第二節:白兎はパフェを狙う
新宿のカフェは、金曜の午後だってのに混んでいた。いや、むしろ金曜だからか。カップルと女子グループと、あと、インスタ映えを求めてさまようスマホ族が占拠する戦場。
私はその隅っこ、やたら天井が高いくせにやっぱり落ち着かないオシャレ空間で、新メニューの「スモーク抹茶チーズパフェ」なるものを前に、若干顔をしかめていた。
「……なんだろう、燻製の意味って……」
チーズ部分が明らかにスモーキー。スイーツの甘さと煙っぽさが口の中でケンカしてる。和解する気がない。
「でも見た目はかわいいよね! ミコちゃん、撮った? タグつけたらバズるかもよ〜」
向かいに座る友人・毛利リオが、パフェをスマホでパシャパシャしながら笑う。彼女はハイテンションでトレンドに強く、SNSでは“ゆるふわ量産型の皮をかぶった鬼才”と噂されるタイプだ。彼氏とデートの予定だったのに喧嘩してぷりぷりしながら合流した。さすが立ち直りが早い系女子。もう彼氏のことはすっかり忘れている。
「バズっても胃が喜ばないんじゃなあ……」
「食レポ系のネタにしなよ。“話題のパフェ、味覚が戦場”って感じで」
「炎上不可避じゃん……」
それでも一応、私もスマホを取り出して一枚撮った。ちょっと斜めからのアングル。グラスの中で層になった抹茶、チーズ、ベリーソースがキラキラしてる。見た目だけは本当に一級品だ。
そんなふうに、平和でビミョーな金曜日の午後だった。少なくとも、その時までは。
その「声」を聞くまでは——
「やっと見つけたよ」
耳元で、ふわりと響いたその声に、私は思わず肩をすくめた。
「ん? リオ?」
「ん? なに?」
友人はスマホに夢中で、聞こえていないようだった。え、じゃあ今の声、誰……?
私はなんとなく、ゆっくりと足元を見た。
——そこに、いた。
真っ白なウサギ。まるで雪みたいに滑らかで、ふわっふわの毛並み。そして、まっすぐ見上げてくるガラス玉のような水色の瞳。
「……もふもふ?ウ、サギ?」
「うん。そう見えるよね。でも、まあ、ただのウサギじゃないんだよねぇ」
その白ウサギが、喋った。
喋った?
普通に、当たり前のように、私に話しかけてきた。
「え、は?」
「ん〜……びっくりするのも無理ないよね。けどほら、落ち着いて? とりあえず、オレ、敵じゃないから」
ウサギはちょこんと座って、前足で器用に自分を指した。ゆるっとした、でもどこか懐かしい声。幼なじみに再会したような、不思議な親しみ。
私は静かにスプーンをテーブルに戻し、目を閉じる。
「寝てる……夢だこれは……」
「ふふ、そういう反応、久しぶりだなあ。でもね、たぶんそろそろ受け入れた方がいいかも。このあともっと不思議なのが来るから」
「は?」
その瞬間、横から黒い影がテーブルに飛び乗った。白いウサギと対照的な、鋭い目の黒ウサギ。漆黒の毛並みが光を吸い込んでいるようで、こっちは明らかにアヤしい。
「ユキ、無駄口が多いぞ。こいつ、もう見えてるなら話を進めろ」
「はいはい、キリはほんと堅いなあ。もうちょっと初対面の人に優しくしようよ」
「“神の眷属”に、無用な馴れ合いは不要だ」
「え、何それ、中二病?」
私の一言に、黒ウサギがぐっと詰まった。
「……ちっ、人間ごときに……」
「まあまあまあまあ。えっと、改めて。オレはユキ。で、こっちがキリ。オレら、神さまの“眷属”ってやつなんだ」
「……神の、眷属?」
「うん。で、君の名前——藤原ミコト、で合ってる?」
私は動けなかった。カフェのざわめきの中で、二匹のウサギが、確かに私を見上げていた。嘘みたいに鮮明に。これは夢じゃない。スモークチーズよりも、よっぽどリアルだった。
「……なんで、私の名前を?」
ユキが、ちょっと首を傾げて笑った。
「君は、“言霊の力”を受け継ぐ人だからさ。オレら、ずっと探してたんだよ。君のこと」
——その瞬間、背筋がぞくりとした。
空気が、変わった。
風のない室内で、何かが流れ込んでくる。世界の縫い目がふわりとほつれるような、そんな予感。
そして、私はまだ知らなかった。
この日、新宿のカフェで出会った二匹のウサギが——このありえない出会いが、日本全土を巻き込む“神の戦い”の、ほんのはじまりにすぎないということを。
連続投稿の2話目です!
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