第七章(2):桜咲く庭で、愛を誓う日
いよいよ、待ちに待った日本での結婚式当日。
私の胸は朝から期待でいっぱいで、両親が用意してくれた朝食も喉を通らないほどだった。
ルシアン様はいつも通り落ち着いた様子だったけれど、その瞳の奥には、どこか穏やかな光が宿っているように見えた。
朝食後、母がルシアン様に優しく声をかけた。
「ルシアン様、では、まずはこちらへ。お着付けを始めさせていただきますね」
ルシアン様は静かに頷き、母と別室へ向かった。私はリビングで父と二人、彼が日本の伝統的な和装に着替える姿を想像して、早くも胸が高鳴っていた。
普段から何を着ても完璧なルシアン様が、和装を纏うなんて……考えるだけでドキドキが止まらない。
ルシアン様が着替えを終えたらしい気配がすると、しばらくして母の声が聞こえ、私は着付けのため部屋に入った。
「花、用意始めるわよ」
部屋には、母が心を込めて用意してくれた純白の白無垢が置かれていた。
それは、まばゆいばかりの絹の光沢を放ち、鶴や松竹梅の吉祥文様が、白い糸でふっくらと刺繍されているのが見て取れる。
その清らかで凛とした佇まいは、まるでこれから始まる私の人生を祝福しているかのようだった。
私の黒髪が、白無垢によく映えるように丁寧に結い上げられていく。
ピンと張られた純白の掛下と、その上に重ねられた打掛が、しずしずと私の体に馴染んでいく。母の手が、帯を締め、細やかな調整を加えていくたび、私は日本人としての誇りと、花嫁となる覚悟を新たにする。
「花、素敵よ。本当にお嫁に行くのね……」 母の温かい手が、私の髪をそっと撫でる。
その優しい声に、私の目にもうっすらと涙が滲んだ。
「お母さん。お母さんの子で本当に良かった。ありがとう……」 私は母の手をぎゅっと握りしめた。
―――その頃、庭ではまばゆいばかりの光が迸った。
光は桜の花びらを巻き上げ、空間を震わせるほどの魔力を放ちながら収束していく。
光が完全に消え去ると、そこに立っていたのは、エリアスと勇者たち――カスパール、ローゼリア、アルドロンだった。
佐倉剛は満面の笑みで彼らを出迎える。
「おお、皆様! ようこそ、はるばるよくおいでくださいました!」
カスパールはきちんとしたダークスーツ姿で、いつもより大人びて見える。
ローゼリアは桜の色に合わせたような淡いピンクの上品なドレスを纏い、まるで花嫁の付添人のようだ。
アルドロンもかっちりとした装いで、どこか神妙な面持ちをしている。
そして、その中でもひときわ皆の目を奪ったのが、エリアスだった。
純白の小袖に鮮やかな緋袴を纏い、手に玉串を持ったその姿は、まさに完璧な巫女姿だ。
彼女の神々しい金色の髪が深紅の袴によく映え、そこに立つだけで庭の空気が清められるように感じられた。
本物の神が巫女になっている……それはもう、コスプレの域を完全に超えている。皆の視線が、まずはその予想外のエリアスの姿に釘付けになった。
その後、皆の視線は、すでに庭にいたルシアンへと集まる。
ルシアンは、すでに深緑色の紋付袴に身を包んでいた。
銀色の髪は風になびくのではなく、綺麗に後ろで一つにまとめられ、彼の整った顔立ちと長い首筋を際立たせている。
凛とした和装が、彼の高貴な雰囲気をより一層際立たせ、まるで平安絵巻から抜け出してきた貴公子か、あるいは威厳ある武将のようだ。
彼の纏う静かな威圧感はそのままに、そこに日本の「美」が加わり、息をのむほどに様になっていた。
「……悪くないな、ルシアン様」とカスパールがポツリと呟いた。
その声には、普段の彼からは想像できないほどの称賛が込められている。
ローゼリアも目を輝かせ、「ルシアン様、とっても素敵ですわ! 日本の衣装、本当に素晴らしいです!」と、小さな手を叩いて拍手した。
アルドロンは腕を組み、細めて呟く。
