちまうなんて情けねー。
なんだか、意識が遠くなり寒くなってきたと思った矢先ーー
ーー光だ。
暖かい蒼い光が、目の前に降りてきた。
頭がぼやけてるのもあり、幻影か何かだと思ったが頭に直接クリアな声が響き渡る。
「お前と私は同じだ、ここで果てたくなければ力を貸すのだ。そしたら、私もーー」
手を伸ばす。
すると蒼い光がより一層の輝きを放ちーーー
目を覚ます。
ここはどこだ?
白い光が眩しい。
起き上がろうとすると、
頭に霞がかっているみたいで、
背中と胸が激しく痛む。
なんとなくだが、
雰囲気が保健室みたいだなと思った。
人が生活している雰囲気ではない。
首だけ右に向けると、
白いカーテンが引かれており、
こちらからは何も見えない。
しかし、遠くから微かに誰かの話し声は聞こえてきたーーー。
目の前には、応接間のように机を挟んで、
ソファタイプのチェアが向かい合わせに位置し、そこに鋼生を含めた4人が腰を下ろしていた。
「今の話で、大体の事情は分かったわ。
じゃあ、結局はあそこで寝てる男とデカくて黒い騎士型ロボットの事は面識はないのね…」
「ああ、そうだ」
鋼生は知っている限りの事を話したが、男の事以外は澪那と情報は大して変わりない。
「実際に見た感じからして、現行の技術では製作出来ないくらい精密なロボットなのよ…まぁ、私の犬たちも似たようなものだけれど。私が天才だから」
隣の澪那は腰に手を当て、胸を張りながら話す。
鋼生は犬型ロボットの話に興味を唆られたが、それよりも先に確認したいことがあった。
「それより、あの男についてなんだが…」
鋼生が隣の部屋で寝ている男について、
問いかけるように話すと
「とりあえずは外傷はなさそうだな。
鋼生ほどではなさそうだが、
彼も常人より遥かに丈夫ではありそうだ。
しかし、あの様子だとすぐには起き上がれないだろうね」
真向かいに座る煉耀が、
問いかけに答える形で男の容体について話す。
その表情には、いつもの陽気さはなく緊張した面持ちだ。
「そうなんですか…一応は良かった」
男の容体についてとりあえず安心した。
確かに襲われたが、見た感じは同年代だし、
目の前で死なれたりしたら流石に寝覚めが悪いと思った。
「体調もそうだけど、処遇はどうするワケ?
目覚めたらまた襲ってくる可能性だってあるんじゃない?」
澪那がもっともな事を言う。
死なれるのも困るが、
また襲われるのも困る。
「綾間さんの言う通りだな、
拘束ぐらいはしておいた方が良いのでは?」
煉耀が隣に座る、
鞠ノ瀬博士ーー弦斎に向けて話を振る。
先ほどから、弦斎は静かに鋼生達の話を聞いていたが、煉耀の言葉を受けてゆっくり口を開いた。
「いや、拘束は必要ない。
ワシらを襲う理由がないはずだ」
「…博士それはどう言う意味だ?」
何故弦斎が男の目的を知っているかのような口調なのか問いただす。
「ーーそれを語るには、
この世界の現状から話さねばならん」
嫌な予感がした。
これ以上、聞きたくない類の話だ。
「世界の現状ってなんだよ?
あの男と何の関係がある」
思わず聞き返す。
男のことを聞いたはずが主語が大きくなり、
話の先行きが見えなくなる。
「お前にはまだ説明していなかったが、
一年前からこの世界…いや地球は影ながら異星人に侵略を受けている」
「………はぁ?」
思わず変な声をあげる。
異星人と言ったか?
「そいつらは、地球の金属に似た体組成をしている異星人だ。
つい先ほどお前はその個体にあったはずだな?」
「…あの黒騎士のことか?
