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第十話『FRIENDS』

「でも嬉しいなぁ! 苦花ちゃんの方から通話したいって言ってくれるなんてさぁ」


「迷惑でしたか?」


「何でそんな風邪引きそうな事言うのよ。てかさ、何かあったの?」


「――あったと言えば、色々と」




 わたしは昨日から、果物市場で会った神代さんの言葉の意図をずっと考えていた。仕事中も、帰宅してからも。終わりの無い思索の迷宮を歩き続け、巫女のような神代さんと、魔王のような積尸気さんのそれぞれの影を追っていた。しかし、何の答えも出ず、迷宮に出口は見当たらなかった。


 そして、わたしは何故か、衝動的に早音さんにメッセージアプリで通話したい旨を送信していた。


 早音さんは快諾してくれて、すぐに通話をかけてきた。


「何があったか聞いてもいい? てか聞きたい。相談なら乗るよ!」


 わたしは、ザクロ林の神代さんと再開し、少し話したと伝えた。『魔の葬送』で中条さんから聞いた事も、客先で耳に挟んだ話なんですけど、と、ぼかして言う――これは狭い町内での噂の伝達に該当するのだが、この時のわたしは冷静にそれを考えられていなかった。


「マジマジマジ!? あの人、設楽神代さんって言うんだ? それで要するに探偵ごっこはもう止めたらって言われたんだね」


「要約すればそうですね。もっとスピリチュアルな言い方でしたけど――」


「あ。私その時間はあの店でジンジャーエール飲んでたわ。ほら、この前の『Cafe 魔術師』って店。苦花ちゃんとの思い出の場所だし、居心地良くてさ」


「気に入ってくれたんですか」


「うん。あそこのマスターも愛想が良いし、色々と話し込んじゃった。でも私がそうしてる時に苦花ちゃんはその神代さんに脅されてたんだね――」


「別に脅しではなかったと思いますけど」


「苦花ちゃん、怖い思いをしたんだね。私が一緒に居てあげれば良かった――」


「でも――やっぱりこれはわたし個人の問題で――」


「いやいや、私に頼って来てるじゃん」


「はい――それは確かに。どうしていいか、本当に判らなくて」


「苦花ちゃん」


「はい」


「もっと私を頼ってねぇ?」


「は、はい」


「それでさ、思い付いたんだけど」


「はい」


「次の休み、二人で探偵ごっこしてみない?」


「え、それは、どういう――」


「一人で抱え込まずさ、二人で動いてみればとりあえず重さは分担できるんじゃない? 何の重さか上手く言えないけど」


 ――二人で。


「空き地あるじゃん。殺人現場の。あそこさぁ、被害者の翔太が死んだ場所だし、私が苦花ちゃんと初めて出会った場所だし。今度の休みに二人で行ってみてさぁ、探偵ごっこしてみる? 気晴らしになるかは分からないけど、新しいヒントでも出てきたら嬉しいじゃん」


 もう一度、あの虚無の空き地へ――。


 今度は、二人で。


「行ってみますか」


 少し、何かが見えた気がした。


 今度は新しい視点を獲得できるかもしれないし、何よりも今のわたしには何らかのヒントが必要だ。殺人事件の事だけではなく。


 幸いな事に、明日にはシフトは入っていなかった。


「じゃあ明日! タイミング良いね! 私も授業無いの!」


 そして明日、昼前に早音さんと空き地で直接待ち合わせる約束をした。


「何か運命? 今来てると思うよ! すごくタイミングが合ってる」


 本人はノリで発したものだろうけど、早音さんのその言葉が胸に響いた。


 神秘主義的な神代さんと、ことわりで魔を語る積尸気さん。正反対の聖と魔だが、二人とも運命を否定するような事は――今のところ言ってはいない。二人に共通してい部分だ。


 そもそも、人というものは二通りに別けられるのだろうか。八十億人以上に達する人口をたった二種類に定義できる訳がない。世界にはグラデーションがある。神代さんにも魔の部分があり、積尸気さんにも聖なる部分があるのだろう。人間はわたしなんかが考えているよりずっと多様なのだ。そして、今、神代さんと積尸気さんの間で揺れているわたしも、どちらかに振り切れる必要はない。


 頭の中が少し晴れてきた。完全に解に至ってはいないが、それでも随分と気が楽になってきた。


 ――早音さん。


 ありがとう。


 きっかけを与えてくれたのは早音さんだ。


 感謝すると、明日に備えて眠りに就いた。この夜、夢に出てきたのは誰だったか――。




 当日。


 わたしは早めに空き地に到着していた。


 少しお行儀が悪いが、エンジンを切ったスクーターに座ったままスマホを弄っていた。ニュースフィードで購読している様々な記事を読みながら、同時に色々と考える。


 先日、見えかけた何か。


 それはわたしと早音さんの事であり、神代さんと積尸気さんの事であり、事件の被害者と加害者の事。そして、それらは必ずしも二項対立ではなく、対照ではないという事。ある点で正反対でも、ある点で共通点があるという事。人に差違を見出だす行為は、戦争にも個々性にも発展し得るという事実。


