第十章(2):城外の激戦、聖獣の咆哮
カスパールが召喚した聖獣は、純粋な光を纏い、威厳に満ちた姿で深淵の主へと突進していった。
『ガアアアァッ!!』
深淵の主の剛腕と、聖獣の聖なる光が激しく衝突する。
天地を揺るがすような爆発が聖域を襲い、耳鳴りがするほどの轟音と共に、その衝撃波は城全体を震わせた。
聖域の天井に、いくつもの亀裂が走り、瓦礫が雨霰と降り注ぐ。
「くそっ、このままじゃ城が保たねぇぞ!」
カスパールが悪態をつきながら、飛散する瓦礫を紫色の魔力で弾き飛ばす。
「深淵の主は、我々の戦力では、この聖域で完全に無力化することは難しい…! 外へ誘導するぞ!」
アルドロンが即座に状況を判断し、声を張り上げた。その声には、一刻を争う緊迫感が宿っていた。
彼の緑の宝珠が光を放ち、周囲の瓦礫を一瞬だけ静止させる。
「ローゼリア、ルシアンとセラフィナを頼む! 私とカスパールで、足止めする!」
アルドロンの言葉に、ローゼリアは頷き、桃色の宝珠の光でルシアンとセラフィナを包み込み、聖域の奥、より安全な場所へと移動した。
『グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!』
深淵の主は、聖獣の攻撃に苛立ち、その巨体をさらに暴れさせた。
聖獣の聖なる光が深淵の主の瘴気を浄化し、その動きをわずかに封じるが、深淵の主の圧倒的な質量と破壊力の前には、聖獣も徐々に押し負け始めていた。
「チッ、聖獣でも時間が稼げねぇのかよ!」
カスパールは舌打ちすると、深淵の主の動きがわずかに鈍った隙を突き、再び黒雷を放つ。
その雷は深淵の主の核らしき部分に直撃し、さらなる亀裂を走らせる。
「行くぞ、カスパール! 『賢術・空間転移陣!』」
アルドロンが叫び、杖を地面に叩きつけた。
聖域の床に巨大な緑色の魔法陣が瞬時に展開され、深淵の主の巨体を包み込む。
同時に、城の正面広場に、同じ紋様の巨大な魔法陣が浮かび上がった。
深淵の主は、空間転移の力に抗おうと暴れるが、アルドロンとカスパール、そして聖獣の三方向からの攻撃で足止めされ、その巨体が光に包まれていく。
ドォォォォンッ!!
聖域全体を揺るがす轟音と共に、深淵の主は光の中に消え、同時に城の地下聖域の天井が完全に崩壊した。
聖域の重苦しい空気が一瞬で入れ替わり、上から僅かな光が差し込む。
王城の広大な正面広場に、突如として巨大な魔法陣が展開され、光と共に深淵の主が出現した。
その圧倒的な巨体が広場に現れると、周囲の石畳がミシミシと音を立て、地面を深く抉る。
大量の土煙が舞い上がり、広場を一時的に覆い尽くした。
「な、なんだあれは!?」
「魔物だ! 逃げろーっ!!」
避難誘導を進めていた聖騎士団や民衆が、目の前の光景に恐怖し、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。
アシュレイは、魔物の出現に目を見張りながらも、冷静に指示を飛ばす。
「落ち着け! 民衆の避難を最優先に! 勇者様方の指示を待て!」
その時、深淵の主の足元から、アルドロンとカスパール、そして聖獣が光と共に現れた。
同時に、カスパールの周囲を飛び交っていた無数の従属魔物たちも、主の指示を待つかのように、深淵の主を取り囲んだ。
「くそっ、瘴気がひでぇな。ここなら、好きに暴れられるだろ、このデカブツが!」
カスパールが、深淵の主を挑発するかのように言い放つ。
彼の言葉通り、広場には民衆も聖騎士団もほとんど残っておらず、深淵の主が暴れるには十分な空間が確保されていた。
聖獣は、深淵の主の瘴気にも怯むことなく、その聖なる光の爪を振り下ろす。
同時に、カスパールの従属魔物たちも、一斉に深淵の主へと襲いかかった。炎、氷、雷、影……様々な属性の魔術が雨のように降り注ぎ、深淵の主の巨体を容赦なく叩きつけた。
『グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!』
深淵の主は、怒りに任せて無数の腕を振り回し、聖獣へと猛攻を仕掛ける。
聖獣は、その身軽さで攻撃を躱しながら、カウンターで聖なる光を放つ。
しかし、深淵の主の攻撃は、一撃一撃が重く、聖獣の体を捉えるたびに、その光をわずかに弱めていく。
「やはり、単独では厳しいか…」
アルドロンが呟いた。聖獣は確かに強力だが、深淵の主の圧倒的な回復力と破壊力の前には、徐々に消耗していくのが見て取れた。
「チッ、これじゃジリ貧だぜ!」
カスパールは、聖獣を援護するために、広範囲殲滅魔法を放つべく、ピアスの揺れる紫色の宝珠を人差し指で弾いた。
カツン、と乾いた音が響き、彼の瞳に鋭い光が宿る。
宝珠から放出された魔力が瞬時に彼の全身を駆け巡り、空間に複雑な魔法陣が構築されていく。
「邪魔だ、この瓦礫が」
カスパールが冷徹に呟くと、彼の足元から漆黒の虚無が噴き出し、広場の石畳を侵食しながら一瞬で巨大な魔法陣を形成した。
その魔法陣の中心から、無数の闇の鎖が深淵の主へと向けて射出され、その巨体をがんじがらめに縛り上げる。
そして、鎖の先端からは、空間そのものを歪ませるかのような漆黒の雷が迸り、深淵の主の全身を激しく焼き尽くした。
『グオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!』
深淵の主の苦悶の咆哮が広場に響き渡る。カスパールの魔法は、一時的に深淵の主の動きを完全に封じ、その体に新たな亀裂を刻んだ。
しかし、深淵の主の再生能力は凄まじく、すぐにその亀裂から濃い瘴気が噴き出し始める。
その時、彼の肩から、あの小さな影が「ポンッ!」と可愛らしい音を立てて、宙へと飛び出した。
「フワワ…! お前!やってくれるか?」
カスパールの問いかけに答えるかのように、その光は、まるで意思を持っているかのように、聖獣の周囲を旋回し、聖獣の体に吸い込まれていく。
聖獣は、その小さな光を迎え入れるかのように、一層眩く輝いた。
聖獣の聖なる光が、ピンク色の光によってさらに増幅され、その体は見る間に巨大化していく。
純粋な光を纏っていた聖獣の姿が、瞬く間に神々しい虹色の鱗に覆われ、強靭な四肢と巨大な翼を広げる。
その威厳に満ちた瞳は、宇宙の深淵を覗き込むかのような輝きを放っていた。
伝説の竜神へと変貌したのだ。
可愛らしいフワワの面影を残しながらも、その姿は見る者を圧倒する存在感を放っていた。




