第四節:言霊の継承者
「もうちょっと、こう……事前に説明とか、段階とか……なかったワケ?」
新宿駅西口の人混みから逃れるように、私はビルとビルの隙間にある裏路地へ入っていた。
背中にはまだ微かなざわめきが残っていて、目に映るすべてがちょっとだけ怪しく見える。
「ごめんね。でも、タイミングってのがあってさ。ああいうのって、こっちが呼ばなくても、勝手に“嗅ぎつけて”くるんだよ」
ユキは私の足元に寄り添うように歩きながら、さっきよりも少し真面目な声で言った。
「嗅ぎつける……私のことを?」
「うん。ミコト、君は——“言霊の継承者”なんだよ」
「はい、そこ。説明して」
「うんうん、なるべくわかりやすくいくね」
ユキはその場に座り込み、ちょこんと前足をそろえてこちらを見上げる。
「昔、日本には“言葉に力が宿る”って信じられてた。祈りとか、祝詞とか、呪いとか。言葉だけで現象を変える力。それを操る術が、“言霊”なんだ」
「ふむふむ……なんとなく聞いたことある」
「でね、そういう力を強く使えたのが、君のご先祖——中臣鎌足。律令とか祭祀の時代を作った人だよ。あの人の血を引く者は、時々“目覚める”んだってさ。現代でも」
「いやいやいやいや。待って。そんなの、遺伝でどうにかなる話じゃないでしょ」
「でも実際、君の持ってる御守りが反応したでしょ?」
私は無意識に、制服の襟元を押さえた。
さっき光った御守り——今は静かに沈黙しているが、その中には確かに“何か”がある。あの熱は、錯覚じゃなかった。
「それは……ばあちゃんの形見なんだけど」
「きっと、おばあさんも“神使”の力のかけらを持っていたんだよ。力を封じて渡してたんだ。君の中に、その力を託すために」
私はうまく呼吸ができなかった。
ばあちゃん。あの、頑固で、小言ばかりで、でもなんとなく——私のことをずっと見てた気がする人。
「……神使って、なに」
「オレら——神とその眷属を繋ぐ人間。君たちだけが、“言霊”を使って、神々と契約できる。神々は忘れられて力を失ってるから、君たちみたいな継承者が必要なんだ」
「契約って、なにそのデジモn……いやなんでもない」
「うん、似てるかも。でもこれは遊びじゃない。君が“目覚めた”ってことは、この日本のどこかで、神が本当に必要としてるってことなんだよ」
「必要とされるとか……こっちは期末前なんだけどな……」
私は頭をかかえる。言葉にすると、現実味がどんどん薄れていく。
けれど、胸の中にある御守りの余熱が、それでも確かなものとして私を繋ぎ止めていた。
その時だった。
ふと、風の流れが変わった。
さっきまで肩をすくめていたほど寒かったのに、妙に空気が止まっている。
街の雑踏も、なぜか遠く感じる。
「……変だね」
ユキがぽつりと呟く。
その耳が、ぴくりと動いた。
「なにが?」
「音が、消えてきてる。ほら……車の音とか、人の声とか……」
言われて気づいた。
確かに、さっきまで聞こえていたカフェのざわめきも、街路の音も、フェードアウトするように薄れていく。
「……これ、まさか……」
キリの目が細まる。
「“上”の気配だ」
「上って……あの、“神”ってこと?」
「それも……桁違いだ。格が違う。これはヤバいぞ」
その瞬間だった。
「チリン……」
どこからともなく、小さな鈴の音が響いた。
空間が、張り詰める。
時間が、止まる。
私は息を呑んだ。
ただの一般的なJKだ。神なんか信じてないし、お祈りなんて真面目にしたことなんてない。それでも、 その鈴の音は、どこか懐かしくもあり、どこまでも冷たくて……なによりも、神聖だった。
——何かが、来る。
そう確信したときには、もう遅かった。
すべては、始まっていた。
初日投稿最後の4話目です。
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