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『神獣戦記 -47の神と神獣の物語-』 ーぐうたらJK、世界を救うってマジ?ー  作者: 居間田 ねむ
第2章『神域巡行録が突然始まるー青森・岩手編』
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第十一節:十和田神域への誘い


風が止んでいた。

十和田湖の湖面は、鏡のように静まり返り、霧が地を這うように漂っている。

「ここが……十和田の神域、ね」


ミコトは足元の苔むした石を踏みしめながら、わずかに眉をひそめた。空気が重い。澄んでいるのに、何かが密かに囁くような気配がある。


「妙な気配だな……あれ、ミコト、ちょっと待って。何か近づいてきてる」


ユキが耳をぴくりと動かした次の瞬間、湖岸の茂みがさざ波のように揺れた。


ぴしゃん。


水音とともに、橙の閃光が跳ねた。

「っわ、なに!?」


ミコトが後ずさる間もなく、水面を割って現れたのは、一頭のカワウソだった――だが、ただの獣ではない。やわらかな橙色の毛並みに、水面のように深く揺らめく瞳。濡れた毛皮は整然と撫でつけられ、背には巻物と札束を収めた鞄を背負っていた。気配の制御すら完璧で、現れる直前まで、誰もその存在に気づけなかった。


「初めまして。君が……藤原ミコトだね」


その声は、低く整ったハスキーボイス。体格こそ小さいが、放たれる言葉には訓練された威厳と知性が宿っていた。


「……だ、誰?」


「ヤール。十和田の神域を統括する、獺の霊獣。南祖坊様の代理として、接続試験と導入案内を担当している」


「名刺交換の儀式でも始まりそう……」


ミコトが小声でぼやく横で、キリがくくっと笑う。


「こいつはただのカワウソじゃねえぞ。霊獣、それも超がつくほどの合理主義者だ。無駄口嫌いだから、たぶんお前とは水と油」


「情報提供、感謝する」

ヤールは尾で一礼すると、ミコトに向き直った。


「本来、南祖坊様は“封じられた”のではない。祈りが絶え、修験の道が絶たれ、かつてこの霊山を覆っていた信仰そのものが消えた。この神域は名ばかりの地と化し──さらに影の侵蝕が加わったことで──南祖坊様は“現れることすら叶わない”存在となった。今の彼には、この霧一つ、揺らす力さえ残されていない。」


「でも、動いた。私たちが呼ばれた」


「……そう。神域内の構造をわずかに揺さぶり、“外部への接触波”を試みたのは、ぼくの判断だ」

「君の……?」


「論理的に最も可能性が高かったのが、君だった。霊的資格、言霊資質、覚醒状況。すべてがぎりぎりではあったが、条件を満たしていた」


静かに、だが確実に評価するような目線に、ミコトは思わず背筋を伸ばした。


「神域の門は、一時的に開かれた。今だけだ。無駄にしないことをおすすめする」


ヤールが尾を一振りすると、足元の水辺に波紋が広がった。その中心が、霧に向かって割れるように道を描いていく。


「行こう、ミコト。水の試練は、風より静かで、雷より深い」

ユキがいつになく真剣な声で言った。


「……はあ。もう覚悟決めるしかないっぽいな」

ミコトは深く息をつき、湖の奥へと足を踏み出した。神域の霧が、彼女の輪郭を飲み込んでいく。


* * *


霧の中を進むごとに、空気が変わっていく。湿度が増し、音が消え、代わりに何か古いものの鼓動が聞こえるようだった。


「……さっきから、空気が変じゃない?」


「水と霧の結界内に入ってる。ここから先は、物質的な距離よりも“精神的な深度”がものを言う世界だ」


そう説明するヤールの声は、なぜか耳元でささやかれているように感じた。


「霧の中じゃ、神も“人のように”姿を持つとは限らない。見えるものだけを信じないことだ」


「お前、言い方がちょいちょい怖いって」


キリのぼやきに、ユキがふっと苦笑した。


そして――


突如、空が瞬いた。


霧の奥から、風のないはずの湖面に強烈な波紋が広がる。

それは音ではなく、“重さ”だった。空気が震え、鼓膜ではなく心に響くような圧が世界を支配する。

直後、霧が渦を巻き、空を裂くようにして中央の湖面が割れた。


「……来たな、人の娘よ」


その声は、底なしの水底から湧き上がるように響く。その上に、黒と碧の衣を纏った長身の男が立っていた。


瞳は湖面のように深く、髪は霧と水を編んだかのような艶を帯び、まるで流体そのものが形を成したように揺れている。それは“触れられぬもの”の象徴――見る者の無意識に語りかけ、理屈を超えて畏れを抱かせる。 その姿は、神々しいというより、荘厳で恐ろしい。


「名を申せ」


「藤原ミコト。……あなたが、南祖坊?」


男は頷くでもなく、ゆるやかに視線を落とした。


「ミコト……言霊の血を継ぐ者か。だが、今のお前では水の理すら通せぬ」


その言葉と同時に、湖面から無数の手が這い出した。


それは水の記憶――溺れた者、捨てられた願い、流された言葉。


「これは――試練……?」


「逃げるなよ、ミコト!」

キリが跳ねた。ユキが結界を展開し、ミコトを包む。

「言葉の力を使え! この世界は“語られたもの”に意味を持つ!」


「え〜……ムリムリ、無理だし、っていうかなんで水から手ぇ出てんの!? ……あーもう、やるしかないやつだコレ〜……!」


南祖坊なんそのぼうは、青森の十和田湖に伝わる山の修験者が神格化された存在で、作中では「祈りを失った神」として登場します。本作では、序盤第2の神として登場させました。静かだけど熱いポジションです。(八戸いいところですよね)

……あと、眷属のヤールがマジで優秀。

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