確かアイツは自分達を…『デウス=メタル』と言っていたが」
宇宙人?まだ、どこか秘密の組織が作ったロボットだと言われた方が納得いく。
しかし、弦斎の表情は冗談を言っているようには見えない。
「『デウス=メタル』……金属の神…。
それが、さっき遭遇した黒騎士の事ね。
しかし、地球侵略って流石に話のスケールが大きいわね」
考え込み、言葉が出ない鋼生を尻目に澪那が呟く。
「しかし、博士…仮にそんな地球外生命体に侵略を受けてるとして、何で世界の国々は動かないんだ?ニュースにもならない。
それに、それだけの技術水準ならとっくに地球側が侵略されてるはずじゃないか?」
煉耀が次々と疑問を投げかける。
先ほどの緊張から一転して、冷静さをとりもどしている。
煉耀の発した疑問を受け弦斎はまた口を開く。
「戦いは秘密裏に行われている。事故や災害に見せかけてな…。しかし、なら一体何がそいつらを押しとどめているのかだ。地球側として奴らと戦っているのは……」
弦斎が続きを話そうとした瞬間ーー
音を立てて開いた扉の前に、包帯を巻いた青髪の男がいた。
話していた4人がそちらを見る。
「それは、俺も興味があるな」
話を聞いていたらしい様子で、
扉近くの壁にもたれかかる。
どうやら、また襲ってくる気はないらしい。
「ふん、目覚めたか。
なら話が早い…そのまま貴様から話したらどうじゃ?」
弦斎に先を話すように言われ、
男が怪訝な顔をする。
「あん?ジイさん俺の事わかってるのか?」
「ある程度はな…なにせ知っていてお前たちを戦わせたのだからな。
しかし、その後はさすがに想定外だったが…」
こともなげに、弦斎は淡々と信じられないことを言い放った。
俺とあの男を意図的に戦わせたと言ったのか?
「おい、ジイさんそれはどういう意味だよ?
そこの機械野郎をエサにして俺を釣ったってか?」
男がこちらを指差してくる。
やはり、体の事は見抜かれているようだ。
ただ、その物言いにはトゲがある。
「機械野郎で悪かったな…しかし
博士、それは流石に聞き捨てならないんだが。
一体何のために?」
男は苛立たしげに質問をぶつける。
それは無理もなく、当然の反応といえる。
しかし、一方でこちらは博士の事だからと諦め気味な口調で質問した。
この半年でそこは思い知らされている。
「質問に答えるなら、まずコードメタルがどのくらい通用するのかの実験。
次に、お前ら『セラフ』に憑かれた『アノインテッド』がどのくらい強いかの戦力分析だ。
乱入者のせいで中途半端になったがな…」
セラフ?アノ…なんだ?
いきなりわけがわからない用語を、
さも当たり前のように話す弦斎に困惑する。
それは、訓練中にも聞いた事がない。
「…どこで知ったかは聞かねーが、そこまで知ってんのかよ。じゃあ、目的の方もか?」
男は驚きながらもさらに質問を重ねる。
「無論。クイーンの守護だな?それは心配せずとも秘匿されている。
今回のは、意図的だ。
現に、お前達は今まで気づかなかっただろう?」
「……たぬきジジイが」
弦斎の何でもないような態度に、
男は苦々しい顔をして悪態をつく。
2人の間だけで成立している会話に耐えきれなくなってきた。
謎の用語が多すぎる。
「そろそろ説明が欲しいんだが…」
その声を受けて、澪那が反応する。
「えっ、天目ってばそんなことしらないで戦ったの?」
純粋な疑問なんだろうが、話に置いてけぼりを
くらっている身としては少しカチンとくる。
「…ああ、そうみたいだな。そこの博士に意図的にそうされたみたいだしな」
わざとらしく博士を見ながら話すが、それを聞いた弦斎は特に悪びれもせず、
「ふんっ、これから戦う相手の情報を教えてどうする?良い戦闘データが取れんだろうが」
「あー、そのようね天目。じゃあ、説明をすると…まず『セラフ』と言うのは、高次の精神生命体一般的には『天使』と言われているものよ」
天使だって?要は守護霊みたいなものか?
首をひねり考えていると澪那はさらに続ける。
「でも、『セラフ』は精神生命体だから物理的にはこの世界に干渉できないの。
だから、そのために人間に刻印を与え憑依する。その憑依された人間の事を『アノインテッド』と呼ぶわけ。
和名だと『刻印者』とも言われてるわ」
アノインテッド…刻印者。
それが、そこにいる男の正体ってわけか。
「説明は以上だけど、
実際に本人に聞くのが早いんじゃない?
…えっと、あなた名前は?
