第八章(1):残された最後の誓い
白亜の城の庭園に降り立った私たち五人は、眩い光が消え去るのを見届けた。
清々しい空気が頬を撫で、故郷を離れた寂しさと、戻ってきた安堵が同時に胸を満たす。
「皆様、おかえりなさい!」
元気な声に振り返ると、リリアさんとリルが笑顔で立っていた。
リリアさんは私たちを見て、心底ほっとしたように瞳を潤ませている。
その横で、リルも大きく手を振っていた。
「ただいま、リリアさん、リル!」
私は駆け寄って、リリアさんに抱きついた。
リリアさんは優しく私の背中を撫でてくれる。
リルも私に駆け寄り、しがみついてきた。
「リル、お留守番ありがとうね」
アルドロンさんは、リリアさんが無事だったことを確認すると、いつもの研究者の顔に戻り、持っていた荷物について何か口を開こうとした。しかし、ふと、日本の地で見た、あの幻想的な光景が脳裏をよぎったのだろう。口元に小さな笑みを浮かべると、彼は言葉を選び直すようにして、ゆっくりと話し始めた。
「そういえば、リリア。日本で見た桜は実に素晴らしいものだった。庭全体を薄紅色の霞で覆い、まるで夢を見ているかのようだ。ぜひ、この城の庭にも植え、君にもあの美しさを見せてやりたい」
リリアさんは、アルドロンさんの滅多に聞けない情熱的な言葉に、はっと息を呑み、目を輝かせた。
アルドロンさんは、リリアさんの隣で静かに話を聞いていたリルに視線を向けた。
「リルも、あの桜を見たらきっと喜ぶだろう。この城の庭に咲かせることができたら、毎日見られるぞ」
リルは目を輝かせ、アルドロンさんを見上げた。
その小さな手で、アルドロンさんの服の裾をそっと握った。
夕食後、私たちは広間に集まり、日本での結婚式の様子をリリアさんとリルに報告した。
「ねえ、リリアさん! 日本のお着物、白無垢って言うんだけど、それが本当に綺麗でね! ルシアン様もね、紋付袴って言うんだけど、それがもう、最高に、最高に素敵で……!」
私は興奮冷めやらぬまま、スマホに保存した写真や動画を二人に見せた。
巫女姿のエリアス様や、桜舞い散る幻想的な庭園、そして和装のルシアン様の写真が映し出されるたび、リリアさんとリルは目を輝かせていた。
「まあ、ルシアン様! なんてお似合いなんでしょう! セラフィナさんも、本当に素敵ですわ!」
リリアさんは感嘆の声を上げ、リルはルシアン様の写真を見て「かっこいい!」と歓声を上げた。
「日本の結婚式は、とても雅やかで、素晴らしいものだった」
ルシアン様も、穏やかな表情で頷いた。
「でも、これでまだ二回目なんですよね、結婚式」
ローゼリアちゃんがそう言うと、カスパール君が腕を組みながら続けた。
「ああ。残すは、この世界での挙式のみとなった。それが終われば、二人は真に夫婦となるんだな」
ルシアン様も「そうだな」と応じ、私の手を取った。
その手に込められた温かさに、私の胸は期待で膨らんだ。
「しかし、セラフィナ」
ルシアン様が静かに口を開いた。
「この世界での挙式は、やはり、我々の伝統に基づいたものにしたいと思っている。そして、何より、お前をこの世界で正式な『王妃』として迎え、我々の婚姻を正式に知らしめたいのだ」
彼の言葉に、私は少しばかり戸惑った。
以前、勇者の古文書を基にしようとしたが、断念した経緯があるからだ。
「あの、でもルシアン様、以前、勇者としての挙式は、ちょっと……」
私が言いかけると、ルシアン様は軽く首を振った。
彼の顔には、少しばかりの戸惑いを見せる私を安心させるような、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「いや、勇者としての挙式ではない。俺はかつて、魔法使いの王でもあった。そして、今もこの白亜の城は、魔法使いの王の拠点として機能している」
彼の言葉に、皆が真剣な表情になる。
「俺は魔王として魔界を統べるが、この勇者の世界では、その強大な力をある程度抑えている。いわば、この白亜の城においては、魔法使いの王でもあるのだ」
ルシアン様は、庭園を見渡しながら続けた。
「魔法使いの王の家系には、伝統的な挙式スタイルがある。その記録は豊富に残されている。例えば、俺の父、アズラエル…――の代に執り行われた挙式の記録にも、それが詳細に残されている。実は、俺自身、13歳で冠を戴く儀式を拒否したため、厳密にはまだ正式な魔法使いの王ではない。この挙式の前に、まずその王となるための儀式を執り行いたいと思っている。王位を継ぐ者が真の王となるために、聖域の王冠を戴き、自らの資質を試される儀式を」
(え、アズラエルさんって、あのものすごーく厳格だったお父さんだよね!? その人の結婚式の記録を参考に!? しかも、ルシアン様がまだ正式な王じゃなかったってこと!? じゃあ、まず王になるための儀式をして、その後に結婚式ってこと!?)
ルシアン様の意外な提案に、私の脳内は軽く混乱を極めた。
同時に、魔法使いの王の挙式とは一体どんなものなのだろう、という抗しがたい好奇心が湧き上がった。
「その記録に基づいて、この世界での最後の誓いを立てたい」
ルシアン様の瞳は、強い意志の光を宿していた。
「なるほど……魔法使いの王としての挙式、か」
アルドロンさんが腕を組み、興味深そうに頷いた。
「以前の勇者としての挙式案は確かに、セラフィナには荷が重すぎたからな……」
ルシアン様は、そう言って、私の頭をそっと撫でた。
「ええ、セラフィナちゃん、今回も素晴らしい挙式にしましょうね!」
ローゼリアちゃんも、私の手を取って励ましてくれた。
カスパール君は、口元を緩ませながらも、小さく頷いていた。
ルシアン様は、私の手をぎゅっと握りしめた。
「心配するな、セラフィナ。お前が望まぬことはさせない。だが、俺たちの新たな門出に相応しい、厳かで、美しい儀式にしたい」
彼の言葉に、私は深く頷いた。
ルシアン様がそこまで望むなら、私も全力で協力したい。
どんな結婚式になるのだろう?
最後の挙式は、きっと、私とルシアン様にとって、忘れられない、特別なものになるに違いない。




