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第十三話『ふたたび赤いザクロ林は導く』


『Cafe 魔術師』に到着したわたしは、今日は仕事の配達です、と挨拶をして荷物を手渡し、受け取り票を頂いた。


 午前最後の配達なのでここのマスターと少し話ができる。ついでに昼食も摂ろう。そう決めて、わたしはカウンター席に着きオムライスとモカを注文した。




「午前の便はこれで終わりなのでお昼はここで食べていきますね」


 そう言うと、マスターはゆっくり頭を垂れてありがとうございますとお礼を言ってくれた。お昼時にはやや早いので、他のお客の姿は店内に見当たらない。


 これで、遠慮なく事件の話ができる。


 ――いや。


 これはわたしが探偵ごっこを脱してからの、初めての“調査”だ。


「――また、事件が起きましたね」


 コンロの前に立ち、こちらに背を向けているマスターにそう声をかけた。


「ああ――酷い話ですよね。犯行現場も近いし、被害者は――」


 マスターは言い澱んだ。そして、わたしも少し唇を引き締めた。


「前にあなたと一緒に来てくれたお嬢さん。あの方が被害に遭われたと聞きました」


「はい。わたしの友達が――大切な友人が、今度は」


「あの方は、以前にも一人で来て下さって色々と話したんですよ。あなたという友人の事とか色々。うちの息子より少し年下だって仰ってました」


 うちの息子も重たいハンディキャップを背負っててね、と、卵を焼きながらマスターは続けた。


「時々、ボランティアの方がやっているハンドマッサージに通わせてね、話を聞いてもらったりしてるんですよ」




 頭の中に何かが走った。だが、わたしは衝撃を隠しつつマスターに訊いた。




「――ボランティアのハンドマッサージ?」


「はい。月辰山の麓に篤志家の方が居られましてね。うちの子もそこに通わせてるんです。一応一人で移動はできるので、訓練のために単独で行かせてるのですが、こう事件が続くと恐ろしくて」


 狭い町内とは言え、こんなに早く点と点が繋がり、線になるとは思わなかった。思わぬ情報だ。


「はい。オムライスできましたよ。モカは後でお待ちしますね」


 温かそうで美味しそうなオムライスが運ばれてきた。


「襟瀬苦花さんでしたね。失礼ながらお友達が嬉しそうに友達自慢をして、あなたの事をよく語っていらしたので」


「はい。襟瀬です。改めてよろしくお願い致します」


「そんなそんな。いつも来て下さってるんだから、畏まらないで下さい」


 マスターは垂れ目を細めて笑った。


「改めて、わたしはオーナーの嘉山と申します」


 頭を下げたマスターにわたしも頭を下げ、オムライスを一口食べた。『魔の葬送』のオムライスとはまた違う優しい味だった。


「食べながら失礼します。それで、先程の話なんですけど――」


「はい」


「実は――」


 わたしは、ここは正直に言うべきだろうと判断した。マスターの人柄を改めて知ったし、早く、もっと多くの情報を知りたいからだ。


 そしてわたしは早音さんと二人で月辰山麓のザクロ林に行った事を話し、そこで神代さんに注意された事までを話した。別方面から設楽神代さんという名前を知ったと、そこは濁した。


