第十一章(2):魔王降臨、漆黒の極光
五光の勇者、それぞれの力が完璧な連携で放たれた複合攻撃は、深淵の主の核目掛けて一直線に突き進んだ。
カスパール君のピアスの紫色の宝珠から放たれる漆黒の虚無螺旋、アルドロンさんの杖の先にセットされた緑の宝珠から生成される精霊の槍、そしてローゼリアちゃんのペンダントの桃色の宝珠による聖なる光の増幅が一体となる。
そして、私の聖剣ヴォーパルブレードの柄にある赤い宝珠、アクスタ、婚約指輪の力が、それら全ての光と力を束ね、一つの虹色の輝きとなって、光輝斬が深淵の主へと迫った。
『グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!』
深淵の主は、未だ虚空の牢獄に囚われたまま、この強大な攻撃に、これまでで最も苦痛に満ちた咆哮を上げた。
彼の体を覆っていた瘴気が一時的に薄れ、核へと向かう光の軌跡が、広場に一筋の希望を描き出した。
ドオオオォォォンッ!!
五光の勇者の総攻撃は、深淵の主の核に直撃した。
衝撃波が広場を吹き荒れ、地面が大きく揺れた。
深淵の主の巨体は大きくのけぞり、虚空の牢獄の中で激しく痙攣する。
その体から、無数の黒い光の粒子が飛び散り、広場の空へと舞い上がっていく。
「やったか…!?」
カスパール君が、息を呑んで呟く。
アルドロンさんも、攻撃の成功に、わずかに安堵の表情を見せた。
ローゼリアちゃんも、その場で祈るように手を合わせている。
私も、勝利を確信しかけていた。
しかし、深淵の主の咆哮は、まだ止まらなかった。
『…グ、オ…オオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ…!!!』
その咆哮は、先ほどよりもさらに深く、禍々しい響きを帯びていた。
飛び散った黒い光の粒子が、深淵の主の体へと再び吸い込まれていく。
再生能力が、私たちの想像を遥かに超えていたのだ。
深淵の主の体は、見る見るうちに元通りになり、核を直撃したはずの傷跡さえも、跡形もなく消え去った。
「馬鹿な…! これほどの攻撃を受けて…まだ再生するのか…!」
アルドロンさんの顔に、再び絶望の色が浮かんだ。
カスパール君も、歯を食いしばり、悔しそうに拳を握りしめている。
深淵の主の目は、憎悪に燃え上がっていた。
彼にとって、この攻撃は、単なるダメージ以上の「屈辱」だったのかもしれない。
虚空の牢獄に囚われたまま、その巨大な腕を魔法陣の壁に叩きつけ、ひび割れが走る。
ルシアン様の禁呪も、限界を迎えようとしていた。
「くっ…!」
ルシアン様の額に、大粒の汗が流れ落ちる。
虚空の牢獄を維持するだけでも、彼の膨大な魔力を根こそぎ奪っているのだ。
このままでは、彼の身が持たない。
(違う…このままでは、また…!)
私の胸に、過去のヴェクスとの戦いの記憶が鮮明に蘇る。
あの時と同じ、強大な敵の前に、ルシアン様が一人で全てを背負おうとしている姿。
もう二度と、そんな光景は見たくない。
「ルシアン様! 無理をなさらないでください!」
ローゼリアちゃんが叫ぶが、ルシアン様は、その声が聞こえているのかいないのか、深淵の主を睨みつけたまま動かない。
彼の蒼い瞳の奥に、かつての異界で見ていた、私たちが苦しむ姿がよぎる。
カスパール君が禁忌に手を染め、仲間たちが次々と彼の前から去っていったあの絶望。
(もう二度と、失わない…! もう二度と、あの絶望を繰り返さない…!)
ルシアン様の心の中で、何かが弾けた。
彼の体から放たれる漆黒の光が、さらに濃密に、そして圧倒的な「闇」のオーラへと変化していく。
銀白色の美しい髪が、漆黒の魔力に染め上げられ、瞳の蒼色は深淵の底を思わせるほど深く、冷たい輝きを放ち始めた。
「これは…! ルシアン…!?」
アルドロンさんが驚愕に目を見開く。 ルシアン様の額には、黒曜石のような光沢を放つ漆黒の角が、左右に一本ずつ、ゆっくりと、しかし確かな力をもって生え始める。
口元がわずかに開き、光を反射する鋭い牙が垣間見える。
指先の爪も、ほんの少しだけ鋭利に伸びていた。
彼の纏う漆黒のマントは、深淵の闇そのものと化し、うねるように広がる。その姿は、かつての「魔法使いの王」の面影を残しつつも、明らかに別次元の存在へと変貌していた。
まさしく、魔王ルシアン様の降臨だった。
その変貌を目の当たりにした深淵の主は、本能的な恐怖に支配されたかのように、その巨体を僅かに震わせた。
『グ…グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ…!?』
深淵の主の咆哮は、もはや怒りではなく、深い畏怖の色を帯びていた。
「深淵の主…お前は、この世界の「バグ」ではない。真の「バグ」は、この俺だ」
ルシアン様の声は、凍てつくように冷たく、しかし、かつてないほどの圧倒的な威圧感を伴っていた。
彼の右手にはめられた漆黒の指輪の宝珠が、まるで新たな力を解放されたかのように、世界の闇を吸い込むかのように輝きを増す。
「空間切断!」
ルシアン様が静かに指を振るうと、虚空の牢獄を覆っていた魔法陣が、まるで紙切れのようにあっけなく切り裂かれた。
深淵の主が驚愕に目を見開く中、その巨大な体に、空間そのものを断ち切る漆黒の光の刃が無数に降り注ぐ。
『グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!』
深淵の主は、今度こそ、再生が追いつかないほどの深手を負った。
切り裂かれた箇所から、濃密な瘴気が黒い血のように噴き出す。
「すごい…! ルシアン様…!」
カスパール君が、その信じられない光景に、畏敬と高揚の入り混じった声を上げた。
ルシアン様は、傷つき、弱体化した深淵の主を冷徹な視線で見据える。
彼の左手には、闇の魔力が凝縮された漆黒の球体が生成され、不吉な輝きを放っていた。
「そして…深淵の闇よ、お前を存在そのものから消し去ってやる…虚無創生!」
ルシアン様の言葉と共に、漆黒の球体が瞬く間に膨張し、深淵の主を飲み込まんばかりの巨大な虚無の渦へと変貌した。
それは、星々すら消滅させかねないほどの、絶対的な無の力。
深淵の主は、その虚無の渦に飲み込まれまいと必死に足掻くが、空間を断ち切られた体は自由にならない。
「ルシアン様…!」
ローゼリアちゃんが、そのあまりにも強大な力に、思わず声を漏らした。
そして、私も、聖剣ヴォーパルブレードを握りしめたまま、その圧倒的なルシアン様の姿に目を奪われていた。
ルシアン様は、深淵の主を虚無の渦へと引きずり込みながら、静かに告げた。
「お前は、俺が、この世界で失ったものの代償だ。そして、俺が護りたかった、そして今、護っているもののために、消滅するがいい」
しかし、虚無の渦に飲み込まれながらも、深淵の主は最後の足掻きを見せる。その体が完全に消え去る寸前、凄まじい瘴気を放出し、虚無の渦そのものを僅かに歪ませ始めた。
ルシアン様の額に、再び汗が滲む。
それは、世界を壊さないよう、完璧な力を維持しながら、予想外の粘りを見せる深淵の主を完全に消し去るための、極限の集中と負荷によるものだった。
その時、広場全体に、どこからともなく響く、神々しい声が木霊した。
『ルシアン君、勇者たちよ。エリアスだ。私は均衡を司る神。君たちの世界の直接的な管理は領域外ゆえ、これ以上の介入は叶わない。状況を見守ることしかできないのは心苦しいが、君たちの世界の創造神は、ガイアだからね』
それは、均衡の神、エリアス様だった。
彼女の言葉に、私たちの間に、一瞬の困惑と、ほんのわずかな諦めがよぎる。
(え、エリアス様…まさかの突き放し!? )
私の脳内で、こんな緊迫した状況なのに、場違いなツッコミが炸裂する。
『まあ、それにしてもルシアン君も大変だね。本来の力を使えば、あの「バグ」なんて瞬き一つで消し去れるはずなのに、この世界を壊さないように、わざわざ手加減しているのだから』
だが、その直後、エリアス様の声に重なるように、荘厳で、不機嫌そうな響きをほんの少しだけ含んだ女性の声が響き渡った。
『ったく、あんたたち! いくら人間が予想外のことを作り出すのが面白いと言っても、ここまで私の美しい世界をめちゃくちゃにしてくれると、正直…迷惑極まりないわね!』
それは、創造神ガイア様だった。
その声に、場に満ちていた重い空気が、わずかに和らぐ。
いや、むしろ、一瞬だけ別の緊張感が走ったような気もする。
『まぁ、いいわ。その代わりと言っちゃなんだけど…セラフィナ。こ、今度...日本のゲームで…ほしいものがある。わかってるな?もちろん、限定版を、よ。』
ガイア様からの、まさかの、そして唐突な依頼。
私だけに向けて語りかけられたことに、私は一瞬呆然としたが、すぐに顔を輝かせた。
「もちろんです!ガイア様!喜んでお持ちします!最新作の、あの!『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』の乙女ゲーですかね!?もう限定版で予約済みです!」
(ガイア様もあのゲーム狙ってたんだね!何を隠そう、私たち、五光の勇者の乙女ゲームだよ!!!もちろん、私はゲームでもルシアン様で攻略するつもり!現実ではとっくに攻略してるけど!!)
私の脳内は、もはや戦場とは別の次元に突入していた。
『なら良いわ…ったく、仕方ないから、特別にアドバイスしてあげる。ルシアン。その虚無は、空間を「縛る」ことで、より完全に作用する。ただ消すだけでは、世界の残滓が再び結びつく可能性がある。覚えときなさい。』
ガイア様からの、的確で具体的なアドバイス。
しかも、最後にはわざわざ「覚えときなさい」と釘を刺すあたり、さすがツンデレ!
ルシアン様は、その言葉を聞き逃すまいと、蒼い瞳をわずかに閉じ、深く集中した。
「…なるほど。感謝する、ガイア」
ルシアン様は、虚無の渦の動きを止め、再びその漆黒の指輪の宝珠に魔力を集中させた。
彼の左手から放たれる漆黒の魔力が、虚無の渦の周囲に、見えない縄のように何重にも絡みつき、深淵の主を空間そのものに縫い付けるかのように縛り上げる。
「虚無創生…そして、空間固定!」
ルシアン様の言葉と共に、虚無の渦はさらに深い闇を増し、深淵の主のあらゆる抵抗を打ち破った。
空間に固定された深淵の主は、もはや逃れる術を持たず、その存在の全てが、漆黒の虚無へと完全に飲み込まれていった。
広場に、再び静寂が訪れる。
深淵の主の存在を示すものは、どこにも残っていなかった。