そろそろ名乗らないの?」
澪那が男に話しかける。
すると、男は面倒そうな顔をする。
「…宵宮夜斗だ」
「素直に名乗るんだな」
つい本音を口に出してしまい、しまったと思ったが意外にも夜斗は気にした様子もなくそのまま応じた。
「まぁ、一応助けられたからな。
1人でも何とかなったが」
頑固なのか素直なのかわからないが、
コイツは義理堅いのではないかと思った。
「それで宵宮は刻印者なのか?」
「ああそうだ。あの金属野郎達と戦ってるのは俺ら刻印者だ…まぁ、俺は一匹狼だからどこにも属してないけどな」
なんとなくだが、宵宮の一匹狼という言葉から、他の刻印者とは関わりがなさそう感じた。
「…他にも聞きたいんだけど、
『アノインテッド』たちの事は理解したわ。
でもその一員であるあなたが、なぜ鞠ノ瀬博士の孫娘を狙って天目を襲ったの?」
澪那が鋭い目つきで、宵宮に問いかける。
その疑問は俺が一番知りたい。
なぜ詩天を狙う?
「その質問には答えてやるが、
先に俺からも一つ質問だ…天目、
お前は何者なんだ?」
「は?お、俺……は…」
先の澪那よりも鋭く、
暗い目つきで真っ直ぐ見据えてくる。
突然、自分について聞かれて答えにつまる。
勿論人間だと言いたいが、今の俺は……。
数秒の沈黙が流れる。
「…対人外制圧用サイボーグ弍型だ」
ボソッと弦斎がつぶやく。
「はぁ?サイボーグ?」
宵宮が聞き返す。
今し方の鋭い目つきとはうって変わり、一気に怪訝な表情になる。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
もはや、人間ではなく兵器のそれと似たような呼び名だ。
「その名の通り、人外の敵を屠るために人間と機械が混ざった存在だ。
もちろん、敵にはお前たち刻印者やあの金属生命体も入っとるがな。
後のデータは機密事項だ」
「ハーッ、混ざりもんだとは気づいたが…
つか、機密事項ってなんだよ」
宵宮は合点がいったみたいだが、
機密事項に関しては気になる様子をみせる。
「博士の答えで納得いった?
次は、あなたの答える番よ」
澪那が再度問いかける。
「ああ、そうだな。
まぁ説明するのは俺じゃないがな…、
おいっ、そろそろ出てこいよ」
宵宮が独り言をつぶやく格好になる。
俺とやり合う前に見せた別人格か。
「ちょっと何独り言呟いてーー」
ーー澪那の言葉の途中で、
この場にいる人物以外の声が響いた。
「話の途中で失礼お嬢さん。
彼は私と話していたのだ。
決して独り言を呟いたのではない」
急に頭の中に声が響く。
先ほど体感したから驚かないが、
他の澪那と煉耀は驚いているみたいだ。
「あたりめーだろ。
わざわざフォローいれんな」
「申し遅れた。私は『ナイト』だ。
私達に個体名はないのだが、
これは役職みたいなものだ。
しかしこの男、宵闇夜斗と呼び方が被っているのでとりあえずは『ミカエル』と呼んでいただきたい。以前そう呼ばれていたこともある」
「ご、ご丁寧にどうも、ミカエル。
それで、理由を説明してくれるかしら?」
ミカエルと名乗った声の主は、
少し説明過多だが落ち着いており、
どこか紳士的だった。
「先ほどから話は聞いていた。
夜斗の交戦的な面もあるが、
今回は主にストッパーをするべき私が冷静さを欠いてしまっていた」
全員ミカエルの言葉を静かに聞いている。
宵宮も口を閉ざして沈黙している。
「この経緯を説明するには、
まず、我らセラフの組織を知ってもらう必要がある。
それが詩天さんの立ち位置の話に繋がるのだ」
「詩天の…立ち位置?」
先ほどから何故、
詩天の名前がでてくる。
立ち位置とはなんだ。
まるで、役割が決められているみたいじゃないか。
それにアイツは、俺なんかと違って普通の学生なんだ。
ここから先を聞いてしまったら、
何かがズレるという確信があり、
耳を塞ぎたい衝動と、
冷たい恐怖が腹の底から込み上げてきた。
しかしそれでも、耳を塞ぐ事はできなかった。