「ああ――」


「――だから、あそこでハンディキャップを持つ方々のハンドマッサージや援助を行なってる事は少しだけ知ってたんです」


「設楽さんの所はザクロ林の都市伝説の件で、冷やかしが来るのにかなり困ってた様子でしたね」


 冷やかし、という言葉が胸に痛かった。


「その件はいつかちゃんと謝罪をしなければと思っていて――」


「それは、私の方から伝えておきますよ」


 ――そうか。


 マスターの息子さんがあそこに通っているのなら、当然、連絡先も知っているはずだ――設楽さんや、その娘の神代さんの。


 今は少しでも知己から情報を得るべきだし、あの神代さんの、積尸気さんとは違う神秘的な意見も聞きたい――。


 ――何よりも。


 神代さんが事件に関わっていないとも言い切れない。


 だけど、いきなり神代さんと連絡を取りたいと言い出すのも不自然だし、マスターに怪訝な顔をされて終わりだろう。


 わたしはオムライスをもう二口食べた。


 そして、その味はわたしに天啓を与えた。


 嘘は吐かず。本当の事も言わず。だ。


「実は、話を聞いてもらえるなら、聞いてもらいたいんです」


「話?」


「友達があんな事になって――自分が今すごく、不安にになっているのが分かるんです。神経的なと言うんでしょうか――」


「――お察しします」


「神代さん――設楽さんの所は、そういう相談は受け付けてはいないのでしょうか。ご無理だとは思うんですけど」


「でしたら、先方に訊いてみましょうか?」


 ――来た。


「お願いします。ご無理を言って本当に申し訳ありません」


「いえいえ、若い方の悩み相談もされてるみたいですから――それにあなたは被害者の直接の友人だ。ショックも大きいでしょう」


 相手方に電話してくるから少し待ってくださいね、と、マスターはキッチンの奥に行き、わたしはオムライスを食べた。


 しばらくして、マスターがモカのカップを片手に戻ってきた。


「大丈夫そうですよ。早くて明日の午前中になると仰ってました」


 幸いな事に明日はシフトが入っておらず、わたしは休みだ。


 マスターはわたしの前にゆっくり白い湯気が立つモカのカップを置いた。


「明日あちらに直接行かれますか?」


「はい。明日、設楽さんの所に伺わせていただきます。ありがとうございます」


 それから世間話も程々に、わたしは『Cafe 魔術師』を後にした。午後の配達も済ませ、社長に挨拶をすると夕方には帰宅した。


 シャワーを浴び簡単な夕食を済ませると、後頭部で手を組んでわたしは仰向けになる。




 ――ここらで。


 少し、整理したい事がある。




 まず、神代さんにわたしは何を訊きたいのだろう。


 その神秘的な力で犯人を探してくれなどと言うのも現実的ではない。それに神代さんが知っている情報と、聞き込みを始めたわたしが持っている情報もかなり違うはずだ。雑談のていで事件の話をしてみるか――落とし所はその辺りだろう。あとは流れに沿うだけだ。


 そしてわたしが『魔の葬送』から事件に関わり始め、見知った人も多い。


 魔王・積尸気さん、マスターのルルイエさん、サボリーマンの中条さん、寅浜建設社員の北原さん。それに早音さん――。


 うちの社長や『Cafe 魔術師』のオーナーの嘉山さんは事件以前から知っているし、被害者の平内翔太という人はもうこの世には居ない。




 ――あとは。


 設楽神代さん。




 彼ら、彼女らから、どれだけの情報を得られるかだ。


 確かにわたしには武器が無い。だからこそ情報を集める事しか今はできない。この正体不明の事件には確実に魔が潜んでおり、その魔を退けるには情報と行動しかない。


 今も意識不明であろう早音さんの事を想う。


 もう、これからは探偵ごっこではない。それは何度も自分に言い聞かせた。


 天真爛漫で、最初は壁を感じていた早音さん――。


 ――その時。


 早音さんの幻影が、真っ暗な空間を駈けていくビジョンが脳内に浮かんだ。


 そこには音も無く、光も無い。ただ暗くて静かだ。


 早音さんが向かう先にはあの平内翔太さんが居て、聞いた事もない言葉で何かを喋り、早音さんに手を差し伸ばす。




「止めて!」




 わたしは小声で叫んだ。


 連れていかないで。


 早音さんをあちらに連れていかないで。


 わたしは上半身を起こし、自分の心拍数が上がっているのを自覚した。


 何故、最初の事件の被害者が、第二の事件の被害者である早音さんを連れて行こうと――。




 そこで、わたしの思索の中に、大きな影がよぎった。




 平内翔太さんと、早音さんは、遊びとは言え身体の関係まであった仲間同士だったのだ。


 わたしは愚かだった。


 何故、こんな基本的な人間関係に注目できなかったのだろう。


 平内翔太さんが殺され、次は早音さんが襲われた。


 ――これは。


 無差別殺傷事件ではなく、計画的な連続殺人を目指していたのではないのだろうか。となると、怨恨の線が濃い――。


 子供の頃に与えられてた推理小説に影響され過ぎなのかも、とも思ったが、これからの判断にはとりあえず方向性が欲しい。間違っていれば適宜正して行けば良い。


 神代さんに会ったら、この推理を伝えてみよう。そこから引き出せる言葉もあるはずだ。あの神秘主義家の女性から引き出せる何らかのヒントに、藁にもすがる思いで期待してみよう。積尸気さんに伺いを立てるのは、それらの言葉を得てからだ。




 この正体不明の事件に、少しだけ光が射し込んだ気がした。それはわたしのまぼろしなのかもしれない。だが、今は進む。魔と対峙するために。




 前回は早音さんの車で訪れたが、月辰山麓まではわたしのスクーターでも行ける距離だし、そこから徒歩で登ったあのザクロ林まではほぼ一本道だった。だけど、そこから奥――神代さんが待つ場所までは未知の空間だ。そしてわたしは、今回は一人で行かなければならない。


 ヒロイズムに陥っているのだろうか。高揚してくる気分とは裏腹に、冷静な自分もどこかに居る。『Cafe 魔術師』オーナーの嘉山さんには漠然と今不安になっているとだけ言ったが、本物の不安も確かにわたしの中に強く存在する。




 支えが欲しい。




 積尸気さんが眼光鋭く語る魔のことわり


 うちの社長の強さと優しさ。


 早音さんと一緒に過ごした楽しい時間。




 わたしの精神的支柱は何なのだろう。




 わたしが願っていたのは、閉塞感溢れるこの町から遠くに行きたいという事だった。ずっとそうだった。しかし今は、事件を解決し早音さんの仇を討ちたい――その思いに突き動かされている。


 些細な事からわたしは事件に首を突っ込んだ。結果、早音さんという友人を得て、そして今、うしないかけていた。


 一連の運命の流れは魔の采配なのか。


 だとしたら、それに姿を与え定義するのは、今のわたしには荷が重すぎる。


 魔に運命論に、そして神代さんという巫女からの助言待ち――。




 話はずいぶんとオカルティックになってきた――だが、わたし、襟瀬苦花は実在するし、地に足を着けて生きてきた。初めて『魔の葬送』に行くきっかけとなった、道路に飛び出してきた子供。そこでわたしが連想した『不思議の国のアリス』――少し、現実が歪んできただけで、すべての法則がオカルトに支配された訳ではない。




 わたし、襟背苦花はちゃんと実在する。


 そして、明日はあの巫女・設楽神代さんと三たび対峙する。


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