第十二章(2):祝福された夜
三度目の結婚式が終わり、祭壇から夫婦の部屋へと戻った時、私の心臓は今までになく高鳴っていた。
魔界での一度目の挙式以来、ルシアン様と私は同じ寝室で過ごしていたが、ベッドは常に二つに分けられていた。
それは、ルシアン様が「正式な婚姻を終えるまでは」と、私に誓ってくれていたからだ。
キスはしても、それ以上のことはしない、と。
しかし、部屋の扉を開けた瞬間、私の息は止まった。
今まで当たり前のように二つ並んでいたベッドは姿を消し、その代わり、部屋の中央には、とてつもなく大きなキングサイズのベッドが一つ、堂々と鎮座していたのだ。
豪華な天蓋付きで、白いシーツがまぶしい。
(うわあああああああ!?!? ベ、ベッドが一つに!?!? ついにこの日が来てしまったの!?!? 覚悟はしてたけど、いざ現実になると心臓がしんどい!!)
私の脳内は、再び警報アラートを鳴らし始めた。
まさかこんなサプライズがあるとは。
そんな私の内心を知ってか知らずか、ルシアン様は、優しく微笑みながら私の手を取った。
「セラフィナ。長時間の挙式、本当に疲れただろう。まずはゆっくり休むといい」
彼の声は、いつも通りの穏やかな響きだった。その気遣いに、少しだけ緊張が解ける。
「はい…ありがとうございます、ルシアン様」
「風呂が用意してある。今日の疲れは、湯に浸かって洗い流すといい」
そう促され、私は用意されたバスルームへと向かった。
たしかに、朝早くから準備に追われ、数時間に及ぶ式典の間中、笑顔を作り続けていたので、体は鉛のように重かった。
温かい湯に浸かれば、きっと疲れも癒されるだろう。
バスルームの扉を閉め、湯船に身を沈めた瞬間、私は至福のため息をついた。
とろけるような温かさが全身を包み込み、凝り固まった体の力が抜けていく。
花の香りがふわりと漂い、心まで解きほぐされていくようだった。
(はあ~、生き返るぅ~…)
私は、ゆっくりと、時間をかけて湯に浸かった。
今日の出来事を反芻しながら、ルシアン様との未来に思いを馳せる。
王妃としての責任の重みも感じたけれど、それ以上に、彼と共に歩んでいける喜びが、私の心を温かく満たしていた。
湯上り後、用意された真新しいネグリジェに着替え、その上から肌触りの良いガウンを羽織る。
バスルームから出ると、部屋は静まり返っていた。
ルシアン様はすでに入浴を済ませたようで、彼の姿は見当たらない。
バルコニーの扉が少し開いているのに気づき、そちらへ目をやると、夜空を背景に、彼のシルエットが浮かび上がっていた。
ガウン姿で、グラスを傾けながら、遠くの景色を眺めているようだ。
私は、そっとバルコニーへと足を踏み出した。
夜風が、私の紅い髪を優しく揺らす。
私の気配に気づいたルシアン様が、ゆっくりと振り返った。
彼の蒼い瞳が、私を捉える。
その瞳には、先ほどの祭壇での威厳とは違う、甘く、熱い愛おしさが宿っていた。
「セラフィナ…ずっとこの時を、待ち望んでいたんだ…」
彼は、私へと一歩近づきながら、低く、甘く、どこか焦がれるような声で囁いた。
その声には、長い間抑えつけられていた情熱と、今ようやくその時が来たという、確かな喜びが滲んでいた。
「…いつ来るのかと、ずっと待っていた」
そのストレートな言葉に、私の心臓は「ドクン!」と大きく跳ね上がった。
全身の血が、一瞬で熱くなる。
まさか、彼がここまで率直に、そしてこんなにも情熱的に想いを伝えてくれるなんて。
愛おしさと、抗えないほどの高揚感が、私を包み込んだ。
「申し訳ありません…つい、ゆっくり浸かってしまって…」
私がそう言うと、ルシアン様はふっと笑い、私の手を引いてバルコニーの手すりへと誘った。
私たちは並んで立ち、夜の王都を見下ろす。
煌めく街の明かりは、まさに私たちが護り抜いた平和の証だった。
ルシアン様と並んで夜景を眺めていると、胸の奥から温かいものがこみ上げてきた。
この景色を見下ろすのは、初めてではない。そう、あの頃も…。
(あの時も、こうしてルシアン様の隣にいた。白亜の城の高い塔の上で、二人きり。夕暮れに染まる街を見下ろして、彼が「この街も、平和だな」と呟いた時、私の心は、全身が、温かい光で満たされたっけ。その完璧な横顔を見つめるだけで、どうしてこんなにも心が温かくなるんだろうって、ずっと不思議だった。)
あの頃は、ただ聖剣の使い手として、ルシアン様の騎士として、彼の傍に立つことが、最高の幸せだった。
推しと共に世界を守る。これ以上の幸せなんて考えられなかった。
でも、今は違う。
隣に立つルシアン様の手が、そっと私の手を包み込んだ。
温かく、力強いその感触は、もう「禁断の願い」なんかじゃない。
「…あの頃は、まさかこんな日が来るとは、思わなかったな」
ルシアン様が、私の心を見透かしたように、静かに呟いた。
彼の声は、あの頃と同じくらい穏やかで、だけど、確かな愛情に満ちていた。
私も、ぎゅっと彼の指を握り返す。
「はい…私もです。でも…今が、一番幸せです」
夜風が、そっと二人の間を吹き抜ける。
煌めく街の明かりが、私たち二人の新しい未来を祝福しているようだった。
次の「 第十二章(3):誓いの夜」は、物語の展開上、少し大人向けの表現(R15)が含まれる予定です。もし、そうした描写が苦手な方は、次の次の章へと読み飛ばしていただくことをお勧めします。
登場人物たちの気持ちが最高潮に達した、大切なシーンとして描いています。ご理解いただければ幸いです。




