第三章(2):推しグッズの殿堂と、魔王の苦悩
イザベルのからかいに顔を真っ赤にしていると、建築部の魔物、ガゼールがずいと前に出てきた。
「セラフィナ様! お久しぶりでございます! どうぞ、ご無事のご帰還、心よりお祝い申し上げます!」
ガゼールは深々と頭を下げた。
彼の顔には、以前見た時よりも、何だか誇らしげな笑顔が浮かんでいる。
「実は…ルシアン様が不在の間、わたくしども建築部は、生産部へと役割を拡大いたしまして。セラフィナ様からご提案いただいた、ルシアン様のお姿を世に広めるという、大変重要な任務を仰せつかっておりました!」
そう言うと、ガゼールは抱えていたクッションを、まるで宝物のように誇らしげに掲げた。そこには、ルシアン様の端正な顔が大きくプリントされていた。
イザベルも負けじと、ルシアン様のイラストが描かれたマグカップやキーホルダーを差し出してくる。
「見て!セラフィナ! このルシアン様マグカップ! 朝一番にルシアン様のお顔を拝めますのよ!」
「こちらは魔王様の勇ましいお姿を再現したフィギュアでございます! 細部までこだわり抜いた逸品です!」
次々と差し出されるルシアン様グッズの数々に、私の目はもうハートマークだ。
(な、なんだってー!? 私が以前、ガゼールに『ルシアン様のグッズを作る工場をお願いします』って言ったのを、本当に実現してくれたの!? しかも、このクオリティの高さ…! 私の知る人間界のグッズに引けを取らないどころか、魔界の技術力でさらに進化してるじゃないか!)
感極まった私は、両手を胸の前で固く組み、きらきらした目でガゼールを見つめた。
「ガゼール! これは一体…!? もしかして、あのルシアン様像を作った方々が、こういうグッズも…!?」
私の言葉に、ガゼールは「お察しの通りでございます!」と胸を張った。
「ぜひ! セラフィナ様には、わたくしどもが魂を込めて作り上げた『魔王様グッズ生産工場』をご覧いただきたく! ここから、より多くのルシアン様、いや、魔王様の栄光が世に放たれるのでございます!」
「え、工場見学!?」
もう、私の脳内は「推し活」でいっぱいだ。こんなチャンス、見逃すわけにはいかない!
「ルシアン様! お願いします! 少しだけでいいから、工場見学に行きたいです!」
私はルシアン様を見上げて、子犬のような潤んだ瞳で必死にねだった。隣ではイザベルとゼフィルスも、「セラフィナ様の御所望とあらば…」「魔王様、是非とも!」と援護射撃をしてくれている。
ルシアン様は、私のあまりの熱意に、少し呆れたような顔をしながらも、観念したように小さくため息をついた。
「……仕方がない。ただし、少しだけだぞ、セラフィナ。我々は婚礼のために来たのだからな」
「やったー!ありがとうございます、ルシアン様!」
ルシアン様の許可が下り、私のテンションはさらに急上昇した。
私たちはガゼールの案内で、魔王城の地下深くに広がる「魔王様グッズ生産工場」へと向かった。
そこは、想像をはるかに超える光景だった。
巨大な機械が稼働し、きらめく魔力の光が飛び交う中、様々な魔物たちが黙々と作業をしている。
壁にはルシアン様の巨大なポスターが貼られ、 BGM の代わりにルシアン様への忠誠を歌う魔物の合唱が流れている。
そして、棚には所狭しと並べられた、山のようなグッズの数々!
フィギュア、タペストリー、缶バッジ、アクリルスタンド、さらにはルシアン様のイラストがプリントされた T シャツまで…!
「うわあああ! これが…これが夢の空間…!」
私の目はもう皿のようだ。すると、ガゼールはにこやかに、次の棚を指差した。
「こちらは、魔王代理ゼフィルス様のグッズコーナーでございます!」
「ええっ!?」
そこには、クールなゼフィルスのイラストが描かれたクリアファイルや、彼の愛用する魔剣を模したレプリカなど、渋いながらも魅力的なグッズが並んでいた。
「そしてこちらが、クラーケン・ロード様のグッズ! 深海の覇者としての威厳を表現しております!」
巨大な触手がデザインされたタオルや、彼の姿を模したぬいぐるみまである。そして、さらに驚いたのは…
「こちらは、グラニート様の『漢気コレクション』でございます!」
「グラニートって、あのロックゴーレムの!?」
かつて私と戦を繰り広げた、あのロックゴーレム、グラニートのグッズまであるとは!
彼の無骨な顔がデフォルメされたキーホルダーや、彼が砕いた岩の破片を模した「グラニートストーン(パワーストーン風)」まで!
「す、すごい…! 魔界の『推し活』文化、奥が深い…!」
私のワクワクは止まらない。ルシアン様だけでなく、魔界の主要な魔物たちのグッズまで網羅されているなんて、ここはまさに「推しグッズの殿堂」だ。
私は興奮のあまり、まるでハイエナのように棚から棚へと駆け巡った。
「これと! これとこれも! あ、このルシアン様のアクスタ、全種類ください! ゼフィルのクリアファイルも…グラニートストーンも一個! いや、二個!」
工場直売の利点を活かし、私はありったけのルシアン様グッズを手に取った。会計を済ませ、ほくほく顔で大量のグッズを抱える私。
隣に立つルシアン様は、私が大量のグッズを抱えているのを見て、諦めたような、しかし少しだけ呆れたような顔をしていた。
そして、私の手をそっと引くと、少しだけ声を低めて、耳元で囁いた。
「……セラフィナ。これでお前の気が済んだなら、頼む。もう早く式を挙げさせてくれ。早くお前を俺の妻にして、誰にも邪魔されない、俺たちだけの夜を共に過ごしたい」
普段はクールで威厳のある魔王が、焦がれるような、切実な響きを帯びた声で、私の耳元にその言葉を落とした。
その熱を帯びた息遣いと、あまりに直接的な響きに、私の顔は一瞬で茹でダコのように赤くなり、心臓がこれ以上ないほどに激しく跳ねた。
胸の奥から、甘く、そしてどうしようもない熱がこみ上げてくる。
(ル、ルシアン様が、そんな風に思ってくれてたなんて……!)
最高の推しの、最高のグッズに囲まれて、私は最高の幸せを噛み締めていた。
そして、何よりもルシアン様の意外なほどに真剣で、愛に溢れた一面が見られて、私の「推し活」はさらに深みを増していく予感に満ちていた。
「は、はい! もちろん! ルシアン様! もうバッチリ満足しました! 次は、結婚式の準備に全集中しますから!」
私は興奮冷めやらぬまま、ルシアン様の手を強く握り返し、黄金に輝く魔王城の奥へと足を進めた。