 ここに重大なヒントが隠れている気がする。当たり前の事なのに、誰しもが遠回りをしないと気付かないシンプルな何かが。


 ――この空き地で起こった事件も。


 解決してみれば、すごくシンプルな真相なのかもしれない。


 ただ、偏見に満ちた都市伝説のようにそれに尾ひれが付いて、正体不明の怪物と化しているだけで。


 そして、それを怪物だと思っているのはわたしも含めた月辰町の住民――。


 軽自動車の排気音がした。


 早音さんが来たのだ。


 わたしはスマホを仕舞うと車の方に手を振る。


 スクーターの近くに車を停め、早音さんが降りてきた。


「苦花ちゃんこんちは! 待った?」


 茶髪のポニーテールが陽光に煌めいていた。今日はデニムのロングスカートにロングカーディガンという服装だ。そして相変わらずメイクが濃かった。


「昨夜は相談に乗ってくれてありがとうございます」


「だからぁ、風邪引きそうになるからそんな他人行儀止めてって。わたしも通話できて楽しかったから!」


 そして、とりあえずトラロープが張ってある空き地周辺を一週してみようという話になり、わたしたちは歩いた。


 歩きながら、話す。


 外周は三百メートル越えくらいだろうか。二人してそろそろと歩きながら、わたしは神代さんや事件に対する思索を語り、早音さんは父親の会社である寅浜建設の事や被害者・平内翔太さんの事を語った。


 目新しい情報は出て来ないが、ゆっくりとした時間だった。そして、わたしは初めて早音さんとの時間を心地好いと感じていた。


「致命的なのはここら辺、監視カメラが無い事なんだよね。ネット環境を整備するのがめんどいの高いのってさ、そのまま放置されてるの」


「そうなんですか」


「だから、翔太たちはよく夜にここで悪さしてたの。打ち上げ花火を水平に飛ばすとかガキみたいな事。そのたびにわたしが親父に言ってさ、目を瞑ってやってって」


「溜まり場みたいな感じだったんですね」


「うん。私の家に親が居る時はここの隅でセックスしてたし。立ったまま」


「――あ、ああ、はい 」


「だからさ、わたしと親父は警察から目茶苦茶ねちっこく話を訊かれたよ。でも犯人なんて心当たりありすぎてさ、逆に心当たりないですとしか言えなくて」


「あまり――素行が良い人ではないんでしたね」


「もう二十歳越えてるのに暴力は振るうしさ、他人の服装を指差して笑うしさ。酔っぱらえば絡み酒。かなり恨みは買ってただろうね」


「――でも、良いところもあったのでは?」


「顔?」


「いえいえ、もっとこう、動物とか弱いものはいじめないとか――」


「真逆だよ。ハンディキャップを持ってる人たちに酷い態度してた」


「――それは、酷すぎますね」


「思えば私もあいつに染まってたのかな。苦花ちゃんと知り合うまでの自分の事、酷い人間だったと思うし」


 そして、空き地外周を一周し終えた。


 どの角度から見ても、この空き地はやはり虚無だ。


 ――だが。


 虚無の中でわたしの思考は少しだけ進み、そして、照れ臭いが――早音さんとの関係も深まったように思う。


 世界にはシンプルなものが多いのだろう。それに属性や尾ひれを付与して怪物化しているのは人間だ。シンプルなままでいれば、すべては何かの複製のようなものだ。わたしも早音さんも大して変わりはない。ただ付与されてきたものが違うだけ。そして、怪物視さえしなければ、違いは個性として開花する。それに白と黒の間には灰色もある。そう、早音さんと話していて感じた。


 神代さんと積尸気さんを対比して勝手に悩んでいたのは、結局、わたしの中の偏見のせいだったのだ。


 昨夜からずっと考え込んでばかりで、頭が疲れていた。


「――早音さん」


「ん?」


「お昼に何か食べたいものはありますか? 奢りますよ」


「ハンバーガー行こ! 限定のチーズトマトドカ盛りバーガー!」


「ハンバーガーでいいんですか?」


「苦花ちゃんとならラーメンでもソーメンでもいいよ! あと奢らなくていい。今日も親父からお小遣いせびって来たから!」


 わたしは自然にふふと笑っていた。


「苦花ちゃんの笑顔初めて見たな。じゃあ今からハンバーガーを攻めに行って、その笑顔のワケを聞かせてもらわないとねぇ」


 そして、わたしたちはそれぞれスクーターと軽四でバーガーショップに移動した。


 二人で同じセットをオーダーし、喋りながら待つ。


 やがてテーブルに二人分のハンバーガーセットが来た。


 同じ箱。同じサイズ。同じ――いや、やや形の異なる中身。


 味も、きっと同じだ。


 その二つのハンバーガーが、わたしと、早音さんに食べられる。


 早音さんは父親の軽口を叩き、わたしはうちの社長の凄い所を喋る。


 楽しい時間だった。


 お互いに笑顔がこぼれ、打ち解けていった。わたしからの偏見も、わたしへの偏見も、もう消えていた。同じ人間として、多少の歳の差や外見の違いがあっても、対等に楽しみ、食べ、笑い、喜んだ。


 今度一緒に旅行したい。いいですよ。どこへ行く? 遠くがいいですね。


 わたしたちはそう約束した。そしてハンバーガーを食べ終えると、次はゲームセンターに行って早音さんにビリヤードを教えてもらい、夕方になって解散した。バイバイと手を振る時の早音さんの笑顔は満たされていた。こちらも、多分満たされた顔をしていたのだろう。


 わたしの探偵ごっこは何ら事件の真相へと近付けなかったし、潮時だともう心の中で薄々気付いていた。


 でも、わたしは大切な親友を得た。


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