第五節:静謐にして荘厳なる
突如として、世界が沈黙した。
ざわめきもクラクションも、工事の音も、カフェのBGMすらも——
まるでテープを巻き戻すように、静かに、丁寧に、音が消えていく。
そして——
「……チリン……」
静寂の中心に、ひとつの鈴の音が落ちた。
乾いた冬の空気をくぐり抜けるように、その音は優しく、確かに鼓膜を叩いた。
遠くから、風に運ばれてくる。けれど、なぜかすぐ傍で鳴っているようにも感じる。
「な……ん、だ……?」
キリが低く呟く。
その身体が、ぴたりと止まった。耳が、ピンと張り詰めている。
「この音……まさか……っ!」
ユキも、肩を震わせた。
再び、「チリン……」
まるで何かがこちらに近づいてくるように。
ひとつ、またひとつ——鈴の音が、徐々に、間隔を詰めてくる。
そして
——天に、裂け目が走った。
光が差し込む。だがそれは、太陽の光ではなかった。
白でも金でもない。夜明け前の群青に、仄かに紫を溶かしたような、神の色。
その光の中心から、**ひとつの“点”**がゆっくりと姿を現す。
「……行列?」
私は、そう思った。
最初は一人の影だった。
だが、その背後には、幾筋もの白い煙のような影が続いている。
まるで、神輿の渡御のように——荘厳に、静かに、時間と空間を裂いて、
“あちら”から“こちら”へ、存在そのものが歩いてくるような感覚。
風が止まった。
新宿のビル群が、まるで屏風のように沈黙している。
「……来る……!」
キリの声に、怯えが混ざっていた。
ついに、その“点”が地を踏む。
長い黒髪。
漆黒の衣に、揺れる帯。
その足元には、かすかな光が舞う。まるで、空気に散った花弁のように。
「——大国主命……」
ユキが、呟いた。
神は、立っていた。
私たちの世界の只中に。
その姿は、人とも、神ともつかない。
だけど、誰もが「この存在は“上”のものだ」と直感する。そういう重さがあった。
「……おい、ミコト」
キリが私を見た。
「お前、どうやらホンモノに見初められたっぽいぞ」
だがその“軽口”の奥には、尊敬にも似た沈黙があった。
神の視線が、こちらを射抜く。
その目は、悲しみにも似て、どこか温かくて——
「——藤原ミコト」
たったひとこと。
その名が呼ばれた瞬間、私は理解した。
この人は、ただの“神”じゃない。
この地、この世界の、根っこに関わる存在なのだ、と。
そして、もう私は——
日常へは戻れない。
今日も読んでくださりありがとうございます。
感想・ブクマ・評価・誤字報告、すべて励みになります!
東京にて大国主命顕現です。次節では神との初めての対話です。はたしてぐうたらJKの反応は!?