「ほう、魔王の威厳と日本の伝統衣装がこれほどまでに調和するとは……興味深いな。新たな研究対象だ」
エリアスも、にこやかに微笑みながら、ルシアンの姿を満足げに見つめていた。
「これは……セラフィナが見たら大変なことになるだろうな」エリアスが楽しそうに言うと、皆が声を上げて笑った。
エリアスは、にこやかに剛に尋ねた。
「佐倉殿。この庭を、もう少し飾り立ててもよろしいでしょうか? 神の役を務める者として、最高の舞台を用意したいのです」
剛は、「もちろんでございます! どうぞ、ご随意に!」と快諾した。
エリアスが指を鳴らすと、庭の景色は瞬く間に一変した。
桜の木々は夜桜のように神秘的な輝きを増し、地面には雅やかな金色の文様が浮かび上がったバージンロードが敷かれる。
周囲には竹林が姿を現し、竹の葉がそよぐ音と、風鈴の音が涼やかに響き渡る。
祭壇のようなお祈りをする場所には、エリアスが立つであろう位置に、神聖な光の柱が力強く立ち昇っていた。
まるで、日本の神話の世界が、そのままこの庭に再現されたようだ。―――
準備が整い、母が「花の用意ができました」と部屋から出た。
私は、完成した白無垢姿で、鏡に背を向けるようにして、静かに座っていた。胸が高鳴るのを感じる。
その時、背後で、部屋の襖がそっと開かれる音がした。
続いて、聞き慣れた、しかし一段と甘く響く声が聞こえてきた。
「……美しい」
私の耳に届いたその一言に、心臓が大きく跳ね上がった。
それは、紛れもなくルシアン様だった。
彼が、私の純白の白無垢姿を見て、そう言ってくれたのだ。その言葉は、まるで直接心臓を撫でられたかのように、私の全身に熱を広げ、肌が粟立つのを感じた。
思わず、顔がカッと熱くなる。私は照れて俯きながら、ゆっくりと、恐る恐る振り向いた。
そして、その視線を向けた先に、ルシアン様が立っていた。彼の蒼い瞳が私を捉え、その眼差しには、驚きと、そして深い、深い愛の色が宿っている。
そして、私が初めて目にする、彼の和装姿……!
(うわあああああああああああああああああああああああああ! 推しが!私の推しが、和装で、しかも髪をくくっている……だと!? やばい、やばすぎる! その麗しさは罪! 神様、仏様、ルシアン様! ひゃあああああああああああああああああああああああああ!尊い!尊すぎてもう無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!)
あまりの尊さに、私は頭の中が真っ白になり、全身の力が抜けて、その場で膝から崩れ落ちそうになった。視界が歪み、めまいまでしてきた。
「セラフィナちゃん、大丈夫!?」 焦った声と共に、すぐさま駆け寄ってくれたのは、襖の向こうから私の様子を窺っていたらしいローゼリアちゃんだった。
彼女は私の体をしっかりと支え、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「だ、大丈夫っ……じゃない! ローゼリアちゃん、ルシアン様が、やばい……! 最高に……っ! 私、もう、限界突破しちゃった……!」
私は興奮のあまり、もう言葉にならない叫びを上げた。ローゼリアちゃんは私のただならぬ様子に苦笑しながらも、優しく背中をさすってくれた。
その時、玄関のドアが開き、健太郎と有紀がおめかしをして登場した。
健太郎はシックなスーツ姿、有紀は可愛らしいドレスを纏っている。
「花、ルシアン様、おめでとう!」 二人の声に、私の心は温かい幸福感で満たされた。
親友である彼らも、今日の私を心から祝ってくれている。
さあ、いよいよだ。
桜舞い散る幻想的な庭で、私とルシアン様の、新しい誓いが始まる。
この、私、佐倉花の誕生日である四月四日の佳き日に。




