第八章(2):王冠に宿る記憶、そして深淵なる眠り
白亜の城の地下聖域で、私たちは結婚式の準備を進めていた。
ルシアン様が語る「魔法使いの王」の伝統、そして彼が過去に抱えていた父アズラエル王の影。
そのすべてが、黄金の王冠に込められているように感じられた。
王冠の重みに、歴史と家族の重みが宿っている。
「ルシアン。儀式の準備が整った」
アルドロンさんの声が、静寂な聖域に響く。
彼は、祭壇の周囲に精緻な魔法陣を描き終え、術式の最終確認をしていた。
カスパール君とローゼリアちゃんも、厳かな面持ちで儀式を見守っている。
ルシアン様は、私の手をそっと握りしめた。
その瞳に深い決意を湛えている。
「セラフィナ。俺たち二人の未来のために、俺はこの王冠を戴こう。これは、厳密には、現在空位となっている魔法使いの王の座を正式に継ぎ、お前をこの世界の王妃として迎える、最初の誓いだ」
ルシアン様の言葉に、私は力強く頷いた。
そして、ルシアン様は漆黒の台座に置かれた黄金の王冠に手を伸ばし、それを持ち上げた。
そのすぐ横には、もう一つ、白銀に輝く王妃の冠が置かれている。
今、ルシアン様は未来のために、過去と向き合おうとしている。
ルシアン様は、静かに王冠を頭上に戴いた。
その瞬間だった。
王冠が、まるで心臓のようにドクン、と不気味に脈打った。
王冠に埋め込まれたサファイアが、禍々しいほどの漆黒の光を放ち始める。
その光は、まるで周囲の空気を吸い込むかのように濃密になり、瞬く間にルシアン様を包み込んだ。
「ルシアン様!」
カスパール君とローゼリアちゃんの叫び声が響く。
光が収束すると同時に、ルシアン様は、糸が切れた人形のように、その場に音もなく倒れ伏した。
王冠は彼の頭から滑り落ち、聖域の床に鈍い音を立てて転がった。
「ル、ルシアン様っ!?」
私の心臓が、恐怖で凍りついた。
反射的に一歩踏み出そうとするが、足が鉛のように重い。
ローゼリアちゃんが慌てて駆け寄る。
ルシアン様の顔色は真っ青で、冷たい汗が額ににじんでいる。
しかし、その呼吸は穏やかで、まるで深い眠りについているかのようだった。
どんなに揺り動かしても、呼びかけても、彼の瞳が開かれることはない。
「これは…一体、どういうことだ!?」
カスパール君が驚愕の声を上げた。
アルドロンさんは、倒れたルシアン様の傍らに膝をつき、脈を測り、瞳孔を確認する。
彼の表情は、深刻さを増していく。
「くそっ……ここまで強固な精神的な負荷は、通常の解除では……」
アルドロンさんは唸る。
「やはり…この王冠には、強大な魔力が、それも…一種の試練を司る『念』が込められているようだ。王位を継承する者への、真の王としての道を指し示す、あまりにも厳しすぎる試練だったのかもしれない」
アルドロンさんの言葉に、カスパール君とローゼリアちゃんの全身に悪寒が走った。
試練…!
「以前、古文書で調べた『真実の王冠』の記述、そして特定の条件下で『資質を試される』という記載…あれは、この王冠に込められたアズラエル王の『念』。そしてそれは、おそらく、王を継ぐ者の『精神世界』へと直接干渉するものだろう……」
「まさか、あの時の魔術書の記録が、これに繋がっていたなんて!」
カスパール君が驚愕の声を上げた。
「ルシアン様が、十三歳のとき、王冠を被ることに抵抗があったのは、無意識のうちにそれを感じ取っていたからなの? 」
ローゼリアちゃんが震える声で呟いた。誰もが、目の前の信じがたい現実に言葉を失っていた。
ルシアン様が、深い眠りから覚めない。
「何か、できることはないんですか、アルドロンさん!?」
私は震える声で尋ねた。
ルシアン様が、まるで生きているのに生きていないかのように倒れている姿に、胸が締め付けられる。
アルドロンさんは、悔しそうに唇を噛んだ。
「通常の解除術は全て弾かれる……この『念』は、物理的な干渉ではどうにもならない。彼の意識は、王冠に吸い込まれてしまった。彼が目覚めるには、自分自身で、この試練を乗り越えるしかないだろう……」
カスパール君とローゼリアちゃんが絶望的な表情を浮かべる中、私の脳裏に一つの可能性が閃いた。
ルシアン様は、私の婚約指輪に力を分けてくださった。
そして、聖剣には、異空間を渡り、精神に干渉する宝珠の能力がある。
「アルドロンさん! 聖域にあるルシアン様のアクスタを媒介に、聖剣の宝珠の力で、彼の意識の中へ潜り込めますか?」
私の言葉に、アルドロンさんは目を見開いた。
そして、その提案に一筋の光明を見出したかのように、目を輝かせた。
「……なるほど、その発想はなかった! 可能性はゼロではない、いや、むしろ光が見えるぞ、セラフィナ!」
彼は興奮気味に、倒れたルシアン様と王冠、そして私の聖剣を交互に見つめた。
「ルシアンは、聖域に結界を張っていたが、彼が倒れた今、その結界は消えているはずだ。アクスタを媒介にするというのは、理にかなっている。試す価値は十分にある!」
「ありがとうございます!」
私は、左手の薬指に輝く漆黒の宝珠の婚約指輪に手を触れた。
そして、腰に差した聖剣の柄に手をかける。
「カスパール君! ローゼリアちゃん! 私が、ルシアン様の意識の中へ行きます! 私がアクスタを取りに行ってきます!」
私の言葉に、二人が一斉に私を見た。
カスパール君が、即座に厳しい表情で叫んだ。
「正気か、セラフィナ!? 何が起こるか分からないんだぞ! 危険すぎる!」
「ルシアン様は、一人じゃない。彼の過去は、もう私にとっては他人事じゃない。私だって、この試練に挑む資格があるはずだ!」
私はそう言うと、すぐさま聖域を飛び出した。
一刻も早く、ルシアン様を助けなければ。
彼の意識の深淵へ、迷わず飛び込むために。




